1-26 グランタス帝国はフォークと網?
「へえ、グランタスは農具なんだ」
「アイスタニアがもし国内で戦うとなると、このスタイルになるわね」
ジェレミーとララは、見学者や大使たちから少し離れた場所で訓練を見ていた。
今はこちら側に三人、向こうに三人の隊員がそれぞれ十分に距離をとり、対になっている。
向こうに立っている隊員を敵とみなして石が投げられていた。投げつけられた隊員は手にした鍬やハンマーで、前へ突いたり地面へ下ろすように弾いている。
訓練見学最後の国、グランタス帝国は農具が武器だ。自ら攻め入る考えがないという意思表示で、あからさまな武器は製造していないと説明された。
農具をここまで自由に使いこなしているが、武器に頼りすぎず、体術もしっかりと鍛えられているのが身体の動きでよくわかる。ステゴロになれば勝機が生まれるのではないだろうか。
アイスタニアの護衛隊は目が釘付けになっており、会話をほとんどしていない。
ノリスタンがグランタスの隊長に疑問をぶつける。
「ハクラスカの銃剣にこれらで立ち向かうのか? このような武器で国土が広くなっているのが信じられないな」
「ええ、グランタス帝国が二十五年前に建国されてからは大規模な戦闘がありません。疫病でハクラスカ帝国に見捨てられていた村が緩衝地帯になっていたのもあります。ハクラスカの権力の中心はサーラン王国ととニルラ共和国寄りの土地に鎮座しており、こちらとは離れているのです」
そこに大使のエイモンが説明を加える。
「戦争で国土を広げたのではありません。チュリジ大陸のニューアイスタニア公国と似たようなものです」
西のチュリジ大陸の中心には、先代の王ジーンが六十年以上前、〝平和的〟に手に入れた国がある。当時も世界中に疫病が蔓延していた。素性を隠しながら旅をしていた先で、とくに不作による食糧不足と飢饉の併発で困っていた国を救い、英雄扱いになった。疫病で後継者がいなくなってしまった王国をそれこそ丸ごと、年老いた王に「贈り物だ受け取れ」と言われたのだが、ジーンは沈みゆく国を押し付けられたと感じた。
なんといっても、四方の国は全て敵対している。疫病が落ち着き、作物が収穫できるようになれば、侵攻されるだろう。
ジーンはまだ気楽に旅を続けたかったため、「ニューアイスタニア公国」と名前を変えることを条件に国を受け取り、親族にさらに押し付けたのだった。
「我が国も隣接した外国の村を助けたところから始まったのです。ハクラスカ帝国に見放され、疫病と飢饉に困っている村を救うと、そのうち『長期的に援助して欲しい』、『グランタスの一部にして欲しい』とあちらから言ってきました。国を通さずに村民が自らグランタス帝国民だと言い始めてしまいましてね。それが発端でハクラスカ兵に攻撃されたところを、助けに来たグランタス兵が反撃したところから、きな臭くなりました」
「なるほど。元々グランタスの皇帝が海賊だったと聞いている。それ故にてっきり激しい略奪があったのかと思っていた。大変失礼した」
目の前では一対一で離れて立っている隊員が石を投げ、受け手の若い隊員が必死になってのし棒で打ち返している。のし棒は料理で小麦粉生地を平らにする丸い棒だ。エイモンはその光景ににやっとしながら、ノリスタンにまた話しかける。
「我々援隊が到着するまでは、村の者は逃げたり隠れたりと身を守ることが最優先です。防戦では森や沼地、谷などの地形をうまく使い、水や火、石や土も用意します。結果的には敵陣形を無力化することにこれまで成功しているのですがこれは武器というより、作戦に関することです。持久戦に持ち込み、精鋭部隊での襲撃などで敵を削り取っていくのです」
