2-10 習い事とライブの新しい記憶、トーレの大きな背中
それは別の生での〝習い事〟の記憶だった。
ララは幼児期にクラシックバレエを習い、小学生の時は近所の体育館で週二で空手を習っていた。その影響もあり、中学校のダンスの授業では、えらく背筋がピンと張っていたらしい。
キレがいいので初挑戦のダンスは周りからはやけに上手に見えたようだ。体幹が鍛えられているララのダンスを見て「暗◯者のダンス」と言いながらクラスメイトは楽しそうに笑っていた。
ララは水泳も習っていた。クロール、背泳ぎ、平泳ぎ、バラフライを学んだ後は、水上でボールを投げる水球や、口に長いパイプを咥えて、大きな足ヒレをつけて泳ぐスノーケリングを教えてくれるクラスにも所属していた。
そして、場面が変わる。
どこかの大きなスタジアムに居て、二階席からステージを見ているようだ。自分の姿は見えないが、そう、アイドルのライブに来ている。
暑い日の屋外ライブ。習い事の水泳で着ていた服よりもっと露出が多く、上半身は胸だけ隠し、下はマイクロミニスカートだった。観客に水を掛ける演出があった。
トンチキソングが始まり、客席で腕を上げてピョンピョン跳ねている。そして事前に覚えたコールと、手を顔より上にあげて動かすハンドダンス。会場が一体となって盛り上がっている。
──楽しい⋯⋯大好き⋯⋯もっと歌って⋯⋯終わりにならないで──!
夢の中の映像と、身体に感じる動きが異なる。隣のトーレが身じろぎ、ララはふっと目が覚めた。
浅い眠りだったらしい、この夢が自分の別生の記憶だとララにははっきり判った。
箱車の中でトーレの傷を見ていた後、能力を使ったのか眠くなったようだった。
このあいだパレスで襲撃されたときに初めて思い出したのは、植物、人間、肉体未確認の三つの生。記憶は欠片程度だった。
今のうたた寝で思い出したのは人間時代のものだけ。クラシックバレエ、空手、学校のダンス、水泳と、アイドルのライブ。どれもその生を彩ったものなのだろうか。今回もトッピング程度の断片的な記憶だった。何かの役にたつだろうか。
さっきはトーレの背中の創傷を見せてもらい、ララはなんとか治せないかと傷を触らないように手を近づけていたが、見た目は全く変わらなかった。
しかしそれでも能力が使われていたようで、トーレの患部を冷やした後、ララは疲労を感じ寝てしまった。
「ん⋯⋯」
身体を起こしたララは床の上にぺったりと座る。
わずかな休憩だったが、ララが動いたので同じく寝てしまったジェレミーも目が覚めたようだ。
「起きたか」
トーレはずっと横になったまま頭は起きていたようだ。密猟者の棍棒で殴られた背中が痛く、身体を動かすのがつらい。
袋の鼠状態だった不憫なトーレ。
ララは棍棒で殴られたトーレに申し訳なく感じていた。サルヴァドールが武器見学会で言っていた『武器が武器を呼ぶ』の言葉を思い出す。
もっと実戦に慣れておかないと⋯⋯ううん、この国は平和の国アイスタニア。さっき思い出した空手の動きも使えそうだけど、武闘以外で止められればいいのに──。
「ねえトーレ、また背中を見せて。ジェレミー、トーレの布を冷たいのに変えてくれる?」
「うん」
ジェレミーは温くなった布を持って、収納の冷やし箱のほうに移動した。
「悪かったな。俺は、後ろからやられるのは精神的ダメージが大きいみたいだ。ハクラスカ帝国に居た時に、訓練中に後ろからやられて数日寝込んだことがあったんだ。この前のコーレイの時は俺が後ろからテーブルを叩きつけて、卑怯なことをしたと今でも後悔している」
「トーレは素直だね。ハクラスカ帝国は自衛のために嘘や虚言を吐く文化があると聞いてるけれど、全然違う」
「そんな国で長く生活をしていたが、嘘をつかないアイスタニアの誇りは持っていた」
「ほんと、それに染まらないのは並大抵のことじゃないと思うよ、トーレ偉いね。なのに僕たちが『露天休憩所は安全』と言っても信じてくれなかったよねー」
褒め口調から、ニヤリとした口に変わるジェレミー。王子はトーレのことを結構気に入ってるかもしれない。
「っ! そ、それは⋯⋯これまで信じる経験が少なすぎたのかもしれない⋯⋯」
「うん、仕方がないか。じゃあこれも信じてね、ララが外の四人をやっつけたんだよ。でも詳しいことは保全部には内緒にしておいて。トーレがやっつけたことにしてもいいからさ。やられたほうも分かっていないはずだから。でもパレスに戻ったら、本当のことをサルヴァドールに言うつもりだよ」
「俺は倒れていて、ララの活躍を全く見ていないんだ。ララが倒したと言っても説明しようがない」
「聞かれるまで答えなければいいよ、事実だけ言えばいいんだ、背中の傷が証拠さ。無我夢中で記憶にないとかでもいいから。捕まえた方法より、あいつらがなぜ密猟をしたかのほうが重要だからね」
うつ伏せのトーレは頷くように顔を少し動かしたが声は出さなかった。
ララは二人の会話には入らず、トーレの背中の創傷に触れない程度でまた両手を近づけている。さっきも同じことをして、効果は分からなかったが、やはりこうすれば何となく早く治るような気がした。棘のついた球がめり込んだ部分が痛そうだった。さっきより腫れて、色も変わっている。トーレは背が高い。鍛えられた筋肉とほどほどの脂肪で背中も大きい。こんな立派な身体に傷がついたのは自分が原因だ。
「特命部のシャツは何ともないよね。少しはトーレを守ってくれたのかな」
ジェレミーは冷やし箱の蓋を閉め、こっちに身体の向きを変える。
自分の身体と回復力が全く違う。全然治らない。それに少しでも動くとトーレは苦痛で顔を歪めている。自分なら一瞬で痛みが引き、傷が消えてしまうのに──。
「なんだかちりちりくすぐったいな⋯⋯でも不思議と奥の痛みがほんの少し和らいでいる気がする。気のせいかもしれないが⋯⋯」
ジェレミーがいきなり冷たい布を背中に置くとビクッとしたが、トーレはだんだんとうとうとし始めた。ララから何かを受け取っているのかもしれない。
「(ああっ!)」
寝そうなトーレを起こさないように、ララにしか聞こえない〝王族ヒソヒソ〟でジェレミーは驚いた。
箱車の外でまだ気を失っている男のほうをジェレミーは見ている。片足を鎧に引っ掛けて頑張っていたが、最後くすぐられて馬から落ちた、ララに最初に倒されたサークル髭の男だ。
「(ずっと踏ん張ってたところにくすぐられて、身体が緩んで地面に落ちたんだ。最後は急所に一発? 出ちゃうよね⋯⋯)」
男の紺色ズボンの一部がじわっと濃くなっていた。二股に分かれる部分だ。
「(かわいそう! 隠すかズボンを替えてあげないと!)」
「(もうすぐ保全部が到着しちゃうよ!)」
ララとジェレミーがひそひそと騒ぐ。
「(じゃあ僕のケープを上からつけてあげようかな)」
「(脱がしてあげたほうがいいわよ。結構臭うのよ、こういうの)」
もうすでに臭っている。少し開けた窓から敏感なララの鼻には届いていた。
すると耳でも外の変化を感じ取った。道のずっと先から聞き慣れた音がする。
「(あ、箱車の音が聞こえてきたわ。保全部かもしれない!)」
「(来ちゃった!)」




