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2-02 ララのバックハグと穏やかなひととき

「ねえ、トーレは王族に関する秘密は王族以外に言わないよう、誰かに〝約束〟された?」


 ララたちを乗せた箱車(はこぐるま)はアデルーンの町へ向かっている。

 すでに整備された道路は終わり、今は地均(じなら)しがされた程度の道をがたがたと走っていた。


「ああジェレミーと初対面した後に、改めて宰相と特命部の二人と会ったんだ。『王族の秘密は言っては駄目だ、約束だ』と宰相に言われ、びしっと気が引き締まった」


 きっとその時に能力の〝約束〟を掛けられたのだろう。ララと共に二列目の椅子に座っているジェレミーは問いを続ける。


「その時はどんな秘密とか、例を挙げていたの? 運動能力が高いとか、健康みたいなこととかさ」


「ああそれを言っていた。寿命が長いことや、傷の回復が速いこと、病気になりにくいこと。そうだ、長く食事を摂らなくても大丈夫だとも言っていた。それと五感が鋭い、普通の人間とは違う〝能力〟を持っているとも」


「うん、この箱車も馬無しで勝手に走るのは、王族の〝能力〟が使われているからなんだよ」


「それはさっきマナに聞いたばかりだ。理解ができたとは思っていないが、かなり感動をしている。箱車(はこぐるま)、最高だ」


「この箱車の動力、外国には内緒らしいよ」

「錬金術師が見たら解るのか?」

「再現まではできないんじゃないのかな」


 旅の始まりは箱車(はこぐるま)の話から始まった。トーレにとって今日は慣れる時間。御者と言えどもすでに何もすることがないので知識欲がふつふつと湧き上がってくる。


「なぜ俺は今までハクラスカにいたんだ。幼かったとはいえこの箱車を知らなかったことが悔やまれる。姉のように大人だったら、結婚してアイスタニアに残れただろうに」


「トーレのお父さんが大使に選ばれるほど有能だったんでしょ? って、トーレお姉さんいたんだ。コーレイより上ってことかな」


「ああ四人兄弟なんだが⋯⋯。その時姉はすでに十七歳で、結婚できる年齢だった。そのうち姉にも会えればいいのだが。俺は国外追放になる可能性もあるからな」


「え、なんで国外追放なの? アイスタニアでそんなことは僕、聞いたことがないよ!」


「トーレ! 私と家族の件のことは、もうあなたに悪影響を与えないはずよ! だからもうそんなこと言わないで! お願い」


 驚いたララは後ろの座席から立ち上がった。


 トーレの幅広い肩を、ララはすぐさま後ろから包むようにぎゅうっと抱きしめる。頬同士をくっつけるようにしっかり密着した。


 遠くに視線を置いてはいるが、どこをみているのかわからない目になったトーレは、また()(ごと)を発しそうになっている。でもララから伝わってくる温かい何かがそれを止めた。


「母と姉は大丈夫って、お父様とジェン爺が言ってたのを聞いたでしょう? 私だって傷も何もないのよ」


「それは⋯⋯ララが⋯⋯」


 この箱車に乗っているララが偽物だということをトーレは言わずに飲み込んだ。


「うん王族は傷の回復が速いからねー」


「私、王族の中でも飛び抜けて治りが速いの。前にも言ったでしょう?」


 皆から何回言われても全く理解をしていないトーレは、自分にくっついている姫を気遣うように話を続ける。


「こう言っては何だが、ララは何故平然としていられるんだ? 犯人の弟と一緒にこんな狭いところにいるんだぞ」


 箱車がガタッと発しながら小さく跳ねた。しかしララが抱きしめる腕は緩まない。


「私、身体の丈夫さと同じで、胆力も人並外れて高いみたいなの。研究者のダニエルが言ってたわ、『こーじょーせーいじ』がすごいんですって。とにかく誰もトーレのことを責めていないんだから、処罰がどうのこうのなんて考えなくていいのよ、悪びれないで。町に着いたら王国の使いとして堂々としてね」


「堂々としてね」


 ジェレミーがかぶせてきたがトーレは流した。


 ララに包まれていると顔のこわばりが緩んだのが自分で分かった。大丈夫と裏打ちの無いことをまた言われたが、これまでとは心の回復の早さが違う。


「期待はしないが少しは気が楽になったな。それにララの抱擁が気持ちいい」


「もう! トーレのは根深そうだからときどきハグをするから! 時間がかかりそうだけどトーレを元気にさせるのが私の初めての仕事だわ」


 ララはトーレの頬に軽くキスをした。


 トーレとララはお互いに視線を合わせる。


 これを見ていたらやきもちを焼く筈のジェレミーは、自分の顔のすぐ横にあるララのスカートをぼうっと見ていて気づいていなかった。


 日々楽しく過ごしている王子も、さすがにトーレが心配になり始める。国外追放なんてアイスタニアで聞いたことがない。こんな状態ではトーレが可哀想だ。パレスに戻ったら、王である父にしっかりはっきり言ってもらわないと──!