「農具を使うのはあくまで村の者が一対一で正面から戦うことになった場合です。ピッチフォークや鍬なんて、人に向けたら危ないですから本当に身を守るとき、最終手段です。作戦では自然に存在するものを利用することが重要視されます」
「自然に存在するものを利用か⋯⋯」
グランタスの隊長とアイスタニアの隊長は、通じ合うように頷いている。
のし棒を握ってぶんぶん振り回している隊員はララからほど近い。
ハクラスカ帝国の銃剣を見た後だからか平和に感じてしまうが、道具というものは戦いに使えばその時点で武器だ。
「ちなみに今隊員たちが持っている農具はこのパレスのモールで手に入れたものばかりです。グランタスの農具は強度を誇るのですが、アイスタニアもかなりのものです。たとえばこの魚をすくうタモ網ですが、石のような硬くて重い物を入れて投げても、折れたり破けるようなことがすぐには起こりません。これは素晴らしいです。普通に道具として使っていても、かなり長持ちするのではないでしょうか」
離れた場所で会話を拾っていたララの目が輝き出した。
今ララの近くにいる隊員が、タモ網に生ゴミを突っ込み、長い柄を持ってぶーんぶーんと回している。そしていきなりシュッと向こうの隊員に投げつけた。
のし棒を構えた隊員が、飛んできた生ごみを打ち返したその時、声を上げた。
「あっ!」
思いきりの力で打ち返したごみの中に、アボカドの種が入っていたらしい。ララのほうへ飛んでいってしまった。
しかしララはノールックキャッチで飛んできた種をさっと素手で掴むと、瞬時にぴしっと種がやって来たほうへ投げ返した。
種は隊員が握っていたのし棒に当たり、衝撃で両方とも飛ばされてしまった。
グランタスの大使と隊長は見ていなかったようだ。
声がしたほうに振り向くと隊員がのし棒を拾っているところだった。
ジェレミーは、にやっと楽しそうな口になっている。
次に隊長は木箱に手を突っ込むと、大きい石や生ごみを出してきた。
「網を使っていろんなものを投げます。おーい! 今から石を投げるからちゃんとよけるんだぞ!」
「すみません、向こうにいるのは新人なのです」
大使がなぜか説明した。
向こうの隊員は、一瞬場から外れると合図をしてきた。持っているのし棒にひびが入っていたため交換することになった。今度は四本爪のピッチフォークにするようだ。くるっと回転させて問題がないか確認している。
投げる側の隊員はベテランのようで道具の使い方がとても上手だ。さっきも狙いを定めて、見事な速さで弾きやすいポイントに投げていた。
フォークを持って戻って来た隊員に、早速網を使って大きめの石を投げつける。手で投げるより勢いがあった。
受け手の隊員は、せっかく持って来たフォークを使わず、石をぎりぎりでよけていた。
そう、ララの目はもちろん輝いている。
網に大きな石を入れ、遠くへ投げる隊員に熱視線を送るララに気づいた大使は、歩み寄った。
「興味がおありのようですね。妃殿下もされますか」
「やります」
ララが食い気味で返事をした。
「いえ、ララはやりません」
ノリスタンが否定するが、上品振ったララがさっと前に飛び出してくる。
「おほほ、失礼あそばせ」
「これなら怪我もしないでしょう」
とエイモンは箱から松ぼっくりを出した。
「ああ、これだと網に引っかかってしまいますかね」
「それがいいわ」
ララは間髪を入れずに返事をし、奪うようにタモ網と松ぼっくりを得た。向こう側のピッチフォークに持ち替えた若い隊員にグランタス語で呼び掛ける。
『ねえ、あなた、その場所でじっとしていてね。フォーク、そのまましっかり構えていて。動かさないでね』
「あっ、ララ!」
ララは誰にも止められないように速攻でタモ網に松ぼっくりを入れ、前方にシャッと投げつけた。
カッ!
