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1-23 ララ、サーラン王国の弓矢を知る

 平和と安定の王国アイスタニアには武器がない。


 単一国家のアイスタニア大陸は巡視船と島嶼(とうしょ)で水際対策がされているため、二百年前の鎖国から上陸戦は起きていなかった。

 もし敵と戦う事態になれば、武器の代わりとなるものは、王国民の手元にある農具や生活道具ぐらいだろうか。


 例外として他国の大使が数量限定でこの国に持ち込んだ武器がある。

 今日は訓練見学と称して、各大使が保有している特徴ある武器の使用を見せてもらうことになった。


『今後ララが知らない武器にも対処できるように』ということが見学のきっかけなのだが、それはもちろん伏せている。


 武器が姫の前で使われるため、護衛隊のほか特命部、アイスタニア巡視船の船長、航海長なども見学に参加となり、いかめしい男性が何人も集まったララの周りはそれらしい雰囲気となっていた。


 もちろんララの隣はジェレミーだ。いつもは左手でララをエスコートする立ち位置だが、今日は武器があり万が一のためにララの右手を塞がないように、反対側に立った。いざとなればララのほうが初期反応が早いのをジェレミーは分かっている。


「わあ、サーランの護衛隊の服、サーランって感じだね。服全体に装飾がしてある。普段からあの服で訓練するのかな」


 失敬な研究員セレソの口調と、服のデザインが気になるフロリアンの影響を確実に受けた、感化されやすいお年頃のジェレミーが楽しそうな声を出す。



 他国の護衛隊が、このアイスタニア練習場にくるのは初めてだ。普段は各国大使館の敷地で訓練しているが、パレスの中で一番広いこの練習場に呼び寄せたのには訳がある。


 ララから『敷地内に近づいてくる音から、道具を準備する音までしっかり聞いておきたいの』と要望があったからだ。靴の足音、隊服の擦れる音、袋の中で武器が揺れる音、その音の特徴を知っておけば、今後素早く対応できる。


 そんなわけでアイスタニアの面々は、外国の隊員が到着する前から練習場にいた。残りのアイスタニア護衛隊員もフェンスの向こうから見学している。



 一国ずつの武器使用訓練はサーラン王国が最初だった。

 大使のルクンが紹介するサーランの誇る武器は弓矢だ。金工象嵌(きんこうぞうがん)が弓に施され、金銀の装飾がサーラン王国らしい。矢にもサーラン王国特有の植物と幾何学模様が組み合わさったものが塗装されている。


 隊員は、遠く離れた場所に的をぽいと置き、弓矢も袋から出すと特に手の込んだ準備もせず「もうできます」と伝えてきた。


「練習はしなくていいのか?」


 アイスタニアの護衛隊長は尋ねた。できればララに何度か音を聴かせてやりたい。


「動物はいつもいきなり現れるものです。なので初めの一射(いっしゃ)で勝負します」


 サーランの男は、きりっとした顔で言い切った。

 きっと祖国の女性がこの場に居たならばキャーキャーと持て囃されただろう。


 ノリスタンが頷くと、サーランの射手(いて)は弓矢をしっかりと構えた。


 そして静かな呼吸で狙いを定める。


 ゆっくりと息を吐きながら矢を放つと、的にトッと当たった。


 ララは興奮して姫にしては少しばかり大きな声を出してしまった。


「すごーい!」


 矢は的の中心から木の実一個分ずれただけのところに刺さっていた。


 フェンスの向こうから覗いているアイスタニアの護衛隊からもどよめきが起こる。


 その様子を見ていたサーランの隊長が射手(いて)に囁く。

「平和の王国の住民は呑気だな」


 射手いては気分良くにやっとした。


「私もやってみたい!」


 ララがつい声に出してしまう。

 ずっとパレスの敷地だけで過ごしてきたララの瞳には、弓と矢という二つの道具を組み合わせて一回限りの勝負をしたのが、堪らないほど魅力的に映ってしまった。


「おもちゃではありません。力もかなりいるため危ないのです」

 サーランの隊長が毅然と言った。二人の間に立っているヨシフも心配そうな顔をしている。


「うん、ララは命を狙うのとは違う別の使いかたが、頭に浮かんでいるんだと思うよ」

 ジェレミーが言いながら頷いている。


 そこに宰相のサルヴァドールが割って入る。


「アイスタニアの敬礼には自然への感謝が含まれている。アイスタニアで肉を食べないのは、生き物は自然に含まれるからだ。だから武器は使わない。ただし殺傷能力がなく、使い道が違うおもちゃなら別だろう」


「それでしたら、この矢じりがついていないものはいかがですか? 的に当てる必要もないでしょう」


 サーランの隊員が差し出してきたのは使い古しで壊れた二本の矢だった。先の尖った硬い部分はすでに取れてなくなっており、棒のお尻にぼろぼろの羽根がついているだけの代物だ。


