1-15 ローンチイベント:ララのデビュー
王は自然のため命のための志向性が強く、人工的な芸術方面はからっきし、興味が薄かった。
庭の樹木も生育のための剪定なら分かるが、トピアリーのような統一した形に刈り込むことはない。
本邸とララの住む別邸もその傾向はあったが、王が出入りする建物は最低限の使いやすい家具と、快適な環境を保つ隠された機能に力を入れおり、国力や財力を誇示するような必要以上の芸術は存在しなかった。
外国の貴族を招待するような空間では全くなかった殺風景な会議棟に、二十一年前、外国視察から帰ってきたフロリアンとタバサが怒涛の働きで豪華絢爛な貴賓室を一部屋作る。各国の煌びやかな宮殿へ足を踏み入れるたび、アイスタニアの寂しい会議棟を思い出し、「このままではいけない」と強く思ったそうだ。
その後の二人は本来の別の仕事が飽きるたび、現実逃避のように貴賓室につながる空間を豪華に装飾していく。今では貴賓室も五部屋まで増え、外国の要人を呼んでも恥ずかしくない迎賓エリアが棟の南側に出来上がった。
その豪華絢爛な貴賓室の中で三番目に広い部屋に、ララは一人立たされていた。
「むずむずするわね⋯⋯」
品評会のように──いや見られているのはララ一人だけなので品定めというところか。部屋の半分より奥にいる外国の要人たちと護衛から、姫は頭の天辺から足の爪先までじろじろと見られていた。
元々は外国へお嫁に行くルナのお披露目会だ。消息不明の姉に代わりララが外交デビューすることとなった。初仕事が大役である。
今日のドレスはフロリアン王子がデザインしたものだ。大きく開いた胸元、そしてスカートにはふわふわのフリルがたくさんついており、黄色と白のバイカラーで軽やかな華やかさがあった。上のほうで一つに纏めた髪は綺麗なカールを描きながら背中にかかっている。
だからといってこんなに美しく可愛らしい姫は、年頃の男性とダンスを踊るわけではなかった。この会場にはララと同年代の男子は一人も居ない。
「何か披露をしたほうがいいのかしら」
意気込んで入場し、サルヴァドールに紹介をされたが、まだララは何もしていない。大人の男性たちに凝視されているとサービス心も湧いてくる。
しかし宰相のサルヴァドールからは、高くジャンプしたり強い力を見せつけたりはしないようにと事前に注意されている。できるだけじっと、そしていつもの笑顔でいるようにとのことだ。
「(ララ、大丈夫かい?)」
王のヒソヒソ声が届く。
返事のように会場の要人たちにララは笑顔を送ったが、後ろの壁に離れて立っている王にはララの顔は見えていない。
そうだわ──ララはふわふわスカートに手を隠して、爪を弾いて三回鳴らした。
この小さな音は、外国の大使たちには全く聞こえないが、アイスタニアの王族には拾える。
王たちと事前のやりとりで、爪を三回鳴らしたら「はい」や「安心して」などポジティブな返事と決めておいた。
「いいえ」「だめ」などネガティブや急を要する返事は、王族だけに聞こえるわずかな声量、〝王族ヒソヒソ〟でちゃんと伝えることになっている。
王が会場に通る声で伝える。
「皆にはアイスタニア特産ワインを用意したので是非味わってもらいたい。ララのデビューに合わせ、ワインは白のライトボディだ。本日は室内でほぼ姫を眺めるだけの会のため、姫の特徴に関しては五感に関して見られることをお勧めする。触覚、視覚、聴覚、嗅覚、味覚だ。骨格や筋肉など肉体的な特徴は次の機会に、ララが元気になったらご覧に入れよう」
王が喋り終えるとホール係がワイングラスを配り始める。
会場には四か国の大使のほか、各国三名までの識者が付き添い可能だった。護衛も二名まで入ることができ、それぞれの国は声が届かないようお互いしっかり離れて立っている。
今日のベンジャミンはララを主役に仕向けていた。この国の王はこういうところがある。威厳など必要ない、とりあえず王やってますみたいな態度で、玉座に腰を下ろさずに壁際へ移動していた。
そんなほぼ男性で占められた部屋で、彼らはララの服も透けて見えるのではないかと思うくらい、遠慮なくじろじろと見ている。本来なら可愛らしい女の子だと声をかけてもらえる年齢なのに、何か変わったところはないか、まるで研究対象のようだった。
「もう一度お断り致しますが、本日は身体に触れたり、直接話しかけることのないようお願い致します。傷はすでに治っておりますがあの日からまだ八日です、その点をご容赦ください」
宰相は初めての外交となる場でララの逃げ道を作る。
ララの身体と精神は本当にもう問題はないのだが、サルヴァドールは「予防線を張っておく」と事前に言っていた。
エクスキューズがあったほうが、開示したくない質問があった場合に断りやすいとのことだ。
