2-15 人権のない王族の品選び
雑貨屋へ行くには、宿から二本向こうの大通りに出ればいい。
これまでパレスの別邸に閉じこもっていたお姫様は、家が建ち並んだ何気ない細い道を通り過ぎるだけでも、気分が上がっていた。
昨晩の、身を隠しながら全速力で畑へ向かう時とはわけが違う。
あの時は暗い町並みを味わうこともなくひたすらに走っていた。
ララは昨日荘厳な畑に感動した際に、大気の状態からもうすぐ雨がやってくることを察知していた。次の雨が降るまでに種を蒔いた状態にしておきたかったと言うフランツの笑顔を見たかった。外に飛び出して役に立ちたい、そんな思いがララを突き動かす。
「さて、はじめますか」
昨晩は誰もいない畑へ到着すると、列のように畑の土を盛り上げる畝立てという作業を一人で行った。初めは力に頼りすぎて鍬の柄を三本壊してしまった。慣れると自分の骨や筋肉の弾力性をうまく使い、鍬への負荷を減らす。ライブスタジアム会場一つ分の畝立てが終わるころにはもうララはゾーンに入っていた。
一晩中〝作物が丈夫に育ちますように〟と願いを込めながら猛スピードで作業ををする。その願いはもしかしたらララの〝能力〟を少し使っていたのかもしれない。残り半分はさらに短い時間で進めることができた。空の光がほんの少し顔を出し、最終的にライブスタジアム会場二つ分の面積ほどの作業を終えた頃には鍬の柄が五本折れてしまっていた。
畑からの帰りは、宙に浮かぶマットシークに自分の身体を任せる。限界を迎え仰向けに寝転んだ状態でララは町まで運ばれて行った。町の入り口からは念の為シークにララの姿を隠してもらい、宿に着くと窓から部屋へ入ってベッドに倒れ込む。体力は人並み以上にあるが、さすがに疲れている。体力とは別に〝能力〟を使うと異なる疲れが発生するが、ララはそのどちらもすでに使い切っていた。
シークのクーリングタイムはあともう少しかかるだろう。それまではシークの特別な操作はできない。
そんなわけで、朝に慌てて宿にやってきたフランツに起こされたが初めは眠気に勝てなかった。だが雑貨屋へ新しい鍬を探しにいくのも楽しみで、短時間の二度寝では起きることができた。
今は空の光を浴びている。町を眺めながら仲間と歩くのは初めてだ。
日常の風景に感嘆しながら先頭を歩くララは、町の中心部に続く大通りに出る。そこに雑貨屋はあった。
「アデルーンギャザリング、ここね」
保全部長マーカスに聞いていた店の名前の看板を見つけ、ララは立ち止まる。
店の横の木に馬が一頭繋がれているのを見ただけでもララにとっては愛おしい風景だ。つい馬に笑顔を送ってしまう。
外から見える窓際には異国の特徴的な形の籠や鍋、装飾のついた小箱が飾られているのが分かる。
店の扉を開ける手前で立ち止まり、後ろ手に組んだ身体をゆっくりと感慨深く振り返らせるララ。
「ジェレミーくん、ここが夢の国の入り口かね」
「そうだね、ララにとっては楽園じゃないかな」
ララの口調が魅惑的なおもちゃを見つけた時のようになっている。
「何を言っているんだ? ほら入るぞ」
トーレは大きい手でララとジェレミーの頭をがしっと鷲掴みした。
外国商人の移動が唯一許可されている町だけあって、店の中には異国情緒溢れる商品が集まっていた。とくに生活で使われる籠はバリエーションが多く、細い柳の枝でサーラン独特の網目模様で編まれているものが、店に入ったすぐ壁際に置いてある。
店の中心へ誘う商品台の始まりには、紐を結んで装飾的に模様が編まれたマクラメの荷物入れが飾られていた。目を引く場所なのできっと人気の商品だろう。
「いらっしゃい、ああ、ジェレミーとララだね。王子様とお姫様が来てくれて嬉しいよ。他では手に入らない外国の品もあるから見ていってね」
赤茶色の髪に短い顎髭の雑貨屋店主がにこやかに声を掛けると、ララは目力を強くしてトーレに振り向く。
「トーレ、もしかして先にこのお店へ一人で来ていたの?」
「さっき文化部に挨拶した帰りに寄ったんだ。鍬の在庫があるか聞いておいた。時間がかかるかもしれないからな」
「抜かりないのね。トーレ、御者や護衛以外もしっかり仕事できてすごいわ」
怒られるのかと思ったが、もう夢の国に入ったおかげかもしれない、お姫様に一昨日からの仕事まで褒められたようだ。しかし褒められた側は、箱車に酔ったり殴られたりしていたため、ろくに御者と護衛の仕事をした感覚は無かった。
