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1-22 極秘エリアの王族作業部屋

 見学会の最後は研究棟北側一階の極秘エリアだった。

 以前より「軍事要塞ではないのか」「武器庫があるのでは」と大使たちにねちねち言われていた場所だ。


 ここは各国大使のみの見学となり、お付きの有識者と護衛は東側にあるガワ屋の見学となった。上司である大使の安全は全く気にせずに、浮き足立って皆はさっさとそちらへ行ってしまった。


 ここからはアイスタニア王ベンジャミン自ら案内をする。

 四か国の大使とララ、ジェレミーの七人が見学メンバーだ。


 使用人のシンシアとエミリーは念のため、見学が長引いた場合の飲み物や手持ち照明などが載ったサービスワゴンを用意している。


「見学が終わりましたら各種ワインを用意してありますので、お楽しみに!」


 背が高くスカートの短いエミリーは元気な声で大使たちに話しかける。

 隣ではシンシアが美しく微笑んで立っている。


「この国にはまだ慣れん。身分が違うのになぜこれほど馴れ馴れしいのだ」

 わざわざ声に出して文句を言ってしまうハクラスカ帝国のヨシフ。


 エミリーは意に介さず笑顔だ。顔は全く似ていないのに、少しだけトーレを思い出してしまう口調だった。



 極秘エリアとはいうものの、外から見るとまるで隠すつもりはないかのように、入り口のある面は二階の高さまで全面ガラス張りだ。これほど大きく透明なガラスを作る技術は他国にはまだ無い。


 扉だけ木でできており、大型のものを搬出入できる大きな扉と、人だけ通れる通用口のような扉がある。


「登録された王族でないと扉は開けられない。極秘といっても搬出入作業をしているときは開放している」


 扉を開けたベンジャミンは広々としたホールの真ん中まで進む。奥は白い壁だった。


「今は何も置いていないが、中で作られた部品をたくさん置いておく場所だ。あの白い壁の奥で道具の核になる部分を作る。ここからガワ屋の工場へ運ばれて、組み込まれるんだ」


 さっきまで長ったらしい研究員ダニエルの解説を聞いていたからか、大使たちは王の説明がとてもさっぱりしているように感じた。


 このホールはがらんとしており、人が憩うためのソファや観葉植物といったものは何一つ無い。


「作業のできる王族しか入れないが、今日は特別だ」


「作業のできる王族⋯⋯」

 ニルラ大使ゲラシウスがつぶやく。中を暴こうとすると銀の塊になってしまう、その前の、元を作れる人間か。いくら国内では社会階級は無くすといっても、圧倒的な能力の格差が存在する──。


 口には出していなかったが、彼の考えていることを感じ取った王は答える。


「でもその能力を皆のためになるように使っている。平和と安定の国には身分の差は必要ない」


「対等! 皆のため!」

 ララは右手を心臓に当て、宣言をするようにのりのりで声を上げる。何をしても可愛い。シンシアとエミリーはそれを見て微笑んでいる。


 ベンジャミンは白い壁に二つある、小さなほうの扉を開ける。外の扉と同じく搬出入用と通用口だ。王が一歩入ると壁に埋め込まれた操作板には「使用中」の文字と「ベンジャミン」の名前が浮かび上がった。


 中の部屋に入ると天井と壁の全面がやわらかく光り始める。作業がしやすいように無影灯になっているが、そんなこだわりの説明をする気は更々ないアイスタニアの王。

 最後のジェレミーが入り終えると扉は音を立てずに閉まった。


「(ララ、ここは怖くない? 窓もない部屋だけど)」

 守るようにララの腰に左手を回したジェレミーは小声で気遣う。


「(バリヤーが張ってあるのね。でも外から守るみたいで〝閉じ込める意志〟は感じられないし、ガゼボのように居心地がいいの。シーク(あれ)の説明を受けた防音と暗闇の部屋もここと似てるかもしれないわ)」


「(確かにここは心地よいね。いつもはソファやベッドもあるんだよ。疲れた人が休めるように)」

 ジェレミーが優しい声を出す。


 二人のひそひそ声を拾い、ふっと笑みがこぼれたベンジャミンは、四か国の大使に向けた言葉を部屋に響かせる。


「何もないがどうぞ自由に見てくれ。ただの作業部屋だ。アイスタニアの便利な道具はここから生まれる」


「ほおお⋯⋯皆さんが話されていた武器庫ではないようですね」

 サーラン大使ルクンはゆっくりと部屋に進む。


 この部屋は、手前にあったガラス張りのホールよりさらに広いが、物は少なかった。

 部屋の中心には作業台のような六つの大きな銀色のテーブルがあり、椅子は一つも置かれていない。


 出入り口以外のすべて壁には、ウォールシェルフを思わせる板が、腰の高さで台のように飛び出ている。その台には所々に大きな箱が置かれていた。



「(ララおいで。この前フロ兄の手伝いをしたから⋯⋯)」


 ジェレミーは皆が通り過ぎた箱に手を掛ける。ぱかっと蓋が開き、ララは中に銀色の鋳塊(ちゅうかい)を見ることができた。

 ゲラシウスが「あっ」と叫んでやってきた。ジェレミーは気づかない振りですぐに蓋を閉める。


「私にも見せてください!」

 今日ジェレミーはニルラの人間と喋る気は更々ないので、ララをぎゅっと寄せてつんと顔を背けた。


 グランタス大使エイモンは部屋を壁伝いに歩く。壁が動かないか触って確認したり、そっと大きな箱に手を掛けてみる。鍵は見当たらないが、蓋は開かなかった。たった三十歩程度歩いただけで質問が湧いてくる。


