乱声・六拍──復讐(肆)
六条太政大臣家の大夫敏平を連れ去らんとしているとかいう噂の山門では、また大きな変事があった。関東の変事と同じ頃のこと。
新院の弟宮たる天台座主に対立する一派が、俄かに決起した。そして、あっという間に座主を悪僧どもでとり囲み、一堂の内へ幽閉してしまったのだった。速やかに行われたので事は成り、この政変を起こせし一派より、新しき座主が立った。
新座主は就任すると、すぐに全山に号令をかけ、僉議を開いた。
すなわち、すでにもうこの山のすぐ目前まで迫っている反乱軍を通すか否かについて、議論しようというのだ。全山の山法師どもが講堂の周囲に集合し、堂内でのそれぞれの代表者たる高位の僧どもの議論を、固唾を呑んで見守っている。
喧々囂々、昼夜を問わず議論され、三日の後に決定に達した。
「我等山門は全山武装し、三井寺ら諸寺と共に逆賊に対抗するべし。もし、逆賊ども、無理に押し入ろうとすれば、断固戦ってこれを阻止せむ!山門は逆賊の入京を許さぬことと決定する。これに異議ある者は、速やかに退山せよ!」
新座主は高らかに宣言した。
これで山門の進むべき道が決定した。
荒法師ども、前座主派の永堯を血祭りに上げてしまった。この人、先年、赦免されて尾張より帰山したばかりだった。
前座主の支持者達は、これによって鳴りをひそめてしまい、山を去る者さえいなかった。
賊将時憲は山門を目前にしながらも、その協力を得られず、逆に威嚇されて、軍を少し後退させた。そして、対山門、加えて朝廷の追討使との合戦に備えた。
追討軍の総大将三河介は、都近くまで後退していたのだが、最後の援軍と合流すると、また近江入りして賊軍と対峙していた。
新たに侍大将となった長国は、都を出る時、対則顕軍の副将となった讃岐民部大夫と計っていたことがある。無論、三河介も若狭介も知らないことだったのだが、それを打ち明けると、三河介は大いに喜んだ。
「民部大夫の一声で、瀬戸内の兵は皆動きます。この度、民部大夫は瀬戸内の兵を率い、則顕追討に向かいましたが、誰もがそう思うておりましょう。敵ばかりでなく、味方も。これは願ってもないことです」
民部大夫は各瀬戸内水軍を呼び集め、則顕を討つ予定だったが、一部を難波に向かわせた。備後鞆の近世ら四千は、難波で上陸、進軍を開始した。
「敵は正面から来る我等のことしか頭にないでしょうから、うまく行くかと存じます。難波からくる搦め手の存在には気づきますまい。突然、背後からいるはずのない軍に襲われるのです。敵は慌てふためきましょう」
「いるはずのない軍が、突然出現したら、それは慌てるであろう。対則顕隊を割き、こちらの搦め手として用意していたとは。見事だ。のう、遠貞(とおさだ・若狭介)?」
三河介はほくそ笑んで、弟の顔を見た。若狭介も大きく頷きながら、しかし、
「その鞆の近世、間違いなく釈教に気づかれてはいないだろうな?搦め手の存在に気付かれては成功しないぞ」
と、慎重だ。
「近世には万事言い含めてあります。うまく釈教の背後に接近する筈です。奴は水軍というよりは海賊。霧に紛れて獲物の船に近寄り、相手に気付かれぬうちにその船に侵入、襲撃という戦法を最も得意としております」
時憲は長国の策を知らない。搦め手・近世はまだ姿を見せていなかった。
もう一つ問題があった。則顕の方である。
讃岐民部大夫が声をかけて回ったために、則顕の呼びかけに応じた瀬戸内の水軍は皆、官軍方に寝返ってしまった。それに加えて、山門が時憲の入京を阻止したと聞いて、則顕軍の士気が低下したのである。これでは、北と西から同時に都に乱入するという夢も叶わない。
そうした状況で、士気は下がる一方だった。
則顕の兵は農民ばかりではない。武士もいる。また、もとは追討軍に属していたのに、敗れて、今は不本意ながら、賊軍に加わっているという者も少なくなかった。
