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1-05 タバサと基本形態

「暗い部屋に男女二人っきりでいるなんて、不謹慎です」


 灯りに照らされ、後ろに一つに結んだオレンジ色の長い髪が綺麗に光る。眼鏡の奥には長いまつ毛と色気のある目。ぷっくりした少し小さめの唇に皆、目を奪われる。十中八九(じっちゅうはっく)、初見で女性に見間違われるが、本人はそれを喜んでいる(クチ)だ。


 タバサはデザイナー兼護衛の仕事をしている。今まで外の光を遮断していた部屋に、タバサによって灯りがつけられる。一緒にやって来たジェレミーはこの特別感ある状況に興味を示してきたが、彼女(・・)はそうではなかった。


 真っ暗な部屋でマナにシークの説明を受けていたララには、元々危険という感覚が人より薄い。

 なんとかなってしまうからだ。銃弾を腹に受けてしまったが、もう銃の作動音を覚えたので、次からは相手が構えたり点火されてからでも対応することがができそうだ。まあこのアイスタニア王国には本来、銃はない。


「暗闇に二人っきりでも、相手がマナだったらお母様は許してくれたと思うけど」


「ララならマナを半殺しにできると思うよ」


「ははっ、穏やかじゃないね」


 ララとジェレミー、そしてマナがいつもの軽口を叩く。


「機密事項の説明を受けていたの。マナは大丈夫よ。だって⋯⋯」


 マナはじゃあねというような、肩を引き寄せる軽いハグをした。


「(内緒⋯⋯)」


 ララにそっと囁く。顔をくっつけている相手にだけ伝わる、特殊な口の動き。それは少し離れた、それなりに耳のいいジェレミーやタバサにも拾えない。


 管理人は左手をあげて、中の指三本をちろちろ動かしながら部屋から笑顔で出ていった。


 廊下を歩いていく音を拾いながらタバサは部屋を見回し、一番広く空いている場所まで移動する。テーブルに紙と薄い木でできた一枚の四角い板を置くと、ララもそばに来るように促した。ジェレミーは二人の場所がよく見える位置の椅子を引く。

 マナに向けていた非難めいたタバサの目は、もう温かみを取り戻している。


 締め切った部屋は、王特製の灯りで昼間のように明るかった。他国のような蝋燭や油での、ほの暗い灯りとは比べ物にならない。アイスタニアの王は物作りの天才だ。王が作った物には大抵コアに銀色の素材が使われており、人が簡単に真似できない加工の達人だった。

 外国はこの王特製の灯りを喉から手が出るほど欲しがるはずだが、国内でしか使えない仕組みにしてある。王の作るものは全てアイスタニア王国民のためにある。


 ジェレミーは椅子の背に向かって跨ぐように座っていた。彼は少し早口だ。情報を詰め込んで一息で喋る。


「ここの部屋の椅子って背もたれが低いよね。でも僕の顎を乗せるのにちょうどいい高さだから、結構気に入ってるんだ。肘掛けも布の中に詰め物があって、柔らかいから身を預けられるしね。そういえばここの椅子って宰相の部屋のソファと布の模様が似ているから、同じ人が作ったのかなぁ」


「サルヴァドールのソファセットは外国からの贈り物よ。ふふ、そういう座り方をしていると、ジェレミーって感じよね」


 ララから微笑みかけられたジェレミーは、目を見開いて驚いた。自分でもどうでもいいと思うことを言ったのに、ララが拾って笑顔まで向けてくれた。


「そういうところがララだよね⋯⋯」


 目線を斜め下にずらし、ぽーっとした顔になる。ジェレミーは幸せを噛み締める時間に入ったようだ。


 今日はタバサにシークの基本的な使い方を教えてもらうことになっている。タバサはフロリアン王子のデザインの師匠だ。普段は二人で服飾や美に関する仕事をしている。


「フロリアンが来るのかと思ったけどー。でもタバサのほうが足し算引き算が上手いよね。フロ兄の服って、考えてるうちにどんどんフリルやリボンが増えていっちゃうんだよ」


「ジェレミー様よくわかっていらっしゃる! 最高品質の素材もシルエットも、あの人にとってはフリルやリボンを引き立てるためのただのベースになってしまうんです!」


 タバサは理解者に向けてつい大声を出してしまったが、すぐブレーキをかける。


「こほ。フロリアンはレオーネ様との仕事がありまして。昼に顔を出せるそうです」


 言葉は丁寧だが師匠はフロリアンに様をつけない。


「タバサはいつも背筋がしゅっとしていて、佇まいも美しいわよね。存在が芸術だわ、見とれちゃう」


 ララは父と母の、のほほんとした雰囲気を継いでいるとよく言われる。ジェレミーとタバサは早口なのでさっさと会話は進んでいくが、ララはまだ、皆のよいところを探す頭のままだった。


 でもララが心から言ってくれているのがわかる。タバサは目の前の姫を愛おしく見つめる。


「ララ様からもお褒めの言葉を言われるなんて、なんて素敵な日なんでしょう!」


 タバサは仰々しいところがある。今も舞台の上に立って観客に向けてに話しかけているような発声と仕草だった。しかしタバサはちゃんと自制心が働き、すぐ元の道に帰ってくるので、その落差が清々しい。敬語を使わないようにと言われても、なかなか直らないタイプの一人だった。

