1-24 ニルラ共和国の装備とララ初見反応
ニルラ共和国大使は馬に乗って練習場までやってきた。
アイスタニア王国には馬を使わずに走れる便利な箱車というものがあるが、外国から来た大使に貸出をしていない。移動には共に入国した馬をそのまま使用してもらっている。
バケツを持ったマナが馬を繋ぐ場所まで案内しているところを、ジェレミーはベンチに座りながらじっと見ていた。
ついさっき具合が悪くなってしまったジェレミーだが、ララに抱きしめてもらうとすぐに気分が落ち着いた。ララのほうからこんなにぎゅっとしてもらうことは滅多にない。
青空の元、アイスタニアの見学者はニルラの見慣れぬ形の武器を凝視しているが、ベンチの二人、いやジェレミーは別世界にいるようだった。
触れられていると幸せが溢れ、ララへの愛おしさが強くなる。細いのに要所要所はしっかり柔らかい身体がとても刺激的だ。
この幸せな時間をじっくり味わうことにしたジェレミーが、もう大丈夫と言わずにそのまましばらくララの両腕の中で幸せにおぼれていると、若い男性のヒソヒソ声が二人の耳に入ってくる。
「(ララ、もう離れて大丈夫だ)」
それは離れた場所にいる、眼鏡のようなものを目元につけた特命部の男の声だった。
特命部の言葉は信頼度が高いのか、それを聞いたララは腕を解きぱっと離れてしまった。
ジェレミーは不満そうな顔を特命部の男性に向けるが、男性はもうこちらを見ていない。
「ジェレミー、私が弓矢を触ったのがいけなかったわ。このあとの見学では決して触らないから。ええ、絶対に触らない」
「今まで外部の刺激がなかったから、何でも気になっちゃうよね。ララがわくわくしてたから僕も楽しくなっちゃった。でも寒気がしたのは何か違うんだ、ララのせいじゃない」
ジェレミーは準備をしているニルラの隊員のほうをちらっと見た。ゆらゆらと長い棒が三本揺れ、他にも二、三本持ってきたようだ。あれもララの気を引く物に見えてしまうかもしれない。
「私、皆に迷惑や心配をかけてしまってばかりだわ」
「仕方がないよ。ほら僕たちって、護衛や教育係もなしにずっと育ってきたんだから。その場その場で先達に学べと言われてるだろう? 自ら学び、自ら習う、それだけさ」
ジェレミーが立ち上がり、ララの手を引っ張って立ち上がらせた。ベンチからでは人垣で訓練が見えないため移動する。
「弓矢や銃も使うのですが、他国の見学でその武器の使用があるとお聞きしていますので、長い歴史を持つ槍、そして独自に変化した棍棒を紹介します」
ニルラ共和国大使ゲラシウスが、アイスタニアの見学者たちに説明を始める。
準備はここでやってもらうことを通達していたが、彼はすでに皮でできた装備を身につけていた。
「槍なっが! 僕の身長三つ分はあるよね。あれ遠くからよく見えるからすぐ敵に見つかっちゃうんじゃないかな。あんな長い槍を持ってたら普通は支えるだけで精一杯だよね。身体がガラ空きじゃ僕でもやっつけられそうだよ。ああ、団体で槍を持つのかな、そうだよね、きっとそうだ個人じゃない。ニルラ共和国ってだんだん国土面積が狭くなってるんだって。ハクラスカ帝国とグランタス帝国に取られちゃって。あの槍、役に立ってないのかもね」
ジェレミーは早口で感想を述べている。全体的に失礼な内容だった。
「あっちは棍棒なのかな。握り棒の先に棘のついた球がある」
「槍の先に斧みたいな刃がついているのもあるのね。凶々しい⋯⋯さすがに触る気も起きないわ」
ララは嫌な顔をしている。
弓矢の時と違い、ララは巡視船船長や航海長たちの後ろから前に出ようとしない。船乗りの隙間から覗く程度で十分らしい。
ニルラの隊員は三本の長い槍を持ち、横隊で息の合った動きを始める。三人が前方向へ突く動作は反復する回数が決められているわけではないようだ。合図の声が上がると、真ん中の槍先に合わせ両隣が挟むように小さく叩きつける動きに変わった。
「空気を割く音に特徴があるな。あの長すぎる槍、棒自体がしなってるが、それを支える身体がかなり鍛えられている。腕だけじゃない、身体全体を使って動かしているぞ」
「ああ、よく訓練されているのが一目で分かる。ニルラに住んでいた親戚が、練習の時もあの重い装備をつけて常に実戦のように訓練しているのを見たと言っていた。持久力がつきそうだな」
