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ついにこの日が来た。
ビレッジ・ステイ終了の日。
今日をもってブルメン一家はペティット村を去るのだ。
うちに回覧を回してくれたのはついでにあたしの様子を見に来てくれたおばちゃんだった。
回覧には18時に村長名義で村の入り口に集まるように書かれていた。
おばちゃんは心からホッとした表情だった。
「長かったわぁ。もう1年耐えた気分よ」
「みんな大変だったよね」
「でもリンはいい判断をしたと思うわ。村に来ていい事なんて一つもないもの」
あたしは回覧にリンさんの名前でサインをした。
「村長は元気?貴族にいじわるされてない?」
「あぁ、あの人はね。村とシティ・ロマーノをずっと行き来してるみたいよ。だからほとんど村に留まってないの。18時までには戻ってくるはずだけど」
「村長もやっと解放されるね」
「ほんっと!だからね、みんなと話してたの。全てが終わったらシトラトス村長を労うための盛大なパーティーを開きましょうって!旧貴族宅でパアッとね!」
「いいね!あたしも参加したい!リンさんもいいかな?」
「もちろんよ。リンも村長のためならきっと来るでしょう」
あまり長い時間はではなかったけど、おばちゃんと少し話せただけでだいぶ心が軽くなった。
あたしはまだリンさんのあの話を信じられてない。
いくらなんでもやっぱ考えすぎだ。
今日で貴族はこの村を去る。
おばちゃんの様子からも村に変な様子は無さそうだし、今日一日で何かできるとは到底思えなかった。
あたしはふと海の方を見た。
今日はいないと思ってが、海岸には彼の姿があった。
あたしは急いで海岸に走った。
「アリスト!」
彼の名前を呼ぶと、アリストは嬉しそうに手を振った。
「ウミちゃん」
「今日は帰る日なんでしょ?ここにいて平気なの?」
「うん。あとは服を着替えるだけだから。それまではここにいようかなって思って」
「お母さんは?怒られないの?」
アリストは「大丈夫。今日お母様はすこぶる上機嫌だから」と、はにかんだ笑顔を見せた。
「それよりごめんね。結局昨日もお母様から何も情報を得られなかった。君たちの力になりたかったけど」
「そんなことないよ。リンさんはアリストのおかげで大事なことに気付けたって言ってたから」
昨日聞いたリンさんの妄想のことは伏せておいた。
「ぼくもリンには感謝してるよ。ぼくも大切なことに気付けた。裕福なことだけが、権力があることだけが幸せなんじゃないって。シティ・ロマーノにずっといたら、多分気付けなかった」
「そっか…!あたしも、アリストみたいに良い貴族もいるんだって気づけた」
「ありがとう。それでね、ウミちゃん。ぼく決めたんだ」
アリストはズボンに付いた砂をはたき落としながら言った。
「ぼく、君との結婚はもう少し待つことにする(⁉︎)」
突然の告白で頭に電撃が走った感じがした。
(まだ諦めてなかったんかい…!)
「今の君の幸せは、リンと二人で暮らすことでしょ?ぼくは君に幸せでいてほしいから。その幸せを取ってはいけないって思ったんだ」
「あ、ありがとう…」
何て返したらいいかわからなくて、あたしはとりあえずお礼を言った。
「でもぼくは必ず君を迎えにいくよ。それまで立派な貴族になれるようにもっと勉強して、この国をもっと平和な国にしたい」
「アリスト、変わったね」
「二人のおかげだよ」
アリストは少し恥ずかしそうに人差し指で頭を掻いた。
「ねぇ、最後にもう一度砂のお城作ろうよ」
「うん、いいよ」
あたし達は他愛もない話をしながら時間を過ごした。
結婚まではさすがにまだ考えられないけど、アリストと過ごした時間は案外楽しかった。
「それでね、ウミちゃん…」
「アリスト」
あたしは一度手を止めて彼の方を見た。
「あたしの名前、ウミじゃないよ。アレンって言うの」
アリストといる時、リンさんはあたしを本名で呼んだ。
彼はあたしを嘘の名前で呼んでいることを分かっている。
案の定、「うん、知ってる」と彼は答えた。
「でもその名前は知られちゃまずいんでしょ?」
「まぁ…でも、最後まで嘘は吐きたくなくって」
「アレン……か」
彼は噛み締めるように、初めてあたしの名を呼んだ。
「素敵な名前だね(‼︎)」
相変わらず不細工な笑顔で、彼はそう言った。
なんだか顔が熱くって、あたしは顔を背けた。
「そ、そうだ」
あたしは前に取っておいた綺麗な貝殻をポケットから取り出した。
「お土産に持って帰ってよ。お母さんにはバレないように…ね?」
アリストは嬉しそうにそれを受け取った。
「ありがとう!君とまた会えるまで大事にするね」