そんな山陰の武士達やもとの官軍が、瀬戸内の水軍に続けと、次々に寝返り始めたのだった。民衆から慈母と慕われる任女の甘い言葉も、武士にはそこまでの効果はない。
一度始まると、歯止めはきかなかった。雪崩のように勢い増して、裏切りが続いて行った。
仲間に背かれるのは、一番堪える。
残った兵の多くが農民だったこともあろう。則顕軍は放っておいても自滅しそうに見えた。
「よし、総仕上げだ!」
そんな中で、追討軍の総大将房清が総攻撃をかけてきた。
則顕軍は、昨日まで仲間だった裏切り者達からの攻撃に、大打撃を被った。
まして農民ばかりの兵。
追討軍は武士ばかり。数でも圧倒しており、追討軍は圧勝した。
則顕大敗。兵は分散、軍形をなしていない程の著しい敗れ方である。
則顕は命からがら、残った兵とともに落ち延びて行った。それを追討軍が追う。
追われつつ追われつつ、辛くも則顕は手勢数十騎ばかりで、時憲の隠し舟で逃亡した。
妻の任女は民衆の渦の中に消えた。
時憲は追討軍と真っ正面から戦っている最中に、突然背後から追討軍の搦め手に襲われた。搦め手の存在に気づかなかったため、案の定混乱し、敗れた。ただ、敗れはしたが、収拾つかない程ではない。立て直して次に備えていた。
その時、則顕が時憲のもとへ逃げ延びてきた。
房清の軍は勢いづいて則顕を追い、則顕が時憲と合流したと知ると、矛先を時憲に向けた。
追討軍はついに、対則顕軍、対時憲軍と分かれて戦っていたものが一つとなり、賊軍を追い詰めることに成功した。
「すまぬ、時憲。面目ない……」
ただひたすら悔し涙に咽ぶ則顕を、時憲は優しく迎えていた。
則顕を追ってきたもう一方の追討軍も、もうすぐそこまで迫っている。時憲包囲網は着々と進んでいた。
時憲には、この戦の先が見えた思いだった。ここらが潮時か……
最近、三河介の戦いぶりが変わった。明らかに上達している。背後には鞆の近世。さらに、左翼から則顕を追ってきた新たな敵が、じりじりと近づきつつある。
そのような中で、関東水軍の長行が討ち死にした。彼は現在、都で捕らえられ、拷問されている大商人・五条の刀自の甥である。刀自は長行に連座しているのではないかとの嫌疑をかけられ、捕らえられたのだ。
そして、彼の妹は則顕の妻だった。
長行は初め官軍として信時朝臣の侍大将だったが、頃合を見計らって若狭介の侍大将と共に寝返り、信時を討ち死にさせることに成功。さらに、大軍を引き連れて時憲軍に加わった。
長行のおかげで軍勢は増し、連戦に連勝を重ねてきたのだ。長行がいなかったら、これまでの時憲はない。長行の功績は大きい。
それだけに、失った痛手も大きかった。殊にも則顕は、義兄の討ち死にに、以前にも増して気弱になった。
長行の死は、時憲のある考えにも決断を下すきっかけとなった。
一方、これは追討軍の勢いをさらに増大させることにもなった。長行は信時朝臣を騙し討ちした最も憎い相手である。それが死んだというので、士気は上がりに上がった。特に、信時朝臣の乳父であった房清は狂喜乱舞し、酒宴を開いて祝った。
その祝いの騒ぎは、時憲の陣中にさえも届いている。
信時は親しくなかったとはいえ、紛れもなく時憲の弟だ。彼だって、信時の死は決していい気分ではなかった。
何だか虚しい。
時憲はぺたりと地面に直に座り込み、追討軍の踊り騒ぐ声を遠くに聞いていた。
敵将の弟は討ち死にし……
憎っくき帝は退位した。
時憲の望みの一つは叶った。いま一つの望みはまだだが、もし、彼の要求が受け入れられれば、もはや戦う意味はない。
彼はただ闇雲に戦っているわけではない。きちんとした理由を持っている。
則顕がいつの間にか傍らに来て、同じように座っていた。
「……のう、則顕。我が軍は長行を失って、士気の低下を招いたとはいえ、まだ戦える。勝算はないこともない。だが、もうここらでやめておこうか、のう、則顕?」
