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1-14 芽生えた能力と曖昧な記憶

「ララは違うよ、外国に嫁がなくていい、顔を見せるだけ。結婚も相手もまだ考えなくていいんだ。今回は寿命の異なる外国の人をこれ以上待たせることができなくてね。王族の姫はどんなことができるのか、ちょっと教えるくらいだ」


 王はララの頭に顔を乗せた。


「でもね、ララの得意なことを披露するというより、質問されたことに答えるだけにして欲しい。みんながびっくりしない程度にね。だから外から三階の窓まで飛んでくるのは見せちゃいけない。本当はララを隠しておきたいんだ。ルナにも〝能力〟は教えちゃだめだよと言ってある」


「ねえ、そんなに私たちが貴重な存在なら、なぜルナを外国に嫁がせようとしたの?」


 自分の頭の上にある、見えない王の顔に目線を送るララ。母と姉からは、はっきりと聞いたことがなかった。

 近づいてきたサルヴァドールがグラスの隣に小さな菓子を置きながら先に返事をする。


「正直なところ、外交という政治色が強い。だがルナ様は小さな時から異文化に興味があり、外国に住んでみたいと希望を持っていた。そこから始まった話だ」


「別にこの国に縛りつけようというわけではないよ。他国との関係がどのように変化していくかも見たいしね」

 ベンジャミンはララから顔をずらし、小さな菓子を摘む。すでに外国特有の甘い匂いが辺りに漂っている。


「でも私は王の血族との結婚を望まれているでしょう? 思いきりこの国の人が相手だわ」


「王族以外の相手でもいいのは知っているだろう? ララなら何回か結婚できるからね。逆にララがどんな人を選ぶのか楽しみで仕方がないよ」


 ララはまだ結婚のことは全く考えていないし、異性を意識したこともない。

 考えもしなかったことを王から言われ目を丸くするが、屈託のない透き通った蜜のような笑顔を返した。


 王と宰相は、ララの笑顔から目が離せない。


 ララは本当にいい表情をするようになった。明らかにコーレイの襲撃の後からだ。

 なぜこのような心の底から深い笑顔を出せるようになったのか、ベンジャミンは興味深く感じていた。


 ララに笑顔が溢れると、身体から花がぽんと飛び出してくるような幻が見える。今まで彼女からそのようなものは見えたことがなかった。


 ──能力が芽生えたのか。他では見たことがない──。


 このような美しい幻を意図せずに自然に出せるのは、王族の中でララが初めてではないだろうか。本人はまだ気づいていないかもしれない。アイスタニアの王は静かに微笑んだ。


 しかし生えてきたばかりの芽に水をやりすぎてはいけない。

 生き物が脱皮をするときに触れてはいけない。


「そうだわ私、もしも百歳までに結婚できなくて、ジェレミーも相手がいなかったら結婚することになったの」


「はあっ?! なんだそれは」

 サルヴァドールが珍しく高い声を上げた。


「保険なんですって。でもおかげで気負わなくて済むわ」


「保険⋯⋯私の末の息子は意外に策士だったらしい。まあ子供の約束だ⋯⋯ん? もしかしてジェレミーは〝約束〟の能力が使えるようになったのか?」



 ◇ ◇ ◇



 宰相が部屋から離れるため、王とララは庭のガゼボに移動した。


 今朝もララは訓練の前に、庭師と芝生に水を撒いていた。

 空は半分以上が力強い雲で埋められているが雨は降りそうにない。そろそろ自然の雨が降って大地を潤して欲しい、そんな天気が続いている。


 王族の血の濃い者は、ある程度成長するまでは周りに不安定な状態を見せないよう、外出が制限されていた。王国民や本邸に時々やって来る外国の要人を怖がらせないためだ。圧倒的な身体能力で恐怖を植えつけ、怪我を負わせてしまったり、特殊能力を冗談半分にやってのけ、民の反乱や外国との戦争に発展したら(たま)ったものではない。

 もちろん前例があったから、制限が生まれたのだが──。


 ララには特殊能力がまだ芽生えていないが、寿命が王相当に長いため、ベースの五感と筋骨格系が飛び抜けて優れている。

 これまで人を傷つけるような言動は皆無だったが、自身の不可解で異常な大怪我が定期的に発生していた。この三年間は影を潜めていたが、五日前に襲撃騒ぎが起きてしまった。しかし、コントロールできていたと国は判断、ステルス機能のあるシークも手に入った。これでパレスの外に出ても対処できるだろう。


 ずっと敷地内での生活で、王国民との触れ合いがなかった。そんな時間を長く過ごし、いま王から言われた言葉。


「ララがパレスの外に出る日が決まったよ」


「仕事をくれるのね!」


 別邸側の芝生にあるガゼボには王ベンジャミンとララが向かい合って座っていた。

 現アイスタニア王のベンジャミンは三百歳を超えている。しかし風貌はアラサーにも届かない。長男のレオーネとはたった六歳違いに見えるくらいだ。寿命が長いほど、老化が止まっているような状態が顕著に長くなる。


