2-12 到着アデルーン
隣のフレメルデン大陸と面している北の港メルボーレは、鎖国中のアイスタニア王国唯一の貿易港だ。その港から一番近いアデルーンの町までは外国商人の移動が許可され、たくさんの食品、衣類、雑貨など異国の物資がバーター取引されていた。
アデルーンの町に到着したララたちの箱車からは早速荷受けが行われている。ララとトーレは食い入るようにこの作業を見ていた。
「『荷揚げは町民がする、ララは町民と世間話をしていればいい』とマナは言っていたが、本当に俺まで何もしなくていいようだな」
パレスから箱車で運んできた荷物はアデルーンの町民がてきぱきと荷下ろしをしている。王族特製の寝車や椅子車、冷やし箱がどんどん運び出されていくが、きっとこれらは修理をお願いしてパレスから戻ってきたのだろう。外側が新しくなっているものばかりだ。
荷受け担当の町民が手に操作板を持って箱車の横に立つと、木枠の中にある紙のような表面には、文字と絵が浮かび上がってくる。今日受け取る荷物のリストのようだった。
「ねえ、その袋は一覧に入っていないわ」袋に手を置いた男性に担当者が呼び掛けた。
箱車の中の隙間を埋めるように、リストに入っていない大きな袋が六つ残っている。何が入っているのか分からないので女性は中に入ると片手で一番手前の袋を触る。すると反対の手で握っている操作板には豆の絵が浮かび上がった。
残りの五つの袋も触れていくと、操作板の表面にはトマト、玉ねぎ、かぶ、きのこ、キャベツなど乾燥野菜の小片が、操作板の紙に絵と文字で順に描かれていく。
開けていないのに中の荷物が操作板に絵で表示されるのを眺めていたトーレはジェレミーの耳に口を少し近づける。
「どういうことだ?!」
リストに入っていない荷物の存在に驚いているのではない。
トーレはアイスタニアに入国した際、この道具は見なかったらしい。ジェレミーはさっきの密猟者のときのことを思い出す。
「密猟者の武器、隠してもうちの国では分かっちゃうって言ったでしょ。これのことさ、こんなふうに袋や箱を開けなくても中身を教えてくれるの。そっか、港の入出国ではこの操作板は見えないように隠されているのかも」
そこへ顎髭を生やした六十代の男性がララたちに向かって歩いてきた。
「やあ、君たちか」
後ろには大人の男女が三人、さらに後ろに大人と子供が何人か付いてきている。
「ようこそアデルーンの町へ。町長をやっているハサンだ。密猟者を捕まえたと聞いておるぞ。早速大活躍だな、まさかこの近辺にそんな輩がいるとは思わなんだ。はっはっはっ」
トーレが町長のハサンをじっと見つめる。
初めてこの町を訪れた王族への言葉遣いがこれか──でもこの国では自分のほうがきっと異質なのかもしれないと思うようになってきた。しかし密猟者の存在を予期していなかったような口ぶりにも違和感がある。平和すぎる国民性に表情は変えずとも心の中では少なからず驚いていた。
「王位継承第四位のジェレミーだよ。僕たち三人はアデルーンの町は初めてさ。こっちは僕の従姉、そして貴族になったばかりの御者」
「ララです。ずっとパレスの別邸に住んでいたので外に出たのは初めてなの。町の人たちと交流がしたいわ」
「トーレだ。幼少時にハクラスカ帝国へ移り、最近帰国したばかりでアイスタニア王国のことがよく分かっていない。色々教えて欲しい」
町長の周りの人たちも皆頷いている。
ハサンの横からがっしりした身体つきの男性が、明るい茶色の短髪を輝やかせながら前に出てきた。
「保全部長のマーカスだ。保全部は自然環境から町の建物や設備まで安全を維持している。アデルーンに来るのが初めてなのに、いきなり密猟者を見つけ出して捕まえるとは本当に驚いたぞ」
「ララが箱車で道を塞いじゃって、やつらを問い詰めちゃったんだ。トーレがけがしちゃうし、皆褒めないでちゃんと叱ってやって。このお姫様は皆に注意されないとまだ分からないんだ」
