乱声・五拍──恋の重荷(伍)
信時朝臣は甘くて、どこか暢気でさえあるらしい。
だが、都の人々はもっと悠長である。
今年は清花の姫君の十三回忌の年にあたる。
父君の左大臣殿が法会を予定しているのは無論のことだが、なお琴人達にとっては神の如き存在であるので、大学寮や、双岡に出入りしていた会衆らの間でも、法要が計画されていた。
敏平も弟子達や双岡の仲間らと共に、琴回向を行うことにしている。
まことに戦とは無縁。いつもと変わらぬ都の様であった。
あちこちで、清花の姫君の法会と琴会が催され、それでまた琴が注目されるようにもなっている、ついこの頃である。
そして、改めてかの姫君の偉大さ、美しさ、その天才ぶりを懐かしく偲んだのであった。
ありし日の姫君は誠に絶世の美女。天人そのままの姿で、天上の楽を奏でた。二度と現れまいと言われた天才。
その晩年は病み渡って、琴曲一曲弾くのも容易ではなかったのに、二つの大事を成し遂げて逝った。
一つは、音勢天下第一と謳われた鳳勢が、俄かに音無しとなったのを、見事復活させ、その音声を取り戻し、以前にも増して優れた音色を導き出したこと。
いま一つは、敏平という弟子を持って、これに灌頂を授け、琴人絶滅を回避したことだ。
灌頂者は現在敏平一人だが、それでも、たった一人でも存在していることには変わりない。我が国の文化を救ったその功績は大きい。
ところで、万乗の君は、かつて激しくこの姫君に恋したことがあった。姫君が病み、入内は延引し、とうとう亡くなったので、遂に入内は成らなかったが。今上はそれを大変に嘆き、実は今なお、惜しい人であったと諦めきれないでいるのである。
棟子女御は院の猶子だが、なおまだ女御で立后がならない理由を、今上は女御の実父たる左大臣殿に言った。
「朕が棟子を女御のままにしておくのは、皇后の明子のことを思ってのことではない。あれは既に内裏を出て、しかも落飾しておるから、新たに別の后を立てることには問題はない筈だ。では、何故棟子を立后させぬのか。中宮の嬉子への気兼ねでもない」
「では、何故に?」
「朕にとっての心の后は左府(左大臣殿)の亡くなった息女だからだ。朕はずっと願っていた。かの人を皇后にと。かの人が死んでも、その思いは変わらぬ。こなたの娘こそ我が后宮。左府よ、笑ってくれるな。朕はまだその夢諦めきれぬ。なおも焦がれて恋うて、やまぬのだ、こなたの死んだ娘に。だから、后の位は恋しき人のために一つ空けておく。そう決めたのだ。棟子を立后させぬからとて、憎う思うてくれるなよ」
今上の執念は凄まじいものだった。
その恋しい清花の姫君が、敏平という琴の後継者を残した。敏平の演奏に感動した時、敏平本人もさることながら、死んだ恋人の功績も讃えたいと願った。その功績を認め、名誉の冠で飾ってやりたいと思う。
左大臣殿が行った姫君十三回忌の法要の折、詔下った。
左大臣棟成が息女瓊子に従一位を追贈する。
これにより、清花の姫君は従一位となり、さらに今上は追って沙汰した。
贈従一位瓊子を准三后とする。
死者の清花の姫君を准后としたのであった。
それにしも、死後このように讃えられ、泉下の姫君は何と思っていることであろうか。
その姫君が従一位を追贈された頃のことだ。
中宮職の権亮に空席ができた。そこで、大進が権亮になり、少進が一人、大進となった。
そして、新たな少進には、中宮大夫と亮の推挙と、中宮自身の希望で、敏平が任じられることになった。
中宮は左大臣殿の養女分であるから、敏平のことは以前から仄かには知っていた。そして、以前、敏平が帝の御前で琴を弾き奉り、その技によって、特別に勅授、叙位したことを知ると、自分の職事に彼を望むようになった。帝がそこまでお気に召した者であるならば、自分の職事にしたいではないか。
しかし、左大臣殿はこの任少進を危惧していた。中宮の少進ともなれば、度々帝とも顔を合わせることになろう。それが左大臣殿には不安だった。
敏平を推挙した中宮大夫は弟、中宮亮は子息だが、何れも、また中宮その人も敏平の秘密を知らない。
左大臣殿は二位殿と右大将殿、師道朝臣、それと兵衛の君と讃岐以外にはこの秘事は漏らしていない。だから、弟とはいえ、中宮大夫家名卿は何も知らないのである。
中宮大夫は、子息・しも八の師でもある敏平の才を単純に愛で、少進に推し、中宮亮も叔父に同調したに過ぎない。
今や諸大夫となった敏平だが、彼の昇進を左大臣殿は心からは喜べなかった。任官し、昇進し、多くの人々、世間と交われば、いつか必ず綻び生じ、彼の秘密は露見してしまうだろう。そうなれば、当世において敏平の命の保証はない。