アリストは丁寧にハンカチで貝殻を包み、懐にしまった。
もうそろそろお別れか、と思ったその時。
「お取込み中失礼するよ(‼︎)」
あたし達は声のする方に顔を向けた。
上品なフード付きのコートを着た男性が帽子を脱いで軽く会釈する。
「久しぶりだな、アレン」
「村長!!」
あたしは思わず村長に抱きついた。少し痩せこけてしまって一瞬誰だか分からなかった。
「やっと帰って来れたんだね!」
「あぁ。みんなには随分と心配と迷惑をかけた」
顔までやつれてしまっている。本当に大変だったんだろう。
「この度は、父が大変ご迷惑をおかけしました」
アリストが村長に向かって頭を下げた。
ここで初めて村長は彼のことに気がついた。
「貴方は!ブルメン様のご子息ではありせんか。なぜこんなところに」
「アリストはあたしの友達だよ。ほとんど毎日ここに来てたんだから」
「友達…!」
「そ、そうなのか。しかし、早くお戻りにならないと。後1時間もすれば出発のお時間ですぞ」
「うん、もう戻るよ」
アリストは立ち上がってあたしに言った。
「じゃあ、さよならなんて言わないよ。ウミちゃん」
「…うん。絶対お見送り行くからね」
「お一人で大丈夫ですか?」
「平気だよ。もうぼくに気を使わなくて大丈夫だからね、村長さん」
そうしてアリストは名残惜しそうにこの場を去った。
彼がこの海岸に来ることは多分、もうないだろうから。
アリストの姿が見えなくなり、あたしと村長二人きりになった。
「アレン。リンは今どこに?」
「ここにはいないよ。村で見かけなかった?」
「いや、見かけんかった」
「…本当に?」
「あぁ。だからここにいるかと踏んだんだが…まぁいい。アレン、ちょっと来てくれるかな」
そう言って、村長は背を向けて歩き始めた。
その後をあたしは追わなかった。
村長は一度振り返り、もう一度あたしに声をかける。
「どうした?アレン」
「村長。今日のリンさんはね、黒いタンクトップの上にチェックのシャツを着てて、いつものボロボロの短パンを履いてるんだよ」
そう聞くと、村長は呆れた顔して軽く笑みを作った。
「何を言って…」
「あたしに嘘ついても無駄だって。心は口より正直なんだから」
「…は?」
最近、気づいたことがある。
鼓動。つまり心臓の音と心波はリンクしている。
体が興奮して鼓動が速くなれば心波も大きく動くし、逆に落ち着いていれば安定するんだ。
さっき村長に抱きついた時、村長の鼓動は異常に速かった。
特に走ってきた訳でもなさそうなのに、だ。
だからあたしは慎重に村長の心波を読み取っていた。
あたしの目を見てこれ以上は無理だと思ったのか、村長は浅いため息を吐いた。
「なるほど、探りを入れられてたわけだな?それが心波ってやつか」
「村長、嘘つくの苦手でしょ」
「ははっ、そうかもしれん」
「リンさんは?なんで会ってないなんて言ったの?」
ふむ、と村長は長い髭を数回撫で下ろした。
そして人差し指を立て、「1」を表した。
「その前に一つ質問してもいいかな?」
「どうぞ」
あたしが許可すると、村長は手を下ろし、さっきの柔らかい表情とは一変した顔を見せた、
「君に私を注視するように仕向けたのは…リンか?(⁉︎)」
あたしは驚いた顔を仕舞い込むことができなかった。
そんなあたしを見て村長は笑い出し、「貴様も嘘が苦手なようだな」と言い返した。
そうかそうか…と何か思い出したように笑う。
「残念だ(‼︎)」
あたしは咄嗟に海岸に落ちていた流木を拾って村長に向けた。
それを見た村長は両手を上げる。
「おいおい待ってくれ…何をそんなに焦っているんだ」
「…リンさんは、最悪なケースが2つあるって言った。1つは、国がアウトフォレスト全土を乗っ取るつもりかもしれないってこと。もう一つは…」
信じたくなくて、信じれなくって、掠れた声であたしは言った。
「村長が…それに関わってるかもしれない…ってこと」
手が震える。
恐怖?衝撃?怒り?
もう何に対しての震えかも分からなかった。
「嘘だよね…村長…!」
「残念だが…真だ」
そう言って村長はコートの裏ポケットからナイフを取り出した(⁉︎)
「あれでも元軍人か。もっと警戒するべきだった」
「リンさんはどこ!?何もしてないよね!!?」
「殺した」
「………………え?」
聞こえなかったか?と、今度は海岸に響き渡るほど大きな声で彼は叫んだ。
「ステラ・トンプソンは死んだ!!俺が殺してやった!!祖国のヒーローとなったのさ!!!(⁉︎)」
祖国のヒーローシトラトスさんはシラスみたいにひょろっとした顔をしてます。
だから「シとラとス」。くだらんねぇ?笑




