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1-12 王と四か国大使の会合

 口と顎に少量の髭を蓄えた四十歳過ぎの身体からは、長年の重積を背負った堂々たる威厳が発せられていた。

 本日、宰相のサルヴァドールは王の補佐、外国の要人たちのアテンド、そして行方不明のルナ姫に関する議題を進めることになる。


 歩くと少し汗ばむ気温となったが、窓は閉められていた。王が内装工事に関わったこの部屋は、自然光で明るい時間帯にも関わらず、今日は少し涼しいくらいに調整(・・)されている。


 アイスタニア大陸の単一国家、アイスタニア王国内に駐留している四か国の大使が本邸に呼ばれた。

 部屋の中には十二人は着席できるであろう長いテーブルが一卓。専門家と護衛を背後に立たせた四人の大使はお互い十分に距離を取り、王の開口を座して待っていた。


 上座にはアイスタニア王ベンジャミンが座っている。


 挨拶も無しにそれは突然始まった。


「先の我が(いもうと)家族への襲撃に関わった者には、相応の責を負ってもらう」


 ドンッと大きな音が鳴り響くと身体全体が床に押し潰されるように重くなる。空気が一瞬で変わり、この場にいる者たちは一様に胸の苦しさを感じた。大使の背後に立っている専門家と護衛は大使の背もたれに触れずなんとか耐えている。


 だがこの状況が初めてのことではないかのように、誰も声を挙げることはなかった。そう、受け入れていた。


 アイスタニア王のこの重い〝脅し〟は皆の限界がくる前に解かれ、命を救う息が吸えるようになる。


 そして何もなかったかのように要人の一人が王の言葉に反応する。


「⋯⋯それは我々フレメルデン大陸の四か国の中に、犯行に及んだ国があるということかね?」


 アイスタニア大陸の北に位置するフレメルデン大陸、その半分から上を占める北の大国、ハクラスカ帝国の大使ヨシフが初めに口を開いた。ハクラスカはコーレイとトーレが住んでいた国だ。足を組み背もたれに寄りかかり平然としているが、足は小刻みに揺れ、声を発した後は深呼吸をしていた。


「この度は王族の女性たちが被害に遭ったとお聞きし、同情を禁じ得ません。我が国は女性を大切にする国です。こんな蛮行は有り得ません」

 フレメルデン大陸の東にあるサーラン王国、その大使ルクンは肩を大きく上下させながら心を寄せた意を表した。サーランでは異性を人前で愛でることはしないが、女性はとても大切にされている。


「そなたの国内でのいざこざではないですか。こちらは約束が反故(ほご)になるかもしれない、ある意味被害者なのです。国家事業なのですから代替の用意を希求します」

 中央の南のニルラ共和国、大使ゲラシウスは苦い顔で早い呼吸をしながら怒りの声を上げる。普段は約束を軽視するが、自分たちが不利益を被る立場になると強硬な態度をとる、いわゆる自分本位だった。


 約束とはララの姉、ルナに関することだ。


「はっ、消えたと言っても、あの姫には妹という代わりがいるじゃないか。だから我が国は安心して今この席に座っているんだ」

 ハクラスカ帝国は挨拶がわりに喧嘩をし、相手の力量を測る。何事も世界を支配するための準備だ。


 王の斜め後ろに立つサルヴァドールはハクラスカ大使を睨む。

 北の大国⋯⋯食えない奴だ。その薄ら笑いに唾をかけてやりたいとまでは思わないが、胡麻を十粒ほど、バレない角度から飛ばしてやりたい。『私にできることがあればするわ』と言っていたララにやらせれば胡麻粒が肌にめり込むだろう。ニルラのほうは自滅だ自滅──そんな幼稚なことを考えているとは微塵にも顔に出さず、事務的に髭の宰相は伝える。

「犯人が見つかるまではご協力をお願い致します」


 王から一番遠く、廊下側に座るグランタス帝国大使エイモンが整った呼吸で会話に入る。

「犯人探しのせいでしょうか、入国制限がさらに厳しくなりましたね。以前より商人からの嘆願が出ているのです。小麦やワインの取引量を増やして欲しいと。留学に行きたいと言う者も出てきている。そもそもこの排外主義的なナショナリズムはいつまで続けるのですか?」


「そんな極端なことはしていないつもりだが、皆さんの思想や文化の差が近づいてくれば、民レベルでの交流も増えるだろうね」

 アイスタニア王は普段通りなのか揶揄っているのかわからない、薄く笑った口から言葉を発した。


「我がグランタス帝国を見下しているのではないでしょうね?」


 グランタス帝国はこの二十五年で、勢いよく国土面積が拡大した。近年では西のチュリジ大陸まで国家の主権が及ぶ範囲を増やしている、注視すべき国だ。


「下に見ているわけでも敵という認識もしていない。そしてあなた方の国と違い、王国民が王族に直接希望や文句を言いやすい関係性を、時間をかけて築いてきた。平和の中でも異なる意見は大事だ。新しい視点や問題を見つける能力がある者は、どんどん活躍してもらう。だが、武器を常時帯同している国と武器を持たない国の人間は、思想の根幹が違うと思わないか? 実際⋯⋯」


