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乱声・六拍──復讐(弐)

 年が明ける。


 従五位下行中宮少進敏平は、戦が自分に関わることであるとも知らずに、平穏な日々を過ごしていた。


 未だ妻帯せず。この年まで独り身であるのは稀である。まるで、先年亡くなった政任朝臣のようだ。


 民部卿局の実父・大和守頼時は、この娘の師匠を婿とらんと考えたこともあった。頼時の母の内裏の女房は、七絃七賢・帥殿大納言の姪である。帥殿と縁ある人との縁談であれば、敏平にとって決して悪い話ではあるまい。


 しかし、この縁組みは六条左大臣殿が反対し、また民部卿局本人が拒んだことによって、成らなかった。民部卿局は師との関係を壊したくなかったし、左大臣殿には深刻な思いがあった。


 頼時の伯父が東寺の顕明であることだ。顕明は左大弁の子だが、その伯父の右大将の養子となった。右大将の妹の子がかの烏丸左大臣である。顕明は烏丸殿と結託して、様々な悪行に手を汚した。帝の護持僧として、あらぬ流言を吹き込んだり、目障りな者を密かに呪詛したり。かの四辻事件も、顕明が烏丸殿と二人で帝を誑かして、四辻殿一族を皆殺しにしたのだ。


 頼時はその宿敵・顕明の実の甥である。そのような人の娘を、何で妻にさせられようか。左大臣殿は敏平の心を思って、これを破談にしたのだった。


 敏平も確かに民部卿局との縁談なぞ考えられない。だが、たとえ遺恨ある相手でも、琴道については別である。琴の道に、そのような邪心を持ち込むことはできぬ。破談になった後も、それまでと変わらず、敏平と民部卿局は師と弟子の関係であり続けた。


 妻帯ということについて考える時、近頃の敏平は深草の姫君のことを意識してしまっていた。


 本来の彼だったら、その姫君の婿になることも問題あるまい。だが、左大臣家の家司房雄の子という身分になっている今の彼には、無理なことだ。身分が欲しいと強く思う。


 せめて姫君の気を引かむと、毎日渡殿で琴を弾いていた。姫君が、乳母を亡くして落ち込んでいた時から、ずっと続けていることである。


 それが姫君にも通じているのか、たまの琴の稽古では、以前よりも敏平に馴染んでくれるようになった。


 それにしても、上達しない姫君である。


 敏平は相手が誰であれ、稽古に妥協はできない。それである時、つい、


「多少似ていないこともありませんが、姫君は、やはり亡き准后の姫君とは全く別の御方です」


と言ってしまった。呆れて言ってしまったのだった。


 だが、これが意外なことに、姫君に好感を持たれることになったのだった。


 姫君は清花の姫君が亡くなった時に生まれた人である。左大臣殿も二位殿も、また女房達も、清花の姫君の代わりにと、とても大事にしてくれる。大事にされるのは幸せなのだが、どこかに自分は自分だという反発心もあった。清花の姫君の生まれ変わりと思われるのは、何となく厭だった。


