2-19 タウン・クライヤーのパティ
「では今から畑へ向かい夕方まで種蒔き、そして明日は朝から昼までの作業だ。午後には雨が降るそうだからな」
保全部長のマーカスがララに笑顔を向け、ララはそのとおりといった顔で頷いた。
ステージが終演になると、マーカスと流通部長のウォルターによって事前に集められていた者たちが、畑作業のために緑色の大型箱車に乗りこんでいった。先ほどステージ上で呼びかけたところ、新規の手伝う者が予想より多く集まったため、トーレはパレスから持ってきた青の大型箱車も使って皆を畑へ連れていくことを提案。ララたちは箱車を停めてある宿に一旦戻ることになった。
今日のモールは特に人が集まった。賑やかな町の雰囲気を味わいながらララとジェレミー、そしてトーレはときどき声を掛けられたり手を振り返して歩き進める。
「ジェレミーたちはいつまでアデルーンに居られるのー?」
「まだ決まってないんだー!」
「ララの歌と踊りよかったよ! またステージに上がってよ」
「ありがとう! 文化部長のシモネッタにリクエストしてみて!」
きっとこれまでアデルーンに来ていた王族たちが関係を築いてきたのだろう、アデルーンの町民が気軽に声を掛けてきてくれる。
宿まであと半分くらいのところまで歩いた辺りで子供たちの集団を追い越そうとすると、女の子がちょっと咳をする声が聞こえた。
アデルーンに到着しララたちが町長のハサンと初対面したときに、後ろにいた子供たちの一人だ。今さっきのステージではララの歌と踊りを前のほうで観ていた。
ララが近づいていくとその女の子から風邪特有の匂いを察知したため、さっと回り込んで声を掛ける。
「あなた、タウン・クライヤーよね」
「あっ!」子供たちが足を止め、ララたちを一人ずつ見る。
「すごい、一度も喋ってもいないのに覚えていてくれていたの?!」
その言葉に横のジェレミーも当然といった顔で頷いた。
子供たちは驚いた顔でお互いの顔を見合わせ、声を掛けられ目をきらきらさせた女の子は心に溜めていた感動を早口で捲し立てた。
「ララちゃんの踊りすごく良かった! 今までに観たことのない踊りで目が離せなかったわ。歌もとてもすてきで私も覚えて歌いたいくらい! それに私とララちゃん似ていると思うの。私は長女だけどまるで私のお姉ちゃんみたいで、髪とか雰囲気とかっ⋯⋯けほん⋯⋯けほんっ」
ララより握りこぶし1個分ほど背が低く、髪は白っぽい淡い紺色をしているが、言われたとおりなんだかララと雰囲気が似ている。遠目から見れば本当に姉妹のように見えそうだ。
咳が話を止めてしまい、ララは女の子の背中に手を置いた。
「この子パトリシアっていうんだよ。僕はアラステア、僕たちみんな近所なんだ」
アラステアはララたちの宿と近い方向を指した。
「パティって呼んで、ララちゃん」
「そう、それなら私が家まで送ってあげる。パティ、ちょっと鼻と喉に炎症を起こしているみたいよ。だから大事にして、おんぶするわ」
「えんしょう?」
「ひどくなると痛いほど腫れたり、熱が出るかもしれないの」
匂いと音が特徴的だ、咽頭炎が始まっている。トーレの傷がすぐに治らないように、パティも炎症がおさまるまで時間が掛かるのかララにはわからない。でももう今日は家で休んでもらいたい。
「一緒に帰りましょう」
ララはさっとパティを背負った。有無も言わさない速さだったのでパティは思わず息を呑んだが、ララに甘えられるこの体勢が嬉しい。今日の歌姫を独占している優越感でパティはおんぶされながら得意な表情になっていた。タウン・クライヤー仲間にしたり顔を見せ、子供たちはパティに羨ましそうな顔を向けている。
トーレがおんぶを代わると言ってくれたが、背中をけがしている。もしパティが伝染病だった場合ララなら発症することはないし、体力もトーレよりあるので代わる必要がなかった。
でもトーレは自分より小さな女の子におんぶを任せるのがもやもやしたらしい。ララとジェレミーから少し離れて、たくさんの町民が広場から帰宅する波を警戒しながら、タウン・クライヤーの中で小さい二人と手を繋いで歩くことにした。
アラステアたちを順に家まで送ると、あとはパティの家で最後だ。
アデルーンギャザリングの前を通るルートだったため、用を思い出したトーレは「すぐ終わるから」と雑貨屋に入っていった。