 左目近くのスカートを見ながら王子は話の方向を変える。


「ねえ、ララにとっては初めての旅なんだ、トーレも国内はそうでしょう? もっと楽しくしようよ! そうだ、トーレがわくわくする話をしよう。箱車のことを教えてあげるよ」


 トーレが箱車の言葉にぴくっと反応したのが分かった。


 ララは抱きしめていた腕をゆっくりと緩めた。柔らかい肌の温かさを感じていた頬を離し、元の場所に背筋を伸ばしてそっと座る。

 御者席のトーレはララの感触がなくなると名残惜しさを覚えた。


 朝の出発から少し経ち、空の光が高くなると地平線には早くもゆらゆらと陽炎(かげろう)が見え始める。


 ララは目を凝らして外を眺めるだけで楽しくてしょうがない。大型の動物も草原の向こう側でイネ科植物を食べているようだった。


「この辺りは草が生えてるでしょう? それなのに箱車はちゃんと草木をよけて走るなんてすごいことよね。動物のこともよけるんですって」


 そんな楽しそうに喋るララを横目で見ていると、ジェレミーも幸せな表情になる。


「町にも箱車があるよ。それとさっきララのお父さんたちが使ってた板車(いたぐるま)も荷物を運ぶときにとっても便利なんだ。だけど作るのもすごく大変だから、王族が作った物は国が管理して王国民の皆で使うの。でも今僕たちが乗っている箱車はちょっと特別らしいよ。操作板でできることが少し多いんだ」


「操作板でできること⋯⋯マナは言ってなかったな」


「あんな出発時の短い説明では、『町まで走れ、止まれ』くらいしか教えてもらえないわ」


「この操作板は木枠に紙が貼られているが、まさか箱車の中身まで木製じゃないよな」

「金属でできてはいるけど動力部分は王族が関わっていて、内部は隠されているのよ」


 ララは先日の研究棟見学会で得た知識しかない。しかもどこかの国がこそこそ話していた内容だ。


「木をめくれば分かるんじゃないのか」

「外側を壊して中身を見ようとすると、秘密の装置が働くんだよ」

「爆発でもするのか」

「閉じる感じ? 中の金属全てがくっ付いて、塊になっちゃうの」

「いやはや、まだ分からない⋯⋯」


 一人言なのか会話なのかわからない声量で、遠くを見ながらトーレは呟く。


「五歳までこの国にいたのに、俺は何も覚えていない。分かっていない。箱車に乗っていてた時、昼寝でもしていたのだろうか」


 所々に生えている低木をトーレはぼんやりと目で追っている。寒国のハクラスカとは相観が違うようだ。


「いや、一つ覚えている。ハクラスカ王国に着いたばかりの時、水が流れる穴開きおまるが無くて愕然としたんだ。『アイスタニアに帰る』と泣いて駄々をこねたのは、はっきりと覚えているな。もしかしたらそれがきっかけで、親兄弟はアイスタニアの便利な道具のことを私に喋らなくなったのかもしれない」


 途切れそうで途切れない会話。動く外の景色。トーレは自然に微笑んでいた。

 後ろの大きな箱車三台がちゃんと付いて来ているか心配で、時折振り向き確認をする。


 遠くで鳥が飛んでいるのが見えたとき、ジェレミーが少し大きな声を出した。


「ああそうだ。道具の中身は壊れないけれど外側の囲っている部分が壊れやすいから、〝ガワ屋〟って仕事があるんだよ」


「がわや?」


「外側を作ったり修理したり、結構人気の仕事さ。箱車に関して言えば、レオーネ兄さんの乗ってる箱車がおもしろい形なんだけど、これだけは兄さんが一人で箱の部分を作ったんだよ」


 アイスタニア王がここ十年以上国内で顔出しをしなくなったため、王位継承権第一位のレオーネが箱車に乗って国内を走り回っている。


「御者席の前に、高さ半分ほどの四角が飛び出して付いてるの。ううん、飛び出してると言うより、この箱車の前と後ろの上半分を削ったような形かなー? あれは空気がいい感じによけてくれて走りやすいんじゃないのかって、箱車好きの話の種になっているんだ。実際、レオーネ兄さんの箱車って少し速く走れるんだよね。いや、兄さんせっかちだから、速さが出るようにいじったのかもしれないけれど」


