1-08 王族ハグは健康診断
「私が生まれた時からレオーネとフロリアンは変わってないから、以前はお父様みたいな存在だったけれど、今はお兄様って感じになってきたわ」
すでにレオーネとフロリアンは、まるで時が止まったかようなゆっくりの成長となっていた。ララやジェレミーが生まれた時から二十歳と十九歳の風貌はほぼ変わっていない。ララとジェレミーも実年齢と見た目がこれからますます離れていくだろう。
「あはっお父様だったんだ。それじゃあララとは結婚できないよねー」
とても嬉しそうに笑うジェレミーは、頭の後ろに手を置くと背もたれに寄りかかった。
「はっ、二百歳超えてみろ。二百三十三歳と二百歳ならあまり変わらないだろう? それを言うなら弟だって結婚できないぞ。でも〝保険〟と称して気の長い婚約者を掴まえておけばできるかもしれないな」
さっきララとジェレミーが話していたばかりの単語を、からかい口調のレオーネから復習された。
「そうそう、〝百歳になっても相手がいなかったら〟って、いい口説き文句かもね」
ジェレミーは頭の後ろで組んでいた手を離し、テーブルに両手をついてぐぐーと腕と顔に力を入れた。
「はずっ! フロリアンまで⋯⋯誰もいないと思ってたのに」
「ふっ、悪いな。王族は耳がいいんだ」
「ううー全部聞かれていたのかー」
身体を捻り始めたジェレミーは、両手の第一関節に力を入れながら頭をもしゃもしゃしている。
四人は兄弟だが上の二人と下の二人で母が異なり、寿命の長さも違うようだった。寿命が長いと五感や筋骨格系のスペックが高くなる。ジェレミーは遠くにいたレオーネたちの声や音を拾えていなかった。スペックの差というより、内容が内容だけにララとの会話に集中し過ぎていたのかもしれない。
一方、長期保険の如く八十三年後の結婚の約束をしたララは、まるで詐欺に遭っていることに気づかない女性のように、のほほんと三人を見ながら笑っている。
「ララは可愛いな。無防備なところがかなり気になるが」
ララを見つめた王太子の声は少し重くなった。
「こんなララを傷つけた奴にはしっかり指導をしないといけないな」
話が最初に戻ったことに気づいたララはその場で立ち上がり、力の入った眉根と音吐になる。
「レオーネ、コーレイは違うの。ルナの背中に切りつけたり、私に毒をかけてきたり、銃を撃ったけど、本人の意思じゃないの! 多分だけど⋯⋯」
「十分やらかしたように聞こえるんだが」
レオーネは立ち上がり、ララのソファの後ろに立つ。脇を掴み彼女を後ろから持ち上げるとレオーネは座っていた場所まで戻った。同じ向きにララを前に座らせ、レオーネは後ろから抱きしめる。
「王族ハグの時間だ」
ぎゅう──長い時間抱きしめる王族ハグ。匂いを嗅ぎ、身体をそっと触って確かめる。
男同士でも異性でも関係ない、王族はそれをするのが仕事の一つ。互いに長く生きるため、優れた五感でしっかり健康状態を確かめる。
脅威的に寿命が長い王族は、病気が見つかることはまずなかった。免疫力と自然治癒力が高く、いつの間にか発症を抑制したり、修復をしているようだ。
血が少し濃い同士での結婚でも、不安視されていない。
ただレオーネはこれまでに一人だけ、身体を心配する親戚と出会ったことがある。今はその人の生死もわからない。そんな過去の経験から、特にハグが入念になる傾向があった。
「ララの傷は本当に治ったようだな」
頭と顔の次は撃たれたお腹も丁寧に確認した。触感に優れているため皮膚の下の状態も、軽く触れたりほんの少し押すだけで内部がわかる。一般王国民の医師よりずっと有能だ。お腹はシークで保護されている箇所だが、王族ハグだと認識しているようで、健康状態の確認をシークは邪魔しない。
