1-25 ハクラスカ帝国の銃剣とルナの恋バナ
「我が国は銃剣での戦いが主になる。このように訓練では銃剣の操作や団体での連携動作となるが、本国ならば威風凛々とした圧巻の風景を披露できたであろう」
大使のヨシフが自国の軍隊を仰々しく誇る時間が続いている。訓練見学三国目はハクラスカ帝国だった。
銃剣は持ち込み規制で数は三挺しかない。そして王国内で銃の発砲は禁止だった。
本来なら大人数で隊列を組むところを、ちっぽけな三人編制に縮小されてしまっているが、一糸乱れぬ動きは遠くから見ているアイスタニア護衛隊を釘付けにしていた。
ガチャガチャ、ジャラ──木製の銃床と金属部が揺れる音が小さく鳴っている。
「うわぁ、銃口の先に剣がついている。ニルラ共和国の長槍の人、あんなのと戦ったら一溜まりもないね。あ、銃も使ってるって言ってたかな。どっちにしても嫌だなー、なんであんなもの作ったり使ったりするんだろう」
あからさまに嫌な顔をするジェレミーの声はハクラスカの大使にも聞こえているかも知れない。けれども大人たちはそれを注意することはなかった。ララも悲しそうな顔をしている。
「ジェレミー、ララ、後ろにいなさい」
巡視船船長マリーノの声にはぴんと張ったものがあった。
マリーノはこの見学者の中では国防の最前線にいる男だ。アイスタニアの蒼海でも本土から離れた海域では外国の海賊、軍艦、探検船と接触することもある。
すぐ横にいるノリスタンと背格好が似ているが、マリーノほうが服の中のガチムチを隠しきれずにいる。
ララはここにいる見学者の中では回避スピードも身体の回復も早く、シークも身につけている。しかし素直にジェレミーと後列に下がることにした。
ハクラスカの隊員は銃剣の剣の部分を使い、前に突き出す動きを何度も繰り返していた。次に銃床を使って叩きつけたり払ったりするような動きに変わる。
「撃って、突いて、叩きつける。何でもありだな。武器というものはどんどんと凶暴化していくのか」
「アイスタニアに入国してからは、銃剣で実弾の練習はしておりません。それは始めに取り決めがされておりました。本日は一発だけの試射をする予定です」
見学側にいる帽子を被った特命部ハートリーの言葉に呼応し、ハクラスカの隊長がアイスタニアの見学者に聞こえるように声を張るが、マリーノは眉を曇らせたままだ。
「そろそろ試射を始めようか」
ヨシフはサルヴァドールに呼びかける。
ハクラスカの隊員は銃口についた短剣をキュッ、ギンッと回しながら引き抜いた。銃を確認すると弾込めを始める。サラサラ⋯⋯コンッ⋯⋯ズズッ──ララたちは火薬や弾丸を入れていくその微かな作業音をしっかり聞き覚えようとしている。前にララが聞いた銃の音とは響きが少し異なっていた。
ハクラスカの隊長は「心臓を狙え」と銃兵に囁き、場から離れる。
隊員が構えた先には大きな厚みのある四角の板があり、それが的代わりだった。
ドカンッ!
