2-05 寝ぼけたララと箱車を気に入ったトーレ
いつのまにか、トーレはララの上半身を下敷きに、柔らかい場所に頭を乗せて寝てしまっていた。
ララ本人は首と片足を曲げ、狭い中身体を斜めにして寝ている。
ジェレミーもララの片方の太ももを枕にして気持ちがよさそうだ。
「ララ、生きているか? 苦しくないか?!」
トーレはララの身体を揺らして起こす。少し鼻にかかった音が聞こえ、生存確認ができた。
「頭は結構重いんだ。苦しくて怖い夢でも見なかったか?」
「ん⋯⋯おはようトーレ⋯⋯私、ちょっとくらい息が止まっても大丈夫なタイプだから。でも今は呼吸できているから安心して⋯⋯」
寝ぼけ眼のララが寝ぼけたことを言っていて、本当かどうかトーレには分からない。
「考えるな、理解するな⋯⋯ただ覚えればいいんだ⋯⋯生きているんだ、大丈夫、大丈夫⋯⋯」
貴族の御者は自分に言い聞かせる。
姫の左太ももの上に頭を乗せたジェレミーは、話し声で眠りが浅くなったのか寝返りを打った。ララの足の付け根のほうへ顔が近づいたので、トーレはひょいとララを抱き上げる。
ジェレミーはごつんと床に顔をぶつけて目を覚ました。鼻を打ったのか、手の甲で鼻頭を擦っている。
しばらくすると、朝の爽やかな匂いを求め三人は外の縁台に移動した。今日もよい天気になりそうな元気な雲が浮かんでいた。皆別々の縁台に座ったが、ララはそこでまた横になった。まどろんでいるかのように身体の力が抜けている。
トーレは収納の冷やし箱から一人分の朝ごはんを出した。この冷やし箱にもアイスタニアの国章が刻印されている。当然こんなに便利な道具はハクラスカ帝国には無かった。
「ジェレミーとララは本当に要らないのか?」
「うんまだ身体が栄養で満たされている感覚があるからね」
「パレスに帰るまで何も食べなくても大丈夫だと思うけど、一応栄養粒も二粒持って来てあるわ」
「そうか⋯⋯便利だな。俺もそれを食べたら、普通の食事を摂らなくて済むのだろうか」
「どうかなー、王族は身体の作りが違うからね。でも王国民向けの栄養粒もあるはずだよ」
ジェレミーが寝間着を脱ぎ今日の服に着替えている。シークの服ではないが、兄のフロリアンが作った服もしわや汚れが付きにくい。
トーレはまだ王族の特異さを実感できていない。
回復力の高さを説明されても、ララが傷ひとつないのは影武者にすり替わったからと思ったままだ。昨朝は疲れで寝坊し、今も縁台でだるそうにしているララを見て、逆に守ってやらねばとの気持ちが湧いてくる。
ララを抱っこして箱車に運ぶと、縁台に座ったジェレミーがにこにこしてトーレに両手を突き出している。
トーレは何も言わず王子様を抱っこしてララと同じように箱車へ運ぶ。
ジェレミーはつんとおでこをぶつけてみたがトーレからは何の感情も伝わってこなかった。まるで護衛として当たり前に行動しているようだ。王子は感心した。
今日の昼には目的地アデルーンの町に到着するだろう。箱車の振動は昨日よりも穏やかだった。行路の周りには枯れて折れた木があるが、ポツポツと低木が増えてきている。遠くには植生も見える。
「ここを過ぎれば人が住む町に近づくわね」
「昨日出発して今日着くのか。箱車最高だな、もう俺のものにしたい、くれないかな」
気が楽になったせいか、トーレから冗談が出てきた。いや、本気かもしれない。
ハクラスカ帝国の荷馬車移動と比べると、半分ほどの時間で着きそうだ。
昨日までの地域より、雨の降る量が多いのが見て取れる。地面に植物の種類が増え、草丈も高く、何より木が多い。
標高が少し高い場所を走っているようで、たくさんの高い木が遠くまで見える。そして何か看板のようなものも見えてきた。
「保護地域に入るよ」
「保護地域? なんだそれは」
帰国してから分からないことだらけの貴族のトーレは、見た目が十四歳の王子と姫の前で大人ぶるのを諦め初めていた。
容疑者の兄がなんだ、矜持がなんだ、母国語を勉強し続けてよかった、箱車最高だ──!
「自然に生えている植物や野生の動物を保護して管理するところだって。外国にはこういうの無いかもしれないね」
「アイスタニア王国は他の大陸から離れていたから固有種が多いの。他の国にはない植物と動物がたくさん存在するのよ」
ララはここに来たことはないが、知識だけで説明する。
保護地域に入ると地面は整えられていた。見通しは悪いが道には一定間隔で看板が立っている。『アデルーン保護地域』の文字の下には、矢印が一本真っ直ぐに描かれていた。
木はさらに密集する。通り過ぎた看板の矢印のように、この先に見える太い一本の道に箱車は向かっている。
両脇の薮の奥は低木からなる一帯で、今にも小動物が飛び出してきそうだ。
「野獣が出てくる心配があるな。箱車は大丈夫だろうか」
「うん、飛び出してきそうだったりこっちに目掛けて来るものがあれば、箱車が勝手にスピードを落とすし音で教えてくれるから」
「最高か」
トーレは操作板の横の壁を撫でた。
思い立った顔のララが突然立ち上がり、天井の窓に手を掛けて天窓を開いた。ぶおぶおっと風がぶつかるように入ってくる。
「おい! そこ開くのか?!」
初見のトーレが驚くのを傍目から見るのが面白い。ジェレミーはこの箱車の移動におもちゃを見つけたような気分になる。
トーレは前を見るのを止め、御者席から振り向き、音を立てて風が入ってくる天井を仰いだ。
「とうっ!」
ララはぴょんと軽くジャンプすると天窓から外へ出た。
「わっ危ないぞ! 何してるんだやめろっ」




