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乱声・六拍──復讐(参)

 この頃、近江の時憲は、三河介・若狭介と熾烈を極める激戦に明け暮れていたが、その最中にもまたしても、丹波の則顕と連署して、朝廷に書簡を送りつけていた。


 帝の退位に、太政大臣俊久公の解官。そして、今度は四辻内大臣殿の無罪を認めろという内容になっていた。


 以前の要求は、四辻事件の再調査を求めたものだったが、今回は更に踏み込んだ内容だった。


 あの呪詛事件は陰謀である。四辻殿一族は冤罪であり、あの処罰は誤りであることを朝廷は認めよ。その責任をとって、帝は退位せよというので、帝はまたしても激昂した。


 だが、賊軍の勢いは凄まじい。すぐにも入京しようという所まできている。しかも、それを山門がすんなり通してしまう可能性があるのだ。


 賊軍の京への乱入だけはあってはならない。賊軍の考えによっては、朝廷滅亡の可能性もあった。


「賊の要求を呑めば、乱入を避けられるのでは?」


 公卿の間では、要求を呑むかわりに、撤兵させようという声も上がっている。帝に譲位を求めたのだ。だが、帝は激怒して突っぱねた。


 帝は譲位を拒んだ。


 しかし、日に日に公卿達の間で譲位を望む声が増してきている。追討軍が思わしくないという報告が入る度に、そういう空気になって行った。


 また、賊が四辻殿の無実を認めろと要求していることも、公卿達の心を動かしていた。公卿達の多くが、あの事件の信憑性を疑っている。烏丸殿の陰謀ではないかとさえ思う者も少なくない。


「ただ己の欲のためだけに都に攻め入ろうというのではないのだ。正義の挙兵。件の呪詛事件の誤りを糺さんとする抗議。撤兵することを条件に、四辻殿の無実を認めよう!」


 だいたいの意見はそうだった。


 公卿の殆どが、賊軍の京乱入が恐ろしい。どんなことをしても、撤兵させたい。そのためなら、帝であっても、犠牲にしてしまえというのが本心だ。


 数日後、公卿達は、


「やはり、主上に御退位願おう」


という結論に達した。


 ところが、そこへ、震撼とさせる報告が相次いでもたらされた。


「近江の追討軍、敗戦!三河介、ほぼ壊滅」


「丹波の賊軍の呼びかけに、瀬戸内の海賊ども、続々応じている模様」


 進退窮まった。


 さらに、天台座主が、


「山門は賊将釈教を入京させることに決定した!」


と、宣言した。


「山門の僉議でそのように決定したとか」


「まさか!山門は二派に分かれておった筈。座主に対立する一派が反対するであろうに。何故決定したのか?」


「都は四方敵だらけではないか。西からは瀬戸内の海賊どもを連れて、則顕が。北からは山門の悪僧どもを率いて釈教が、洛内に入ってくる。そして、この国の民は皆、賊の味方だ!!」


 これまでか!


