暴君 ~敵対編~
勇者を殴り飛ばしてしまった主人公。微塵の後悔もない主人公一行と勇者との開幕戦の火蓋が切って落とされるのでございます。
第四章 第五部<暴君 ~敵対編~>、どうぞ最後までお楽しみにくださいませ。
「この人達に何か着せてあげてくれるか?正直、目のやり場に困る」
「「「「はいっ」」」ですっ」
「おっけー」
セレア達はそれぞれ着替えや外套を荷物から出して、女性エルフ達に貸し与えていく。
「え? え?」
「混乱されるのも無理はないかと思いますが、安心してください。私達のご主人様はとてもお優しい方なんです」
「で、でもっ、あの人、絶対にこ、殺される・・・殴り飛ばした相手は勇者様なのよ!?」
「承知の上での行動ですので、ご心配なく。ご主人様は絶対に大丈夫です。私がお守りしますから」
「私達が、ですよ。セレアさん。タカシ様をお守りするとお約束したのは私達もなんですから」
「もぉ~、セレアさんってば自分ばっかりぃ」
「あ、い、いえ。そういうつもりでは・・・す、すみません」
「あんた達ねぇ・・・もうちょっと緊張感を持ちなさい。相手は勇者なのよ? 下手したら、タカシ級の強さしてるかもしれないんだから」
いつも通りのノリのセレア達に釘を刺すジェラルリード。先代の勇者を目にした事があるだけに、ジェラルリードの表情に他のみんな程には余裕がない。
そこに、よろよろと勇者が戻ってくる。
「テ、テメェ、俺が誰だか分かった後で後悔しても遅ぇぞ!!ブッ殺す!!ブッ殺してやる!!!」
「あんまり強い言葉を遣うなよ。弱く見えるぞ」
怒りの矛先を俺に集中させる為に、似合いもしない挑発のセリフを口にしてみる。自分の強さに随分と自信を持ってるみたいだから、これでセレア達にいきなり剣を向ける事はないと思うんだけど。
「舐めんなぁぁぁっ!!!」
予想通り、俺の挑発に逆上する勇者。背中の剣を抜いてそれなりの速さで斬りかかってくるが、あくまで<それなりの速さ>だ。
こいつ、チートを発動させてないのか? 普段からセレアの神業みたいな速さを目にしてる俺からすれば、遅いとすら感じるレベルだぞ?
無造作に剣を抜いて、振り下ろされた勇者の剣を弾き飛ばす。
「な・・・」
手の中から剣を弾き飛ばされて空の手だけが振り切られ、愕然とした表情になる勇者。
うむぅ・・・特別に手を抜いてたって様子でもないな。もしかして、こいつのチートは魔法に偏ってんのか? もしそうなら、こんなトコでやり合うのはマズイな。周りの被害がとんでもない事になりかねない。
「ここじゃ周りに迷惑だ。外で戦ろうか」
「よ、余裕こきやがって・・・!! 俺は勇者だぞ!? 俺に歯向かってタダで済むと思うんじゃねぇぞ!!」
勇者が大きく間合いを取ると、勇者を中心にしてとてつもない勢いで何かが放出され始める。物理的な感覚じゃなく、何かが放出されて吹き荒れる感覚だけが体を襲ってくる。
この感覚、覚えがある!確か、ジェラルリードと初めて会った時に・・・これ、魔力の流れじゃねぇのか!?