 王は声に少し力を入れ、強調するように吐き出す。


「⋯⋯家父長制的なハクラスカ帝国から、女性軽視のニルラ共和国を通って来た人物が、妹家族を襲撃したのだから」


「なっ!」

「わ、我が国を疑っていると!」

「こほん」


 今日の王は口が過ぎた。しかしこれは前もって打ち合わせした演出だった。宰相のサルヴァドールは王をたしなめるような軽い咳をする。もちろんこれも演出だ。


「その暴漢は元々恨みを持っていたのかもしれないだろう?」

 名前の上がらなかった国がフォローに入る。


 犯人扱いされた北の国はすぐに怒りを抑え、アイスタニアの非を突くように論点をずらす。

「なんだ、犯人はもう分かっているのではないか、人が悪い。すぐ消して(・・・)しまえばいいんだ。それともまだ捕まっていないのか? 共犯者がいるのか? まったくはっきりとしない言い回しばかりだ。〝例の施設〟も未だ我々は拝見させてもらえていないではないか。あの建物で何をしているのかいい加減公開してほしい。もし軍事施設なぞ作られていたらたまったもんじゃない」


 場はしんと静かになったが、ざらざらとした空気の密度は濃くなる。アイスタニアの王は悪戯心で皮肉を込めた言いかたをする。


「それは一番の兵力を持つハクラスカ帝国ならではの視点だね。まあいいだろう、研究棟の見学も近日中に予定を組むか。我が国(アイスタニア)は百年、千年先を見越して動いている、そんな研究内容だ。特に自然環境に関しては⋯⋯」


「千年? 何を馬鹿なことをいうか。百年さえ生きられない我々が」


 王の言葉を遮りハクラスカ帝国大使ヨシフが噛み付いてくる。


 サルヴァドールは怪訝な視線をヨシフに送った。この北の大国はアイスタニアを格下にみているきらいがある。大使風情が他国の王に馬鹿だと? いや国内ならばそんな砕けた言い合いは確かに存在する──。

 そんな蔑まれた王国の君主のほうはというと、いつものように一人雲に乗っているかのように悠々としていた。


我が国(アイスタニア)は千年以上王朝が続いている。大きな侵略も無く、長く続いた文化を大切にして何が悪いか。これからも他民族をゆっくりと少しずつ受け入れて包摂された国を作り続けるさ。まあ鎖国をしている国が何言ってるんだかと思われてもしょうがないが」


 疫病対策から始まった鎖国であり、従属国、友好国になりたければ受け入れると言いたいのだが、これまでの会話と言っていることが違うように聞こえるだろう。ダブルスタンダードで曖昧に見えるが、国の文化も、そして時の長さの感覚も違う。伝える努力をしないと理解してもらえない相手でも、王ベンジャミンは深く説明しないタイプだった。


 少し会話の勢いを緩めるために、王はハンドルの無いティーカップに目線を移す。手で包むように温かさを感じながら持ったお茶は深い緑色、そっと口に含み甘みと軽い渋みを味わった。しまった、妹家族が被害に遭った怒りの設定を途中で忘れてしまっていた。慣れないことをするとぶれぶれだ──。


「敵国を作るという不毛な考えはさらさら無い。それに皆さんの国では去年から疫病と凶作が始まったと聞いている。このアイスタニアの薬と食料、生活に必要なものをお分けすることも可能だ」


「それは解放された交易を始めるということですか? とうとう通貨の発行をされるとか?」


 前のめりで反応するサーラン王国大使に宰相が答える。


「通貨の発行はありません。我が王国内はアイスタニアポイントがあれば十分なのです。公平に価値尺度を決める王特製の道具もあるのですから不都合はありません」


 お茶が美味しい。これは輸入品だったな──王がまた一口含み、宰相の言葉に続く。


「飢饉まで始まっている国に、これ以上生活費が高騰するような要求はしない。平和と安定の国アイスタニアは食料の国内生産量が国内消費量を上回っているからね」


 ベンジャミンは新しい提案を出す。


「あなた方の国の地面をちょっと掘らせてくれないかな。そして皆さんが使わなさそうなものが出てきたら頂きたい」


「はっ、ゴミか?」


 ハクラスカらしい小馬鹿にした声が部屋に響く。せっかくの提案を台無しにするかのような一言に、サーラン王国の大使ルクンが睨む。


「あっはっは。具体的に言うなら、人が住めない砂漠や荒原を掘って出てきたもの、火山の岩も欲しいな。海の底を掘ってみるのもいい」


 王は希少金属を頭に思い浮かべていた。アイスタニアでも産出されるが、磁気特性や熱特性を持つもの、医療やアイスタニア特製箱車(はこぐるま)に使えるもの、世界各地の鉱物情報を知りたかった。

 先取りの独り占めではない、未来のために把握しておく程度だ。アイスタニアの王は自然を大切にしているため、掘り尽くすことは毛頭にない。逆に金山や銀山で大量に採掘している外国に待ったをかけたいくらいだった。


