1-06 ガゼボで美味しい栄養粒
タバサとシークをいじっていたら、お昼をとっくに過ぎてしまっていた。
午後はララが襲撃された時のことを宰相に説明しに行く予定となっていたが、シークの設定で時間がかかり、一番最後の順番に変更となった。
下着はすんなり決まったが、服に時間がかかった。
余ったシークは服に擬態させるのが便利だ。銀色ではなくても肉体はある程度守ってくれるし、移動時の荷物が減る。何より清潔を維持してくれるので洗濯の必要もない。
どんな服を着るか、その都度シークに指示を出すのは面倒なので、お姫様ドレスに始まり、普段着、寝間着、作業着、など三十着以上のデザインを覚えさせた。その点はタバサとフロリアンがデザイン画をたくさん用意してくれていたため、数は多いものの効率はとても良かった。他に要望を聞かれた時は、肌着のいくつかに猫柄をつけるのと、頭に花のカチューシャを付けたときに似合う服を、その場でタバサに考えてもらった。
そして今、別邸と訓練場の間にある芝生で外の空気を感じながら過ごしている。周りに色とりどりの花が植えてあるガゼボには、テーブル長辺に三人掛けソファ、短辺に一人掛けソファが設置され、ララは普段ここに居ることが多かった。
「やっぱりここは気持ちがいい」
今日は初夏を感じさせる暑い日だ。壁のない八本の柱に支えられた大きな屋根が、光を和らげてくれている。ララとジェレミーは環境ストレスに効率的に対処できる身体を持っているため、暑さ寒さを気にせず一年中このガゼボを利用する。
このガゼボはララの父ルークとジェン爺が建ててくれたものだ。この空間に入ると不思議と心地よく、ほぼララが入り浸っている。
昼時を過ぎ、テーブルには陶器の小さな器が置かれていた。中にはカラフルな豆粒のようなものがじゃらっと入っており、二人はそれを一粒摘み、口に入れる。
「栄養粒ってこんな小さいのに、なんでお腹が膨れるんだろう」
「お腹を膨れさせる成分が、栄養とは別に含まれているからよ」
「それは分かるけどさ、僕たちはこういう栄養粒だけで生きていける身体だから、こんなに一瞬でお腹が膨れる感覚は必要ないと思うんだよね」
「私には難しい質問だわ。でも確かに栄養のない部分がすごく膨らんでいる感じがするわよね」
ララはオレンジ色の平べったい円形の粒、ジェレミーは赤い楕円の粒を手に取る。それぞれ栄養が異なるが、自分の身体が欲している栄養粒を摂るとより美味しく感じる。
「レオーネとフロリアンは、遠出した時に現地の人がご馳走を用意してくれるのが苦痛らしいよ」
レオーネは王位継承順位一位の王太子、フロリアンは王位継承順位二位の王子で、どちらもジェレミーの兄だ。二人とは歳が大きく離れているので、母親が違う。
「栄養の粒をポリポリすれば事足りるのに、スープやパン、果物がたくさん出てきちゃうんだって。そういうのって断りにくいでしょ。まあめっちゃお腹が膨れても、すぐに元に戻る身体だから、太ることはないんだけどね」
「じゃあこの栄養粒でお腹を膨れさせるのって、そのための訓練なのかしら」
「確かに⋯⋯栄養がぎゅっと詰まったこの粒のほうが美味しく感じるから、町の皆のような食事は栄養価が低いのに量が多いから食べるのが大変だよね。でもレオーネが小さい頃はこの栄養粒は無かったらしいよ」
「昔は大変だったのね。私、栄養粒が無かったら生きていけない気がするわ」
ポリ。
「ララなら特にそうだね⋯⋯ああそうか、みんなが食べるような大量の食事から、こんなちっぽけな栄養粒だけに変えたから満腹感が足りなかったのかな」
ポリ。
栄養粒は王が先頭に立ち研究所に作らせたものだが、この美味さは王の血族の舌でしか共有できないものだった。王国民には全くの不評で、子供に至ってはトラウマになるほど不味く感じたようだ。そのため栄養粒は流通せず、今ではパレスの研究所でしか入手できない。
二人が栄養粒談義に花を咲かせ始めたとき、別邸の建物から一旦外に出て隣の本邸へ移動する女性の人影が見えた。
その人物に用事があるララは芝生を蹴って飛び出した。ジェレミーはテーブルについたままだ。離れていてもこのくらいの距離なら聴覚が良いので聞こえる。
「キャンディス!」
キャンディスはララの母リリアーナの侍女。三人いる侍女の中で経歴は一番長く、外出があれば随行する。まだリリアーナとルナが行方がわからなく、手掛かりもない。キャンディスがこの間ずっと本邸や別邸、パレスの町に出て探していたことをララは話に聞いていた。
