2-17 自己紹介と歓迎の宴
元の立ち位置に戻ったジェレミーは手のひらをララのほうに向け、指先をちらちら動かした。
「じゃあララの声を皆に聞かせてあげて」
ステージの中央へ、ララは小幅の足取りでつたたたたと寄っていく。正面でぴたっと止まり、とびきりの笑顔を町民へ向けると、息を止めた音があちこちからララの耳に届いた。
「初めましてー、パレスからやって来た、〝十七年モノ〟の箱入り娘、ララです!」
ララはわざとここで溜め、観客の声を待つように手を大きく振る。
聞き慣れないキャッチフレーズ付きの挨拶を咀嚼するように、町民はララを見つめると、遅れて歓声が上がってくる。
「おっ? おー!」
「おー!」
「私はこれまでずっと、パレスの家と庭の周辺だけで過ごしてきました。町を歩いたのは、今回このアデルーンが、初めてです!」
「おおー! 初めてー?!」
「おー!」
町民の声が大きさを取り戻す。
「昨日は、空の光を浴びたアデルーンの畑に感動し、今日は初めてお店に入りました! 畑、至高! お店、最高っ!」
「おおー、初めてー!」
「やー!」
「是非アイスタニアのこと、アデルーンのことを、皆さんと一緒にお話ししたいです! 皆、ララって呼んでね!」
少しずつ区切りながら、ララは大きくはっきりと全身を使って声を響かせた。
「おおー! ララー!」
「ララー!」
「花の妖精みたい!」
「お花のお姫様!」
「ララー!」
会場もだんだんと熱を持つ。花のカチューシャを頭に飾り、花びらのようにひらひらとしたドレスのララに魅了され、さらに声が上がった。
そこでジェレミーが湧き上がった観客を煽るように追加情報を投入する。
「ララはルナの妹なんだ! ルナはここに何度か来ているから皆知っているよね! ルナとララは王族の男性たちで取り合いになること必須! ドロドロ愛憎劇を乞うご期待!」
「おおー!」
「あっはっは! ルナも相当美人だよなー!」
「ジェレミーも頑張れよー!」
「楽しみにしてるわよー!」
「なんという下世話⋯⋯」
「なっなんてことを言うの!」
トーレは吐露し、ララは珍しく顔を赤くして、ジェレミーに文句を言う。
今まで親族に言われても、結婚はまだまだ先のことに感じていたため、他人事のような返事をしていた。母親が結婚したのも百歳を超えてからだ。しかしこんなにたくさんの王国民の前で宣言され、一気に自分自身のことなんだと意識してしまった。
「ときどき王国民の関心を王族に向けないとね。このくらい刺激があるほうがいいんだよ」
取り合いやドロドロになることが自分とは全く関係がないとでも思っているのだろうか。ずっと後に、今言ったことを後悔するとも知らず、ジェレミーはいたずらっ子のように笑う。
王子はさらに隣へ移動し、トーレのそばに立つ。ジェレミーのステージパフォーマンスにトーレは呆れたままの表情だった。
「そしてその隣は、最近ハクラスカ帝国から帰って来たトーレ! 向こうでは貴族の息子として過ごしてきたんだ。帰国してすぐにララの命を救ったんだよ! そしてそう、三日前に〝ただの貴族〟になって、今は御者だよー!」
「おー! 命を救ったって?!」
「よくあの国から生きて帰って来れたなー!」
「あはは! 王国内で貴族なんて聞いたことがないぞ!」
「わー!」
まだ本人の声を出した挨拶は始ってもいないが、盛り上がった会場にはすでに歓声が上がっていた。このアイスタニアでは王侯貴族はただのカテゴリーの一つ、所属名のような扱いだ。だがそれを踏まえてもジェレミーの紹介は蔑ろ臭が強かった。
貴族というのは道化師のように滑稽な存在なのだろうか。
パレスの職員にはタメ口対応されやっと言われ慣れてきたが、まさかこんな大勢の場で笑われるとはトーレは想像だにしなかった。しかも下に見られている感もある。
トーレは堂々と大きな身体でステージの前に出てきた。
考えてみれば王族でもない御者が挨拶するためにステージに上がるなどおかしな状況にも思えるが、一年に二十四回ここで町民の誕生会が開かれていると聞いていた。まあジェレミーたちよりおとなしく挨拶すればいいのだろうと、トーレは一人納得する。
「五歳でハクラスカ帝国へ渡り、二十歳になって先日帰国したばかりだ! 箱車のことも全く知らず、御者席に乗った時はとても驚いた。アイスタニアのことをいろいろ教えて欲しい、トーレと呼んでくれ!」
言い終わるとすぐ、観客に怪しい者がいないか凝視を始める。美青年トーレの熱視線が通ったあとからは、女性の悲鳴も聞こえてきた。
「きゃー!」
「教えるわー!」
「トーレ!」
「ハクラスカ帰りだからか、偉そうな喋り方だなぁ!」
「あははは!」
観衆はうんうんと頷き、自分たちのほうがこの国をよくわかっていると自負心に満ちた空気になる。
さっきより観客は増え、二千五百人はいるかもしれない。これだけの多人数の前で素人離れした司会者のように、ジェレミーはよろしくねーと手を振りながら愛嬌よくステージの上手から下手へ歩く。ジェレミーだって美少年だ。目の合った少女たちがきゃーっと声を挙げる。上から見ているとララにはわかる、あれはアイドルに会えた時のような歓喜の表情だ。〝手の届く王族〟を演出しているジェレミーは聴衆を見回しているようで、女子にしか視線を合わせていない──アイドルの素質がある。