パティをおんぶしたまま外で待ち、ララが窓から暗い店内を覗くと、奥の壁にあるはずの商品が見つからない。そう、あの長い柄の先にすくい網が付いている〝タモ網〟が展示されていた位置から消えていた。
普通の人なら外からは窓の中の店内は暗くて奥まで見えないが、ララなら近寄らなくとも十分に見える。
「タモ網が、ない⋯⋯?」
ショックで身体が固まってしまったララに、察したジェレミーが落ち着かせるように言う。また座りこんで駄々をこねられたら面倒だ。
「タモ網ならどこの町でも売ってるよ。それこそパレスにだって」
「だめだぞ、タモ網は」
ちょうど店から出てきたトーレに釘を刺されてしまう。
「だめだって言われると、欲しくなっちゃうのよ」
ララは少し淋しそうな顔をした。
残りの道を歩いている間はララの言葉数が少なかった。
パティの家まで一緒に歩いてきたが、トーレだけ玄関先で別れることにする。
「宿に戻って箱車の準備をするから先に戻る。でも二人の戻りが遅かったら迎えに来る」
「うん。大丈夫すぐに戻るよ。畑に行くからね」
パティをおんぶしたララとジェレミーは玄関に繋がる七段ほどの階段を登る。皆が扉から入っていくのをトーレは見守った。
宿はここから道二本向こう側だが、今日はすでに雑貨屋と宿を行き来しているのであの二人なら迷うこともないだろう──トーレは最後に周囲を見回した。ハクラスカ帝国にいたときの警備のように確認は怠らない。今自分が居る道は住人くらいしか通らないであろう少し細い道だった。
窓から覗いている者もいない。ララたちと歩いてきた大通りから、宿のある大通りへ繋がる垂直の道があり、馬に乗った男がゆっくりと通り過ぎていく。
パティは自分とララが似ているようなことを言っていた。まだ背は低いが、確かに骨格や顔の雰囲気は近いものがあった。いつか必要になるかもしれない、影武者になりそうだと今晩ノートに書いておこう。しかし影武者の影武者か──トーレは馬の姿が見えなくなったのを確認し、その場から立ち去った。
「あのねお父さん、ララちゃんが素敵だったの。私も同じようになりたい、歌も覚えたいっ⋯⋯けほけほん!」
パティの父親もちょうど帰宅したばかりだった。淡い紺色の緩やかなウエーブの髪が強い目元を柔らかくしてくれている。
「ジェレミー、ララ、夕飯を食べていくかい? 今日は新鮮なキャベツと玉ねぎが手に入ったんだ」
「それはパティに食べさせてあげて、咳が出ているんだ。僕たちはこれから宿に戻って皆で畑に行くんだよ」
ジェレミーの言葉にパティが反応し、いつもとは違う我が出る。
「私も行きたい!」
「パティ⋯⋯」
ララは花のカチューシャを頭から外した。
「ちゃんと家で休んでくれるなら、これをあなたにあげるわ」
パティに花飾りを渡すララ。
「あ⋯⋯」
嬉しさが溢れ出し、パティは言葉がすぐに出ない。ララが着けていたとても綺麗なカチューシャを受け取ったパティは、それを宝物のように大切に胸にくっつけた。
「ありがとう、嬉しい⋯⋯とても嬉しい⋯⋯」
「いつも思うけれど、ララが作った花の飾りって長持ちするよね。こんなふうに編んだらすぐ萎れそうなのに、一日は綺麗な状態で持ってくれるんだ」
「そうね。花が届いた日は、ずっと飾っていたいと思いながら一輪ずつ編んでいるの。花に伝わっているのかしら」
ララは胸に刺していた一輪の花を、代わりに髪に差した。寝癖隠しに差してあげたジェレミーとは反対側でお揃いだ。
「じゃあ行くよー。ララ、パティの咳が治ったらあの歌を教えてあげたら」
「もちろんよ。パティ、私がアデルーンに居る間に教えてあげたいから、ちゃんと身体を休めてね」
いつもは長女の役目でしっかり屋さん演じている娘が、ララの前では妹のように甘えているのを見て、パティの父親はなんだか微笑ましく思った。
「ジェレミー、ララ、ありがとう」
ララは頷くと目線を窓のほうにちらっと移した。
「ねえ、外から花のいい香りがするわ」
「ああ、裏口に植えてあるクチナンの白い花だ。ちょうど咲き始めで強くいい香りがする。裏といっても店が多い道だから、町的にはそっちが表なんだが」
「ララちゃん、こっちの裏の扉から出て、右に進んで最初の角を左に行けば向こうの大通りに出るからすぐに宿屋が見えるわよ」
ララたちはクチナンの白い花を見ながら宿屋へ帰ることにした。