ララの声に気付いた侍女は広い庭からしっかりとした足取りで走ってくるララの姿に安堵した。勢いがついているのでぶつからないか心配だったが、全身でスピードをころし、少女は目の前でぴったりと止まることができた。
「キャンディス、探してくれてありがとう」
ララは母の侍女に抱きつく。
まだ何も結果を出せていなった彼女は、少女の感謝を素直に受け取ることができなかった。キャンディスの心がギュンと悲しみに埋まり、抑えていた涙がぼたぼたとララの肩に落ちていく。
「ごめんなさい、リリアーナ様とルナ様はまだ見つからないの。特命部の方々も探してくださってるから、私だから行けるような場所を探しているけれど⋯⋯」
涙を拭きながら彼女は申し訳なさそうにララに伝える。
「あの時私がもっと早く給仕の支度を終えていれば⋯⋯」
「キャンディスは何も悪くないわ! お母様とルナは一緒に安全な場所へ移動したと思うの。それに私が狙われたということは、私が原因だから」
「ララ様!」
自分は大変な目にあった姫に何を言わせてしまったのか──頭を殴られたような気がしたキャンディスは、これ以上少女の前で悲しい顔をしてはいけないと、泣きそうになるのを一生懸命我慢した。
侍女は目を瞑り眩しい空に顔を向ける。いつのまにか自分の目の高さまで背が伸びたララにリリアーナの姿が重なる。キャンディスはぎゅっと抱きしめ返す腕に愛を込めた。
「ララ様もお身体を大切に。といってももう心配することが無さそうなことは、私でもわかります。本当に元気なお姿を見られてよかった」
キャンディスは調理場の手伝いをしにいくと言いララと別れた。去り際に「後でララの洗濯物を取りにいく」と言われたが、今後のシークの服のことをどう説明すればいいか思いつかなかったので、宰相かマナと相談しようと思った。
キャンディスの足を止めてしまったララは、しばらくするとジェレミーのほうへ歩き出す。
途中、少し暗くなった気分を飛ばすように、黙ったまま独楽のようにくるくるくるーっと回り、ドレスシークの感触を確かめる。三枚の重なった薄い布でできているスカート部分が翼のように広がる。ララの高い身体能力が地味に本領発揮されて、かなり長く回っていた。
「布やフリルが多めのデザインだと、一枚一枚がすごく薄い気がするわ。シークが頑張って薄く伸ばしているのかしら」
手でスカートを掴み、わしゃわしゃ上下に振って重さを確かめる。
ジェレミーはキャンディスとの会話から今の独楽までずっとララを見ていた。ララはまたガゼボのテーブルに戻り、ジェレミーの右手側に座る。
くるくる回った際に芝生がはげてしまったことに気づき、ララは「あっ」と小さな声を出した。
一方、独楽のララを見たジェレミーは、さっきタバサと共にドレスを作っていたときのことを思い出した。
「ところでなんで銀色の肌着とかに猫の絵を加えたの?」
ララは猫の顔や全身のシルエット模様を追加で施していた。
「ジェレミーは猫が好きでしょう?」
「猫が好きというよりネズミが嫌いなんだけどねー。ああ、奴の名前を口にするのも嫌だ。話にも出したくないな」
手を外側に広げて、おえーとした顔する。心の底からあの生き物が好きではないのがよくわかる。
「肌着に絵がついているなんて、初めて見たよ。よく考えついたね」
そういえばそうだ。普段の服に使われているのは花の刺繍だったり、線や点の模様が多い。思い出した〝別の記憶〟では服に絵や文字が書いてあったのが印象的だった。無意識にそこに影響を受けたのかもしれない。自分でもよくわからなかったが、猫柄をつけようと自然に思いついた。
「魔除けみたいだね。もしかして⋯⋯僕のこと考えてくれたってこと?」
うまく誤魔化せない時は、素直に肯定するのが一番な気がしたララ。
「そう⋯⋯かも?」
ララの照れ隠しのような返事に、ぐっと心にくるものがあったジェレミーは火がついたように積極的になる。
「ララのこと、すごく心配だったんだよ。三日間も全然覚めないからとても怖かったんだ。目覚めたとき僕のことを忘れてしまっていたらどうしようって」
ジェレミーの目元が真剣になり、ララの両手をがしっと掴む。あまりの強さにララはびっくりする。
「ララ、将来僕とララが結婚する約束をしようよ」