俺が感覚の正体に思い至った瞬間に、俺よりも先にセレアが神速の動きで勇者に斬りかかっていく。それと同時に、猛烈に嫌な予感が全身を悪寒となって包んでくる。
「させません!!」
「舐めんなっつったろうがぁぁぁぁっ!!」
「≪強制転移!!!≫」
勇者が爆発的に魔力を放出して衝撃波を起こすと同時に、俺の魔法が俺を勇者と衝撃波ごと転移させた。
◇
「ご主人様!?」
ご主人様の魔法が発動して、お姿が消えてしまいました。
勇者さんが何かをしようとしたのは分かりました。それが致命的にまずい代物であろう事も、一瞬で肌に感じ取れました。それをご主人様が逸早く察知されて、対抗されたのも何となく分かります。でも、姿が消えてしまうなんて・・・
「転移魔法ね・・・しかも、相手も自分も、相手の攻撃まで纏めてとか・・・・・相変わらずムチャクチャするわ」
「ご主人様がどこに行かれたのか、分かりませんか!?」
「無理よ。転移魔法の転移先は完全に術者の任意の場所なんだから、宛の付けようもないわ。あいつが常識の枠に納まるような奴だったら、距離くらいは絞れたでしょうけど・・・」
「そんな・・・」
絶望に力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちてしまいます。
私のせいです。私が足手まといになったせいで、ご主人様はお1人で・・・
「ごめんごめん。急だったから、思わず俺まで転移しちまった」
「え・・・?」
いつも耳にしている愛しく暖かい声が聞こえて、後ろを振り向きます。
「怪我はないか? セレア」
「ご主人様!!!」
思わず、全力で跳びついて抱き締めてしまいます。
「っとと。やっぱり心配させちまってたか。ごめん。でも、ホラ。掠り傷1つ無し。無傷記録更新中だ」
ご主人様は優しく抱き締めながら仰ってくださいます。
「ご主人様。ご主人様・・・ごめんなさい。ごめ、なさ・・・」
「お、おい? セレア? 何を謝って・・・って、コラ。まさかとは思うけど、足手まといになったとかそんな事考えて謝ってんじゃないだろうな? もしそうなら、怒るぞ?」
ご主人様が私の涙を指で拭いながら仰います。
「でも・・・」
「ドアホ」
ご主人様は少しだけ怒ったような顔をして、私の頭をコツンと叩きました。
「俺も飛びかかろうとしてたよ。単純にセレアの方が速かっただけ。でも、あいつの力が予想外のモンだった。ただ、俺に危機察知の力があったから対処できただけの事だよ。足手まとい云々の話じゃない」
「タカシ様、本当にお怪我はないですか?」
「ああ。心配かけてごめんな」
側に駆け寄ってきていたリアさんの頭を優しく撫でるご主人様。
「よかった・・・」
「あいつは? まさか、もう終わりってわけじゃないでしょ?」
「とりあえずはおしまいだよ。少なくとも、今日明日には戻って来れないだろ。っつーか、アレは生きて戻れんのかね?」
「は? どういう意味よ?」
ご主人様の答えに、怪訝な顔をされるジェラルリードさん。
「転移した先が竜の巣だったんだよ」
「「「「「え!?」」」」」
ご主人様の軽い口調の一言に、私達全員の驚きの声が重なりました。
ド、竜・・・世界最強種と言われる幻の種族ですよ!?
「多分、飛竜じゃないかな。飛んでたし。よく分からんけど」
「あ・・・た、確か、ずっと北の方角に飛竜の巣があると聞いた事があります。魔族の領地を越えた先の険しい山脈の一角だと・・・そっ、そんな所まで転移されたんですか!? 本当にお体に異常はないですか!? 魔力欠乏状態になってもおかしくないどころか、普通は確実にそうなりますよ!?」
「お、おう。全然平気。多少は疲れたけど」
「・・・えっと、飛竜の巣って、結構な距離あったわよね?」
「あ、はい。正確な場所は分かりませんけど、巣があると言われているトルメンタ山脈は少なくとも10日以上はかかる筈です」
「主さまはやっぱりスッゴいね~」
「どうしてそんな遠くまで転移されたんですか?」
「いや、あいつがやろうとしてた事が無差別広範囲な気がしたから、とにかく人のいないトコに行かないとマズイと思ってな。不意に頭に浮かんだイメージが山だったから、そこに跳んだんだよ。咄嗟の事だったから細かい事は考えてなかったんだけど、多分俺のイメージした山の雰囲気に1番近い所に転移したんだろうな」