「ちょっと。失礼でしょう?」


 敏平はその時、そこら辺にいた女房に注意されたが、姫君は、


「よい」


と言った。何だか新鮮だった。


 そういうこともあり、毎日敏平が琴を弾いてくれることもあって、少しずつ姫君は敏平に心を許すようになっていたのだった。


 敏平が自分に好意を寄せていることは察せられる。身分卑しい者がと、反発する心もあるが、悪い気はしない。


 いや、それどころか。


 姫君には近頃ちらほら縁談がある。婿君を決めてくれるのは左大臣殿だか、その決められた人が、敏平みたいな人だったら、うまくやって行けるのだろうと思っていた。






 ところで、法化党の経実が隠居したことにより、関東には強い支配者がいなくなっていた。


 上野殿の留守居の者はいるが、上野殿本人がいるのとは状況が違う。そういう時、変事は起こりやすいものだ。


 すなわち、父・上野殿の留守をよいことに、絶好の機会だと、その子供等は画策を始めたのであった。


 上野殿には元服した男子が三人いる。


 長男は東殿こと、幼名を藤若といった時高である。彼は当腹。


 次は千代野を母に持つ能時(よしとき)。幼名は亀若といった。


 その次が親時(ちかとき)。幼名を万寿。母は堀川殿である。


 この親時、母が烏丸殿の同族であることから、自分は嫡男たる資格があると信じていた。母にそう言い含められて育ったからではあるが。


 親時は上野殿がいない隙に、邪魔な時高と能時を始末してしまおうと考えていた。二人が消えれば、自ずと親時が上野殿の嗣子となる。


 どうやって二人を消すか。親時が考えたのは、二人を敵対させ、戦をさせることだった。二人が無闇に戦を始めたとなれば、都の父は怒るだろう。


 二人を共倒れさせるのが親時の狙いだった。


 上野殿の軍は追討使として出陣していたが、何も皆出払ってしまったわけではない。留守の兵はいたのである。


 時高は長男であるし、留守の兵を父から任されていた。


 一方、能時は母・千代野の実家の関係で、信濃に強い影響力を持っている。彼が号令すれば、信濃の軍は彼のものとなるだろう。


 つまり、時高にも能時にも動かせる兵があった。


 あとは二人を引き裂き、敵対させ、戦を勃発させるだけ。


 親時は能時を操ることにした。自身の配下を使って。


 能時もその母も、愚かにも親時と同じ野望を持っている。だから、親時の忠臣は、


「御身には信濃の兵があります。今、関東は手薄。今こそ東殿を討つ好機です。今やらねば、御嫡子にはなれますまい」


と、囁いた。





 上洛を目指す北陸道と山陰道の反乱軍に対し、それぞれの追討軍は相変わらず苦戦続きであった。そんな中、最近追討軍にやきもきする輩が現れた。


 各寺院の僧侶達だ。


 彼等は毎日険しい山を駆け飛び回り、幾十日の断食にも耐え、幾日眠らず護摩に祈祷し続けても平気な体力を持っている。またそれだけに、そこら辺の侍などより数倍優れた運動能力があった。この地上で最強の武力を誇るは、実は寺院の僧兵達だったのである。


 彼等には帝も敵わない。


 時々彼等は神輿振りして、朝廷に強訴してくる。そうやって、要求を呑み込ませてきた。興福寺が始めて、近頃はしばしば他の寺院でも起こしている。


 この悪僧どもは決して朝廷にとって、有り難い存在ではない。


 だが、今回の戦では、


「弱腰の追討使になぞ任せておられぬ。賊どもなんぞ、我等が一息に蹴散らしてくりょう!」


と、息巻いていた。どうやら、朝廷にとっては頼もしい存在となってくれるようである。


 が、そこは悪僧ども。


 中には、賊軍に協力しようと言う輩もいる。


 理由は、


「逆賊と共に都に神輿を担ぎ込んで、力に訴えるのよ。我等と大軍が雪崩れ込んできたら、朝廷は震え上がって、我等の望みを全て聞き入れてくれるぞ。いつもの強訴より効果的だ。我等が権力を頂戴するのよ」


というものだ。


 だが、さすがの悪僧どもにも、ものの善悪の判断はつく。大概は、


「何を言うか。朝廷あってこその我等だ。いくら何でも、逆賊に力を貸すなぞ!」


という意見である。


「賊を討ち果たせば、朝廷も我等に存分に礼をしなければならなくなる。賊を討って、たっぷり恩賞を受け取った方がよい。賊を討ち果たせば、朝廷も我等に頭が上がらなくなる。我等が権力を手に入れるのはその時ぞ。その方が賢いやり方だ」