「この部屋の壁は何でできているのでしょうか。漆喰でも羽目板でもない。大理石のように白いが触ると紙のように感じる。そして作業道具が見当たらない、箱の中にあるのでしょうか。作業場なら水や火も使うと思うのですが鉄のテーブルだけとは」


 正確な素材や配分を言うつもりはないので、訂正はしないベンジャミン。


「そうだ紙のようなものだ。水や火は最後の動作確認くらいで基本使わない。道具も必要ない」


「馬鹿な。道具を何も使わずになど、錬金術ではなく魔法ではないか。魔法なら火を焚いたり鍋で煮たりするだろう。別の部屋があるのか?」


 ハクラスカ大使ヨシフは燃えた痕跡がないか床をじっと見ている。ヨシフは魔法使いと会ったことがあるのだろうか。


「まあ、こんな感じの動作だ」


 王は銀色の大きなテーブルの前に立つと両手を胸の高さまで上げ、まるでふわふわの綿をもみもみするように動かした。それから花びらを摘むような細かい指の動きに変わる。指をそろえて撫で回したり、指一本を突き出したままじっとしていたりと、確かに道具を握る動きはなかった。


「あとは部屋を暗くして確認する作業もある」


「暗くしたら何も見えないではないか」


 何が何だかわからないヨシフに、ルクンが自身の経験で言葉をつなぐ。


「レンズを使って外の景色を暗室へ投影するのを見たことはありますが⋯⋯」


 王族は赤外線領域を拾え暗くても見えるため、動作確認で熱量のチェックをするのだが、もちろんそんなことを言うわけがない。ルクンの見当違いに返事をせず次の話へ進む。


「この部屋では少人数の王族で大量に道具の中身を作る。王国といっているが実質、統治しているのは宰相で、私は国民のための道具作りにこき使われ⋯⋯ゲフン、いや、道具作りに勤しんでいるのだ。まあ、ここで作るのは中核となる部分だけだ。箱車(はこぐるま)の他は水の流れるおまるや操作板だな」


「王族がおまるを作っているのか⋯⋯」


 ヨシフのその言葉にずっと黙って聞いていたララが反応する。


「私のお父様は国中の水の流れるおまるを作ったの。工場長と言われるくらいに、たくさん!」


「ああそうだ。ララの父親を馬車馬(ばしゃうま)のようにこき使ったぞ」


 いつもララに優しい言葉を掛けるルクンが素直な疑問を口にする。


「妃殿下のお父上は馬車馬のようにこき使わされて、国中のおまるを作った工場長⋯⋯奴隷なのでしょうか?」


 何もないところから水を発生させる仕組みは王が担当で、流された物がちょうどいい深さの土中へアトランダムにワープする仕組みにしたのがララの父ルークだった。


 二人ともかいつまんで言ったつもりが、肝心なところが抜けている。

 そして奴隷と言われても誰も否定しない。


「あはは、確かにルークおじさん、今も家族と離れて遠くの外国にずっと連れて行かれてるよね」


 大使たちが勘違いするような場面で、さらに誤解を与える発言をするジェレミーだった。


「はっはっ」

「そうよねー」


 本人たちは至って親戚感丸出しの会話だ。

 ──見学終了後大使たちはララの父ルークのリファレンスチェックを宰相に頼むことになるのだが、奴隷という言葉を聞き怪訝な表情のサルヴァドールから驚愕の事実を聞くだろう。ルークの父親は初代王の孫で前宰相、ルーク自身もリリアーナと共に各国の君主と謁見している過去を持つことを──。



「じゃ、戻るか」


「ええっ?!」


 ニルラのゲラシウスとグランタスのエイモンの声が同時に響く。


「各国の訓練見学の件、よろしく頼む」


 王はさっさと部屋から出て、シンシアとエミリーが待機するガラス張りのホールへ移動する。

 ゲラシウスとエイモンは最後の一歩まで作業部屋のあちこちを凝視していた。


「ね、すぐ終わったでしょう?」

「本当に薄いんですね⋯⋯」


 シンシアとエミリーがサービスワゴンを大使たちのほうに押していく。

 王は「聞こえてるぞ」と言うように、片眉を上げ、にやっとした顔を二人に見せる。


「まだガワ屋の見学は続いているから、飲ませたら大使たちを連れていってくれ」


 王は伝えると、一人去っていった。

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