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1-30 王子と姫と貴族のキックオフミーティング

「まさかララが寝坊するなんてね。普段は全然寝なくても大丈夫だから『明日の出発が楽しみで寝られなかったわ!』とか言って、朝までずっと起きてると思ってたんだ。でもなかなか来なかったから部屋まで迎えにいったんだけれど、昨日の服のまま床で寝てたんだよ。何かあったのかとびっくりしちゃったよ」


 ちょっと興奮気味の王子は、普段の早口に磨きがかかっていた。


「ごめんなさい、私もわくわくして寝られないと思ってたのに、みんなと別れたあと部屋に入ったら急に力が抜けちゃって。その後の記憶がないの」


 ジェレミーに起こされたララは高速で()風呂に入り、ずぶ濡れの猫のように、髪から雫を垂らしながら現れた。この豪快な姫を見かねたシンシアが、ララの頭の水分を取るように手櫛(てぐし)でふぁさっとピンク色の髪を振っているのが今だ。


 本邸の裏に停まった箱車ではトーレがマナから動かしかたの説明を受けていた。

 トーレは貴族らしからぬ奇声を時折発しながら、遠目から見ても驚いているのがわかるほど大袈裟な動きをしている。


 そこから少し離れたところで、いつものメンバーが集まっていた。特に集合をかけた訳ではなかったが、姿を見せなかったララの居場所をジェレミーがすれ違う人に聞きまくっていたからだ。

 さっきまでの心配顔が、やれやれといった具合に(ほど)けたサルヴァドールは、ララの首の根本を後ろからやさしく撫でる。


「寝入ってしまったのか。まるで能力を使い切った後みたいだな。能力を使うと通常とは違う疲労感があるんだ。体力と同じで、能力も鍛えればたくさん使えるようになるのだが」


「筋肉量の少ない人が重いものを持てないとか、ちょっと運動しただけで次の日筋肉痛になってしまうとかあるだろう? 能力も初めのうちは少し使っただけで、だるくなるんだ」


 ノリスタンもララが初めて聞く内容を教えてくれた。能力に関しては事前情報を与えないのが王族の慣例だ。やっと今回、能力の気配が訪れたララだが、王族の中でも遅い部類だった。日常の経験が乏しいからだろうか。


 そんな同じく遅い部類のジェレミーがこの会話に食いついてくる。

「待ってよ、ララ昨日〝能力〟を使ったの? 何の能力さ。何ができるようになったの?」


「私、能力なんてまだ無いわ。思い当たることと言えば、研究棟の寝車(ねぐるま)の部屋でカミルたちにマッサージしたぐらいよ。カミル、少し感覚が生まれたみたいなの。でも私、頭を撫でたり、王族ハグのように身体の状態を感じながら心を込めて(さす)っただけ。本当よ」


「大きな効果が出ていなくても、能力が使われていたということだ。つまりこれから伸ばせる分野だな、片鱗だ」


「ララ。私を含め王族の何人かは〝加工〟の能力を使えるが、それぞれ得意な作業が異なるんだ。リリアーナは治療の能力を使えるは知っているだろう。しかし母親のやりかたも参考にはなるが、固執しなくていい。ララは自分のやりかたを見つけるんだ」


 サルヴァドールとノリスタンからこう言われると、ララは自分が大人に近づいたようなような気がして胸が熱くなった。ぎゅっと手を握った胸元からは幻の花がぽろんと出てくる。


「すごくうれしい⋯⋯私何の役にも立っていなかったから⋯⋯」


「いいなあ、僕も何か生まれればなあ。あれ? そういえば最近睡眠時間が増えてるんだよね。もしかしたら能力を知らずに使っているのかな?」


「そうかもしれないぞ。よく寝たなと感じたときに、その日のことをよく思い出すがいい」


「うおー! 希望しかないよ! やった!」

 ジェレミーが両手に力を入れ、めちゃくちゃのけ反っている。こちらもこれまで能力の実感がなかったのでよろこび具合が半端ない。


「ジェレミーはそのうち特命部になりそうな気がするな。でもその前に護衛隊で身体を鍛えてくれないかな」

「ほんとそれだな」


 特命部ハートリーは勘がいいのか、それともただの希望なのかは分からない。なかなか訓練に参加しない王子にもどかしさを感じているノリスタンもそれに同意した。耳のいいジェレミーは聞こえない振りをしているのか二人の言葉に全く反応せずぴょんぴょんといくつもの変なポーズでうれしさを表現している。


