2-11 アイスタニア保全部保安班
三人の乗るアイスタニアブルーとは色が違う。
ララたちの目的地、アデルーンの保全部はアイスタニアグリーンの大きな箱車一台でやって来た。
二十人近くは乗れそうな箱車の中から十二人の男女が降りてくると、すぐに縛られた木陰の男たちを確認する。そのうち四人は馬の様子を見るために分かれた。
「君たちに、けがはないか?」
「大丈夫だ!」
「大丈夫じゃないよ。トーレが棍棒で背中を殴られたんだ」
ジェレミーがトーレを困った顔で見る。
「でも町に着いてからの治療で問題ない。冷やして安静にすれば、じきにおさまるだろう」
「そうか、立って歩けるならアデルーンの町に着いたら医療班のところへ行ってくれ」
「トーレ、アイスタニアでは強がらなくていいんだよ。好きな女の子の前以外では」
「はっはっ! 外国出身なのか? 私は保全部保安班長のケヴィンだ」
「私はトーレだ。親も私もアイスタニアだが、幼少からハクラスカ帝国に居て、帰国したばかりだ」
「そうか、なるほどな」
保安班の一人が心配顔でケヴィンに声を掛ける。
「報告より一人足りないですね。四人の筈では」
「ここよー、今連れていきまーす」
林の奥から女の子の声がする。ずいぶん遠くから聞こえたが問題なさそうな明るい声だったので、班員たちは目の前の仕事に専念した。まだ目覚めていない密猟者も居る。馬担当の者は先に地面の武器を拾い始めた。
ケヴィンも縛られた三人のほうへ移動し、袋から何か出していた。
「お、おい、ララの声がしたぞ⋯⋯なぜここにいないんだ? 髭のあいつも⋯⋯」
びっくりして身体が硬直したように正面を向いたまま動かないトーレは、困惑の顔で目だけジェレミーに向けこっそり問いかける。
「大丈夫、ちょっとお花摘みにいったんだよ」
「お花摘み? アイスタニアの隠語か?」
トーレにはよく分からなかったが、ジェレミーに大丈夫と言われ、信じる練習をする。
「この三人の縄、こっちに付け替えるぞ。手は後ろじゃなくて前だ」
ケヴィンは密猟者を後ろ手に縛っていた細い麻紐を解き、幅が広い銀色の腕輪を両手にはめた。
その際密猟者の一人が、すぐ傍にいた保安班の女性に目線を定め、両肘から手先をガッと力強く動かそうとした。人質にでもしようとしたのだろうか、しかし〝銀の腕輪の力〟が働き、動きが固定され身体が思い通りに動かせない。
ケヴィンはその様子を見ながらも、慌てず手順を進める。
「連結設定するぞ」
ケヴィン自らの指で、三人の銀の腕輪をつん、つん、つんと順に触れていく。ぴちょんと水のような小さな音が三人の手首から聞こえた。三人は綺麗な等間隔になるよう腕輪に引っ張られる。
「この銀色の腕輪は何なんだ?」
自分の手首に銀の腕輪をはめられた経験を持つトーレは、この不思議な機能が備わっている腕輪が気になった。
「これは王族が作った腕輪なんだ。もちろん国章の星印が刻まれている。勝手に身動きできないようにできるから便利だぞ。まあ、悪い奴にしか着けないし、アイスタニア国民に使うことはまずないね。定期練習でしか使ったことがなかったから、今日が初めての容疑者への装着だ」
「そうか、悪い奴にしかつけないか⋯⋯アイスタニアに悪い奴はいない⋯⋯」
トーレは冗談でも帰国してすぐに自分の手首に着けられたことを言えなくなってしまった。
そんな中、やっと遠く薮の隙間から姿を現したのは、可愛らしい女の子と前に手首を縛られた男性だった。
「あの男は密猟者か?」
「ああ、リーダーだと思う」
トーレは、歩いてくる二人に近づいていく。
さっき手に取ることができなかったシャベルを、すでにトランクから出して握っている。
「お待たせ。ちょっとお花摘みに行ってたの。でも途中、私が泥で転んじゃって」
てへっと頭の近くに手をやるララ。
泥で転んだと言っても足元や身体に泥は見えない。そしてなぜか全身がずぶ濡れだった。
上げた右手が握っているのはたくさんの葉がついた植物、もう片方の手には、男を引っ張るにはずいぶん細い荷物用の麻紐が握られている。
トーレは目を点にして言葉を失った。
本当に花を摘んでいた? いや葉っぱだけで花は一つもない、あれでお尻を拭いていたのだろうか。しかしそこではない、何故密猟者と共に帰ってきて、何故びしょ濡れなのだ──!