 ララが満足そうにこくこく頷く。

「十分よ! それがいいわ」


 差し出されたみすぼらしい矢に喜ぶ姫を見ても、サーランの隊員からは笑いが起こることはない。教育ができている。


 サルヴァドールがこそこそとララに耳打ちをする。


「(ララ、今の者より出来るところを見せたら駄目だ)」

「(同じならいい?)」

「(ギリだな)」


 小さな声でも王族のジェレミーには聞こえてしまう。

 ジェレミーはわくわくしてしまった。ララが弓矢を持つところを見るのは初めてだ。どんなパフォーマンスを見せてくれるのだろうか。


 ララは宰相経由で弓を受け取り、強度やしなり具合を確認する。

 次にボロ矢を受け取ると、何かを調べるように摘んだり揺らしたりした。質量や弾性を感じ取っているのかもしれない。


「〝初めの一射で、さっきの人と同じように、同じ場所に射る〟という遊びね」


 ララのにやけ顔が止まらない。初めて触る道具で一回勝負、こんなときめく遊びは初めてだ。

 ララはジェレミーに最高に面白いという顔を向け、ジェレミーも同じにやけ顔でうんうん頷いている。


 フェンスの向こうのアイスタニア護衛隊から「ララ、可愛いぞー!」と弓矢とは関係ない声援が飛ぶ。

 ララは声援が聞こえたほうに手を振ると、的に視線を移した。


 さっきの射手の矢は、中心の印から少し左にずれて刺さっている。


「ララいきまーす!」


 ララは構えた。

 そしてすんっと矢を放った。まるで呼吸を整えたり狙いを定める時間を必要としないように。


 トッ──。


 放たれた矢は、先ほどの射手が放った矢羽根の中心、矢筈(やはず)に突き刺さった。


 二本の矢が連結した状態で、ゆらんゆらんと的から伸びている。


()()だ⋯⋯」

 サーランの隊長は、開いた口が塞がらなかった。


「おもしろーい!」

 ララがぴょんぴょん飛び跳ねる。


「え⋯⋯えっ?」

 見ていたサーランの護衛やアイスタニアの護衛隊も唖然となり、二度見ならぬ、二度「え?」状態になっている。


「どういうことだ? 矢じりがついていないんだぞ」

「初めてなのに同じ位置に射ったのか? そんなこと熟練者でも簡単にはできない」


 サーランの隊長と射手の頭は、理解することを拒否している。

 でも刺さってしまった。できてしまったものはしょうがない。


 サルヴァドールは空に顔を向け目を瞑り、ノリスタンは横を向き、頭を掻いた。

 見学の特命部や巡視船船長たちも、何かをこらえている雰囲気を出している。

 管理人らしくバケツを持って、ずっと後ろのほうに立っているマナの「あいつやりやがった」みたいな顔が、皆の心を代弁していた。


「僕も! 僕もやらせて!」

 すぐにララから弓矢を受け取り、弾力を確かめるジェレミー。

 サーランの隊員が慌ててもう一つ、矢じりのないボロ矢をノリスタン経由で渡す。


 矢を手に入れたジェレミーは、ララと同じように摘んでゆらゆらさせ、特徴を読み取っている。


「ふんふんなるほど。いっきまーす!」


 ジェレミーは構えた。

 そして彼もララと同じように射る体制に入るまでが短すぎた。

 周囲からざわっとした雰囲気が漏れてくる。


 カッ──。


「ああー! だめだ!」


 ジェレミーは残念な声を上げるが、矢は的の中心に刺さっていた。もちろん尖った矢じりは付いていない。


「ぞくっと寒気がしちゃった。なんか弓矢、僕に合わない気がする。ララと同じようにしたかったのに⋯⋯」


 二本が繋がったゆらゆらした矢に三本目を繋げたかったようだが、ほんの木の実一個分ずれてしまった。


「いえ、的の真ん中に当たっていますが⋯⋯」


 サーランの大使ルクンは驚きっぱなしだ。


「ジェレミーはこの弓矢、武器という認識が残っていたのかしら⋯⋯」


 ララは心配になり、寒気立った王子をぎゅっと抱きしめた。本当に気分が悪く力があまり入っていないのが伝わってくる。


「おおー!」

「ピューピュー!」

 フェンス越しに見ていたアイスタニアの隊員たちは歓声を上げ口笛を鳴らした。正鵠(せいこく)を得た王子に姫が感激して抱きついたと勘違いしている。


 初めて弓矢に触った姫と王子に敗北し、サーラン王国の射手は気落ちした。その耳に淡々とした二人の男性の声が響く。


「偶然が過ぎるな⋯⋯変なことが起きないといいのだが」

「いやあ、連続のまぐれ当たりというものを初めて見たよ」


 アイスタニアの宰相と護衛隊長はサーランの大使や隊員たちに向かって、たまたま感を強調している。


「えっ⋯⋯?」


 特命部や巡視船船長たちも、ぼそぼそとサーランの隊員にちょうど聞こえるくらいの声量で「姫と王子はツキがあるな」「日頃の行いが良い証拠だ」などとうそぶいた。


 サーランの大使や隊長は偶然なのかと不思議そうな顔だ。



 ジェレミーを心配して、向こうからバケツを持ったままのマナが近寄ってきた。

 マナは機敏に対応してくれるので本当に心強い。さすが王の本邸と別邸の管理を任されているだけのことはある。


「大丈夫? 吐きそうになったらこのバケツ使ってね」


 マナが手に持っているバケツを覗くと、汚れた雑巾と汚水がたぷんと入っていた。


 それを見て、さらに気持ちが悪くなったジェレミーだった。

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