イベントスルー希望が思い切りエンカウントを演出してしまったララのことを、ジェレミーは迷惑口調で説明した。だが言葉とはうらはらに、ララの肩を抱き寄せてたっぷり愛情を示している。
腕の中の姫は涙を流す手前の強張った顔になっていた。姫から王子にトーレは視線を移す。
「ジェレミー、けがをした原因は自分にもあるんだ。もうララを責めなくていい。それにララにやめるよう声掛けしていたのは俺だけだからな」
「まあとにかく、けがが治ればいろいろすっきりするさ」
マーカスは振り返り手を高く上げると遠くにいた二人組を呼ぶ。
「おーい医療班、けが人がいるんだ、来てくれ」
木陰で楽しそうに作業をしていた二人組は、すぐに気づき手を上げ返した。
「私の目には十分反省した可愛い女の子が映っているけれど?」
会話をそばで聞いていた女性がマーカスの横に並ぶ。纏めたロングウェーブが頭の上で揺れているのが華やかだ。
「私は文化部長のシモネッタよ。教育と芸術、人々の運動にも関わっているわ。パレスの護衛隊には五年いて、ノリスタン・タバサ親子とお茶をしたこともあるの。パレスには新しいお店ができたかしら」
しおしおしているララへ、まるでお茶に誘うような笑顔を向ける。
「私とトーレはノリスタン直属で護衛訓練を受けているの。今着ている服はタバサのデザインよ。実は私、パレスの町へは一度も出たことがなくて、王国内の町を歩くのは今日が生まれて初めてだから、お店のことは分からないの」
「なんですって! ではこの町が武者修行の始まり! 町長、ララちゃんをもてなしたいから明日のお昼、ステージを使わせてちょうだい。ララちゃん、うちの芸能班が歌や踊りを披露するからぜひ楽しんで! 町の人も呼んで交流よ、交流!」
格差を排除した文化では、いきなり姫をララちゃん呼ばわりだ。トーレがシモネッタの顔を覚えるために凝視する。
ララは荷物を届けながらのフィールドワーク感覚だったが、文化部長の女性に武者修行扱いされ、叱られたばかりの心に嬉しさとやる気が溢れた。シモネッタの手をぎゅっと握るとこくこく頭を振る。
「あとは、流通部長だな」
町長のハサンが斜め後ろを振り返ると、五十代前半の男性がトーレの前へ出て来た。
「初めまして、流通部長のウォルターだ。流通は衣食住の物の流れ、外国の商人との交易も含まれる。今日の荷物に事前通知の無い大袋が六つあったんだ。王族特製の荷物運搬時は、箱車に隙間があるとおまけに食料品を詰め込んでくれることがある。遠く離れて住む子供に荷物を送るときの親のようにね。町長、提案だが、明日の昼にステージを開催するなら、来てくれた人たちにこの食材で食事の提供はどうだろうか」
「ああ、もちろんいいぞ」
「トーレくんはアイスタニアに戻ってまだ日が浅いなら、何かやりたいことはあるかい?」
「お酒がないと聞いて驚いたんだ。聞いてしまったから余計欲しくなった。それと帰国してからまだ肉を食べていないんだ」
「ん? 肉もアイスタニアでは食べないと聞いていないかな」
「なっ、なんと⋯⋯」
トーレはまた愕然とする新しい情報に出会ってしまった。自分はこの国でやっていけるのか本気で心配し始める。
「はっはっ、でもこのアデルーンになら外国の商人向けで、肉に似せた食事もあるし、ノンアルコールのドリンクもあるよ」
「それならぜひ箱車の話をしながら、お腹を膨らませたいものだ」
「おおそれはいいな、わしも一緒に! わしは元ガワ屋なんだ!」
町長も盛り上がる。
近くで耳をそばだてていた者たちも笑顔で顔を見合わせた。箱車好きは一定数いるようだ。
しだいに場の空気が柔らかくなってくると、保全部長に呼ばれた二人組がそばまでやって来た。
「マーカス、けが人はどこかしら」
ロングのストレートヘアで唇がぷっくりとした女性がトーレの目の前に立った。
一歩後ろには胸元がたぷんとした、トーレと同い年くらいの女性が微笑んでいる。はぁいと少し上げた手を小さく動かしてトーレにウィンクした。
そんな分かりやすくトーレをロックオンしている女性たちを、にやっとしながら見るジェレミー。
