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1-21 国際交流と国内専用銀塊、幸せな顔の姫

「⋯⋯というわけでこの方々が身体を張って確認してくださっているおかげで、アイスタニアでは安全な道具が作られるのです」


 アイスタニア王国研究員ダニエルは自走式ベッドに横たわった人々の症状や仕事内容を紹介し終えた。


 外へ出入りができるように大きな扉がついている一階のこの部屋には、九台の寝車(ねぐるま)と呼ばれるベッドと三台の椅子車(いすぐるま)が均等に()まっているが、さきほどまでこの寝車(ねぐるま)椅子車(いすぐるま)は元気に動き回っていた。


「それでは三回目の休憩といたしましょう。ここから近い広間にご案内します。アイスタニアに来られてからまだ箱車(はこぐるま)に乗ったことがない方がいらっしゃいましたら、休憩後のガワ屋見学の際にご乗車になれます! 寝車(ねぐるま)椅子車(いすぐるま)も触ることができますのでお楽しみに」


 ダニエルは見学者に伝えるとベッドの人々に部屋から離れる合図をした。

 各ベッドに付いている操作板には『お元気で』『いってらっしゃい』など各々の文字がぱっと浮かび上がる。


 木枠できた操作板の表面には丈夫な紙が貼られており、インクで書いたような文字が浮かんだり消えたりする。何とも不思議なものだが、『王族が作ったものだから』の一言で、すでにアイスタニア王国民は納得してしまうようになっていた。


 部屋から去る前にララは奥のベッドの男性へ近寄る。三十歳近い男性は体が動かせず声も出せない。しかしララとジェレミーが見えていることは伝わってきた。

 男性は治療も始まったばかりなのにアイスタニアの仕事に志願している、この部屋の新人だった。


「カミル、今日までの出来事を見てくれる?」

 ララは男性のおでこと自分のおでこををくっつけた。

 その体制のままララは全く動かない男性の身体をやさしく撫でていく。撫でている感触も男性に伝わればいいと思いながら。


「えっそうなの? ふふっ」ララは身体を撫でる手を止め、おでこを離すと、男性の頭を手でそっと包むように触った。


 その間にジェレミーも続いて男性とおでこをくっつける。「うん、⋯⋯うん、⋯⋯分かった、任せて!」と返事をした。ジェレミーのほうが細かく伝わるらしい。



 ララたちを横目で見ながら宰相のサルヴァドールは見学者の移動の一番最後に付いていく。


 四十人強が自然光で明るい廊下を移動した。見学会はもう予定の後半だ。見学当初とは大きく雰囲気が変わり、ハクラスカ帝国の学者オレークは、興奮で少し大きくなった声で感動を周りに伝えていた。手にはぎっしりと書き込まれたメモが握られている。


「あのような介護の必要な方々が、自らベッドを操作して箱車(はこぐるま)のように移動できるとは。こちらから見ると大変な状況ですのに、当の本人たちは生きる楽しさを表現していました。なにより話すことが難しい人もあの操作板で意思疎通できるのがすばらしい」


寝車(ねぐるま)から椅子車(いすぐるま)のように形を変えられるのも初めて見ました」


「移動用の椅子は、国に帰れば王や貴族向けのものがありますが、あの滑らかで軽やかな動きはどのような仕組みでできているのでしょう! 次の、ガワ屋という見学ではその辺りをしっかりと見たいと思います!」


「そうですね、寝車(ねぐるま)椅子車(いすぐるま)に似たような模型を作りたくなりました! お互い頑張りましょう!」


 オレークの通る声はグランタスの学者コルム、サーランの博学者ナスリー、ニルラの研究者ガスパルの心にも響き、各国の学者たちは国の垣根を越え、交流が始まっていた。


 アイスタニアの宰相は自然と笑みがこぼれる。

 こういう光景を見たかったのだ。いつもの会合のような喧々諤々(けんけんがくがく)とした意見の対立ではない。今廊下を歩いている者たちの顔は平和で未来への希望に満ちている──。



 皆が大広間に入るとすぐに飲み物や軽食が運ばれてきた。今回はすべての国が同室だったが話し声が聞かれないようテーブルは一定の距離を設けている。休憩に入っても国際交流の会話が止まらずに、部屋の真ん中で立ち話をしている学者のグループもあった。


 アイスタニアの研究員ダニエルは各テーブルを回る。

 説明は分厚いがその豊富な知識に、各国の有識者は感心していた。ライバル視はしつつも、あの温厚な顔を見るといいライバルとして接したくなる。聞いたら何でも答えてくれそうで利用価値も高い。


「本当にすばらしい。あなたが関わっているからこのように想像を超えるものが作られるのですね」

 サーラン王国大使ルクンが称賛する。


「いえいえ私が作ったものではございませんので、そんなに褒められても」


「それでも仕組みをしっかりと理解していらっしゃる。それ故に応用や運用ができるというものです。あの三人の女性研究員が、あなたのことを『すごい』と言っていたのが理解できました!」


