1-11 アリーからの手紙
葡萄のように大きな松ぼっくりが宙を舞った。
「よかったー、これで僕もパレスの留守番から解放だ!」
松ぼっくりはすぐには落ちず、別邸の二階の高さまで届くと窓の中へ入っていく。そしてすぐにぴょーんと窓から飛び出し、芝生に立っているジェレミーに返ってきた。
「アリーがグランタス帝国の宮殿から出発したんだって。ヘイッ」
ジェレミーはまた誰もいない窓に向かって投げる。
松ぼっくりが二階のララの部屋からぴょーんと投げ返され、ジェレミーは一歩も動かずにキャッチする。
だれかのお土産なのだろうか、この辺りでこんなに大きな松ぼっくりを見たことがない。
「アリーはいつ帰国するの?」
二階の窓際にララが姿を現した。二人ともまるですぐ横にいる人に話しかけるような声量だった。パレスで働いている人が近くにいたとしてもきっと聞こえない。
「最短で五日って聞いたことがあるけれど、まあ短くても海は渡るから。天候に左右されるし、観光もしたらもう少しかかるよね」
また葡萄のような松ぼっくりが、話を聞いてにっこりしたララに飛んでいく。もちろんノールックキャッチだ。
「アリー、無事に旅を終えるようでよかったわ。外国は治安が全然違うんでしょう? 視察旅行は楽しそうだけど、ずっと気を張っているのよね」
ララはアリーのことが気になるらしい。王位継承順位第三位のアリー王子はララと二つしか歳が違わないのに、護衛とたった二人で外国を旅していた。アリーは学者のような能力を持っているため視察旅行中は大量の紙に記録をつけていたそうだ。
「ヘイ! ここ!」
ジェレミーが左手を高く突き上げるとララは目標に視線も合わさずぴしっと投げつける。ジェレミーも全く動かずにぱしっと掴む。
「アリーが手練れなのは分かってるでしょ? 格闘に関しては王子では二番目に強いんだ。護衛もギャヴィンがいる。ギャヴィンは彼の父親より格闘センスがいいし、最高のコンビだよ」
ジェレミーは普段三つ上の兄のことをあまり褒めない。歳の近いこの二人は喧嘩こそしないが、弟からの一方的なライバル心はしっかり存在している。今は本人が目の前にいないからか、すぐ上の兄アリーの長所がぽろっと出た。
「それに⋯⋯アリーにはシークがある。レオーネもフロ兄にも」
命を狙われた経験のある王位継承者にはシークが用意される。シークがどこから来たのか、誰かが作ったものなのか、誰も何も知らない。
ララのベッドにシークが潜っていたように、過去に怪我を負った王子のところにも、小さい生き物の贈り物のようにベッドに入っていたそうだ。
「だからジェレミーはシークを見ても、驚かなかったのね」
「アリーのシークを二度見たことがあっただけ。僕は狙われていないから持って無いけどねー。それなのにララは王位継承順位はないけれどシークがやって来たということは、王族の誰かと結婚する役目があるからアイスタニア王国にとって、大切な存在なんだね」
口数の多いジェレミーの喋りが、少し遅くなる。
「それに比べて⋯⋯」
ジェレミーは心に溜まった鬱憤を一言で表現する。
「僕は残りカスだな」
ララは青天の霹靂という言葉を早くも十七歳にして使ってしまったような、大きな衝撃を受けた顔になっている。
「残りカス⋯⋯」
そして、迷いもせず窓から飛び降りた。
シャッ──ドレスのスカートが全部捲れてしまったがジェレミー以外、庭や周辺に誰もいないのはわかっている。
芝生に着地したララはすぐさまジェレミーの両腕を掴み、ジェレミーを大きく揺らしながら自分の思いを熱く伝える。
「しっかりしてジェレミー変なこと言わないであなたはこれからなのよ。どんどんできることが増えていってみんなの役に立つの。私だってまだ能力が芽生えていないし、誰の役にも立ってないんだから!」
いつもの逆だ、ララが早口になっている。言葉の終わりには彼女自身の悩みどころが露呈された。
ララは肉体のコントロールが甘くなった状態でジェレミーを力強く揺さぶっている。早すぎて見えなくなっているが、王族のジェレミーなら激しく揺らされても問題ない。ぶんぶんぶん。
そんなララのショック状態を軽くするかのように、使用人のハンナがタイミングよく本邸から出てきた。芝生の二人に向かって真っ直ぐ歩いて来る。
