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1-02 ララの記憶の断片

 最初に〝思い出した〟のは、目の前に大きく広がる自然豊かな風景だった。現在の自分が住んでいる大地と、同じなのかはわからない。

 ただ明らかに違うのは、自分は人間ではなく〝花〟だった。


『もう我慢できない、開きそう⋯⋯』


 ゆっくりとほどけた柔らかい花弁は、まぶしい光を受け止めた。いい匂いのする新しい花に、蜜を求めて小さい羽音が近づいてくる。

 その花は初めてのくすぐったさに、心地よさを感じていた。


 満ちていく感覚が生まれてくる。


 うごめく影を喜ばせた花が、たおやかにその地で風に吹かれる。眩しい時間と暗闇の時間は規則正しくやってきた。

 痛みや苦しみを味わいながらじわじわと愛が膨れていき、たくさんの子供たちと繋がる感覚が生まれてくる。


『ああ、もう送り出せる。さあ、いってらっしゃい』


 強い風がしなやかな身体に当たると同時に、たくさんの命が空に流れていった。


 (こども)を飛ばして蒔くことが役目の身体は、軽くスカスカになってしまう。しかし愛情は膨れていく。


 一粒一粒、すべての子供たちとテレパシーで繋がっていた。ふわふわと、ぶつかり、そして引っかかりながら遠くに遠くに飛んでいくのが伝わってくる。

 畑や道端に着いた(こども)が多いようだ。林や池、鳥のお腹の中に入った(こども)もいる。離れた子供たちと会話をする。


『みんな大体場所が決まったわね。そう、そこで待っていればいいの』


 そこに強い雨が降ってきた。新しい命はこれから力強く生きていくだろう。


 見ていた風景はそこで終わった。


 ──これは、夢⋯⋯ううん、私が経験したこと──



 鳥のさえずる声が遠くから聞こえるが、ララの身体はまだ覚めないようで動かせない。いま自分がどこにいるのか認識できていない。目が開けられないが、聞き慣れた声が耳に入ってくる。


「ねえ、撃たれてから三日間も目が覚めないのに、なんでもう自室に戻すの?」


「だってもう傷はとっくに(ふさ)がっているし、頭から被った毒の火傷も、運ばれた時点でほとんど治っていたそうだからね。撃たれたところが壊死しててもおかしくないのに、すぐに治っちゃったし。目で見てわかるくらいの回復の早さだったから、医療班は『鉛玉の破片、あったらすぐに摘出しろー!』て慌ててたらしいよ」


「結局ララが言った通りの軌道で貫通していて破片は体内に何も残って無かったんだ、医療班が驚いてたぞ」


「もう軽いなー。でもララは普段、睡眠時間少なくても大丈夫なのに、三日間ずっと寝てるなんておかしいよ。起きたら『あなた誰?』なんて言われたらどうしよう。どうしたらいい?」


「まあ手術後に一回目覚めた時、平気だったし。ちょっと記憶の混乱があったけどね。今も夢を見ているような状態らしいよ。撃たれてもまあ大丈夫なんだけど、身体はやっぱりびっくりしたのかな」


「もう! 皆さん静かにしてください! まだ休まれているんですよ!」


 大抵の場合、静かにしろと注意する声のほうが刺々(とげとげ)しくうるさいもの。女性の一喝の後、ベッドの上で寝ているララは薄く目を開けた。自分の部屋の天井が見える。


「あっ」


 少年が小さく驚くと一瞬部屋が静かになった。その静けさに満足したララはすぐに目を閉じ、また眠りについた。



 次に〝思い出した〟のは、人間の自分だった。


 自分の居る狭く小さな部屋は前に走るように移動していた。まるでアイスタニアの箱車(はこぐるま)のように外を走っているが、とにかく速い。窓からは畑のような拓けた場所がみえた。


 自分は手に小さな四角い板を持ち、その板と会話をしていた。質問に答えてくれる道具のようで、小さい板からはメロディが流れてくる。


 ──今の世界で私たちが使っている、木と紙の操作板と似ている気がする──


 前と後ろで二人ずつ、固定された椅子に座っていた。隣には男性が座っているが顔は見えない。男性は足元の『ペダル』というものを踏んで、手には丸いフレームを握り、箱車(はこぐるま)もどきを前に走らせている。


 ──ああ、わかった⋯⋯これは『操作ハンドル』──


 椅子の後ろからは子供たちの楽しそうな声が聞こえる。左手の四角い板から出ているメロディに合わせて、自分自身も子供向けの歌を笑顔で歌っていた。


「♪僕はクーペ、おじいちゃんセダン、お父さんはS・U・V!」


 この時の自分は辛い状況から抜け出し、だんだんとその悲しみが薄まってきたみたいだ。辛い状況と深い悲しみが何だったかはわからない。でも自分は笑顔でいようと強く決心しているのを感じられた。