「泥がついたまま歩いて戻ろうとしたんだけど、川の水の音が聞こえて」
紐で縛られた男も腰から下が濡れていた。
「どうせなら泥を落とそうと、私が川に頭から突っ込んだら、この人驚いちゃって。繋がれてるのに助けに来てくれたの」
「だからララは全身濡れて、男は下半身がぐっしょりなんだね」
ジェレミーが話を合わせる。
「いやいや、なんで女の子一人が容疑者を引っ張っているんだ⋯⋯それとも他にいるのか?」
保安班のケヴィンが信じられないという顔で近寄ってきた。そして辺りを見回している。そりゃそうだ、絵面が変だ。女の子がいかつい髭男を細い紐で引っ張っている。
何人かの保安班員も集まってきた。
「ララはお姫様なんだ。そして僕は王子のジェレミー」
「⋯⋯はっ! なるほど、お二人は王族! それならアリですね」
「一言で納得するのか⋯⋯」
自分はまだ何も分かっていなさそうだと、トーレはこの状況に艶かしい溜息をつく。
捕まえるまでのことを聞かれたら何とごまかそうかと考え始めていたが、全くの無駄に終わったようだ。
「町には戻らずパレスへこの者らを連れて行きます。本部から指示がありました」
「よろしく頼むね。この男と赤茶色のぎざぎざ長髪男はアイスタニアの言葉が通じるよ。他のメンバーとはニルラ語で喋ってた」
ジェレミーは両手を頭の後ろで組みながら返事をした。
「ニルラ語か。おーい! フレッドの他にニルラ語を話せるのはスュザンヌかぁ?」
箱車に向かって大きな声をかけるケヴィン。箱車の中から女性が一人手を出して振っている。『任せて』とニルラ語が聞こえた。これならパレスへの護送メンバーを変えなくてもいいようだ。
アイスタニアには護送車といういうものが無い。どんな用途でも同じ形、汎用だ。
ただし保全部保安班が乗ってきた箱車は、十八人乗れる大型の長距離移動用だった。
車内には縛られた男四人と班員八人が乗り込む。捕まった男たちは皆、箱車に乗るのが初めてのようで、そのうち二人は物珍しくきょろきょろと、小さく喜声を上げながら車内を見回していた。
ジェレミーはケヴィンに伝えたいことがあるようで、まだ喋っている。
ララは緑色の箱車にちょっと入らせてもらい、最後に乗り込んだサークル髭の男に声をかけた。
「池に入ってしまったでしょう? ブーツを脱がせてあげる。箱車の外にくっつけておくわ。パレスに着くまでに乾くと思うの」
この男にもすでに銀色の腕輪が手首に着けられていた。左手首の上に、斜めに右手が乗るように銀色同士がくっついている。
「おい、お姫様自らブーツを脱がせてくれるんだ。じっとしているんだぞ」
「お姫様⋯⋯」
保安班の一人が忠告すると、先に座らされていた赤茶色ぎざぎざ長髪男は驚いた目でララの顔をじっと見た。フードで目元を隠していた男も今はマントを取られ、目をつむって俯いている。
ララは男の足元にしゃがみ、ブーツに手を掛ける。男に蹴られることもなく、すっとブーツは脱げた。まあ蹴られる前に抵抗できる女の子だ。
濡れたズボンの男と座席の間にはブランケットが敷いてあったので、余った端のほうを男の太ももに掛けてやり、ブーツを持って大人数用箱車からララは降りた。
すぐに御者席の女性が追いかけるように降りてきて、ララが持っているブーツを奪っていった。
「私がやるわ。ワイパーに差しちゃいましょう。今日は天気がいいからワイパーを使わないわ」
ワイパーが壊れないか、ブーツは陰干しの方がいいのではないか、細かいことが頭に浮かぶララだったが、この車のことは御者に全て任せる。
外には別の班員四人がいた。
馬四頭にぶら下げていた密猟証拠の袋と武器を箱車の後部収納に入れ終えたので、次は誰がどの馬に乗ろうかと話し合っている。