 都は滅亡する。帝は害され、貴族達も皆殺しに遭う。都は乱暴狼藉に荒らされ、物は盗まれ、女は犯され、家は焼かれ……


「もはや一刻の猶予もない。帝を退位させるしかあるまい!」


「しかし、無闇にかような無礼を申し上げて、処刑されはすまいか?」


「なんの。我一人の命と都の無事とは比べられぬ。かくなる上は、強制的に御退位頂くことも、止むを得ん!」


 政変覚悟で挑むべしと立ち上がったのは、右大将殿だった。


「私が帝に譲位を迫るから、方々のお力添えを給わりたい」


 右大将殿はそして、近衛を指揮し、皆を控えさせると、勇気ある公卿殿上人四十数名を引き連れて帝の御前に参った。


 朗々と帝の退位を要求する。


「何卒、東宮へ御譲位下さりますよう」


「……皆も、頼周と同じ意見なのか?」


 帝は右大将殿の背後に続く殿上人らを睨んで、意外にも静かな様子で言った。


 一同は一斉に深々と額付いた。


 嫌だと騒げば、どこぞに幽閉し、無理矢理御位を剥ぎ取るつもりだろう。


「……わかった」


 帝はそれだけ言うと、奥へ入ってしまった。そして、ふるふると震え、歯軋りした。


 こうして、俄かに帝は東宮に譲位し、後院に入ったのだった。素直に公卿どもに従ったので、押し込められたわけではなく、権威を奪われたわけでもない。


 公卿達もそこまでするつもりはなかった。もしも、賊がそれでは不満だと言うなら、その時になって初めて権限を奪えばよい。


 東宮が践祚して帝となり、太政大臣俊久公が辞職した。


 新帝の御母后嬉子は国母となり、皇太后宮、女院宣下があった。女院嬉子の実父成経は贈左大臣、養父棟成は太政大臣となった。


 新帝の女御の姫宮(懿子内親王)が立后、皇后となる。


 権大納言となった右大将頼周卿は、大君を入内させた。彼女はみくしげ殿と呼ばれる。


 一方、後院に入った先帝は、新院と呼ばれることになった。なおまだ伯父にあたる本院が存命だからである。


 新院は院政を開始した。公卿達もそれを止めることはしない。故に、新帝には権限はないに等しかった。治天の君はあくまで新院である。






 先帝の譲位は、比叡山の天台座主にはがっかりなことであった。兄宮が御位にあったからこその朝廷への戦意であったのに。これでは闘う意味がない。


 ただ、叔父として、甥の新帝へやるべきことがあった。


 新帝は東宮時代から温厚で、賢い人であった。聡明なる新帝に期待して、座主は四辻事件を再調査するよう助言した。


 後院の新院は院政開始後、初の仰せ言した。


「五条の刀自を捕らえよ」


というのである。


「関東の海賊長行は、逆賊釈教を追討すると見せかけて、実は内通していた。追討軍を敗れさせ、信時を死なせ、釈教軍の将となった。長行の叔母である刀自には、連座の疑いがある!」


 このことを知り、讃岐民部大夫は瀬戸内の海賊達に積極的に働きかける。


 讃岐民部大夫は以前、賊軍と戦って敗れていた。それで、兵を立て直して戦に臨んでいたのだが、彼は五条の刀自や関東水軍とは親戚関係にある。異母妹の仲子(なかんのこ)は五条の刀自の姪だ。


 そのような関係から、民部大夫も疑われる危険が出てきた。


 刀自は捕らえられ、さらに水軍も領地も財産も全て召し上げられるらしい。これに巻き込まれては一大事だ。民部大夫は財産を守るためにも、積極的に朝廷に忠義を示さなくてはならなかった。


 で、仲間である瀬戸内の水軍や海賊達に、賊軍から手を引き、官軍となるよう呼びかけたのだった。


 讃岐水軍は瀬戸内最強の軍団である。民部大夫は宥めたり脅したり、巧みだった。で、彼等は民部大夫に睨まれては厄介と、それに従い、ひとまず撤兵した。


 水軍、海賊がそれぞれの本拠地に戻った頃。


 朝廷、院庁は揃って追討使を発進させた。


 もう出す兵もない。仕方なく、上野殿が法化党より受け取った関東の兵を三河介、若狭介に送った。


 総大将・三河介のもとには、侍大将として長国(ながくに)という人が送られた。この人、兵学に明るい。無策で敗戦続きの三河介の為に、新院が用意した頭脳である。


 そして、則顕へ差し向ける軍には、讃岐民部大夫が新たに副将軍に任じられた。こちらの軍の総大将は、ずっと上野殿臣下の房清が務めている。民部大夫は瀬戸内の水軍を賊から引き離し、撤兵させた功績により、副将となったのであった。


 民部大夫は水軍海賊を再び呼び寄せ、編成し直して出陣した。


 上野殿は今回も都の守護を命じられた。弟の弔い合戦をと息巻いていたが、ここまで差し迫ってくると、都の守りが如何に重要かわかる。賊が都へ乱入する可能性が現実味を帯びてくると、上野殿も追討使に任じろとは騒がなくなった。


 上野殿が都を敵から守り通す最後の砦だ。


 こうして新たに最後の追討使が発進した。


 その直後から。


 山門が、六条太政大臣家の大夫敏平を連れ去らんという、流言が広まった。


 何故、ただの諸大夫を山門が連れ去るというのか。


 検非違使は敏平について調査を始めた。





 親の苦労も苦悩も、子供は知らない。


 上野殿が国の存亡をかけて都で奮戦していた時、関東の子等は、私利私欲の戦を始めていた。


 親時の間者から甘い言葉を囁かれた能時が、それが親時の間者とも知らず、策略とも知らず、まんまと挙兵してしまったのだ。兵の多くは逆賊追討のため出払っていたが、留守の者も少なくない。