 そんな自分は次の曲で振り付きで歌い出す。


「♪隠密(おんみつ)(隠密)、潜伏(せんぷく)(潜伏)、君の前では軟弱(なんじゃく)ぅ!」


 自分の好きなアイドルのトンチキソングを子供たちと歌っているところで、また風景はさっと体温を失うように消えてしまった。



 そして次は全く違う、一面金色の空間を上から見下ろしている風景になる。

 自然の中ではない、箱車(はこぐるま)の中でもない、植物でも人でもなかった。


 身体は見えないが浮かんでいるのはわかった。何も道具は使っていなく、ジャンプの途中でもない。


 ──肉体が無い? 光の状態かもしれない──


 遠くにある金色の煉瓦のような壁は、上下左右に終わりが見えないほど広がっている。


 明晰夢(めいせきむ)ではなく〝別の記憶〟だと、ストンと理解する自分がいた。短い情景でも情報量が多く、自分の感覚や物の構造の理解が深かった。


 三種類の別の生の記憶は、思い出したというより知ったという程度かもしれない。

 植物の自分、人間の自分、三つ目は生命力の光のようで肉体を感じることはなかった。



 突然ララの耳から男性の話し声が聞こえてくる。記憶ではなく今自分が休んでいる場所の音なのか、ぼんやりとして境目がわからない。


「本当に回復力お化けだな。ああ、これ褒め言葉だぞ」


 少し威厳のある声が明るくふざけたことを言う。


「毒は効かないからね。手術の麻酔も効いていないと思うけど」


「それねー!」


 青年の声と少年の声が軽口を叩き、男三人は心から楽しそうに笑う。


「あっはっはっはっ」



 夢のような記憶と現実の音が混ざっているのがララにはわかった。大事なことを思い出していたのに、話し声で意識が戻ってきたようだ。


「んん⋯⋯」


 ララの鼻の奥を鳴らす音に、目が覚めそうになっていることが男三人に伝わる。怪我は治っているのにずっと寝ているので起こしてもよさそうだが、つい三人とも声を小さくしてしまう。


「(おっと、声が大きかったか)」


「(マヌエラさんが居たら、また怒られてたよ)」


「(そうだね、研究所にララを持って行かれそうになったところを、こっちが奪い取ってきたから戻されてしまう。あそこはララを研究材料としてみているから)」



 ──ああ、頭がはっきりする前に、見ていた〝別の記憶〟の復習をしたい──



 ベッドの中の少女は、またすぐに深い呼吸になる。


「(また寝そうだ。ちょっと他の用事をしてくるよ)」


「(そうしよう)」


 二人は足音を立てずに廊下まで行くが、パタンとドアを閉める音は控えめに響いた。


 部屋の中はララと男の子だけなのか、男の子がソファに座り直す音だけ伝わる。



 うっすらとさっきの記憶を呼び戻してみる。

 自分が花だった頃、子供たちへの愛情が確かに存在していた。風に乗って遠くまでばらけた子供たちとテレパシーでやり取りしている情景がとても印象的だった。


 ──今の私にもできたらいいのに──


 思い出した記憶は少しだけ。現在の自分を乗っ取るほどの強い記憶では無い。


 ララはだんだんと頭がぼんやりする⋯⋯。



 ベッドの少女はいつの間にか目を開けていた。顔を動かさず目だけぐるりと回し、周りを確認する。

 鳥のさえずる声が遠くから聞こえ、少女の好きな、雨が降った後の土の匂いもした。ゆっくりと身体を起こしてみる。


 少し時間が経っていたのか、ソファの男の子はいつの間にか眠ってしまっていた。起こさないようにベッドからそうっとおりて、姿見のほうへ歩き出す。


「起き上がる時に傷の痛みは無い⋯⋯ちゃんと歩ける。痺れもむくみも無し。うん、今回もすぐに治ったわね」


 落ち着いたピンク色の髪がしとやかに揺れる。まるで花の甘い香りが漂うかのように。

 姿見の前に立った少女はワンピース型の薄いゆったりとした服を着ていた。


 足首近くまである服を撃たれたお腹まで捲り、傷が全く無いことを確認する。ほど近い内臓に新しい痛みを覚えたが、これは怪我ではない。身体が大人の準備を始めたようだ。強い衝撃を受けたのがきっかけかもしれないと、なんとなく思いながら服から手を離す。


 何でも見通せそうなぱっちりとした瞳は、優しい光を帯びている。髪をかきあげ可愛いおでこを出した。顔にも火傷の跡は無い。


 鏡には、周りからは三つ下の十四歳に見られてしまう、いつものララが映っていた。

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