今上は度々狂人に変化するから、敏平に死一等を免じることは、万に一つもあるまい。その悲惨さを思えば、一生地下に生きさせる方が、まだよいように思える。
それなのに。よりによって中宮少進とは。
「敏平も今では従五位下だ。任官は喜ばしきことではある。だが、大丈夫か?中宮少進はできそうか?」
左大臣殿は敏平を呼んで尋ねた。
「はい。失敗しないよう、精一杯努めます」
「宮の職事ともなれば、帝ともお会いせねばならぬ機会も増えようぞ。それに堪えうる自信はあるか?」
「肝に銘じております。私の中の秘密は大事に守り、決して外には出しませぬ。露見すれば、大臣の御身にもご迷惑がかかることは、よくわかっております。ご当家を危ない目に遭わせるようなことはこの敏平、断じて致しませぬ」
「いや、そういうことではない」
左大臣殿、右手に持った扇を左手に摘んで、ちょっと開けてはまた閉じる。
「わしが案じておるのは、こなたの心よ。何と言うか、その、主上はこなたにとっては敵だ。その敵と度々相対することになる。それに耐えられるのかと」
「何を仰せかと思えば」
敏平は頗る明るい笑顔を見せた。
「以前申し上げました。私は聶政を愚かだと思うと。私は聶政のようには生きられませぬ。たとい目の前に敵を見ても、刺すことなぞ……そんな勇気も力もありません」
「なれど怨みは。恨む心に耐えられるか?」
「私がもし主上を恨むとするならば、それは只の逆恨みに過ぎませぬ。悪いのは祖父、父。大罪を犯したから処罰されたのです。罪を裁き、処分した側は、罪人に適切な処置をしたのでしょうに、裁いた人を恨むは筋違いでしょう」
「うむ、むう……」
左大臣殿は口ごもって、複雑そうにしてしまった。
「それに、亡き准后の姫君のご恩を思えば、逆恨みなどできません。姫君がどんな思いで私に琴を教えて下さったか。復讐など忘れて琴道を守らなければ、姫君を悲しませてしまいます」
と敏平はきっぱり言った。
韶徳三位殿は冤罪の可能性もある。だが、敏平の態度に、つい言いそびれてしまった。
「判官時憲は我が子を身代わりにしてまで、私を生かしてくれました。私に復讐させようともせず、私を姫君にお預けになりました。判官は私に復讐の道を歩んで欲しくなかったから。怨みを捨て、心澄まして琴の道に生きることを、かの人は望んだ。讃岐の君も、私にそういう生き方を望んだからこそ、師経を他家にやってまで私を育ててくれたのだと思います。そして、大臣も。今日まで罪人の子の私を匿い続けて下さったのは、私に復讐させるためではないでしょう?私の命は、多くの人の犠牲と手助けの上にある。その方々へのご恩を忘れることはできません。人を恨まず、助けられた命を大切に、生きてゆきたいと存じます」
敏平は晴れて中宮少進となったのであった。
予想通り、中宮に仕えているうちに帝に対面する機会が巡ってきた。帝は敏平をよく覚えていて、
「せっかくだから、琴を一曲所望しよう。今日は寨公で弾いてもらおう」
寨公の琴は普段は登花殿に置いてある。そちらへ使者を出し、取り寄せる。
「曲は何でもよい」
帝は頗るご機嫌である。
敏平、その龍顔に、以前己の夢に見たとろけゆく韓王を見た。我知らず、『広陵止息』の旋律が頭の中を回ったのを抑え、
「では、『石上流泉』を」
と言うと、さっそく弾き始めた。
帝、終始感慨深げにしていたが、弾き終わるとすぐうずうずとし、余韻消え入らぬうちに言う。
「登花殿の女御は左府の娘だから、おことも知っておるのではないか、粟田口尼とかいう若い艶やかなる琵琶の上手を。女御のもとに出入りする尼だが、尼にしてはひどく色香があり、麗しい美女だ」
粟田口尼とは初めて聞く名である。そういう琵琶の名手の存在を敏平は知らなかった。
「その尼が秘曲『石上流泉』を弾いてくれての。今おことが弾いたのも『石上流泉』というのだの。琵琶と琴では随分違うの。同じ曲か、それとも同名異曲か、『打毬楽』と『散吟打毬楽』みたいに」
帝はそうご下問したが、敏平は途中からそれを上の空に聞いていた。帝の仰せ言はどこかで聞いたような。
いや、確かに彼は、いつだったかこんな会話を耳にした覚えがある。いつだったか。
「敏平?」
中宮が心配して声をかけた。
注意されて、はっと敏平は我に返った。
帝の御前で、何と緊張感のないこと。
けれど、帝は怒りはせず、笑って言う。
「おことは輝いているな」
羨望の眼差し。
「亡き准后の左府の娘の、正当な後継者か。かの人の技をそっくりそのまま受け継いでいるのよな。いや、おことの輝きはおこと自身の心から発するものか。琴だけ愛し、誰よりも澄んで美しい心故に、輝いているのであろう。朕は何故かおことに負けを感じる。何であろうの、これは」
と言いながら、懐をさすった。
勝った、のであろうか。敏平は帝に。