 能時は信濃の兵を動かした。信濃も多数が追討軍として不在だったが、それでも四百騎は確保できた。


 しかし、東殿時高は事前に察知していた。これが親時の策謀であることを。それで、親時を呼ぶと、何食わぬ顔で言った。


「能時が謀反を興した。信濃の兵どもを引き連れて、すぐにもこちらに攻めてくるぞ。親時、能時を討伐してくれ」


「私がか?」


「そうだ。わしは父上から留守を守れと命じられた。ここを動くわけにはいかぬ」


「留守を守り通すことというは、ただでんと座っていることにあらず。謀反があったら、速やかに出陣し、謀反人を罰することこそ、父上の御命を全うすることなれ。それに私は初陣はまだ。戦は兄者の方が……」


「親時!なんでそんなに出陣を嫌がるんだ?さてはおぬし、わしが出陣して不在の間に、東殿も牧邸も奪い取るつもりだな?」


 時高の言葉に、親時は見破られたと悟る。


「な、何を言ってるのかわからないなあ、兄者。ともに謀反人能時を討ちましょうよ」


 笑顔を向けてそう言うと、いきなり足を一歩前に出した。懐から小太刀を出すが早いか、親時の腹に時高の小太刀が刺さる。


 親時は自分の小太刀を抜こうとした姿態のまま、硬直した。ふるふると体が小刻みに震えている。


「自分で蒔いた種だろ」


 時高は小太刀を握る力を緩めずに言った。


「兄、者!」


 激痛に耐えながら、声を搾り出す。その親時の眼には怨念が宿っている。


「愚か者めが!」


 時高はその眼をしかと睨み返しながら、無表情にそう言うと、ふんっと小太刀を引き抜いた。ぐしゃりと親時は床に崩れ落ちる。


 時高に一太刀浴びせることもできず、小太刀を鞘から抜くひまさえなく、その双眸に怨念の光をたぎらせたまま、親時は死んだ。


 親時の策略は全て時高に見破られていたが、能時にはわからない。そのまま出陣。兵を進めてきた。


 兵数も少しずつ増やしている。上野でも、能時に従う者はいた。


 時高は能時に使者を遣わした。すなわち、これは親時の策略であると。時高と能時を戦わせ、共倒れさせ、漁夫の利を得ようと、親時が企んだのだ。その奸計に嵌められて何とする。


「すでに東殿の御手によって、親時殿は討ち取られています。何卒、兵をお引き下さい。この度のことは親時殿の策略。御身は嵌められただけですから、今兵をお引きになれば、東殿は不問にすると仰せです」


 使者はそう説得した。しかし、


「不問とな?」


と、能時はその言葉が気に障ったらしい。


 まるで、時高は能時の主気取りではないか。能時は己が時高の下風に立たされるべき身ではないと信じている。


「ふん!親時ふぜいが何とほざこうと、関係ないわい」


 親時の策謀があろうがなかろうが、いつかは必ず時高を討つ心であった。


 能時は時高の説得も聞かず、進軍を続けた。


 時高も迎え撃つ準備を進めた。


 常陸の新法化党棟梁・時実は憂慮した。牧邸やその近辺での合戦は避けられそうにない。


 南殿にて服喪中の弟や妹、そして祖母が戦火に巻き込まれては一大事。


 時実は救援に向かった。


 法化党の面々も、


「上野殿の後継については、我等法化党にも権限がある」


とて、時実に付き従い、四千の兵でもって上野へ向かった。


 能時の兵は、歩兵を含めてもせいぜい千五百に満たない。法化党に攻められたら、敗戦は必至だった。だから、その前に東殿を落とさなければならなかった。


 法化党が到着した時には、もう既に東殿は能時に包囲されていた。このまますぐ直行すれば、時高は助かる可能性もあったかもしれない。だが、


「殿、少し遅うござった。諦めましょう」


との家臣の言葉に従い、時実が最初に向かったのは南殿だった。


 時実は祖母の大上や弟・千手丸らを助け、これを経実の隠居所である桜町館に送り届ける。それから、東殿に向かった。


 すでに能時の軍は東殿に勝利、牧邸をも制圧していた。


 時高は生け捕られ、能時が高らかに勝利を宣言する。


「我こそが上野殿の嗣子なれ!皆、我に従え!」


 牧邸に入り、その寝殿の中央に座した。


 留守居の者達は、一応皆これに服従した。

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