 彼女(・・)はテーブルに置いていた、ララの胸元からおへそまでが隠れそうな大きい紙板を手に取った。


「ララ様、シークの登録はお済みですか」


 タバサはララの肩に載っている銀色ナマコ姿のシークを見つめる。


「ええ」


「もう下着はお作りで?」


「下着?」


「服のことはお聞きになりました?」


「なんのことかしら。マナにシークのことで聞いたのは、ステルスと空飛ぶマットと緊急時のことよ」


「そっちかい!」


 四角い板を床にバシッと叩きつけた。タバサの野太い低音ボイスのツッコミを生まれて初めて聞き、笑いを堪えるララ。横を見ると背もたれの上から顔を出しているジェレミーも、口角と頬の筋肉が引き上がって揺れていた。タバサは板を拾い、勢いでずれてしまった眼鏡をくいっと戻す。


「シークは形を変えられるんです」


「今は銀色のナマコみたいよね、柔らかくてぐにゃぐにゃ動いて。さっき空飛ぶマットに変形したのを見たわ」


 ララは軽く潰れてへばりついている肩のシークを、まるで猫を相手にするように撫でる。


「ララ様、シークにケープになれと命令してみてください」


 その言葉を聞いた瞬間、ララは手の動きを止める。彼女の中の期待値がぎゅんと爆上がりした。


「な、なんてこと⋯⋯」


 まだ試していないのにシークが変形するのを想像し、感動で身体が震える十七歳の少女がそこにいる。


 タバサはララの反応を見て頷く。姫は最小限の教えで、物事の本質をわかってくれるはずだ。


 襟巻きのように首にまとわりついたシークに、ララはにやけた口から指令を発する。


「シーク、ケープになって」


 シュッ。

「うおー!」


 ナマコシークが肩でケープに化けた瞬間、ララは野太い声でガッツポーズをした。いましがたタバサの低音ツッコミに影響を受けたのが速攻活用されている。


「あっはっはっ!」


 ジェレミーの笑い声も部屋に響く。ララのこんなにはしゃいだ姿を見るのは初めてだった。


「はっはっ! ジェレミーくん、見たかい! 最高だよこれは!」


 異性口調になったララをジェレミーは楽しそうに見つめる。

 ララはつるつるな銀色ケープを(つま)んでくいくい引っ張っている。


「空とぶマットはさっき見たんでしょ? その時点で気づかなかった?」


「ジェレミーくん、それは無粋(ぶすい)ってもんだ⋯⋯」


 ララは言葉遣いと違い、いかにも少女が喜んでいる踊りで部屋の壁のほうまでくるくる移動する。銀色ケープの動きや肌感を確かめているようだ。


「まだ途中ですよ。それとも説明はもういりませんか」

「お願いします!」


 ぴょんと一回のジャンプで、タバサの前へ戻る器用なララ。ララ三人分の距離はあった。


「このまま銀色ケープのままですと人目を引いてしまいます。我が国は金や銀の装飾は最小限にしていますから」


「このままでは? 待って、また期待値が⋯⋯」


「色を変えられます」

「うわー! っく〜!」


 タバサはやっぱり優しい。ララの感動噛み締めタイムを最低限は邪魔をしない。


「シ、シーク⋯⋯ケープを赤色にして⋯⋯」

 シュン。


「赤ー! 赤ー!」

 ララは後ろにのけぞりながら叫んでいる。


「見た目の質感も変えられますよ」


「ひー! シーク、見た目を亜麻100%の生地にして!」

 シュン。


「ありがとうシーク⋯⋯もしかして花柄とかもつけられる?」

 シュン。


 ジェレミーはララがシークにありがとうと言っているのを見てぷっと吹き出す。そして不思議に思った。これまで物に対して、生き物を相手にするようなララを見たことがなかったからだ。


「シーク、ケープの(ふち)にレース」

 シュン。


「お見事です。初めてでここまで操作できるのなら、デザインは後で色々試しましょう。それではシークの役目をお伝えします」


 タバサはこれが本題だと言うように、きりっとした目つきになった。


「シークは貴方様の命を守るためにお側にいます。ですからいつも身に纏っていただきたいのです」


「身に纏う⋯⋯」


「ララ様の身体能力と再生能力があれば、先日のように被害が最小限になりますが、やはり寝ている時なども対処できるように」


「ララは基本的にあまり寝ないけどねー」


 タバサはジェレミーに同意の頷きをしたが、話を進める。


「シークの一部分を下着とアクセサリーに擬態させます。銀色でツルツルのままなら、有事の時にスピード重視で対応でき防御力も高いです。特に一度被害にあった箇所は常時覆っている状態にしてください。清潔を保つ機能もあるので安心してくださいね」


「つまり下着は銀色ってことね」


「はい、肌に優しい質感にしましょう。残りの部分で空飛ぶマットを作ることになりますので、マットシークの時はララ様、肌着姿です」


「なるほどねー。僕一番に乗せてもらおっと」


 ララはさっきマナと一緒にマットシークに乗ったことをジェレミーに言わないでおくことにした。


「そうね。どうせ空飛ぶマットの時は人に見られないように使うけど、タバサ、一応肌着に見えないようなデザインも考えてくれるかしら」


「ええもちろんです。ですから下着と肌着以外の残りのシークで服の部分を作れば洗わずに済みます。旅行の際は服を持って行かなくていいのでとても楽です」


 すっかり異性口調でわざと驚くことを忘れたララは、いつもの花が綻ぶような少女に戻っていた。


「なんて便利なの!」


「ララ様、まだまだ驚いてもらいますよ」

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