最近は気温も上がり、庭で長く過ごすのも日差しが強くないか心配だったが、ハンナはララの元気な姿に安心する。肌にダメージがあってもすぐに修復されるので王族に日焼けの心配は無用だと指導されているが、やはり自分を基準に考えてしまうものだ。
「楽しそうですね、ジェレミー様。ララ様、アリー様からお手紙ですよ」
「ありがとうハンナ」
嬉しい知らせを聞きジェレミーを揺らす手を止め、ぱあっと雰囲気が明るく変わる。そんなララを見てジェレミーは紙切れに嫉妬してしまいそうだった。
ララは手紙を受け取り、ひと呼吸目を瞑ってから二つ折りの紙を開く。彼の手紙は複雑に折られたり封をされることもなく、誰に見られることも気にしない、いつも堂々とした状態だった。
『もうすぐアイスタニアに帰る』──たった一言にアリーとララの似顔絵が添えてある。ララの髪には花が飾られていた。
「アリーが描くララの絵はいつも頭に花がついてるね。あの花かな、誰からか分からない、あれ」
ジェレミーがじっと似顔絵を見る。ララは絵で描かれた自分と同じ表情をした。アリーの描くララはいつも幸せそうにしている。
アリーは絵を描くのが得意だった。芸術的というより最小限の線で特徴を捉えて植物や建物の絵を描く。ものの作りを理解できているからできる技だ。そう、構造を読み取る能力がアリーにはあった。
ララは花の描かれているところを見つめる。
彼女には十三歳のときから毎年同じ日に花束が届いていた。元日──真東から空の光が現れ真西に隠れる一年の始まりの日から、八十日ちょっと経った頃だろうか。
花束のことを誰に尋ねても違うと言われ、調べてもその日が特別な日ではなかった。
誰が贈ってきたのか分からない。でも受け取ったと知らせたいためその日は花を髪や服につけるようにした。一本だけ胸元に付け、編み上げた花のカチューシャは頭に飾る。その印象が強く残っていたのだろう、アリーは花のカチューシャをつけたララを一回しか見ていないが、それ以来ララの絵を描くときは必ず頭に花も描いていた。
ララがたった一言の手紙を長く見つめていると、邪魔をして申し訳ないようにハンナは控えめに言葉を続ける。
「それと⋯⋯お礼の件をトーレに伝えましたが、今彼は研究棟に行っているんです。コーレイと面会しているはずです」
ハンナは本邸の隣の、医療設備も入っている建物を指差した。
「ララ様とは会いづらそうにしていました」
ジェレミーはハンナを見て口を開ける。
「なんか固いよね。気にせずすぐララと『ヘイ!』って会っちゃえばいいのに。ハクラスカ帝国に住んでたから感覚が違うのかな」
「『ヘイ!』はわかりませんが、ララ様とお会いできたら挨拶してとお伝えしたところ、自分は罪人の弟だと逃げられました」
「ずいぶん自信を無くしちゃったんだね。気にせず前へ進もうって背中を押してあげたいよ。自分の功績さえ無かったことにしているみたい」
「今しがた自分のことを、残りカスと言っていた人物とは思えない発言ね」
ララはジェレミーをじとーっとした目で見ている。
「残りカス⋯⋯」
ハンナは何かを我慢するように顔にぐっと力を入れ、隠すように斜め後ろを向いたが肩は一回揺れた。
ララの心配はジェレミーからトーレへ移る。
「ハンナ、トーレのことを気にかけてくれてありがとう。彼は本当に私を助けてくれたの。早く会ってお礼をしたいけれど、これから訓練で、その後おじ様に呼ばれているから⋯⋯」
「トーレにはまた、ララ様が気に掛けてくださっていることを伝えておきますね」
そう言うとハンナは本邸に戻って行った。彼女はよく気が利き立ち回ってくれる。こういう人が働いてくれると本当に助かる。
ララが振り返るとき二階の自分の部屋の窓が大きく開いているのが目に入った。ふと、飛び降りたことを思い出す。やっぱりシークの服は布面積が増えるほど薄く軽くなっているような気がする。
「ジェレミー、ドレスのほうはシークじゃなくて、今までのようにフロリアンやタバサが縫ってくれた服を着るべきかしら」
「いや、これでいいと思うよ。洗濯の手間が省けるから周りも喜ぶよ」
「そういう問題じゃなくて⋯⋯」
「そうなの! そんな余計なこと考えなくていいんだよ」
なぜか怒られてしまったララだった。