「いやぁ、あはは⋯⋯」

 ダニエルは明るい栗毛の頭に片手を置き、何とも言えない表情をしている。


 一瞬、ダニエルとサーラン王国大使との会話が途切れると、すぐ近くにいたニルラ共和国の研究者ガスパルが、ダニエルに詰め寄った。感情が抑えきれず、唾と共に訴える。


「あの顕微鏡を譲ってもらうことはできますでしょうか! あれは世界が変わります。本当に変わります」


 十分に離れているテーブルの者たちの注意を引く、大きな声だった。

 唾で濡れた眼鏡の奥にある優しい瞳は申し訳なさそうに細まり、そしてちょんちょんと床を指した。


「あの顕微鏡は箱車(はこぐるま)や水の流れるおまると同じ(・・)なんです。しかも使える場所がこの建物限定でして」


「ああ⋯⋯」


 一緒に話を聞いていた識者たちは察しがついた。今まで何回か試し、思い知らされた仕組みだ。


「何だ? 何が『ああ』なんだね?」

 ニルラ共和国の大使ゲラシウスは、その話を知らなかった。


 ゲラシウスは自分のテーブルに自国のガスパルを呼び寄せる。肩を落としたガスパルは力なく椅子に腰を下ろすと、周りをちらちら見ながら大声では話せない内容を口にする。


「アイスタニア王国内でしか動かないのです。外国へ持ち出すとうんともすんとも動かなくなり、中の部品が壊れたのかと外側をなんとかこじ開けてみるのですが、小さな銀色の塊が入っているだけなのです。元は違う形だったかもしれませんが、とにかく目に入る時はすでに銀塊となっているのです。アイスタニア国内に戻しても、もう二度と動きません」


「アイスタニアを出ると動かなくなる? そんなことがあり得るのか」


「ですが動かなくなったものは、ここに持ってくれば新しいものと交換していただけます。壊れて中が見えてしまったり、好奇心で中を覗く者は王国民でもごく少数いるそうです」


 続けて、隣に座っている公使アンブロシオが交換手続きの方法を教えてくれた。

 この公使は普段大使の下で実務的な仕事をしているが、今日は見学の参加を願い出ていた。


「銀の塊か。それなら銀貨に変えてしまえばいいだろう」


「それが削ることも溶かすこともできないのです。しかも塊には『要返却・アイスタニア王国・国有財産』と文字が浮かび上がり、持っているだけで恐ろしいです」


 ガスパルとアンブロシオの言葉に大使ゲラシウスは苦い顔をして腕を組む。

 部下たちは自分の知らぬ間に何をやっていたのか。アイスタニア王のあの〝重さ〟をまだ受けていなかった時の事だろう。しかし何か不都合が起きてしまえば、髪の毛が抜け、身体に力が入らなくなるあの恐怖を受ける羽目になるのは私なのだ──ゲラシウスは初めの休憩で各国に一箱ずつ配られた試作中の栄養粒を、全て自分が貰うことに決めた。



 一方、後から追いついて同じ部屋に合流したララとジェレミーは二人窓際に立ち、芝生の庭の先にある練習場を眺めていた。この建物からでは遠くの護衛隊員は豆粒くらいにしか見えない大きさだ。


「トーレがいる! ノリスタンのおかげだわ。よかった、本当によかった」


 昨日王とノリスタンが部屋に来ていたときに、トーレは処遇が決まるまで護衛隊の訓練に加わってもらうと話していた。ララはトーレが護衛隊の訓練服を着て外を歩いているのを見ただけで嬉しくなった。


 ジェレミーは左肘を頭の高さで窓枠に置き、ララの背後片側にくっついて立つ。


「どれどれ、へえあれがトーレなんだ。アイスタニアでの訓練は初めてなんでしょう? 木剣を持っているね。ん、違う、剣じゃないのかな。全然尖っていないしときどき全体がふにゃふにゃしているように見えるんだけど。ただの棒?」


「ふふ本当、あの棒、硬さと柔らかさが同居してる。何かに触れると形が変わるのね。あれはきっとノリスタンが〝変性〟させたんだわ」


「あはは面白いな。あれなら僕も訓練に参加してみたくなるよ」


 トーレが持っているまっすぐの棒はぶつかったり人に当たると柔らかくなるようで、トーレの周りには顔を綻ばせた隊員が集まってきていた。突くようにぶつかれば、ぐにゃんと波打つ蛇のように曲がり、横からぶつけると、人の体に沿って曲がっていた。まるで人を笑わせるためのおもちゃのようなその棒は、隊員が順番に握って確かめている。トーレはぽかんとした表情をしているがこの対比がまた楽しい。


「そうよジェレミー、一緒に参加しましょうよ。私みたいに一番後ろにくっついて、目立たないようにすればいいのよ」

 ララはジェレミーと見つめ合う。トーレへの安心から喜びの顔になっている。


「ララは精鋭グループじゃないか。トーレだってハクラスカの経験があるからノリスタン直属グループに入れてもらっているんでしょう? そうだ、僕は初心者グループのほうに入れてもらえばいいのかも、うん」


「ジェレミーなら本気を出せば直属で全く問題ないわ」


「正直言うと、練習している姿をララに見せたくないんだ。やっぱりいきなり格好いいところを披露したくなるんだよ、男ってものは」


「ぷっ」ララが吹き出して笑う。ジェレミーは普段男らしさを強調するような言動をしないからだ。


「ジェレミーのことは何でも知っているつもりよ。隠すことなんてないわ」


 ララと一緒にジェレミー自身も笑い出す。



 そんなララとジェレミーが幸せそうに話す姿を、二人から一番近いニルラ共和国のテーブルメンバーや他国の大使、識者も見ていた。


 普段は裏方で実務をこなすニルラ公使アンブロシオがホール係の男性に尋ねる。


「妃殿下はこの国の王子と結婚すると聞いているが、お相手はあの王子なのかね?」


「申し訳ございませんが存じ上げません」と小さく横に首を傾げる。

「⋯⋯ですが、ジェレミー王子は王位継承順位第四位です」とホール係男性は事実だけ答えた。

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