若い隊員の構えていたピッチフォークの爪の隙間に、松ぼっくりが入った。
衝撃があったが、なんとか握って堪えていた。驚いた顔をして立ちすくんでいる。
「やった!」
達成感でぴょんと一回ジャンプしたララから網付きの棒を奪い、ノリスタンはささっと隊長に返した。
サルヴァドールがグランタスの人に背を向け、見えないようにララの顔を両手で挟んで力を入れている。サルヴァドールの顔は笑っているが、かなり⋯⋯怖い。
「(ララ〜?)」
「(あんお、えあえいいああ)」
ちゃんと、手加減したわと言っているつもりのララは、顔が縦につぶれ、唇が飛び出している。
ノルベルトは自分の背後に二人を隠し、作り笑顔で誤魔化し始めた。また尻拭いだ。
「はっはっ、ララは投げるのが得意なのです。このタモ網はそれこそ何千回、いや何万回と遊んでいましてね」
「(あいええお)」
初めてよ、とララは言っている。
「ええ、本当にコントロールがよいですね。姫殿下はそんな遊びもされるのですか」
「暇を持て余したときに、手元にある物で遊ぶだけです。ところでグランタスの隊員は動きがとてもいいですね、接近戦がお得意なんですか?」
にこにこのノリスタンは、もうララは退場して構わないように話題を変える。
いい笑顔で聞かれると話が弾むものだ。グランタスの隊長は嬉しそうに答える。
「はい! 皇帝が一対一の攻防練習に重点を置いているのです。抵抗するにも、よけて逃げるにも、命を守ることに体術は必要です」
エイモンはサルヴァドールの背後に近づいていた。
「ララ妃殿下」
さっと顔から手を離してくれたので、ララがひょいとサルヴァドールの影から顔を出す。ちょっと口がまだ飛び出ていた。
「不躾ではございますがいつかグランタスへおいでください。グランタスは多文化が共生している国です。この国にはない魅力的なものや風景をたくさんご紹介できます。ララ様を飽きさせません」
お披露目会、研究棟見学会、そして今日の訓練と、一日おきにララと会い、親愛の情が生まれたエイモンはララの手を取りぎゅっと握った。
ララはほんの少しだけ驚いた顔をしたのち、にっこりとエイモンに微笑む。心に響く嬉しさがあったのだろうか、身体から花の幻がぽろっと一つ出てきた。
「ふふ、エイモン閣下ありがとう。でも私、まだパレスから出たことさえないの。いつかそのときが来たら案内をお願いするわ」
「もちろんです! ララ様、そのときは息子も一緒に案内をさせますよ」
エイモンは身体をひねり左手を少し上げて、一人の若い隊員に注意を向ける。さっきアボカドの種が往復したり、フォークに松ぼっくりが刺さったあの隊員だった。研究棟見学会の時にもいた、ララと同じくらいの歳の男子は、見られていることに気づかず、懸命に投げられた物をよけたり叩き落としたりしている。
四か国の訓練見学会は武器使用に絞っていたため滞りなく進んだが、最後にグランタスとアイスタニアの隊員による素手での手合わせが始まり、ララとジェレミーの二人は一足先に別邸へ戻ることとなった。
午後の休憩時間に入ったさっきの庭師が本邸へ歩いていくのが見える。
今日は空の大半が雲で覆われていたので、少し気温が上がってきたこの季節でも外での作業がしやすかっただろう。
空の雲は層となり、所々影が濃くなっていた。しばらく降っていない雨は、いつ大地を潤してくれるだろうか。
ララとジェレミーは練習場と別邸の間の芝生を歩く。
「武器の材質と構造、使うときの動きを把握できたわ。次に対面した時は相手の初動で対処できると思う」
「そうだね。アイスタニアには本来攻撃してくる人なんていないけれど、今日みたいに外国の人たちが武器を使いこなしているのを見ると、外交のときは気をつけないとって思わされるね」
ジェレミーは一呼吸おき、ちょっと柔らかい声を出す。
「ねえララ、もし僕がアリーみたいに外国に行くことになったら、僕の護衛になってよ」
「いいわよ。一緒に外国へ行ったときは、ジェレミーのことを守るわ」
ララは簡単には外国へ行かせてもらえる気がしなかったが、今日は武器とはいえども異国に触れ、グランタス大使にも国を訪問するように誘われたのが嬉しかった。
二人は未来や外国へ思いを馳せると、楽しくて堪らないといった顔で向かい合い、それぞれの両手を繋いだ。未来への希望が可笑しさを後押ししていた。
気分が高揚したララはジェレミーと手を握ったまま、自分を軸にぐるぐる回り始めた。
「うわっうわっ」
すぐに勢いが増し、ジェレミーは地面と並行になってぶん回される。
「すごいすごい! ララ、手を離さないで!」
最後は二人とも繋がったまま水平に吹っ飛んだ。
ぽーん、ごろごろごろっ!
「あははは!」
芝生に寝転がったまま笑い出す。思いきり笑うと、今日の見学で武器に対して抱いた負の感情も、全て自分から出ていくような気がした。
ララは手を広げ、ずっと住んでいたこの別邸の芝生をしばらくの間、身体中で味わった。