「次は僕だよ。おいでララ」
フロリアンがレオーネからララの身体を奪う。フロリアンは抱きかかえたままゆっくり座ると横向きにララを膝に乗せる。中性的な美しさにララは包まれた。
「このほうが顔が見えるからね。表情が大人びた⋯⋯大変な経験をしたんだね」
〝別の記憶〟を少し思い出したせいもあるかもしれない、言えないけれど──ララはフロリアンの喉元に甘えるように頭を寄せ、誤魔化した。
「シークがいるから、もうララの服を作る機会が減っちゃうかな。ハグの時は身体のサイズも測っていたんだけど」
そんなことを言いつつ、フロリアンはしっかりララの首から肩をサイズを測るように全身を確かめていく。
「ララ、ちょっと靴を脱いでみて」
シークの靴を脱ぎ、裸足になった。フロリアンは母趾球や土踏まず、距骨のバランスを確認し、足首をくねくねさせる。膝もこんこん叩いたり、ふくらはぎをもみもみしていて、ほぼ医者だ。
「あっこれはすごい。かなり曲がるね、しなやかだ。最近ララのジャンプをみてないな、もうレオーネを超えてるんじゃない?」
「なんだと? 聞き捨てならないな」
レオーネがぎろりとフロリアンとララを睨む。ちょうどレオーネのほうに伸びていたララの足の先は長兄に取られ、さらにくねくねもみもみされる。医者が二人になった。
「なんか二人の王族ハグって、僕にするのと違う気がする。不思議といやらしく見えるんだよね⋯⋯」
さっきからジェレミーの機嫌がよろしくない。ララが兄たちに触れられているのが嫌なのが丸わかりだった。
「そうかしら」
ララ本人はそう感じていない。
「捉えかたの違いだジェレミー、同じことをしてやろう」
レオーネは立ち上がり、向かいのソファに座っていたジェレミーの背後までやって来る。
「いいよいいよ!」
ジェレミーはぴょんとソファから降りてレオーネからゆるく逃げた。レオーネはジェレミーを掴もうと、両手を広げ隙を狙っている。
傍目から見ると兄弟が楽しく遊んでいるようにみえるだろう。敷地内で働いている庭師が、向こうの木陰で道具の手入れをしながらこちらを見ている。きっと微笑ましい光景に映っているはずだ。
「いやらしい目で見るからそう思うんだ」
「もういいってば」
空には雲がまばらにあるが、雨が降らない日が続き湿度も低い。きっと明日の朝も庭師と元気になったララが芝生に水を撒くだろう。
「そろそろ時間かな」
フロリアンはララを膝から下ろす前に、口のすぐ横にキスをした。これまでフロリアンのキスは頬かおでこだったので、ララは少し驚いた。心がほわほわする嬉しいキス。
それを見ていたレオーネは末の弟に目線を移し、にやにやしながら悪そうな顔をする。
「ジェレミー。百歳なんて言ってたら、三番手四番手になるかもしれないぞ」
「レオーネなんか二百歳の話をしてたじゃないか」
「そうだった。はっはっ、じゃあ本気出すか」
レオーネは、フロリアンから降りて立っていたララを背後から抱きしめ、顔を寄せる。ジェレミーにニヤリとした顔を見せると、これでお終いというように両手を軽く上げて離れた。
「じゃあな。ジェレミー、しっかりララを守れよ」
レオーネは笑いながらララとジェレミーから離れ、本邸の方へ歩き始める。フロリアンも二人に手を振りながら後に続く。
ララが手を振り返し笑顔で見送った。
ジェレミーはララの空いているほうの手を握り、その手を別れの挨拶のように上にあげた。
「さて、コーレイの話を聞きに行くか」
「サルヴァドールどこまで教えてくれるかな」
レオーネとフロリアンの声色が変わり、一段低くなる。
「だめなら親戚に聞けばいい」
レオーネの顔に、今までララに向けていた優しい表情はもう無かった。




