2-16 謎の花が届く日
アデルーンのモール中央には広場のような遊歩道があり、その北東側には遠くからも眺められる階段六段分の高さのステージが設置されている。ララ、ジェレミー、トーレの三人は新品の鍬とノートを宿に置いた後、文化部芸能班の催しがされるこの広場までやって来た。
昨日文化部長のシモネッタが、ララたちのために歌や踊りをステージで披露すると約束し、そのあとすぐにタウン・クライヤーの少年少女が町中に触れ回った。そして今、広場には数えきれないほどの町民が集まっている。
「わあ、こんなにたくさんの人がこの町には居るのね!」
モールの入り口で、ララは初めて見るたくさんの人に驚いていた。
町長ハサンは三人を見て、安心したように自分の顎髭をつまむ。朝のララは起こしてもほぼ寝ている状態だったが今はもうすっかり覚醒したようだ。けがをしているトーレはそれを臆面にも出さず、警備をするように周囲を適度に気にしている。若いのにしっかりしていると感心した。ジェレミーも寝癖とわからない程度まで髪が落ち着いてきている。
「この町には四千人強が住んでいるぞ。しかしここまでの人数が集まるのは王族がやって来たときくらいだ。ここでは一年に二十四回、町民の誕生会が行われ、一人ずつステージ上で紹介して食料品や日用品などのお祝い品を贈呈しているんだ。文化部芸能班の歌や踊り、演奏も披露されてな。普段から身近に使われているから、今日みたいな突発的な催しも大歓迎だ」
広場にはすでに屋台が設置され、料理が振る舞われていた。ララたちの箱車で運ばれてきた乾燥トマトや豆などが、屋台で調理されている。それらを煮込んだ美味しそうな匂いがモール中を漂い、町民は普段持ち歩いているマイカップで煮物を受け取っていた。アテンドのハサンは混んできた広場から三人を連れてステージへ向かう。
「さあ、そろそろ始めようかしら」文化部長のシモネッタは身体中からエネルギーをほとばしらせながら見回した。
ステージの裏手ではジェレミーたち三人の後ろに、芸能班が並んでいた。合唱隊だろうか、肩から太ももまである、お揃いのチュニックを着た六人がさっきから発生練習をしている。その後ろに弦楽器を持った六人と手ぶらの者が一人、芸能班の踊り子十三人が並んでいる。
踊り子たちのドレスは大きな花柄の布で彩られ、腕には肘から中指にかけてゆったりとしたレースの白い布が羽のように付いている。きっと腕を広げて踊ると遠くからでも優美に見えるだろう。
「シモネッター! ちょっと来てくれ!」
離れた場所から保全部長マーカスの声が掛かった。
「もう! マーカスがこっちに来ればいいのに!」
シモネッタは「すぐに戻るわ」とその場を離れ、皆が彼女を目で追ったその時──、
ララの胸元には突然花束が現れた。
今からステージに上がると言う直前だ。上や横から投げられてきたのではないことはララには分かった。
「きた⋯⋯今日なのね⋯⋯」
何もないところから不意に飛び出て来たのは、ひらひらとした黄色い花びらが幾重にも集まっている花、二十輪ほどだった。
一輪の大きさは手の親指と人差し指で輪っかを作った大きさに近い。パレスの庭師カルメロと花の手入れをしていたが、見たことのない種類だ。
「ん? ララどこで花を貰ったんだ、マリーゴ⋯⋯なんとかに似ているな」
「トーレ、花に詳しいのね!」ララが驚いた。
「いや、学者の護衛でハクラスカの西側へ行ったときに、そっくりな花が自生していた。薬に使いたいと学者がたくさん摘んでいたんだ」
ジェレミーが踊り子たちからララの花束に目線を移す。
「あっ、ララまた届いたの? 誰からか分からない花。もしかしてこの近くにいるのかな」
そうならばこの花の差出人を探しに行きたいが、これからステージに上がるのでここから離れられない。
「ねえ、本当にジェレミーじゃないの? この四年、花が届く時いつもジェレミーが一番近いわ」
「知らないよ。でも僕からってことにしてもらえたら、僕が得した気分になるかも」
ジェレミーがふざけたことを言っているが、本当に違うらしい。
「そういえば届くのはいつも昼頃のような気がするわ。日にちが同じだけど、時間も同じなのかしら」
ララはちょうど四年前のことを思い出す。
十三歳の時から一年に一度花が届くようになった。あの時は誰かがサプライズで送ってくれた物かと喜んだ。
翌年も同じ時期に突然花束が目の前に現れたが、花の種類は一年前とは別で、本数も違った。不思議に思う感じが嬉しさを上回る。
三年目、同じ日に現れることに気がついた。親戚やパレスの職員に聞いてもこの日の特別な意味が分からない。
自分を含め誰かの誕生日ではないし、それこそ自分が何かをできるようになった記念日でさえなかった。物を移動させることができる能力の王族は父親を含めほんの一握りだ。皆、首を傾げていた。