「トーレが背中を痛めているんだ。密猟者から僕とララを守るために」
「三騎に囲まれて、とげとげの棍棒で殴られたの。組織の損傷と内部出血があるわ」
ララは心配そうに女性たちへ伝える。
「名誉の負傷ね。保全部医療班の部屋へ案内するわ」
「(盛っていいからね。話、合わせるから)」
ジェレミーはにやにやしながらトーレのすぐ後ろにくっついて、こっそりと耳打ちする。
トーレは軽く睨んだが、実際保全部保安班にも、結局誰が倒したなど細かいことは言っていない。
背中に棍棒を受けたときは絶望的な気持ちが湧いてしまったが、ララに手を置いてもらうと治りが早いような気がしていた。本当ならもっと腫れて動くのも辛い状態が続いている筈だ。
「いやなんかもう、さほど痛くないようだ」
両肩をくっと後ろに動かしてみた。しかしトーレは眉間に皺が寄ってしまった。深い場所の痛みを感じたようだった。
「さほど?」
ジェレミーが不思議な顔をするとトーレも不思議な顔をする。
「ん? アイスタニアの言葉だよな?」
ほんの少し古い言葉を使う男と、さほど勉強をしていない少年の差があるだけだと周りは感じたが、とくに触れない。
「さっ行くわよ、密猟者と戦ったときの話を聞かせて」
両脇を女性二人に腕組みされ、トーレは少しばかり顔を綻ばせながら去って行く。
これをきっかけに、町長と部長たちは後ろで待っていた部下に指示を出す時間となった。
「トーレはアイスタニアに戻って来てからまだ良い事がないからね」
「箱車を気に入ってたじゃない」
ジェレミーとララは二人だけに聞こえる小さな声で話し始める。
「対人での癒しも必要だよ。僕、王族の皆が喋っているのを聞いたことがあるんだ。五百年、一千年と生きる王族と違って王国民は寿命が短いから、彼らが結婚までに至る過程を邪魔してはいけないって。民は結婚できる身体に成長したら、ほんの数年で結婚相手を決めないといけないんだって。特に外国の人は四十、五十で亡くなるからって」
「そうね、子供も五人から十人は産むって聞いたわ」
「もし自分に好意を寄せてくる女性がいたら、その人とすぐに結婚しろって。その気が無いなら他の人を探したほうがいいと助言するのが王族のエチケットだって。五年十年待たせてしまうと女性が歳をとって可哀想らしいよ」
ふと、見ため年齢がララより少し下の少年少女たちが町長の話を聞いている姿が二人の目に入る。薄いブルーの髪の女の子がちらっとこちらを見ていたが、すぐに町長に視線を戻していた。
ハサンは今決まったことを短く要点で伝えている。手に鐘を持った少年少女たちは頷いてばっと去っていった。
「ねえ、あの子たちはどこかに伝えにいくの?」
「あれはタウン・クライヤーじゃ。朝、昼、夕方にその時の知らせを町中に触れ回る。彼らの手に二つの鐘があるじゃろう、鐘の音で注意を引いて告知してな。町中を自分の足を使って走る者もいれば、板車に乗って移動する者もいる。板車だと途中、幼児連れや重い荷物を持った人がひょいと乗ってくる。そして行き先が変わる手前で勝手に降りるんじゃ」
楽しそうな光景を想像したララは耳を澄まし、早速触れ回る少年の声を拾う。
高音と低音を奏でる鐘を鳴らし、拡声器を使ってお知らせを叫びながら早歩きで移動しているようだ。
「(パレスから王子様とお姫様がきたぞー! 明日のお昼にステージがあるぞー! 食事の提供もあるぞー!)」
遠くに聴力を合わせたら、トーレとお姉さんたちの話し声も耳に入ってきた。
「(何かすでに塗り薬や貼り薬は使ってたりする?)」
「(ララが薬草の搾り汁を塗ってくれた。オトギーソという名の葉らしい)」
そこに反対のほうから、麦わら帽子を手に持った男性が一人現れた。
王子たちとの挨拶が一段落するのを待っていたようだ。
「ハサンさん、マーカスさん、畑のことでお話があるのですが⋯⋯」
「ああフランツか、お父さんは大変だったな。こっちに来るといい」
さっきまでトーレが立っていた場所に町長が手招いた。




