35 mother
アレンがペティット村に来てから今は2年ほど時間が経っている設定です。アレン8歳、リン24歳。
「老けたな。顔くっしゃくしゃだぞ」
「…うるさい」
アレンは目を真っ赤に腫れさせて部屋の隅にうずくまっていた。
「らしくねぇな。お前がメソメソ泣いてるなんて」
「…泣いてない」
「おいおい、そんな意地っ張りなとこまで似んじゃねぇ」
そして、しばらく沈黙が2人の間で続いた。
(…やべぇ、どう話しを切り出せばいいか分からなねぇ)
なんだこの今からガチ説教しますーみたいな空間!居心地悪すぎだろ。てか別にあたしは説教しに来たんじゃない、吐き違えんな。あたしはアレンに…
「いいよ、リンさん。言うならハッキリ言って(‼︎)」
顔を他方に向けてアレンが言う。
あまりにぶっきらぼうに言うから、さっきまでゴチャゴチャだった頭の整理が驚くほどできた。
「じゃあ、はっきり言わせてもらう」
あたしはスーッと息を吸った。
「お前のやったことは、間違ってない(⁉︎)」
思わぬことを言ったのか、アレンは弾かれたようにこちらを向いた。
「だが、正しかったとも言えない」
「…どういうこと?」
あたしはアレンと少し距離を離して腰を下ろした。
「詳しい経緯は知らんけど、誰かのために戦えることはダンデリオンへの第一歩だ」
「…じゃあ何が間違ってるっていうの?」
「やり方の問題だ。少なからずお前は訓練を受けてる。普通の奴より強いんだ。それをパンチの打ち方も知らねぇ奴にやるのは、私利私欲ために市民に手を出すブルームハンターと同じだ」
「あたしはブルームハンターじゃない!!」
「同じだ」
あたしは問い伏せるように言った。
「アレン、言ったろ?力は刃物だって。守ることも傷つけることもできるんだって。お前は力を傷つける方に使ったんだ」
「でも、でも…」
アレンが言いたいことは痛いほどよく分かった。
最初、あたしも分からなかったから。
「…お前に1つ、いい事を教えてやろう」
あたしは人差し指を立て、1を表した。
「力比べだけが勝負じゃない。手を出したら負けの試合もある」
アレンはあたしが何を言ってるかまるで分かっていない表情をした。
「いいか、世の中には2種類のバカがいる。殴らなきゃ分からねぇバカと殴る価値もないバカだ。あの息子の場合、これは後者にあたる」
「どうして分かるの?」
「人が嫌がることをしてはいけません。あたしでも分かる世の中の常識だ。そんなことも分からんようじゃ殴る価値もねぇ。鼻で笑ってやれ。それで十分だ」
話しているうちに何だかあたしまでムカムカしてきた。
アレンもその事にすぐ気がついた。
「なんでリンさんが怒ってるの?」
「怒ってるように見えるか?」
「見た目はそんな事ないけど、オーラ…じゃなくって、心波がすごい揺れてる」
心波、心の波動。やっぱ分かるんだな。
「まぁ、ムカついてはいる」
「…あの時、自分が抑えきれなかったの。リンさんはそういう時、どうするの?ほら、リンさんってあたしより短気じゃん」
「お前、一言多いんだよな」
少し恥ずかしくて、あたしは顔を背けながら「…ブレーキ」と呟いた。
「え?」
「"ブレーキ"って頭ん中で何回も呟くんだ。そうすると、自然と怒りに拍車がかからなくなる」
「ほんとに??」
アレンは眉をひそめて首を傾げた。
その様子が母性をくすぐり、あたしの頬は自然と緩んだ。
「ムーランさんが教えてくれたおまじないだ。一回騙されたと思ってやってみ」
「…分かった」
「そんじゃ落ち着いたみたいだし、行くか」
「え、どこに?」
「ジーアンとウィルのとこに決まってんだろ」
そう言うと、アレンは「え゛っ」とあからさまに嫌そうな声を出した。
「当たり前だろ?お前はやり方を間違えたんだから」
「で、でも…」