そんなサルヴァドールは一番警戒しているハクラスカ帝国の大使たちを一瞥する。
窓側の離れた場所でハクラスカ帝国の大使ヨシフと眼鏡をかけた男が、すでに二杯目のワインを味わいながら囁いていた。
「我が国の第二皇子と年齢が近い十七歳と聞いていたが、まだ十四歳ほどに見えるではないか。本物の姫なのか? 偽物じゃないだろうな」
「とても可愛らしい⋯⋯まだ何もできなさそうな顔をしていますが、本当に特別な身体なのでしょうか」
会合の時のように北の大使は口が悪い。その大使の質問には答えず、眼鏡で短髪の学者オレークは新しい質問を被せていた。
実年齢と見た目の年齢が違うのは一生言われるとアイスタニアの王族は分かっている。だから訂正もしないし、実年齢も聞かれるまでは自分からは言わないことにしている。
ララは自分のドレスに隠して常備している栄養粒の中で二番目に小さいものを手に取った。
客人には見えないようにこっそり自分の横の壁へ、斜め後ろの角度へ指で弾く。
ビシッ──。
すぐに壁に当たった栄養粒は王の前を横切り背面の壁へ跳ね飛び、そのまた次の壁へ向かうように、グランタスの護衛をかすってすり抜ける。
始めと反対側の壁に当たった粒はさらに奥のコンソールテーブルのそばに弾かれ、最後にはハクラスカ帝国の鼻持ちならない大使の背中へ突っ込んでいった。
「痛っ!」
ヨシフが声を上げ、痛みが襲ってきた方向に怒り顔で振り向く。
その先には付き添いと護衛二人しかいない。護衛たちは慌てて違うと首を振った。
日々小石を飛ばす一人遊びをしているララの超絶コントロールで、腰に巻いた固いサッシュに粒が命中したが、これで大使が黙るとは全く思えない。
ヨシフに当たったあとは足元の絨毯の模様に紛れながら、ララの足元まで玉突きのドローショットのように栄養粒が戻ってきた。最後まで完璧だ。
栄養粒は一粒も無駄にしない。隙を見て拾うつもりだったが、声を上げたハクラスカ大使を皆が見ている隙に、サルヴァドールが笑顔で栄養粒を拾ってくれた。注意されるどころかきらっきらな褒め顔で、胸がすっきりしたような雰囲気まで出している。ララは笑いそうになったが我慢した。
ヨシフの声で注意が削がれたが、他の国はそれぞれの敵国に聞こえないように仲間内の話に戻る。
耳打ちするニルラ共和国の大使ゲラシウスと研究者ガスパルは窓から三つ目のグループだ。
「(重大な怪我をしていたのではないか?)」
「(そのはずです)」
「もう大丈夫よ!」
なぜか自分たちに向かってララが脇腹を触りながら会話に入ってきたので、ゲラシウスは呆気に取られる。
聞こえる訳のない距離で小声で話していたのだが、お披露目が始まってから一歩も動いていない笑顔の姫が、離れた場所から手を可愛らしく振っていた。
そのはずですと呟いた研究者ガスパルは、持ち前の機転でグラスを口で隠しながら、すぐに小さな声で喋ってみる。
「(5812×6347は)」
「36888764!」
ララはまた手を小さく上げながら、可愛らしい通る声で答えた。もちろん十分離れているその場で。
小さな声が拾えている上に暗算だ。
「とても耳がいいようです! 計算も合っていますので商業や科学、測量や軍事にも使えます!」
興奮したガスパルの声は、ゲラシウスへ唾と一緒に届いた。大使は顔が濡れた感触を受け、顔をしかめる。
「おい、我々にも分かるように質問を言え!」
背中を痛めて機嫌の悪いヨシフが、ワイングラスを持っていないほうの手でさすりながら、ニルラ大使のほうへいつものように文句を垂れる。
アルコールが入ったせいか大声で叫ぶハクラスカ大使に、驚きの視線を向けるララ。
そんなララに、王族にしか拾えない小さな声が届く。
「(ララ、質問以外には答えなくていい)」
サルヴァドールが口を動かさずに、王族ヒソヒソで注意をする。
ララにとって耳に届く質問は、大きな声でも小さな声でも同じだ。違いがわからない。
部屋の端から別の話し声が聞こえる。グランタスの言語だった。
『(聴覚か。かなり耳がいいな)』
『(そのようです。アイスタニア語以外もわかるのでしょうか)』
ここでまたララが会話に参加してしまった。
『ええ、この部屋に来ている皆さんの声は全て聞こえるし、言葉も分かるわ』
今度は別の言語だったためララの言葉を理解できなかったヨシフが、ララの視線の先、グランタス大使を睨む。
サルヴァドールは再び声を掛ける。
「私が取り継ぎますので直接の話し掛けはご遠慮ください。そしてフレメルデン大陸の主要四言語に関してですが、ララ姫殿下は不自由ございません」
ただの仲間内の話が質問認定されてしまったが、グランタス帝国大使エイモンと学者コルムはお互い満足そうに頷いた。