 ガタガタッと小刻みに揺れた瞬間少し身体が浮き、すぐに落ちる感じがしたが何事もなく走り続ける。後ろを走る箱車も変わりはない。


「それでね、レオーネ兄さんの箱車だけ内装も違うの。操作板の所に手で握る輪っかや、足元に小さな板が三枚飛び出してるんだ。椅子の横にも棒があったかなー? 触ってみたけどしっかり固定されて動くこともないし、邪魔に感じたから『これは何?』って聞いたんだ。そしたら『全く分からん』って言ってたんだよ! お腹が痛くなるほど笑っちゃった」


「あっはっはっ! んっ、ぐふん」

 トーレは思わず声を上げて笑ったが、王太子のことを笑いものにしてはいけないと、すぐに咳払いをしてごまかした。


 ララも笑ったが、ふと自分の別の生で自動車に乗っていた記憶を思い出す。それに紐づけてレオーネの箱車を想像してしまったが、動かないならハンドルやクラッチ、ブレーキやアクセルペダルのわけがない。


「レオーネの車を見たことがないわ。私もいつか見られるかしら」


「もちろんだよ、ララは研究棟のほうに出入りできるようになったんだから。そうだ、兄さんが箱車で出掛けていてもガワ屋のほうにもう一台、動かない外側だけのレオーネ仕様の〝ガワ〟が置いてあるんだ」


「俺も見たいな。貴族になったから見られるか?」


「あれ、トーレって私じゃなくて俺って言うの? ああ、相手によって変えるのかー。ララの付き人として一緒に見にいったら?」


「トーレ、アデルーンの町が終わったら一緒に見にいきましょう」



 少し下ろしていたカーテンを元に戻し、ララは窓の外の風景を見た。もう空の光も高く上がり、トーレもそれほど眩しくはないだろう。


「俺も王太子の箱車に乗ってみたいが、今この箱車に乗っているだけでも幸せだな」


「年頃の女性を一人連れて来れば、兄さんの車に乗せてもらえるって噂もあるんだ」


「ほう」

 トーレは強い目つきで相槌を打つ。興味を持ったからだ。


 王太子と会える日までに、女性の知り合いを増やすことを心に誓う。


 ジェレミーもにこにこし、話を少し戻した。


「でね、兄さんの箱車にも色とか装飾をつけてもいいかって、ガワ屋が提案したんだよね。でも兄さんが箱車への哲学を語り始めちゃって。結局金縁や装飾はつけずにアイスタニアの国章だけ加えることになったの。ガワ屋が国章を焼印したんだ」


「国章を焼印?」


 国章は国旗にも刻まれている。四芒星の周りに六つの丸い星が(きら)めく七つの星だ。


「初め、ガワ屋が箱車に焼印しちゃったんだけど、小刀で彫刻したものを付けるとかっこいいとフロ兄に言われて。このアイスタニアブルーの箱車にも国章の彫刻が付いてるの、トーレ、マナと見てたよね」


「今の話、町で喋っても大丈夫か?」

 トーレは御者席から振り向き、後ろの椅子の二人を見るついでに、後方の箱車をじっと見る。三台付いてきているはずだ。


「秘密じゃないよ。パレスのガワ屋なら皆知っているから。こういう話って盛り上がって仲良くなれそうだよねー」

「酒の(さかな)に合いそうな話だな」

「お酒?」ララがきょとんとする。

「なんでお酒なのさ」


 ちょっと何言ってるか分からないといったララとジェレミーの顔が、窓ガラスにうっすら映っている。


「はっ、お子様には分からないかもしれないが、お酒を飲むと理性の抑制が外れて楽しく会話できるものなんだ」


 両手の平を少し上に向けて、おどけたように言った。


 トーレが少し明るいしゃべり方になったので、ララは不快になるどころか気持ちが()ぐ。


「えーとぉ、お子様の時から外国に居たトーレには分からないかもしれないけど、王国民はお酒を飲まないんだ。葡萄はたくさん収穫するからワインやジュースは作るけど、ワインはほとんど輸出用。だから流通していない。料理用にちょっとあるかもしれないけどね」


 美青年は驚いた表情で、後ろの二人へ振り返る。言葉が出ない。

 ジェレミーは作り笑いをしているが三割ほど可哀想な人を見る目になっている。ララはただ可愛らしくにっこりと微笑んでいた。


「そういえば帰国してから、出された食事にお酒が出ることがなかった。町に着いたらまずはエールからだなと⋯⋯」


「飲むと毒性の強い物質が出るんだって。僕たちは大丈夫だけど、普通の人は病気になりやすくなるから」


「そうか。マナから箱車の説明を聞き終えた時、俺は言ったんだ。『自分で進路や速さの調節をしないなら、酒を飲みながらでも御者ができそうだ』と⋯⋯」


「マナ、何か言ってた?」


「⋯⋯『面白い発想だね』と⋯⋯」


 祖国は異国だった。

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