 この意見で纏まり、朝廷に味方するという方向性で決まった。


 朝廷は助かった。


 ところが。


 各寺院で、悪僧どもがかように物騒な取り決めで盛り上がっていた頃、山門では、内紛が勃発していた。これが、朝廷の存続を左右し兼ねない決定を下すことになる。


 山門はあまりに巨大過ぎる。もともと意見の合わぬ者が多かったのだ。もう何十年も前から、二派に分裂して対立していた。


 その分裂が決定的なものになった時。


 どさくさに、帝の弟宮が天台座主(ざす)になってしまったのだった。どううまくやったか、僧兵どもにも謎である。あれやという間に三の宮は座主になっていた。


 それで余計に混乱した。


 新しい天台座主は、兄帝とその母后を憎んで育った。


「我が母宮の宣旨(せんじ)局は、烏丸左府とその父の相国に殺された。左府の姉なる皇太后宮も同罪。その腹より生まれし帝も同罪。我が母は相国、左府、皇太后宮、帝の四人に毒を盛られて亡くなられたのだ!」


 座主は幼少の頃からそう思い込んでいた。


「四辻一族のあれも、烏丸左府の陰謀だ。陰謀と知りながら、帝は四辻一族を皆殺しにした。それをお諫め申し上げた私への当てつけに、我が坊官の聖海を殺して、その首を送りつけてきた。弟の真心に対する答えがそれだ。何という野蛮な御方か。万乗の君にあるまじき、おぞましき蛮行。あの怨み、まだ忘れてはおらぬ」


 座主は自分が座主になったからには、山門は朝廷には協力しないと決意した。つまり、賊軍に味方するということだ。朝廷の危機である。


 ただ、山門は分裂している。反対派はいるわけで、彼等は新座主の決定を憂慮していた。何とかしてこの新しい座主を、その座から引きずり下ろさなければなるまいと画策していたのだった。


 そして、賊軍はいよいよ都に近づいてきた。


 賊軍を討たむとする各寺院の僧兵は、衝突の日が迫ってくると、益々荒っぽくなってきた。


 三井寺(みいでら)は完全に賊軍と戦うことが決定している。緊張と興奮から、皆異常な様子であった。


 山門だけは意見が分かれていて、賊軍に荷担する可能性がある。


 座主の一派は賊に味方する気だ。山門は都への最後の砦。これを味方につけることが叶えば、賊は難なく都に乱入することができる。山門が敵となるか味方となるか。戦の勝敗の鍵を握っているのは山門であった。


「釈教を通してやるのだ。都へ入れてやれ。興福寺も我等と同調させむ!」


 座主の三の宮はそう言って、興福寺に使者を遣った。ともに賊軍を洛内へ入れてやろう、と。


 興福寺には座主の弟宮がいる。六の宮だ。


 この宮は帝にとっても弟宮に違いない。だが、この宮の母君が、かの四辻内大臣殿の娘の女御寛子だった。


 一時は東宮にという噂もあったほどの宮である。父院最愛の皇子だったが、四辻事件の渦中の人であるというので、事件後、兄帝の御手で出家させられ、興福寺に入れられたのだ。


 山門座主の三の宮は、


「烏丸左府や帝に母を殺され、我はとても悔しい。自分の怨みを思うと、六の宮も同じなのではないかと思える。六の宮も左府と帝のせいで、今の境遇にあるわけだから、怨みに思っていない筈がない」


という確信があった。


 座主は昔からこの弟宮を哀れに思い、何かにつけ慰めの文を贈っていたのだ。そして、同じ境遇に涙し合ってきた。今こそ怨み晴らすべき時ぞと、使者を遣わしたわけである。興福寺は座主に同調する筈である。


 だが、反対派としては、断固として座主の暴走を止めねばならない。是が非でも賊の洛内乱入を阻止しなければならなかった。


 反対派は三井寺に協力を求めた。


 賊の入京阻止のため、反対派と三井寺は手を取り合った。

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