「トーレもかなりいい身体しているな。訓練に参加してたんだって? どんな感じだったんだ?」


「やはり外国仕込みだと基礎が違う。ハクラスカ特有の突いたり切ったりの瞬間的な動きに、アイスタニアの動きも加わればトーレは面白くなる。マリーノに見つかったら持っていかれそうでひやひやするよ」


「ふーんなかなか評価が高いんだな。特命部も目を付けておくか」



 そんな王族のちょっと秘密なことと、トーレの前途有望な話をしていると、箱車のほうの説明もそろそろ終わりを迎えるところになった。

 三列並んでいる二人掛けの椅子の一番前に座り、雷に打たれたように硬直したトーレをマナは特等席で見ている。こんなにも新鮮な反応で驚いてくれる大人の王国民は今や居ないので、管理人は笑顔が止まらない。


「子供の時に箱車に出会っていればこんなに驚かなかったかもね。でもおかしいな、北の港に行く時とか、乗っていたと思うんだけど、寝ちゃってたのかな? まあいいや、じゃあ外に出るよ」


 マナとトーレは正面の扉から出ると、箱車の背後に回る。この箱車の壁や扉は窓ガラスと板でできており、木の部分はアイスタニアブルーと言われる青で塗られている。外から見ても部屋のようだった。

 箱車の扉はまず正面に一つ付いている。そして横の四つの扉は二列目と三列目の座席の出入り用だ。背面の扉は収納スペースの荷物が取り出しやすい。マナが両開きの扉の開けかたを見せ終わると二人はまたぐるっと正面に戻り、管理人は箱車の御者席側に付けられたエンブレムを指す。そこには四芒星の周囲に六つの小さな丸が描かれていた。


「アイスタニアの国旗に使われている七つの星がここに付いているだろう。この星は王族が作った器具に付けられる印なんだ。水が流れるおまるにも付いている。外国の研究者でも作れない技術でね、王国が厳重に管理しているんだ。食材を入れる冷やし箱を知ってるかい? 町に行けば宿屋で見ることができると思うが、あれも駆動部は王族が作ったんだよ」


 トーレは箱車や水のおまるで十分驚いている。他にもびっくりするようなものがあるのかと、わくわくする心の余裕がほんの少しだけ生まれてきた。


「壊れたときは交換できるから、町へ行ったとき交換を頼まれるかもしれない。そしたら受け取って、ララとパレスへ戻るときに一緒に持って帰って来てくれ。パレスの研究棟で修理をしているんだ。別の者が後日元の町へ運ぶから、トーレはあくまでララの御者、ララと行動してほしい」


 箱車から出てきた二人に、皆が集まり出発の雰囲気になる。


 特命部のロドニーがララにハグをすると何か耳元で喋っているようで、それを聞いたララは喜びに溢れた目になり彼をぎゅうっと強く抱きしめた。


「トーレはハクラスカに居たから武器を手にしていただろう、しかしララに武器を触らせるな。もちろんアイスタニアには武器がない、だから武器になりそうな道具にも触らせないでくれ。農具全般、タモ網も駄目だ」


「農具⋯⋯すっかすかなタモ網も駄目⋯⋯判断が難しいが、姫というのはそういうものか」


 ノリスタンの言葉にトーレが悩む表情を見せたが、その表情にも美しい男の色気を漂わせていた。十五歳以上年上のシンシアがトーレに視線を向けにっこりしている。特命部のロドニーがシンシアとトーレに意識を向けているが、どのような目をしているかは眼鏡のような物に隠れて見えない。


