57 花は聞いた
「コラこのガキャァ!!!」
この数日間で逃げ足だけは人一倍早くなった気がする。
盗む、というのは口で言うほど簡単なことではなかった。
子どもがお店に近づくだけで警戒されるし、"今から盗みをする"と考えるだけで心が痛くて仕方がなかった。
生きるためなのは分かってるけど、早くこんな生活とおさらばなければと強く思う。
食べ物が手に入ればポケットに入れて少しずつ食べた。
ゴミ箱から紐が見つかったから刀を体に括って動きやすくした。
ガンダ達が言ってた港を下見した。
屈強そうな門番が2人、昼夜問わず常に駐在していた。
門も狭くて突破できそうにない。
一回でも捕まったら終わり。
門番が持ち場を離れるチャンスを狙うしかない。
気力と根気との戦いだと思った。
けど、気力と根気というものは簡単に折れるものだと身をもって知った。
背中に背負っている刀さえ重い。
前に進むための一歩が重い。
あの日、子ども達の目に光がないのを可哀想だと思った自分がいた。
今のあたしは、あの時の子供たちだ。
あの時のあたしが今の自分を見たら可哀想だと思うんだろう。
でも今なら言える。
あたしは可哀想な子供でも何でもない。
ただ普通に生きたいんだ。でも絶望してるんだ。
どうしてそれを許してくれないんだ。
どうして…
「っ…!」
ふっ、と足の力が抜けた。
地面と密接して、そのまま吸い込まれそうな感覚。
あぁ、あたし、限界だ。
ごめんリンさん、ごめん。
ゆっくりと目を閉じた。
瞼の裏で雪が降る。これは記憶なのか。
雪の中に、光を見た。碧い光だ。
あたしはゆっくりと目を開けた。
光だ。
あたしは光に手を伸ばした。
それは光ではなかった。
光り輝く、美しい花だった。
花は聞いた。
"何を求む"
あたしは答えた。
「何もいらない」
ただ、生きたいんだ。それが叶うなら、何も。
"ならば、力を与えよう。ただ代償は払ってもらう。大きな代償だ。それでも生きたいか"
「生きたい…生きて絶対……こんな世界変えてやるんだ…!」
花は笑った。
そして次の瞬間、今までで一番大きな光を放った。
思わず目を瞑った。
再び目を開けた時、もうそこに花はなかった。
だけど何だろう、全身が潤った感じがする。
もう一回、歩き出せそうだ。
あたしは路地裏から表通りに出た。
なんだか外が騒がしい。
「道を開けろ!!首を垂れろ!!皇族様方のお通りだ!!」
人々が頭を地面につけ、道の真ん中を次々と白馬の馬車が通る。
その馬車の中の一つに、あたしは見覚えのある顔を見た。
「オルキーダ…!」
赤縁の丸メガネにあの髪型、間違いない。
隣に座ってる背の高い帽子を被ってるのは夫のバッハ・ブルメンだ。
あの2人に見つかったらマズい。
すぐにここを離れなきゃ…と思ったその時だった。
あたしの肩に手が置かれ、思わず肩を強ばらせた。
そこには、もう1人の知っている顔があった。
「ウミちゃん?(‼︎)」
つゆきらーい