三人の挨拶が一区切りしたところを見計らって、町長ハサンと保全、文化、流通の各部長がステージに上がってきた。
保全部長マーカスは流れを止めずすぐに町民に話しかける。
「皆さん、ジェレミー、ララ、トーレは、昨日自然保護地域に居た外国の密猟者を捕まえてくれたんだ!」
「なんてこった! すごいな!」
「ジェレミー!」
「トーレ! トーレ!」
「ララー!」
ステージを見上げている群衆から地を響かせるような歓声が上がる。
「(ララが全部やっつけたんだけどねー)」
ジェレミーは観客への笑顔のまま二人に聞こえる程度の小さな声で追補した。
「それは言わなくていいわよ」
「そうだぞ余計なことは言うなよ」
力を隠さないといけない姫の言葉に、棍棒で殴られ地面に伏せていた男も同調する。
町長ハサンと流通部長のウォルターが後でお知らせがあるから最後まで残ってくれと観客に言い残し、文化部芸能班の舞台へと変わった。
文化部長のシモネッタと芸能班十三人の踊り子たちがステージに上がると声援が起こる。
「シモネッター!」
「ジリアン!」
「カロリーナ!」
手の指から肘へ繋がる白いレースを揺らしながら手を振っている。大きな花柄のドレスと、編み込んだ髪をきっちり纏めた、皆お揃いのヘアスタイルだ。
きっと人気の職業なのだろう、観客の少女たちが踊り子へ憧れの目を向けている。
踊り子に続き、ステージに上がってきた男女三人ずつの合唱隊は、楽器隊七人が配置に着くのを待っている。一人だけ楽器を持っていなかった男性は、すでにステージ上に設置されていた大型の箱の前で立ち止まった。近くに立っていたララが箱の中を覗くと、チェンバロのように弦を弾いて演奏する鍵盤楽器が仕込まれていた。全員立って演奏をするようで椅子は一つもない。
ヴァイオリン奏者がラの音を出すと、楽器隊も間髪入れずに同じくラの音を出し、そこからいきなり演奏は始まった。
「ラッラーから始まる演奏だな」トーレがふと呟いた言葉に、自分の名前を呼ばれたのかと思いララが目をぱちくりさせる。
ハクラスカ帝国の言い回しだろうか。トーレはそれ以上説明することはなく、三人はステージの端から演奏を見守った。
陽気なメロディに合わせ、合唱隊の男女が楽しい会話をするような掛け合いの歌をうたう。
ララがちょろっと思い出したアイドルライブの記憶と重なるような光景が繰り広げられ、リズムをとるように身体が揺れる。
トーレにとってもアイスタニアに帰国して初めての賑やかな時間だ。事前に踊り子十三人との挨拶も終え名前も覚えているので、より深く楽しめるのではないだろうか。
「華やかだ⋯⋯歌、演奏、そして踊っているほうも楽しそうにしている⋯⋯何て自由なんだ」
ステージは空の光が朝、顔を出す方角に作られていた。午後から夕方にかけてステージが使われる時は、観客は眩しくない。今は観客たちの頭の後ろに空の光が移動し、踊り子たちを照らしている。
花柄のドレスの彼女らは五人組が二列と三人組が一列に分かれ、同じ動きを始める。左右の五人組の列が対称になるように片手を上げながらその場を回り、三人組は背後の中央から割って出てきて会場を盛り上げる。
シモネッタは三人組のすぐ後ろから現れ、ソロで踊り始めた。少し悩ましげに肘を上げながらゆっくり回ったり、指先までエネルギーを発しながら観客へ向けて揺らしている。
町民にはお馴染みの演目のようで、ソロになると踊り子の名前がコールされ、手拍子が始まった。
「シモネッタ、ヘイ! シモネッタ、ヘイ!」
「ジリアン、フー! ジリアン、フー!」
「オー、カロリーナ! オー、カロリーナ!」
芸能班のステージが終わると踊り子たちはそのままステージに残り、シモネッタがジェレミーとララを再びステージ中央に呼ぶ。トーレは踊り子たちに両方の腕を組まれ、身動きできなくなってしまった。踊って熱を持った女性たちがトーレを囲んでむんむんしている。
ララは小さくぴょんぴょんと跳ねながら、芸能班の舞台に興奮した口調でシモネッタと観客に喋り始めた。
「歌も演奏も心を動かすすてきな響きだったわ! 一緒に踊りたくなっちゃった! そう、そうよ、私も歌って踊りたい、この大きなステージで!」
「えっララ、ここで歌って踊るの?」
ジェレミーはララの突然の提案に少しばかり驚いた。鼻歌程度で歌っているのはパレスで耳にしていたが、いままで踊っているのを見たことがなかったからだ。
「わー!」群衆がすかさず歓声を上げる。
「ねえアデルーンのみんな! なんとここに居るララ、今まで買い物をしたことがなかったんだけど、さっきアイスタニアポイントを確認したらゼロ! ゼロポイントだったんだ! 王族はポイントの定期支給が無いし自分で稼がないといけないから、少しは皆の役に立つところを見てもらわないと!」
「やだ、ゼロポイントのことは言わないで!」
恥ずかしそうにするララに観衆から大きな笑い声が上がる。
「ゼロなんて聞いたことがないぞー!」
「俺の嫁にくれば苦労させないぞー!」
「あははは!」
他の演者は邪魔にならないようすでに端のほうへ移動して、群衆へ片手を上げたララを見つめていた。
「ではララ、行きまーす!」