短いつば付きの帽子を目深に被った特命部と、胸の前で腕を組んだ巡視船船長が呟く。
棘付き鉄球が繋がっている棍棒を振り回したときの金属の擦れる音や、斧のついた槍の風切り音、布や藁、木材など各種素材にぶつける音も披露してもらう。
布を切り裂いたり、木が潰れる音がするたびに、フェンスの向こうから覗いているアイスタニア隊員たちの「わっ」「うわぁ⋯⋯」といった嘆声が漏れてくる。
盾だけを持った隊員が、相手の武器を受け止める訓練もしているが、身体に当たらないか見ているほうがひやひやしてしまう。
そんな破壊的な音がする中、ララは全然違うものを見ていた。
「武器を触る気は全くないけれど、馬に跨ってみたいわ。それと、守るための防具ならいいかしら。でも動物の皮は触らないでおきたい」
「これを着けてみますか。皮は使っていません。外側が布で出来ているので軽そうに見えますが、内側に鉄の薄い板がついているんです」
ふっくらとした布のベストを着ていた隊員が鎧を外し始めた。
「おい、何勝手なことをするんだ。一介の護衛が口を出すんじゃない」
ゲラシウスが注意をする。
アイスタニアの護衛隊長が、ニルラ隊員の言葉を拾う。
「感謝する。安全確認だけさせていただこう」
ノリスタンは胴体部分だけの鎧を受け取った。ずんっとしっかりした重みがある。
裏表を確認し、にこにこ顔で待つララへ持っていく。これならララがやらかすことはない。ただ身に付けるだけだ。
きっとニルラの隊員たちは、ララがきゃーきゃー言いながら鎧の重さでふらふらしているところを見たいのだろう。ララに負けじと、にこやかな顔をしている。
長い一枚布の真ん中に頭を通す穴があり、頭を通した後は両脇にあるベルトで固定する。ララには大きいようでぶかぶかだったが、ある程度は身体を曲げることができる構造になっていた。
今日のララは護衛服で、ワイン染めの白っぽいシャツとワインレッドのパンツスタイルだ。その身体にニルラの防具が装着される。
「本当、見た目より重いのね」
ララは小さくぴょんぴょんとその場でジャンプしてみた。
お尻にかかとを近づけたり。片膝ずつ順番に上げたりもしている。
ダッ──。
ララはいきなり後方宙返りをしてしまった。
鉄板の付いた鎧を着たままで。
「?!」
ニルラ大使たちの動きが固まった。
見えなかった。
ララが一瞬ぶれ、バク宙をしたようにみえたのだが、初速が早すぎたため最後の着地のポーズぐらいしか目が追いつかなかった。
「この鎧、どのくらい守ってくれるのかしら。だれか私を蹴ってくれる?」
「ララ、やめなさい。ゲラシウス閣下、目の前での悪ふざけ、申し訳ありません」
「だってアイスタニアの訓練なら蹴る練習もあるわ」
ララのほうに向いた宰相とノリスタンは「それ以上言うな」という顔になっている。
「悪、ふざけ⋯⋯?」
ゲラシウスが驚いて、ララとサルヴァドールをきょろきょろ見回した。
「馬にも乗せていただけますでしょうか。はい、お願いします、今すぐに」
話題を変えようと、サルヴァドールはゲラシウスの背中に手を当て、馬のほうに押していく。
ノリスタンはララの鎧をすぐに脱がし、にこーっと笑顔でニルラの隊員に返すと、ニルラの隊員たちに見えない角度でララの顔を両手で挟んだ。
ぎゅむ〜と力を入れ、顔が縦につぶれている。
「(ララー。身体能力隠せー?)」
「(三階へのジャンプじゃないのにぃ)」
「(今のはできないぞー。普通はなー)」
小声のララの可愛い顔が、完全な変顔になっている。
「ほら、ララ行くぞ。馬に乗りたいんだろ」
巡視船クルーや特命部たちは、ララに馬のいるほうを指でさすと、さっさと歩き始めた。
「ララの教育係はまだいないって本当だったのか」
「そろそろ誰かを付けても大丈夫じゃないのか。ここ三年は何もなかったと聞いてるぞ」
「また最近色々起こっているみたいだがな」
「ああ⋯⋯シンシアあたりが上品でいいかと思ったが、やはり危ないな」
「シンシアは駄目だ、絶対駄目。命を差し出せるくらいの奴でないと」
ニルラの兵士たちには聞こえない大きさだが、ララには男たちの声は丸聞こえだった。ジェレミーに強く手を握られ移動したララは、この後の乗馬では終始無言で参加することになる。