アイスタニアの王国民は箱車で長距離移動するため、馬で移動することはまずない。この辺りならば、貿易港に住んでいる厩舎の人間か、限定で入国許可が下りた外国の商人くらいしか馬を使わない。馬に乗れる人数自体が少ないのだが、幸い国内唯一の貿易港から一番近い町の保全部保安班なので、馬に乗れる者が若干名いたらしい。
四頭のうち一頭だけ、気が立っている馬がいることにララは気づく。呼吸、体から発しているもの⋯⋯他の三頭とは違う。落ち着いている三頭は班員が跨ぐ準備を始めた。
少し荒立っている馬にララは喋りながら近づいた。
「ごめんなさい。さっき私が驚かせちゃったかしら」
馬上の人間が吹っ飛んだのだ。敏感な動物だ、その気配を察知したかもしれない。
ララは馬にそっと手を置いても嫌がられることはなかったので、落ち着くように願いながら、撫でながら頭をつけた。馬はララの寄り添いを受け入れているようで、大きく動くことはなかった。
少年がララのほうにやって来る。
「違うんだ。密猟者が通り過ぎるときに、ちょっと顔がぶつかったみたいだよ」
班員の少年は見た目がララやジェレミーと同い年くらいだった。少し長い後ろ髪をちょんと結び、胸元には金色のペンダントが輝いている。
その少年の周りには爽やかで優しい風が吹いているような感じがした。
「馬もパレスへ連れて行くの?」
馬に顔をつけながら穏やかに微笑んだララは少年に聞く。
「北の貿易港メルボーレに連れていくことになったんだ。馬はそこの厩舎で借りていたらしい。ここからなら夕方には着く距離だよ」
ララが撫でているうちに馬に少し変化があった。
「少し落ち着いたかも」
「そうみたいだね⋯⋯すごいな」
少年もにこやかな顔だ。
「私はララよ」
「僕はフレッド。アデルーンに行くならまた会えるかもね」
「フレッドー、出発するわよー」
馬の尻尾のように髪を結んでいる女性が手を高く上げている。先頭の馬に乗り、もう歩き始めていた。
「ねえ、フレッドは保安班の中で一番年下に見えるのに、興奮して乗りにくそうな馬に乗るなんて大丈夫?」
ララは馬から離れながら、フレッドを同情するようにそっと聞く。
満面の笑みを浮かべたフレッドは、ララに顔を近づけて小さな声で自慢した。
「僕が一番、馬を上手く扱えるんだ」
ジェレミーの助言により、冷やし箱に入っていた予備の食料を保全部保安班に譲るため、トーレはケヴィンへ袋を手渡していた。もう片方の手はシャベルを握ったままだ。
緑の大型箱車のほうも出発をしようとしている。
閉めようとする扉からケヴィンが最後、トーレに尋ねる。
「トーレ、私の勘違いだったらいいのだが、そのシャベルは何に使うんだ?」
「⋯⋯! ああ、馬の糞が出たらすぐにわきに投げようと思って。王子と姫が踏んだらいけない」
「そうか。さすがハクラスカ生活が長いな。馬に乗ったことのない私には思いつかなかった」
ケヴィンは安心した表情で頷いた。
トーレはシャベルを持っているだけで疑われるとは思ってもいなかったので、アイスタニアの国民性に驚く。
あのふにゃふにゃ剣もどきも収納の奥に隠そう。町で見られたらいけない──!
保全部の箱車も、四騎を追うように出発をした。明日にはパレスに着くだろう。
去りゆく箱車に手を振るのを終えたジェレミーは、新しく生まれた懸念を口に出す。
「トーレ、今のシャベルの話、ごまかしというより嘘に感じたんだけど。ハクラスカではずっと嘘をつかなかったのに、アイスタニアで嘘はよくないよね」
「うっ、それは⋯⋯」
指摘されたトーレは、ごまかしのつもりが嘘の境界線を超えていたことに自ら気づき、早くも後悔をし始める。王族絡みで武器を連想させる発言を王国民にしてはいけないと思い、とっさに違う理由が口を出てしまった。
でもジェレミーは責めるような表情をしているわけではない。
「だから──」
「⋯⋯だから⋯⋯?」
トーレは息を呑む。
ジェレミーは道に新しく置かれた馬の糞を指差して、にやりとした。