花束はいつも突然ララの目の前に現れ、誰から送られたものか分からない。
一度目の時から、小さい花はカチューシャにしたり、大きな花の時には髪に挿したりと、いつも頭に飾ってみた。この花を送ってくれた人が近くにいるのなら、目立つよう頭に付けていれば見てくれるかもしれないと望みを込めて──。
ララの頭の花飾りは第三王子アリーに印象深く映ったようで、それ以来、アリーの描くララの似顔絵にはいつも頭に花が付いている。この前外国に滞在中だったアリーから届いた手紙にも、花を頭に飾ったララの絵が送られてきた。
アリーには外国を旅する直前に、物と物の場所を交換する能力が生まれ始めていた。時間をかけて集中しても、栄養粒を入れる小箱程度の大きさしか交換することができなかったので、アリーでもなさそうだ。
そして花束が届いた四回目の今日、やはり同じ日だった。
⋯⋯なにか意味があるんだわ。でもこれからステージに上がり、挨拶をしなければいけない──。
「ジェレミーすぐ戻るわ。覗かないでね、着替えるから」
すぐ傍にちょうどいい大きな木箱の物陰があった。ララはその後ろにしゃがみ、届いた花束で、しゅぱぱぱぱーと花を編む。ララの特殊な身体、器用な指先を使い、一瞬で花のカチューシャが出来上がった。
去年までは花を一本だけ残し胸元に飾るようにしていたが、今日はさらにもう一本、カチューシャを編む前に余分に残す。
ララはそのカチューシャを頭に着けるとシークの服も変える。タバサにデザインを考えてもらった、花のカチューシャをつけた時に合う服だ。
花を目立たせるために服に強い個性のデザインは組み込んでいないが、シルエットは美しい。全体が花びらのように裾に向けてふわっと、袖も手の方に向かうにつれ先が広くなっている。
「(シーク、今日は黄色の花に合わせて色を変えて)」
服は瞬く間にピンクから明るい黄色に変わった──。
「アイスタニア王国に敬礼!」
右手を心臓に当て目をつぶり、自然に感謝するイメージをしながら空に円を描くように頭を一回りさせる。
自然への愛を表現する挨拶からその会は始まった。
広い遊歩道の両脇に並んだ店の中からはステージを見ようと売り子も出てきている。
ステージに上がったジェレミーとララ、そしてトーレの前にはたくさんの町民が集まっていた。
観客は二千人は超えているだろうか。前のほうにはジェレミーと同年代の少年少女、赤ちゃんを抱いた祖父、祖母を支える孫が優先的に並んでいる。仕事を終えてきた女性たちや、お腹を空かせて屋台の煮物を食べている男性たちが自然な活気を生んでいた。雲が多く適度に影が訪れ、今日の屋外は過ごしやすい。
ステージに司会者は居なく、三人だけが立っている。進行役はステージに上がった自分たちで行うスタイルだ。
ジェレミーの直りきらない寝癖をごまかすように、直前にララが黄色の花を一本頭に飾ってくれた。花をお揃いで頭に飾るのがなんだか照れくさかったが、吹っ切って王子はたくさんの観衆に通る声を出した。
「アデルーンの紳士淑女の皆さん、初めましてー!」
王族特製の道具が設置されているようで、後ろのほうの観客にもしっかり声が届いている。さらにずいぶん離れたほうで気づいた人が遊歩道を駆け寄ってくるのが見えた。
「僕はただの王位継承権第四位の王子、ジェレミー! この町でいろいろなことを学びたいから気軽にジェレミーって呼びかけてね。今日はここまで足を運んでくれてありがとー!」
「わー!」
「おおー! ジェレミー!」
「ジェレミー!」
いつもの早口は抑え、遠くまでよく通る声で挨拶をした王子は、後ろの観客まで見えるように身体を大袈裟に動かしてジャンプまでしている。
町の人もステージとの掛け合いが慣れているのか、コール&レスポンスが自然にできている。会場には最初から一体感が生まれていて心地よい。
ララはパレスでのお披露目会の時のようにうずうずしていた。
たくさんの人に見られていると、何か披露したほうがいいかという気持ちになってくる。
ジェレミーの挨拶を見て、昨日密猟者を捕まえた直後の休憩で新しく思い出した、別の生の記憶の欠片が顔を出す。
幼児期のクラシックバレエ、小学生では空手と水泳の習い事、中学校の授業のダンス。そして、観に行った推しグループのスタジアムライブ。
アイドルライブ参戦時では、自分は観客としてポジティブエネルギーを浴びまくっていた。ステージ上の全パフォーマンスを逃さないよう、吸収するように楽しんでいた自分──。
ジェレミーはくるくるっと回りながらでララに近寄り、観客へ向けて声を出し続ける。
「そして隣が、アイスタニアの期待の星! 王族の端くれ、ララ!」
「わー!」
「おおー!」
「王族の端くれ⋯⋯」
トーレがジェレミーを驚いて見ている。外国ではあり得ないひどい紹介の仕方だ。




