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1-03 このぷにぷにした謎の物体は

 ララは自分の姿を確認した後またベッドに戻り、少年が目覚めるまで自分も横になってうとうとしていた。


 ソファで寝てしまっているジェレミーはアイスタニア王国の王子だった。三人の兄たちは遠出が多く、自分は現在留守番役。隣の本邸に自室があるが、ララの住むこの別邸に入り浸っている。

 長めのふわふわマッシュヘアは生き生きとした若葉色で、遊ぶようにカールしている毛先は、風と一緒に歌っているようだった。


 ソファの軋む音がララを眠りから呼び起こす。母が子供のときから大切に使用しているそれは、何度か布を張り替えている。


 王子が起きたらしく、ベッドの横にやってきた。

 ララも目を開けようと瞼を動かすと、ジェレミーはさらに近寄り、声をかけるタイミングをはかっている。


 目が合い、ララが声を発しようとしたけれどうまく出なかったのに気づいた彼は、いつもの早口とは違う撫でるような優しい声で問いかける。


「ララ、具合はどう? 痛いところはある?」


 ララより一つ下、十六歳の王子はふわふわな髪をララのおでこに近づけた。


「声が出るかな、三日も休んでいたから。喉渇いてる? お水飲む?」


 ララの望むものがわかっているかのように、先がストロー状になっている吸い飲みを持ってくる。ガラスでできた小さなポットには半分ほど水が入っていた。


「寝たままでいいからね。はい、あーん」


 ララの口に吸い飲みの先を差し込み、ジェレミーは嬉しそうに水をゆっくり注ぐ。


 三日間ずっと寝ていたのと、さっきまで別の記憶を思い出していたせいか、ララの頭の中は現状に馴染もうと受け身になっていた。


 ララは二回に分けてごくんごくんと飲みながら、部屋の中に護衛服の男性と、医療班の白い服を来た女性がいるのを確認する。さっき起きた時は二人とも居なかったはず、自分もまた眠っていたのだとわかった。


「ありがとう、ジェレミー⋯⋯」


 少しゆっくりに、ちゃんと自分の名前を呼んでもらえたので王子は満足そうに頷く。そしてララが次に何をしようとするか観察を続ける。


 ララは気になっていることがあった。ベッドの中、おしりの横に何かがいる。


 さっき一度目覚め、姿見まで歩いたときには気づかなかった。きっとその後に潜り込んできたのだろう。

 掛け布団の中でそっと触ってみると、大きさは苦瓜(にがうり)ほどで、それこそ表面全体に小さなイボイボしたものがついている。表面は弾力があり柔らかく温かい。呼吸をしているわずかな動きを感じた。


 その真ん中あたりを軽く握ってみると、ぷにんと周りに逃げるように中身が動き、握った部分が細くなる。力を緩めると元に戻った。噛みついてもくることもない。


 ララの五感は通常の人の感覚を超えている。その超感覚で、生き物ならば触るだけで組成や内部構造まで微細に感じ取ることができるが、これには内臓が感じられなかった。そう、心臓も筋肉も骨もないのに呼吸をするように動いている。

 安心を与えてくれるかのようにわずかに動くそれに軽く触れながら、ララは護衛服の男性に向かって声を出した。


「あのねノルベルト、ベッドの中に何かがいるの。小さな生き物みたいだけど、生き物の匂いはしないし、動きも優しいの」


 ノルベルトはソファのそばからララのベッドに近づく。

 掛け布団からは、人が隠れているような大きな盛り上がりは見られない。護衛隊長は慌てずに女性の医療付添人に指示を出す。


「このタイミングか⋯⋯あれかもしれないな。マヌエラ、私は離れて後ろを向いているから、掛け布団をめくってみてくれ」


 何のことだかわかっているような口調だが、知らない者からしたら不安だろう。


 マヌエラは安心させるようにララに微笑む。彼女から静かに臨戦態勢のスイッチが入ったのが感じられた。


「ララ様、どのあたりですか」


「マヌエラ、大丈夫よ。このあたり」


 ララは掛け布団の下からおしりの左側にある手を少し持ち上げた。

 女性の白い服の胸には、名前が刺繍されていた。マヌエラはベッドの脇に移動し、ふわふわで軽い掛け布団の端に手をかける。


「失礼致します」


 布団がゆっくり退かされ(あらわ)になった 〝生き物のような何か 〟は、その場にじっとしていた。


「ぎゃっ、ぎゃー! って⋯⋯あら?」


 勝手に叫んで勝手に鎮まる白衣の女性はずいぶん怖がりのようだった。マヌエラの目がこの状況を理解するように情報を集めている。


 横になったままのララはマヌエラの顔を見て、イボイボのぷにぷにを(さす)っていた左手の動きを止めた。自分も頭を左に少し曲げ、手元を覗き込む。


 そこには誰もが明らかに異質と思うであろう銀色の物体があった。


 ララは初めて見る存在だった。ジェレミーは見える位置まで移動してくる。


「ああ⋯⋯」


 王子は慌てることもなく、何かを思い出すような反応をした。


 マヌエラは見てもわからず、護衛隊長に助けを求める。


「ノルベルト隊長?」


 振り向いたノルベルトも、知っているものを見る目だった。それだけで、大丈夫そうなことが周りに伝わる。


 部屋の中の緊張がほんの少しやわらいだ時、廊下から人が近づいてくる音が聞こえてきた。廊下の音が響きやすいわけではない。王族の血を持つものは五感が鋭いため、床は防音仕様になっている。ララはこの部屋にいる者より発達している聴覚で、誰がやってきたのかもわかった。