「初めは指定された仕事から取り組むから、自分の興味のある分野からというわけではない。国民の場合だと、各方面の仕事をある程度経験してから、当人の希望なり推奨される専門職に移っていくんだ」


「待ってた⋯⋯待ってたわ⋯⋯どんな仕事かしら⋯⋯」


 真面目な目をしているが口だけ笑っている。

 そんな珍しい表情のララに、王は愛情で撫でるように発する。


「王国中の町に物資を届けに行って、交流をする役目だよ」


 ララはブワッと歓喜に満ちた顔に変わった。ぽろんと幻の花が出始める。


「王国民との交流だ。人と接していくと、自分は何が出来るようになりたいか、考え始める。新しい能力が芽生えるきっかけにもなるだろう。まあアイスタニアは広いしララには時間がある。すぐに答えは出なくていいからね」


 ララから出てきた幻花を見ていると、彼女の門出を祝う気持ちがベンジャミンに湧いてくる。


 漂う幻の花と同調する気持ちで、王は一人言のように国歌をうたい始めた。


 ──雨よ降れ


 ──恵の雫よ


 ──大地よ染まれ


 ──命色(いのちいろ)


 ──咲き誇れ


 ──アイスタニアよ


 ベンジャミンは高音と低音の二つの音を同時に出して歌っていた。王族でないと容易に真似はできない芸当だ。王はこの短い歌を一回歌い終えると、遊びのように次は移調し、複雑な抑揚も追加して同じ歌詞を歌い続ける。

 音域が広く、軽く十一オクターブは出しており、さらに出せそうな余裕も感じる。

 もちろん普通の国民が聞き取れるレンジをすでに超えているが、同じような寿命のララは聞き取ることができるし、再現をすることも可能だった。


 ララはベンジャミンと寄り添うように一緒に歌う。ララも遊び心で、一人言のようなベンジャミンの声質をそっくり真似た。


 雨よ降れ、恵の雫よ。大地よ染まれ、命色(いのちいろ)に。咲き誇れ、アイスタニアよ──。


 可聴域をはみだした音を出したとしてもまず受け取れる人がいないので、人前で披露することがないだろう。王族同士で信号を出すときに使うくらいだ。


 喉頭の筋肉や声帯、共鳴腔を精密にコントロールできる王と姫は、二人にしか味わえない至高の芸術を堪能するかのようにこの歌の時間を過ごした。


 王子たちはこの域に達することは簡単にはできない。


 もし王やララと同じ長さの寿命を持つ人と出会えたら、このカチッと合う感覚で自然と引き合うだろう。でもこの〝人種〟は祖父のジーンが始祖だ。この一族で飛び抜けて寿命の長いジーンとベンジャミンは、長い間淋しい思いをしてきたのではないか──そんなことをララは至高の芸術と同時に感じ取ってしまった。


 伯父と姪の関係でなければ最高の伴侶となっていたかもしれない。


 このことに気づき、パレスを出られる身となったのに、もっと祖父や伯父と一緒に過ごす時間を増やしたいと、新しい願いが生まれてしまうララだった。


「パレスを出ると栄養粒が手に入らないから、少し持って行っていくかい? まあ無くても現地の食事はあるし、十日くらいなら全く食べなくてもララなら大丈夫だ。パレスと各町の往復を繰り返すからね、パレスに戻ってから足りなかった分を摂取すればいい」


「二、三粒だけ持っていくわ。環境ががらりと変わるから、無理に全て変えることはないと思うの」


「そうだね⋯⋯ねえララ」


 ベンジャミンはララにしっかりと向き合った。

 ララの心を全て読み取るような強い瞳で、ずっと気になっていたことを、質問する。


「先日の襲撃以外にここ何年か怪我したことはあったかい? もう自分の折れた腕や足を治すのは簡単にできるようになったと思うから、ちょっとした怪我はなかなかこっちも気づけないけれど、私たちの知らないところで何か起きていないかな」


「何もないわ。なぜそんなことを聞くの?」


 きょとんとした顔まで可愛いララは、思い当たるものがないようだった。


「ララが小さい時によく怪我をしていたのは覚えてる? いつも程度がひどかったから、皆心配していたんだ。怪我ではないけれど十四歳のお漏らしが最後だったと思う。あれは我慢していたからではない。肉体の状況から明らかに極限の恐怖を感じていたはずだ。ホルモンレベルの変動、特定の代謝副産物の増加、確かに発生していた。今回のコーレイの件ではちゃんと⋯⋯といえるのかな、ララが状況を把握していたのがわかったから、確実にこれまでのと違うとは思えたのだが」


「ふふ、昔の怪我は私が無茶をしたからよ。本邸の屋根から受け身を取らずに落ちたり、窓ガラスを突き破って外に転落したりのことでしょう? お漏らしもおまるの部屋に行く習慣が私にはなかったからよ」


「今ならわかる事はあるか? 思い出したこととか」


「ないわ、全く」


 思い出そうとするも素振りも見せず、ララは花が開いたような笑顔できっぱりと言い切った。

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