 訓練の時に使っていた、ふにゃんとなる剣もどきを手に持ったノリスタンは、反対の手に押し付けてぐにゃんぐにゃんと蛇のように曲がらせながら続ける。

「これくらい安全なものは他にないだろう。でも王国民の前では武器のおもちゃでも駄目だ」


「今だけ使わせてっ!」

 剣もどきはすぐさまジェレミーに奪い取られる。


 ぐにゃんとララに突きつけ、ララは変顔で「やられたー」と両手を挙げてポーズをとる。ララもジェレミーから剣もどきを奪い、ぐにょんとジェレミーの脇腹にぶつけ、変顔ジェレミーが身体を捻って「ぎえー」と叫ぶようなポーズをとるという遊びが始まった。


 そんな懲りていない二人を横目で見つつ、宰相は姫と王子の取り扱い方法をトーレに告げる。


「戦いごっこも駄目だ。王国民に勘違いさせてはいけない」


 サルヴァドールは二人の頭を掴んで、おふざけを終わらせた。ガチムチ巡視船船長のマリーノほどではないが、かなりの握力だった。みしみしと音が聞こえるのと同時に姫と王子はあわわと自然な変顔になっていく。


「おかしいところがあれば、迷わず注意すること。目を引くような言動に注意してくれ。厳しくていい、ララとジェレミーは簡単には壊れない。肉体も精神もな」


 常識を学ばせ、厳格にお姫様王子様教育をしろということか──トーレなりの解釈をする。


 マナもこそこそとララに耳打ちする。

「(ララもトーレが驚くようなことはしないように。素早い動きではあれ(・・)を使うんだよ。武器見学で注意されたことは覚えているだろう?)」


 ララはパレスから出られるが、自分の思い通りに行動できるのではないと、この数日痛感していた。ララのお披露目会や武器見学ではまだまだ人並外れた行動だったようで注意されてばかりだった。

 人と接していると自分を出せない窮屈さがあるがこれまでとあまり変わりはない。まずは言われたとおり周りをしっかり見ること、そっちが優先だ。そして乾き始めた頭頂はサルヴァドールに掴まれてぐちゃぐちゃだった。


 ララは耳元のマナに小さくこくんと頷くと、彼女の肩に手を置いた管理人は美青年にもう片方の手を挙げる。


「トーレ、箱車で分からないことがあればジェレミーに聞いてごらん。ララも知識はあるはずだよ。特命部がちゃんと操作方法を教えたと思うから」


「あれ、マナのトーレ『くん』が消えてるー。うん僕は何回か箱車使ったことがあるよ。それよりトーレは特命部なの? 特命部のシャツを着ているよね、上着は無いし、ズボンも違うけれど」


 同じく頭頂がぐちゃったジェレミーはトーレのフリルのついた黒っぽいグレーのシャツを見ている。特命部なら上着を羽織るのでフリルが見えるのは胸元だけだが、今はもしゃもしゃしたフリルが元気に前面を飾っていた。


「そういえばそうだ。トーレは護衛隊の訓練に参加し始めたばかりだがなぜ特命部なんだ?」


「今回は様子見で特に所属は決めていないが」


 ノリスタンの疑問にサルヴァドールは答えにならない一言を返す。


「昨夕、タバサに渡されたんだ。今履いているズボンにはこっちのシャツのほうが似合うと言われた。まずいようなら着替える。護衛隊の訓練服も着替え用に持っているんだ」


「ああ、そういうことか。いいんじゃないの、所属はまあ、強いて言えば『貴族』かな」

「はっはっそうか、『貴族』か」


 つい笑いが飛び出す特命部ハートリーと護衛隊長のノリスタン。皆もトーレを貴族にした話をすでに聞いていた。


「その服は丈夫で汚れにくいから旅にはちょうどいい。特命部の服も似合うぞ、トーレ卿」

 サルヴァドールもにこやかに貴族ネタに乗っかる。


「トーレ怒らないでね。ここにいる人たち自分では言わないけれど、全員王族の血が入っているんだ。貴族を笑いものにしている訳ではないから。親族だけでいるとつい軽口が過ぎちゃうんだよね、いつも」


 それを聞いた真面目なトーレはぴっとつま先を揃え、アイスタニアに帰国してから初めて、左胸に手を置き頭をぐるっと回すアイスタニアの敬礼をした。


 それを見たララもトーレの横にぴしっと立ち、アイスタニアの敬礼をする。ジェレミーも並びそれに倣う。


 真っ青に晴れ渡る空の下、それは旅立ちの儀式となった。

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