2-21 翌日の畑仕事、雨が降る前に
翌日もアデルーンのフランツの畑では朝から種まきが行われた。午後から雨が降るとララが言っていたが、すでに空は厚い雲で覆われている。
フランツは今日初参加の女性に種の撒き方を教えていた。
「種を穴に入れた後はこんなふうに指一本でほんのちょっと土を被せればいいんだ」
「きゃー、難しい!」
「こんなに広い畑、今日で全部種蒔きできる気がしないわ!」
「大丈夫だよ。この野菜は収穫時期をずらしたいから、この畝三列だけでもお願いできるかな」
「えっ、待って! フランツさん優しい!」
ちょっとしたことでも過剰に可愛く反応する若い女性にフランツは目尻を下げていた。
新鮮だ。我が家にとって畑仕事ができない女性は結婚の対象外だが、たまに見るくらいなら心地よい刺激だ──!
妻と弟妹の三人がパレスの護衛隊に行き、両親は医療班の施設に泊まっているため、現在独身気分のフランツは感慨深い表情をしている。
その隣では昨日も参加していた若い女性が畑を見回していた。
踊り子のジリアンとカロリーナに誘われてきたその女性は、今日はしっかり大きな麦わら帽子をかぶって畑仕事をしやすい服装で来ている。
空は曇っているが、その曇り具合が作業のし易さに直結している。麦わらの女性の目が畑からフランツに向かうと笑顔に変わる。
「フランツさん、また何かあったら呼んでくださいね。私畑仕事、結構好きみたいです。土いじりっていいですね」
「うおっ! はっ、はい、ぜひともよろしくお願いします!」
フランツが目尻がさらに下がった。
そんな二日目の畑仕事も順調に始まった中、トーレはノートとっていた。
「トーレ、畑仕事はしちゃだめよ、けがしているんだから」
「そうよ絶対だめよ」
「わかったからちょっと離れてくれないか。字を書きたいんだ」
今日も保全部医療班のアリーチェとクラリッサがトーレを挟むように両脇を固め、丸太に並んで座っている。
昨晩はその日にあったことを宿でノートに書いていたが、ララの雑貨屋でのこと、ステージのこと、畑のことと書く内容が多すぎた。とくに畑は知らないことばかりだ。どうせ手伝えないのだから漏れがないようその場で記録をしようと、畑を見渡せる場所にある丸太に座り、膝の上にノートを置いている。だが二人がべたべたと身体の柔らかいところを寄せてくるので、字が書きづらい。
トーレはジェレミー王子の居る畑に目をやった。王子以外は全員女子のチームだが、昨日は効率よく作業が進んでいる。
「ジェレミーくんは仕事ができる男子なのね!」
「ジェレミー様、私ちょっと疲れました!」
「じゃあ皆があと十回種を蒔いたら休憩にしようか」
ジェレミーが女の子たちと談笑しながら、ささささーっと土に二十の穴をぷすぷす開けると、次に二十人の女の子が穴に種を二、三粒落としてちょんと土を被せる。昨日の今日で見事にフォーメーションが出来上がっていた。
遠目から見ていてもすがすがしいこの光景をしばらくトーレは楽しむ。そして微笑みながらノートに書き記した。
次にトーレはララの居る畑のほうを見る。
昨日と同じく男子ばかりのチームだ。違うところといえば、昨日よりも男子の数が三倍に増えている。昨日はララの種蒔きのスピードに負けないよう、男子たちはへとへとになりながらも男の意地で弱音を吐かず穴をちょんちょん開けていった。強い力を使う作業ではないが、やはり繰り返しの作業であり、追われて移動が早い上、ほとんど止まらない。ララは全く疲れないので、休憩も取らなかった。今日は増員で男子が穴を開けているが、ララに追われるスピードが昨日と全く変わらないことに、参加二日目のメンバーは気づいていた。
「ラッ、ララ、今日も帰りにハグしてくれる?」
息を切らしながら振り向いた先頭の男子が大声でララに問う。今日の男子が多く増えたのはこれが原因だったようだ。本日初参加の男子が目をきらきらさせてララの返事を待っている。
「んー、昨日トーレに言われたの。一人ひとりのハグは時間がかかるから、握手にしたらどうかって」
「なん⋯⋯だと⋯⋯?」
苦虫を噛み潰したような顔になったララチームの男子が、一斉にトーレのほうを向き強く睨む。そう、丸太に座って畑仕事をせず、両脇に女性を従えていちゃいちゃしている美青年を。
トーレは考察していた。
フランツが言っていた。『百人以上が休憩なしで働いたとしてもできるかどうか! しかも真っ暗な夜に!』──。