と言いながら俯きながら体をモジモジさせる。
その気持ちが、負けず嫌いなあたしには痛いほど分かった。
「いいか」とあたしはアレンに声をかける。
「謝る事は負けを認める事じゃない。己を成長させることだ。本当に強い奴は、自分の弱いところを知ってる。それを乗り越えてもっと強くなるんだ」
「…謝ったら、あたしはもっと強くなれるの?」
「あぁ、あたしが保証する」
あたしはギュッとアレンを抱きしめた。
「大丈夫、あたしが隣にいる。他の誰でもない、あたしがいる」
「!」
アレンの肩に力が入るのを感じる。
あぁ、そうだ。言い忘れてた。
「ありがとう。あたしのために戦ってくれて(‼︎)」
そう言うと、アレンの目からは溢れんばかりの涙がこぼれ落ちた。
・・・・・
「ごめんなさい」
アレンは目を少し左に逸らしながら言った。
その一言を聞けただけであたしは肩の荷が降りた気がした。
「まったくだわ。先ほどドクターに診せたら全治1週間っておっしゃったのよ?」
「私からももう一度謝らせてください。本当にアレンがご迷惑おかけしました」
あたしとアレンは何度も頭を下げた。
ジーアンはまだ腕を組んでブツブツと文句を言っていたが、昼頃よりは落ち着いているように見えた。
「まぁでも…こちらも悪いところがあった事は認めます。他の子に聞けば、その…ウィルがあなたの事についてアレンに不愉快な思いをさせてしまったみたいね。私もこの子の事で頭がいっぱいで、あなたに酷いことを言ってしまった。本当にごめんなさい」
ジーアンはあたし達に頭を下げた。
そして隣で謝る事をためらってるウィルを肘でつっつき、ウィルも小さな声で「ごめん」と言った。
正直びっくりした。
こういう時、だいたい人間は自分の非を認めない。
認めようと思っても口には出さない。
「この村は小さいんだから、友達は大切にしなさいとちゃんと息子には言い聞かせたわ。アレンちゃん、またウィルと仲良くしてくれる?」
「も、もちろん!」
「ウィルは?」
「仲良くしたい…な」
気持ちを確かめ合い、2人は心から安堵したようだった。
あたしは感心した。
なんて懐の大きさ。
これが『母親』か。
そして同時に思い知った。
(あたしは母親にはなれない)
直感で思った。言葉にするのが難しい。
けどきっと、あたしが2人にジーアンと同じ言葉をかけても、同じ影響を与える事はできないだろう。
母親にしか出せない『安心感』『信頼感』
あたしは…
「…リンさん?(‼︎)」
「へっ、あっ…」
アレンに声をかけられてやっと我に返った。
「大丈夫?」
「お、おう!」
「私、リンさんのこと勘違いしてたわ。もっと話しづらい人だと思ってたけど、しっかりアレンちゃんのこと見てるし、丁寧な言葉も使えるし!」
「いや、あたしなんか全然…」
その時、「おーい」と自転車に乗ったドクターがあたし達に手を振りながらやって来た。
「仲直りはできたみたいだな」
「うん!」
「おかげさまで」
「それはそうと、お前さん達も早く村役場の前に集まりなさい。村長が重大発表をするみたいだぞ」
「重大発表ぉ?」と子供2人は声を揃えて繰り返す。
「それ、今すぐか?」
「今すぐじゃ!」
「あら、村のみんなを集めてする程の大きな発表って…」
「さぁ、わしもただ皆を集めるように走られてるだけだからな!じゃ、しっかり伝えたぞ」
そう言ってドクターは再び自転車に乗って颯爽と他の住民らに声をかけに行った。
「行きましょうか、リンさん、アレンちゃん。よほど大切なお話なんでしょうし」
「うん!」
「…あぁ」
「ウィルも一緒に行こ!」
「あ、当たり前だろ!」
多分、村長がいずれ明らかにすると言っていた話だろうとは思った。
それがとてもいい話であるとは、あたしには到底思えなかった。




