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書斎の整理、窓の拭き掃除、夫人のご機嫌とり。
前者二つはまだしも、最後のはいつまで経っても慣れるもんじゃねぇ。
窓枠に人差し指をツーッと滑らせ、あいつは満足げに笑う。
「オホホ!少しはマシになってきたザマスね?褒めてやりますわ」
「もったいないお言葉、恐縮でございます」
心にも思っていない言葉をぶっきらぼうに吐く。
「その一丁前な言葉遣いも褒めて差し上げましょ。アタクシ達への振る舞いも義勇団にも劣らないんじゃなあい?さぁて、どこで覚えたのかしら」
「…貴族様への態度を慎むのは、当然のことかと存じます」
「オーホッホ!そうよ、アタクシは貴族。人類全員アタクシの前にひれ伏せば良いの」
耳をつんざくように高笑い。
(クソッタレが)
すると、書斎のドアを3度ノックする音が聞こえた。「どうぞ」という夫人が言うと、ゆっくりと戸が開く。
「ただいま戻りました。お母様」
ぽっちゃり体型のおかっぱ頭。
夫人の息子、アリストだ。
「花屋へ行って参りました。お母様に似合う花を見つけたのでお受け取りください」
アリストは大きな花束を差し出した。
紫色の胡蝶蘭を中心に華やかに仕上げたブーケだ。
「あーーら!アタクシのために??本当によくできた子ザマスねぇ!」
夫人は大袈裟にリアクションをしてその花束を受け取った。が、次の瞬間。
「とでも言うと思ったザマスか?」
目を豹変とさせ、花束を床に落として何度も足で踏みつける。
その様子をアリストはニコニコと見ている。
「はぁ…アリストはお母様とこの村に生えている雑草を同じと捉えているザマスね?」
「いいえ、お母様」
「いいえ、お母様は間違っていません。よろしい?この村を出るまであと3日。こちらも大詰めですの。これ以上お母様に負担をかけないで頂戴」
「申し訳ございません、お母様」
アリストの表情は不気味だった。一見笑っているように見える。
けれど彼の目は、一切笑っていないのだ。
そんな息子に、母が詰め寄る。
「アリスト、お母様は怖い?」
「いいえ、怖くありません」
「じゃあなんでお母様は怒っていると思う?」
「ぼくが、悪い子だからです。お母様は優しいのに、ぼくが悪い子だから怒らせてしまっています」
「アリストは、お母様が好き?」
「はい!ぼくはお母様が世界で一番大好きです」
既に並べられた答えを聞き、夫人は満面の笑みを浮かべた。
「アリストは本当にいい子ザマスねぇ!お母様もアリストを世界で一番愛しているザマスよ」
そう言って夫人はアリストの頬にキスをした。
今度はアリストも本当に嬉しそうだった。
夫人はあたしに視線を移す。
「あんた、この部屋掃除しておきなさい」と言った
「かしこまりました」
「アリストも手伝いなさい。今回はそれをお仕置きとします」
「わかりました、お母様」
部屋に二人取り残され、あたし達は床に散った花びらを集めた。
しばらく無言の時間が続き、あたしは耐えきれず沈黙を破る。
「なぁ、お前なんで泣かなかったの?(‼︎)」
アリストが一瞬肩を硬らせた瞬間をあたしは見逃さなかった。
「気色悪いんだよ、その貼りついた不細工な笑顔。無理やり作ってる感がハンパねぇ」
「き、気色悪いとは…お母様に言いつけてやるぞ!」
「したけりゃどうぞ。世界一優しいお母様はきっとお前を助けてくれる」
そう突き放すと、アリストはフリーズしたように動かなくなり、ポツリと呟いた。
「…泣いたら、お母様をもっと怒らせてしまう」
そしてようやく、子供らしい言葉が彼の口から出た。
「ねぇ、お母様は、ぼくのこと嫌いなのかな?」
まさか、あたしが貴族に同情する日が来るなんて。
今この瞬間まで思いもしなかった。
あたしは膝をつき、アリストを両腕でめいいっぱい包み込んだ。
「な、っ、!、?」
頭が状況に追いついていないのだろう。
アリストの体はカッチコチに固まっている。
「優秀で品位のある子を育て、権威のある家柄同士で結婚する。それが貴族の考える理想的な人生計画だ」
「そ、それのどこがいけないって言うんだ…」
「いけないなんて一言も言ってない。それも一つの幸せだと思う。だけど、お前はそう考えてないだろ?(‼︎)」
あたしはそっとアリストの体から離れた。
だけどアリストは俯いたままあたしの手を話そうとしなかった。
「お母様は言ってた。『自分を幸せにするためにあなたは生まれてきたのよ』って。お母様の喜ぶ顔見たらぼく、嬉しいんだ。お母様を幸せにできた、って。でもこの前…」
2人は、お互いを本気で心配し合っていた。
ウミちゃんはこの人のために涙を流し、
この人はそんなウミちゃんを想って力いっぱい抱きしめた。
今まで生きてきた中で、一番衝撃な出来事だった。
抱きしめられるって……こんなに……
「あったかいんだ……」
アリストは涙を流した。
「なんだ。出るじゃんか、涙」
「ヒック、こんな顔見られたら…お母様に叱られる…」
「じゃあ今出し切れ。あたし泣き虫は嫌いだけど、お前はそうじゃねぇみてぇだからな!」
あたしはもう一度アリストを抱きしめた。
アリストはあたしの肩でしばらく泣いた。静かに泣いた。
だけど普段泣き慣れてないせいか、ほんの数分で涙が出切ったようだ。
気持ちを落ち着かせてから、あたしはアリストに聞いた。
「なぁ、お前本当に知らないのか?何で今さらアウトフォレストにある全ての村に貴族を派遣したのか」
聞くなら今しかないと思った。が、アリストはかぶりを振る。
「ごめん。本当に知らないんだ」
「どんな小せぇことでもいいんだ!この村にピンチが訪れることはもう分かってる。どうにかして先回りをしたい。村の奴らを助けてぇんだ!」
アリストは鼻を啜りながら、言葉を繋げる。
「ぼくが知ってるのは、お母様とお父様が王様に命じられてここに来たってことと、このビレッジステイが終われば、ぼくたちはシティ・パレスに住む権利を得られるってことだけだよ」
(そこまでは何となく予想ついてる。あたしが知りたいのはその先の話…!)
「この国の王は何をしてぇんだ。何が目的でお前ら貴族を寄越したんだ?」
「……そういえば、お母様が」
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『楽しみザマスね!ビレッジステイ!これから掃除されるゴミに最後お目にかかれるなんて…どんな顔して笑ってやりましょうか?』
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「って、鏡に向かって言ってたのを聞いちゃったんだ」
あたしは衝撃で倒れそうだった。
「その記憶…ほんとに間違いねぇか……?」
「うん。でもどういう意味か…」
まずい。いや、まずいなんてもんじゃない。
最悪の事態だ。
そうか、こいつらの真の目的は…
「アウトフォレストに住む人間全員、始末するつもりか…!」
チャイって美味しいですよね。
チャイって発音可愛くないですか?
チャイチャイチャチャチャイ。
ところでチャイってどういう意味なんでしょうか。