「私ポイントって今まで使ったことがないの。楽しみだわ」
ララは並んでいる商品を順に眺めていく。
店内の商品は種類が多く、飾ってあるのは一つずつだった。
「二個以上欲しいときは奥の倉庫から持ってくるからね。倉庫はこの売り場の十倍以上の広さはあるんだ。卸しの役割をしているから、王国内の地方の雑貨店が異国の商品を求めてこのアデルーンの雑貨屋に来て、まとめて仕入れをしていくんだよ。ジェレミーたちもせっかく来たならここで外国のお土産を見つけるがいい」
なるほどと二人は頷き、自分の胸が高鳴るような商品に出会えることを期待する。
「あ、これトーレのノートと同じものね」
さっき宿で見たばかりの、銀で装飾された星と狼の豪華なノートが置かれているのを見つけ、ララは笑顔になる。
「ほんとだ⋯⋯あれ? 十五アイスタニアポイントだって。このノート、他と違って三冊組だよ。消費ポイントが少ない」
近寄って来たジェレミーは商品のそばに置かれた消費ポイントの数字を見比べた。おかしい、横にある装飾のないさっぱりしたノートはたった一冊で二十アイスタニアポイントだ。
「そうよね。こんなにすてきな装飾がされているノート、他には無いみたいだけど」
トーレの持っているノートと同じものが、ずいぶん価値が低かった。ララの隣に立っている美青年の顔にうっすらと陰が落ちる。
鍬を裏から持ってきた店主がララたちの会話に入ってきた。
「そのノートはハクラスカ本国で大量に残ってしまったそうだ。あっちの宮廷顧問官が『グランタスを連想させる物を売るとは不穏当だ』と介入をしたらしい。装丁に使われている銀は変色するから早く売り切らないといけないからと、ハクラスカの商人が在庫をごっそり持ってきた。そうだ鍬を五本も買ってくれるから、そのノートおまけにつけてもいいぞ」
十五からゼロアイスタニアポイントに成り下がってしまった。ジェレミーが笑いを抑えて顔に変な力が入っている。
「待って、わ、私が頂くわ! お土産にもしたいし六冊分ちゃんと交換させて欲しいの」
「助かるよ。これ、二千冊も入荷してね、困ってたんだ」
「二千冊ぅ⋯⋯」
とうとうジェレミーの身体は込み上げる笑いで本気で揺れ始めた。少し上を向いて変顔になり、開いた両手はゆっくりと太ももの脇で動かしている。その手の平から笑いのエネルギーを逃がしているのかもしれない。
ララが軽く睨み、肘でジェレミーを突っつきつつ操作板に手をかざす。すると聞きなれない音がそこから発せられた。
ざばーっ。
「えっ」
ちょうど音の鳴る直前に店へ入ってきた外国商人風の二人が、何事かとララに視線を送る。どうもエラー音らしい。もう一度ララが操作板に手をかざすが、また同じ「ざばーっ」という、水が大量に流れる音がする。
「ララ、保有ポイントを確認してみたら」
ジェレミーに言われララはまた操作板に手をかざすと、パレス出発前に特命部からレクチャーされた操作方法で指示を出す。
「保有ポイントを表示」
操作板の紙の表面に浮かび上がった数字は、たったの一つだった。
ララが声を詰まらせる。
「ゼ⋯⋯」
なんとゼロ、だった。まるで初めてのものを見るように操作板を覗き込むジェレミーと店主。ほかの客もその様子を興味深く眺めている。
ララから勢いよく元気がなくなっていく。人に騙されたことのない箱入り娘は何事かわからず、周りをきょろきょろ見るが、ここに犯人がいるわけでもないのは自分でも分かっている。
「俺が出すから」
トーレがさっと手を差しだした。ぴちょんと音がして、すぐに処理が終わった。
「⋯⋯トーレありがとう⋯⋯」
萎れたララを見て、ちょっと可愛いとジェレミーは思ったが、ララと片手を繋ぐだけにした。
「まさかこの国のお姫様がゼロポイントとは、アイスタニアもきびしいな⋯⋯まだ使ったこともないんだろう?」
ララにノート六冊を渡しながら店主は驚いている。赤ちゃんでもポイント支給はあり、店に来て全てのポイントを使い切る人も今までいなかった。
「私、まだこの国の役に立っていないのね。頑張らなくちゃ」
ララはしょぼんとしていた顔を上に向け、瞼をしっかり閉じてから、気持ちを切り替えるように目を開いた。
トーレは片方の腕で、ララの肩を強く握る。