 マナがララの部屋に入ってきた。

 二十五歳ほどの男性で、いつもキャスケットの帽子を被り、眼鏡のような目を覆う半透明の板をつけているのが特徴だ。この眼鏡のようなものは、王国内でつけているのは数人しかいない。

 髪はまとめて帽子の中に突っ込んですっきりとしている。少しのぞく髪は日に当たると明るい青に見え綺麗だ。


 マナはこの別邸だけでなく、本邸や近隣の研究所など一帯の管理を担当している。いわゆる何でも屋さんで設備点検から庭いじり、関係なさそうなことでもマナに質問すると少なからず答えてくれる。若いのに頼もしい人物だ。



「安心して、無害だから」


 管理人のマナはこれをよく知っているようだった。


「これね、機密が最高レベル」


 ララは驚く。当事者では無いジェレミーは、何も言わず管理人をじっと見ている。

 マナは顔を動かして大人二人に合図をし、怖がらせて悪かったとノリスタンはマヌエラの肩を抱きながら部屋を後にした。



「所有者は誰になっているかな?」


 マナが銀色に話しかけると、生き物のような物体は伸びたり縮んだりしながらララの身体に自ら登っていく。少女はベッドの上に身体を起こし見守っていると、少し平べったくなった銀色の物体は、ララの両太ももの真ん中で元のように丸っこくなり、優しくとどまった。


「私⋯⋯?」


「海の生き物のナマコみたいだろう? この銀色ナマコはシークという名前なんだ」


 ララはさっきよりしっかり握ってみる。ぶにゅんと銀色の体の中身が移動するような感覚だ。安全そうだとわかったので、何度もナマコのようなシークを握ったり摘んだりと遊び始める。ララは海には行ったことがない。この別邸と本邸がある敷地以外に出たことさえない。


「身体が元気になったら続きを教えてあげるから、それまではペットのように一緒に居て。シークはララを守るために存在するんだ。命を狙われたことのある王子しか持っていない」


 マナはシークの仕組みを説明することはなかった。銀色ナマコはララのお腹から胸へ全身を使って移動していく。ララはマナから自分の胸元に目線を下ろし、這い上がってくるシークの一生懸命さに思わず微笑んだ。本当に可愛い生き物のようだった。


「私、歩けるわ。もう外を散歩したいの」


 マナは返事の代わりにベッドへ腰掛け、寄り添うようにララの頭を優しく撫でた。


「でもさあ、ララなら銃弾くらい避けられたでしょ。なんで撃たれちゃったの?」


 マナはどんな重いこともさらっと聞けるタイプだ。そしてララの能力をよく理解している。彼の口振りに嫌味はない。


「コーレイ、本当は人を傷つけたいって感じじゃなかったの。苦しそうにしてたからギュッて抱きしめたらボンッてされちゃった。


 コーレイはこのアイスタニア王国の貴族の子息でもうすぐ三十歳になる。国からの命により父親がアイスタニア王国大使として、家族で隣の大陸へ渡っていた。

 十五年振りに帰国し、ララの母と姉に土産話をしていたところに、ララが合流。姉のルナは、態度を急変させたコーレイの剣によりララを庇うように創傷を負い、ララは毒をかけられた上、銃を向けられたのだった。


「ルナを守れなくて私、後悔してる。でもお母さまが一緒なら問題ないと思う⋯⋯」


 母と姉は行方不明だ。もうアイスタニアの特命部が動き出して居場所を絞っているだろう。ララの母はアイスタニアの中で一番治療能力が高く、あの時は抱きしめるようにルナを治療し始めていた。


 ララが撃たれるタイミングで二人は消えたので、心配をかけてしまったかもしれない。ララ自身はストレス耐性が高い身体のため、肉体的な問題はすでに感じていなかったが、母と姉のことは気掛かりだ。

 マナはララの頭に置いていた手を背中に移す。ナマコシークもララの肩まで登ってきて、ララを癒すようにへばりついた。


「銃の音は初めて聞いたわ。相手が人を倒す気満々だったり、護衛隊が訓練の時にしているような動作だったら、対処できたはずなんだけど」


 敵ではなく相手──ララの認識は危うい優しさにもみえるが、本気のララは強い。成人男性のコーレイでも相手にはならないだろう。


 ジェレミーがマナの反対側からベッドに腰を掛け、ララを包むように抱きしめる。いつもと違う状態のララに気づき、まわした腕をすぐに解くことはしなかった。


「体術なら気づけたか。訓練で見ていたものしかわからない⋯⋯平和ゆえの無知というところかな」

 マナはララの背中から名残惜しそうに手を離す。


「私は生まれた時から平和の国に住んでるわ」


「確かに。武器に対応するには、武器のことを知らないといけないとは。平和なやりかたじゃないね」


 命の危険を感じる状況下でも彼を敵認定しなかったララの判断は、コーレイにとって一縷(いちる)の希望となるだろう。しかしなぜこのようなことが起きたのか、新たな謎にシフトすることになる。


「明日シークの説明をするよ。楽しみにしていて」

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