「長行の義兄者を失って、敗色が濃くなってきたように儂は感じるが、貴殿にはまだ勝ち目があると?」
「負けはするまい」
時憲は言った。
今は負けはするまい。だが、何れ必ず負ける日が来よう。山門が味方についていれば、勝利は間違いなかった。洛内に入り、朝廷を脅かし、力で要求を呑み込ませることもできた。だが、山門は今、三井寺に組し、敵となった。時憲に上洛の好機はもはやない。
則顕と時憲、二人沈痛な面持ちで見つめ合っていると、兵が一人駆け込んできた。
「三井寺が大挙して押し寄せてきます。追討軍の房清の軍に加勢するらしうございます」
「三井寺が?寺を出てきたのか?」
則顕は顔面を蒼白にした。
これまでの三井寺は、近寄りさえしなければ、攻撃はしてこなかったのに。
三井寺は都の守護に徹してきた。それが討伐に切り替えたとは。
「比叡の山法師達も、山を駆け下りて攻撃してくるのではないか?」
「則顕!……和睦、いや、降伏、する……か?」
時憲は則顕の眼を窺い見た。
兵力の差があり過ぎる。三井寺まで加わっては、こちらに勝ち目はない。
「今のうちならば、兵どもを無駄死にさせなくて済む。決断は早く下した方がいい」
冷静に時憲は言った。
則顕はすっかり気弱になっている。しかし、則顕は時憲とは違った。
彼が戦を始めたのは、時憲とは全く別の理由からだった。則顕が、妻に言わせてきたこと。全て則顕の本心だ。
則顕は、君臣民の区別なく、皆が腹一杯食べられる世の中に変えたかった。
時憲は民衆を兵数の足しとして利用しただけだったが、則顕は違う。本気で民衆と共に戦ってきたのだ、貴族勢力と。
時憲の目的は、憎っくき敵の先帝を御位から引きずり下ろすことだったが、則顕は違う。朝廷へ、国へ謀反を起こしていたのだ。だから、やめられない。この国を民衆が手に入れるまで。
則顕は気弱になってはいたが、まだ戦をやめるわけにはいかなかった。
だが、時憲はもう戦を終わらせようと考えている。
運良く朝廷も同じことを考えていた。
新帝は、これ以上追討軍の血が流れてはならないと思っていた。
「院が何と思し召すかはわからぬ。なれど、朕は和議を申し入れたいと考えている。逆賊とはいえ、則顕、釈教の両名はただのすすどき荒夷にあらず。四辻の内府の呪詛について、いま一度調べよと要求してきた。無実を認めよと。それが為の挙兵であると。調べもせぬうちに無実だなぞとは言えぬ。だが、調べることはできよう。件の呪詛、調べ直す故、かわりに兵を引けと伝えよ。この戦、もう終わらせよ」
かくして、勅使が追討使・三河介のもとへ発遣されたのであった。
勅使より、帝の御意を聞き、三河介は不承不承にもこれに同意した。
彼はこれまで散々時憲に苦しめられてきた。自軍の多数が死傷したことに対し、恨みがある。時憲を攻め滅ぼしたいのが本心だ。しかし、帝がこの辺で停戦したいと望み、公卿達も皆そう望むのならば、従わざるを得ないではないか。
「賊が素直に和議を受け入れますならば、速やかに終戦と相なりましょう」
三河介はそう言った。
ただ、そのまま賊軍陣中へ赴かんとする勅使へ、
「や、それだけの警備で敵陣に乗り込まれるは危険です。あの釈教と申すは、御身がお考えになっているよりも、遙に危険な漢です。先ず士を使者として敵陣に遣り、御身に危害を加えさせぬことを約束させた上で、我が手勢を守護につけられ、敵陣に挑まれませ」
と、三河介は危険を指摘した。
幾度となく時憲と刃を交えた三河介なればこその意見だった。
勅使はもっともであるとして、先ず三河介の郎党守光なる者を敵陣に遣わした。
時憲、則顕は勅使下向を聞いて驚き、畏れ、必ず勅使の身の安全は保証すると約束した。
それで、改めて三河介は勅使に侍大将長国を付け、手勢六十騎余りに警護させた上、
「もし勅使の御身に何かあれば、速やかにおぬし等の軍を取り囲み、攻撃を開始する」
と伝えて、勅使を時憲陣中に送り出した。