初代と現アイスタニア王が血と汗で武力を排除したこの国に、命を奪う武器の音が響き渡った。
ドンッ⋯⋯バキッ──板の右側に当たり、少し割れ目が入る。
生垣から鳥たちがばさばさと、雲が広がる空へ羽ばたいていく。それにつられた蝶やバッタも木々の間の茂みから動き出した。
「嫌な気分だわ⋯⋯」
ララが呟くと隣の王子がぴとっと姫にくっつく。
「自分が狙われた時のことを思い出したの?」
「ううん、心臓を狙っていたのが不快なの⋯⋯」
的に描かれているたった一本の線が人間の形を表現していた。肩らしき線の下に開いたばかりの穴がある。対象からは外れていたが、隊長が「心臓を狙え」と言った声は、聴覚の鋭い王族の耳にはしっかり届いていた。
銃剣の披露は終え、大使のヨシフが他の武器を説明し始める。
「ハクラスカが誇るもう一つの武器は剣だが、長剣を所持するのは貴族や隊長以上だけだ。今では戦闘で抜くことはほぼない。短剣は部隊長までが持つ。それでは剣技をお見せしようか」
ハクラスカ帝国はフレメルデン大陸の中央部分に位置する、東から西に連なる一帯の国土を持つ大国だ。
南側の東にはサーラン王国、南側中央にニルラ共和国があり、ハクラスカはこの両国を少しずつ削り続けている。
南側の西、グランタス帝国だけは逆に国土を北に向かって増やし、ハクラスカ帝国の西岸を侵食していた。
「さっきのニルラ共和国もそうだけど、戦場では団体で同じ動きをするんだね。大きな力が出るものなのかな」
ジェレミーは戦争や武器をあまり知らない。平和の王国では戦術も習わない。そんな王子をマリーノは歴史と絡めて返答する。
「ああ、生き残るものが多くなるだろうが、まあうちのような個体能力が高い敵がぽーんと現れたら、せっかくの統制と連携も無力化するな。先代のジーンとベンジャミンはそうやってこの国を統一した。アイスタニア護衛隊も連携技と個人技、どちらも訓練するだろう?」
「そう⋯⋯かな?」
ジェレミーは訓練をしていないので返事をにごらせた。
一方ジェレミーがぼそぼそ喋っているときも、ヨシフは長剣を使い一人で行う型を見せていた。
長い年月、振りの反復練習をしたのであろう、型が身についている。
普段は偉そうにしている大使は、皆の想像以上に機敏に動いていた。
瞬間的な動きがしっかりできていて、前へ突く動作にキレがある。なにより身体のブレがない。
突きの動作から、斬り払うような振りに変わる。
スッ──。
シュッ──。
素早く短い振りになると、鋭い風切り音が聞こえる。
スパッ。
シャッ。
最後に大きく腕をゆっくりと動かすと、ヨシフは余韻を味わいながら長剣を鞘に収めた。
シュッ⋯⋯コトン──。
サルヴァドールはこの剣技を純粋に見入っていた。
終わったことに気づくのが少し遅くなってしまい、慌ててヨシフに称賛の言葉を掛ける。両手は自然に前へ出ていた。
「武器であるのに、終わった時には思わず拍手をしそうになりました。これは鍛錬の賜物でしょう、剣の軌道が芸術の域に達しております。ヨシフ公、すば⋯⋯いえ、感嘆に値します」
「アイスタニアから最大の賛辞を貰えたな」
まだ身体からエネルギーがほとばしるヨシフは、満足そうな顔をしている。
そこへハクラスカの隊長が提案を持ってきた。
「ヨシフ様、短剣技も披露してよろしいでしょうか」
「あの曲芸じみたやつか。品がないがまあいい余興だ。おとといは研究所のガワ屋の作業場を見せてもらったからな。あれは本当に興味深かった」
大使は機嫌がよくなったようで、怒ることもなく許可を出す。
「サルヴァドール様、通常の訓練で行うことはないのですが、個人技として短剣の技をお見せしたいと思います」
「通常の訓練と違う⋯⋯安全ですかな?」
「はい、もちろんでございます」
隊長が合図をすると、隊員の一人が頷き、前に出てきた。
銃剣の試射で使った的板の前に立ち、上部に何かをくくりつけている。隊員が離れると、そこには細い麻紐を通した真っ赤なトマトが一個、板の真ん中にぶら下がっていた。
短剣はハクラスカの隊長自ら披露してくれるようだ。
腰の鞘から抜くときに、擦れる音がする。長剣とはまた音が違う。思っていたものより小さく、食事をするときに使うナイフのように見える。
練習をしているのか、剣を宙にくるくると小さく回しながら上に投げ、手で受けるのを繰り返し、みんなの注意を引いている。
そして腕の動作が変わり、肘を上げ、的に向かってシュッと短剣を投げた。
カッ!