ララは百人以上の仕事をこなしたのか。密猟者を倒すところも、畑仕事をするところも俺は見ていない。この影武者ララはどんなことをしていたのだろうか。昨日モールでのララの踊りは驚くほど身体が曲がり、宙に浮いているようなジャンプを披露し、多分に漏れず言葉を失ってしまった。だがあれは踊りに特化したものなのだろうか。力強さや、素早さをどれほど持ち合わせているのだろうか。
密猟者の時に五感がいいのは何となく分かったが、ステージの時に花が届いたのも不思議だ。周囲を警戒していたが、人の気配はなかった。自分の気づかないところに従者が潜んでいるという可能性もある。謎の特命部が陰で動いているのだろうか──。
トーレは誰か木陰に潜んでいるのかと、近くの林をじっと見る。馬が三頭繋がれているのが見えたが人は居ない。
そして畑の参加者全員をじっくりと見回す。今日のジリアンとカロリーナたちのチームには保全部や流通部の男性も混じっていた。皆、昨日より笑顔になっている気もする。
「トーレ、他の女の子を見ないでよ!」
「たまにはこっちを見て!」
トーレが他の女性を見回しているのを見て、ぷっくり唇のアリーチェとたぷんとした胸元のクラリッサが、身体をくっつけながら文句を言う。
トーレはこの二人にも畑仕事のアイスタニアポイントが入るのだろうかと疑問に思った。
「はーい! お手伝いポイントの登録をしたら、これも持っていってねー」
昼になり、種蒔きを手伝ってくれた人たちにはフランツの畑で取れたトマト、きゅうり、絹さやと、そしてトーレと同じあの銀の装飾のノート用意されていた。
昨日パティを家に送る手前で雑貨屋の前を通ったので、トーレは店の主人に追加で同じノートを百冊欲しいから宿まで届けてもらうように頼んでいた。
「ほら、トーレとお揃いだよ! すごい書き込みだろう? 仕事ができる感じがして、さすが貴族!」
ジェレミーがトーレの手からノートを奪い、中が見えるように開いて高く持ち上げた。
ララの秘密が書いてあるページが開かれてしまったので、トーレは護衛隊メンバーの特徴をメモしたページまでめくって隠した。
保全部と流通部の男性はノートを目にしてざわざわと感心した声を上げるが、ララチームの男子は怪訝な表情で睨んでいる。
「貴族って名前だけじゃないのか?」
「ああ〝意味なし貴族〟だろう? 違うのか?」
アイスタニアでは貴族の地位がかなり低いのだろうか。耳に小さい話し声が届いたトーレは、貴族という階級が笑いのネタに使われていそうな気がした。
「ララもこのノートを持っているんだよー!」
「ええ、そうよ。皆お揃いねー!」
少し離れたところでララが声をあげた。抜いていた雑草をぶんぶん振って、明るい笑顔を見せるララに、チームの男子が一瞬で溶けるようにほんわかする。
ジェレミーが周りにいるララの新規ファンに聞こえるように大声で言った。
「そうだよー、これはアデルーンギャザリングで手に入るからねー! はい、どうぞ」
ジェレミーもきらっきらの笑顔で女の子にノートを配り、女子はきゃーっと声を上げる。
これが誘い水となって雑貨屋のノートの在庫が減るかもしれない──ジェレミーはアデルーンの悩みを一つ解決したような満足感で、心の隙間が少し埋まった気がした。
それに続いてフランツが新鮮なトマトときゅうり、絹さやを参加者に配り始める。
「本当は食事の提供をしたかったけど、雨が降るから急いで帰ることを今日は優先させているんだ。また来てくれたらその時は食事を用意するからね」
フランツは野菜を受け取った麦わら帽子の女性に説明した。
その横では配布の手伝いをしていたトーレに声が掛かる。ララチームの三倍増しの男子がトーレを囲み、アリーチェとクラリッサがトーレの脇で警戒した顔に変わった。
「〝貴族〟のトーレ、ちょっと話があるんだけど」
まだ風は強くない。この天気は皆が家に着くまでは持つだろう。
ララは林の近くで一人道端に咲いている白い花を見ていた。
昨日自分に届いた謎の黄色い花は、ハクラスカ帝国で咲いている花のようだとトーレが教えてくれたことを思い出す。
「パレスに戻ったら、カルメロやダニエルに聞いてみようかしら」
ララは庭師と研究者の名前を口に出す。昨日の一輪残った花は銀の装飾のノートに挟んで押し花にしていた。
そんなララに三人の男性が近寄っていく。
「ララちゃん」