「何言ってるんだ、もう大仕事を二回もしているぞ。後でポイントが入るはずだ。このノートは傷の回復を早めてくれた礼だ」
「ねえ、僕のポイントも見ていい? レオーネ兄さんの仕事に付いていったり、フロ兄の作業もこの前手伝ったから貯まっているかも」
ジェレミーも操作板に手をかざす。
「保有ポイント表示」
ぱっと数字が表示された。しかし数字の並びがやはり少ない。八、という数字が現れる。
「んっ? 八?」
今ララのゼロを見たばかりだが、また理解できない数字だ。
背中から絶望をじわじわと醸し出すジェレミーを、さっき店に入って来た帽子の口髭男と、巻き毛男が見ている。もうすでにこの王子と姫は見せ物だ。
店主がとんでもない現場に出会してしまったと、赤茶色の頭を掻きながら二人に掛ける言葉を探す。
「ノートは無理、豆一掴み分のポイントか⋯⋯。しかし不思議だな。アイスタニアでは最低限の生活ができるように、全王国民に定期的にポイントが支給されるんだ。それ以外にも仕事をするとさらにポイント支給がある。なんで一度も使っていないのにお姫様はゼロなんだ?」
「王族は法律の外だからね。人権がないんだよ」
ジェレミーがさらっと言った。
「定期支給はないし、自分の力で稼がないといけない。王国民よりちゃんとしろ、王国民の何倍も働けって厳しく言われてるよ。だから働いてもポイント付与率がすっごい低いの。それにしてもここまで低いとは思わなかったよ」
「おれは王族ではないから全国民向けの定期支給の分はもらえているみたいだな。宰相が言っていたぞ、あまり人前でポイント確認するなって」
「トーレ早く言ってよ。僕まで恥をかいたじゃないかー」
ジェレミーは軽く髪の毛の外側をこするように手を動かす。その時、まだ根気強く直りきっていない寝癖に気づき、その部分を引っ張るように触り続けた。
ララは王子の肩を組んだ。ジェレミーを同志認定したようで、うんうんと頷いている。
「ジェ⋯⋯」
ララがジェレミーに声を掛けようとしたその時、ふと視線はジェレミーの顔の向こう側にずれる。
店の奥の壁、その上のほうに引っ掛けてある商品に目が止まった。
「な、なんてこと⋯⋯」
トーレがララの目線の先を拾う。
「ん? あれは⋯⋯タモ網か? 魚をすくう柄付き網だな」
ララはふらふらと惹きつけられるように壁の商品へ向かって歩き、正面でビタ止まりする。まるでスーパーレアグッズを見つけたように、タモ網に目が釘付けだ。
「⋯⋯欲しい、欲しいわ!」
「ああー、あれだね、グランタスが使ってたやつ」
パレスでの武器使用訓練見学で、グランタス帝国の隊員は農具を武器にしていた。
「タモ網なんて、普通にどこの国でも生活で使うだろう」
「そうじゃなくて、グランタスが訓練の時、あれに生ごみや石を入れて投げてたんだ」
ジェレミーが固まっているララの代わりに答える。そう、ララはタモ網で松ぼっくりを投げてグランタスの若い隊員が握っていた四本フォークに刺したりと大はまりしていた。
「ここはアイスタニアだ。そんな野蛮なことはするな。さっ行くぞ」
密猟者に向かってふにゃふにゃの剣を振っていたトーレがそう言っても説得力がない。
「欲しい、欲しいのー! 生ごみを入れるだけ!」
駄々をこねるララが誕生してしまった。
「こら、お姫様がそんなこと言うな。ノリスタン隊長にタモ網も駄目だとはっきり言われたからな。言っておくが、ポイントは他人に譲れないぞ」
店内に人が少ない時でよかった、本当によかった──姫の醜態を見せるわけにいかないとトーレはちらっと店内を見渡す。さっきから興味深くこちら見ていた、帽子に口髭の外国商人、巻き毛男性としっかり目が合う。二人は凝視魔王トーレに勝てず自分たちの品選びに戻った。
一方初めて駄々をこねるララをジェレミーは嬉しそうに見ている。
「入れるのは生ごみじゃなくて松ぼっくりでもいいの!」
トーレに引っ張られ、スカートが捲れながら譲歩案にもならないことを叫ぶララが、とても可愛く感じた。見事に社会経験の無さを表現しているが、ララにとって貴重な体験だ。
「ララ、文化部のステージがもうすぐ始まるよ。楽しいことは他にもあるんだ、タモ網は逃げないよ。それにまずはポイントを貯めないとね」
ジェレミーは自分がお兄さんになったような口調で、ララに諭した。