綺麗に中心に当たったのだろう、トマトが衝撃で汁を出して飛び散った。短剣のほうは板に刺さっている。
「我が国ではリンゴを的にするのですが、アイスタニアでは手に入りづらく、トマトに代えさせていただきました」
「ああ⋯⋯」
「これは⋯⋯」
サルヴァドールとノリスタンは苦い顔になる。
ララが惹きつけられるやつだ──。
「おおー」
フェンス越しのアイスタニア隊員から歓声が上がる。彼らも武器とみなしていないのか、曲芸師のショーのように楽しんでいる。
「アイスタニアには平和の風が吹いているな」
巡視船隊長は呆れ返り、護衛隊長を見た。
「なんて⋯⋯なんてすばらしい⋯⋯」
平和の風に毎日当たっている姫は案の定、曲芸の虜になってしまった。
小石で的に当てるのはよくやるが、あの食事ナイフをくるくる回す動きをした後に、物を投げて当てるという動作に惹かれてしまったようだ。ララはむずむずしてきた。
真似をしてみたいが剣は触りたくない。おととい遠目からトーレを見た時に握っていた、あのふにゃふにゃになる剣もどきもここには無い。
ララの考えがお見通しのジェレミーは助言をする。
「ララは剣など使わなくとも、折れた枝や小石で十分でしょ」
確かにその通りだ。だが辺りを見渡しても、大きなゴミは落ちていない。練習場や隣の芝生は維持管理がされている。
ララは練習場と芝生の境目に居る、大きな袋を引っ張った庭師を見つけた。
一瞬でララが庭師の元へ向かう。
声を掛け、袋の中に手を突っ込むと、庭師が慌てだした。ゴミを漁っているようだ。
そして笑顔でぴゅーっと何かを持ち帰ってきた。
遊びに飢えているアイスタニアのお姫様は、棒切れを逸品のごとく紹介し始める。
「はは、ジェレミーくん、いいものを見つけたよ。なんとこれは木の枝と言うものだ。そして最高につまみやすく投げやすい小石だ。さあ見てくれ」
興奮じみたララが、最高のおもちゃを見つけたときの口調になっている。
開いた右手には短い枝が二本、左手には爪よりも若干大きい小石が三粒載っていた。
「ジェレミーくんも入り用かね?」
「じゃあ、枝二本!」
「さすが王子、お目が高い!」
枝を受け取ると王子はつまんだり揺らしたり、小さく上へくるくるくると投げたりして感覚を掴んでいる。
そしておもむろにジェレミーによって投げられた枝は、見学者やハクラスカの隊員を超えてふわっと大きく弧を描くように的のほうへ飛んでいく。
すぐ後に、もう一本の枝が真っ直ぐ勢いをつけて投げつけられる。
先に宙を飛んだ枝が的の中心手前に落ちてきたところで、枝同士がぶつかり合った。
カッ!
「(ジェレミーかっこいい!)」
ララが小さくジャンプし、ハクラスカ大使に聞こえないように小声で楽しそうに喜ぶ。
「(いやあ、結構これ得意かもしれない。かっこよかった? そうだよねそうだよね)」
ジェレミーは満足顔だ。
「えっ? なんだ今のは」
ヨシフとハクラスカの隊長が音のしたほうへ振り向くと、どこから投げられたのかわからない枝が二本、的の下に落ちている。
ララたちの手前にいるアイスタニアの船長と航海長は、自然に手を腰に当て、後ろが見えないように壁になった。枝のことに気づかず、隣と世間話をしている体だ。
背後で姫と王子がきゃっきゃっしているのを隠している。
ララも左手の小石を二つ、船長の腕の隙間から、ろくに的を見ずに投げつけた。
トン!
トン!
的のほうからまた高い音がする。
ヨシフたちが見回したり空を見上げても、どこから飛んできたのかさっぱり分からない。
「だれだ発砲したのは! 許可を出していないぞ!」
隊長がきょろきょろと的に銃口が向いていないのを確認した。
「ここには銃を撃った者はおりません!」
隊員が緊迫した面持ちで音がした四角い的板のほうへ向かうと、ナイフのすぐ横に穴が開いているのが見えた。確認するためにじっと見た後、板を少しほじくった。
「銃弾ではありません。これは⋯⋯小石のようです!」
察知したサルヴァドールはこの場を締めることにする。
「ヨシフ公、十分見学させていただきました。危険なものですので、もう全てしまっていただいて結構です」
困惑の顔になっている人々の謎は晴れていない。
「武器が武器を呼ぶのです。アイスタニアに武器は必要ありません」
サルヴァドールは上手く誤魔化せた気がしなかったが、両手を広げて大袈裟に言ってみた。ここは勢いだ。
武器を見せろと言ってきたのはそっちだろうと、納得をしていない顔だったが、ハクラスカの隊員はすぐに全ての武器をしまった。自分たちのせいにされたらたまったものではない。
「やめろ〜?」