 だがアイスタニア大陸の一歩外に出れば、交通手段は馬、質の悪い銀貨が流通し、下水もない世界だ。望遠鏡や顕微鏡は使われていても、希少価値の元素などまだまだ知る由もないだろう。そう、アイスタニアの王族だからわかる能力だ。


「砂漠、荒原、火山と海ですか? そんなところから出るはずはないですが、金、銀、鉄は我が国のものですぞ。それに金銀はアイスタニア(ここ)でもたくさん取れるでしょう?」


「ああ、箱車(はこぐるま)や道具の内部にほんの少しだけ使っている。あなた方の国とは違って、装飾や銀貨には使っていない」


 ニルラ共和国大使ゲラシウスが口を挟んできた。そして王は、さらりと秘密にしていた金銀の使い道をばらす。宰相は王を咎めるような目を向ける。


「もちろんそれらが出た際にはちゃんと報告する。我々が手を出すのはあなた方にとって使い道がないものだけだ。それを薬や食料の対価として頂たい」


「はは、いくらアイスタニア王の錬金術でも、ゴミを宝にすることはできまい」


「ヨシフ殿下、私は土を金にすることはできない。何度も言うが錬金術ではないのだ。私は研究が好きなだけ。そして世界の山や海、大いなる自然に興味がある。どのような土地に木や作物が育ち、何が影響を与え合っているのか」


 各国の大使に付き添う者の中には学者や科学者もいた。地面を掘る(くだり)からじっと王の話に聞き入っている。砂漠や海と聞き、眉を集めている者もいるが。


我が国(アイスタニア)には自然保護地域があり、大きな砂漠もある。そして広大な海に囲まれている。あなた方の住む別の大陸の土地も調べたいのだ」


「変わり者だな。危険な砂漠や火山、恐ろしい海の底とは。いやはや、アイスタニアの王は正気か。そんな所は貧民くらいしか足を伸ばさないぞ。もしや価値のない場所から、植民地への足掛かりにするという訳ではないだろうな」


 ハクラスカ大使ヨシフは上目遣いで少し声を潜めた。彼はハクラスカでは公爵なので本当に遠慮がない。空調が効きすぎているのか、場が少し冷えたように感じる。


「本筋は疫病と飢餓の対策です。薬と衣食住の提供はもう必要ないと判断が下れば、ちょっと掘った穴は全て埋めて撤退します」


「そろそろいいですか」


 西のグランタス大使エイモンが話の区切りを見計らって声をかけた。


「アイスタニアにしか分からない、価値があるものを知っているのでしょう」


 核心をついているのか。それとも理解の及ぶ範囲を超えているが、アイスタニア王国の底力を認めているのか。


「我が国は疫病対策をしておりますし、食糧危機も心配には及びません。話を戻しますが、消えた姫と貿易のほうが価値があり重要なのです。特にルナ姫は最初に我々の国へお迎えする段取りだった」


 グランタス帝国は大陸の西側の国。隣のチュリジ大陸にも国土を広げ続けるこの帝国は社会基盤がよく考えられていた。皇帝の指示による下水と治水工事も建国から二十五年で全国に広がり、自ら土を掘る姿は国民の求心力強化に繋がった。

 また、敵国からの侵略を受けると早駆けの知らせが往復する半分の時間で皇帝は戦場に駆けつける。これも他国より国民の忠誠心が異常に高い要因であった。


 ベンジャミンはもちろんグランタスに興味を持っていた。


「フレメルデン大陸の四か国でグランタスの皇帝とは未だ拝謁(・・)できていない。いずれ顔を合わせ友好関係を築くことができれば〝価値〟についての深い話もできるだろう」


「なんですと? ルナ姫は我が国(ニルラ)を先にと要望を出していたはずです! グランタスは領土拡大が上手いが姫まで手中にしようとしていたのですか!」


 ルールにルーズなニルラ大使ゲラシウスが食ってかかる。後ろに立つ二人も向かいに座るグランタス側を睨んでいた。


「ニルラ共和国は三か国と隣接していますからね、常に戦争の心配をされているのでしょう。我が国(グランタス)の皇帝は好戦家ではなく、訪れた地域との関係を構築して同盟を組んだ後、結果的に吸収することになっただけです。まあ国土を広げている陛下のカリスマ性が国民皆兵(かいへい)の推進力となることを危惧しておられますかな。これまで全て防戦なのですが」


 また話に新しい火種が生まれてきた。対岸の火事だがアイスタニアの清らかな水で消すとしよう──宰相サルヴァドールは王の横に移動し、皆の視線を集める。


「三日後に予定しておりました目下(もっか)行方不明のルナ妃殿下お披露目会ですが、ルナ姫殿下の妹、ララ妃殿下で調整をしております。ただしララ妃殿下は他国へ嫁ぐことを前提としておりません。我が国の(・・・・)お妃候補です。あくまでもお披露目だけであることをご了承ください」

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