ノリスタンは腰に手を当てたままの船乗りの後ろで、ジェレミーの顔を両手で挟み、思い切りプレスした。頬肉につぶされて唇が飛び出している。
「何故今やる? 何故ハクラスカの的を狙う?」
「うゆうゆ、いあっあんあおー」
うずうず、しちゃったんだよーと言っているつもりのジェレミー王子。
「この二人は飢えているな。毎日刺激のない生活を送っているんだろう。やはり王族は、なんでも武器になってしまう」
巡視船船長マリーノは見た目が三十半ばだが、三十代前半に見える護衛隊長ノリスタンの長男であり、タバサの兄だ。父親より寿命が短いのだろう、すでに見た目年齢が父親を超えている。
海で鍛えた、なんでも掴めそうな大きな手のひらで、がっとララの頭を鷲掴みにする。
注意勧告なのだろうか、この鷲掴みも武器になりそうな、かなりの握力だ。ごりごり指先を動かすと、用が済んだかのようにすぐに頭から外す。
「ララ、私のいとこの孫がララと近い歳でね。そのうち会うこともあるだろう、やさしい奴だからきっといい友達になる。その時はよろしくな」
「お、ジェレミーのライバルだな」
「あんあおー」
帽子を深く被った特命部ハートリーが囃し立てる。ジェレミーはまだ顔を潰されたままで、ろくに話せない。
ララは一瞬、返事ができないほどに呼吸が止まっていたが、すぐに息を吹き返した。頭がへこんだ気がしたが、きっと気のせいだろう、きっと⋯⋯。感覚を戻すために自分の頭を撫でる。
「タバサの息子と孫もまだ若いだろう。そっちを推さなくていいのか」
「まずは既婚じゃないほうがいいんじゃないのか? それにタバサの孫はルナが好きなんだ」
「未婚既婚は本人次第だろうが。でも確かにルナは人気だな。ここ二、三年で恋焦がれている男を十指に余るほど見てきた。ルナがパレスに戻って来れば、みんな堰を切ったようにルナに結婚を申し込むかもしれない」
特命部らしく情報通な感じで、ハートリーがルナ情報を出してきた。
「そうだな。外国にお嫁にやるとか言ってるが、奪ったもん勝ちだろう。力強い男に女は惚れるもんだ。そうだろう? ララ」
「私はまだそういう人に出会ったことがないから分からないわ」
人並み外れた五感の持ち主は、恋愛方面が鈍感なのだろうか。ジェレミーの熱意はララに伝わっていないようだった。
同情した目つきのノリスタンは、やっと離した手でジェレミーの肩をぽんと叩いた。
「ルナがそんなに人気があるのを私は知らなかったわ。男性のことは何も話していなかったから」
ララの言葉ににやっとしたマリーノは、ララの姉にまつわる話を始める。
「ルナは初々しい色香が漂い始めたからな。うちの船員もルナが体験航海に来たときは、明らかに浮ついていた。ララも行動範囲が広くなれば、きっと周りがざわざわしてくるぞ」
ジェレミーはララの手に残った最後の小石をつまみ取り、マリーノにぴしっと投げた。船長は避けずにかっと弾くと、小石は離れたハクラスカの道具箱に当たり、さらに跳ね返って大使ヨシフの腰に巻かれた固いサッシュに当たってしまった。
「痛っ!」
ヨシフが声を上げ、痛みが襲ってきた方向に怒り顔で振り向いたが、隊員たちは背中を向けて武器を片付けているところだった。
サルヴァドールはララに顔を向けたが、ララは慌てて違うと首を振った。
行方知れずの姉ルナの話がララの前で気兼ねなく話されることになんとなく違和感を覚えたララとジェレミーだったが、マリーノはそんな二人の機微を察した。
「ララが大変な目に遭ったのに父親のルークはまだこっちに帰って来てはいないんだろう? ルークは今家族のために〝何か〟をしているんだ、きっとな。だからララは待っていればいい」
「ええ、私は大丈夫だから、お母様とルナのためになることをしていてほしいわ⋯⋯」
マリーノはさっきの鷲掴みとは別の力強さで、ララをぐいっと片腕で抱き寄せた。この男は基本動作がすでに屈強なのかもしれない。
「ねえマリーノ、さっきの『力強い男に女は惚れる』って話、少し解る気がする」
周りがびっくりした顔になり、場の空気が変わる。
ルナの話が出てきてから耳をそばだてていた特命部や護衛隊の見学者がララを凝視した。
もちろんジェレミーも明らかに失礼な顔で驚いている。
「ええっ! ララ、こんなおじさんでもいいの?!」
マリーノは嬉しそうな表情になる。
「んっ? 俺もララの夫候補に入れてもらえるのかな」
ララが何かに気づいた瞬間だった。
年齢ではなく、自分と異なる身体つき──筋肉と脂肪が共存しているガチムチの身体が気になるのかもしれない。ララもマリーノの背中に片腕を回し、王族ハグのように少し手を動かして身体の状態を読み始める。
この日から、ララは血族に守備範囲が広いと勘違いされることになった。