「だろうなって・・ハァ。普通なら魔力量が足らなくて、魔法が発動しないままに魔力欠乏で死んでるわよ? いくら周りを巻き込まないようにする為っても限度ってものあるでしょうに。無事だからいいけど」
「すまん」
ジェラルリードさんの呆れた口調の言葉に、頭を掻きながら謝るご主人様。
本当に無事でよかったです。ご主人様は保持魔力量も規格外なんですね。
「あ、でも、それでどうして<とりあえずはおしまい>になるんですか?」
「あぁ、あいつのブッ放した衝撃波が巣の中をメチャクチャにしちまってな。竜達が激怒して、襲いかかってきたんだよ。とりあえず全力で謝ったら、矛先が勇者に集中してさ」
「竜は昔から他の種族の言葉も理解してたからね。どうせ、あのバカが余計な事でも言ったんじゃないの?」
「ジェラルリード、大当たり。細かく聞いてる余裕はなかったけど、何か暴言吐いてた。そしたら、竜の吐息が豪雨みたいに降ってきたから、大慌てで転移して逃げてきたんだよ」
「ド、竜の吐息の豪雨って・・・それはさすがに死んだでしょ・・・」
「いや、多分、勇者は魔法に特化したチートを持ってる。防ぎきって脱出してても不思議じゃない」
「<ちーと>って、主さまだけの力じゃないの?」
「いいえ。昔の勇者も持ってたんだから、今の勇者が持ってても不思議じゃないわ」
「しかし、ご主人様に斬りかかった動きは大したものではありませんでしたよ? 剣を払われた時の様子からですと、特に手を抜いていたという事もなさそうでしたし」
「ああ。だから、多分だけど、近接戦闘系のチートは持ってないんじゃないかと思う。まぁ、完全にこっちを舐めきってたから、単に発動させてなかっただけで、あの反応は雑魚だと思ってた奴に意外な反撃食らって単純に驚いてただけかもしれないけど」
「勇者も転移魔法で戻ってきたりはしないでしょうか? <ちーと>はどうにも私達の常識を軽く飛び越える代物のようですし・・・」
「俺と同時に戻ってきてないから、多分無理だろ。あの吐息を防ぎながら転移とか、そんな事されたら誰も勝てん」
「まぁね。さすがにそれはないでしょ」
「じゃあ、もう来ない?」
「分からん。俺が逃げられたんだからあいつも逃げられたっておかしくないけど、あの竜の吐息の中で無事にいられる気もしないし」
「では、宿は変えた方がよさそうですね。万一、勇者さんが戻ってきたら、ご主人様を逆恨みして襲い掛かってきかねません」
「いや、宿は変えない」
「え?」
「タカシ様?」
「俺が見つからないってなったら、この人達が八つ当たりを食らいかねないよ。そういうのはごめんだ」
「え・・・? わ、わた、し達・・・?」
意外そうな声を出される奴隷のエルフさん。
そうですよね。人間族が亜人の奴隷を気遣うなんて普通は有り得ないですから、驚かれるのも無理はありません。そんな所もご主人様の素敵な所なんですけれど、でも、それでご主人様の危険が増すような事は看過できません。
「しかし、それでは」
「大丈夫さ。俺の読みじゃ、この宿に泊まってた方が安全な筈だしな」
「え?」
「後で説明するよ。あ、そっちの人達は部屋はある? 勇者が戻ってきた後に問題にならなけりゃ、勇者の取った部屋には戻らないでもらえると助かるんだけど」
「え? あ、い、いいえ。私達は宿の外ですので・・・」
長い緑髪のエルフさんが恐る恐るといった様子で答えると、ご主人様は額を押さえて頭を振られます。
「マジか・・・んじゃまぁ、今晩だけって事にはなるけど、部屋で休んでもらうか。えっと、ここにいるだけで勇者の奴隷は全員?えっと、8人か?」
「あ・・・は、はい」
ご主人様の言葉に暗い表情で返事をされる緑髪のエルフさん。
きっと、ご主人様に弄ばれると思われてしまったんですね。普通ならそうなんだろうと思いますけれど、ご主人様ならそういった心配は全くありませんよ。ご自身の持ち物となった後ですら、お相手の方が望まない限りにはそういった事をされようともしないお優しい方なんですから。
「了解。じゃあ、一部屋に全員は窮屈だな。あと2部屋追加してくれるか?」
「え!? あ、は、はい。し、しかし・・・」
腰を抜かして座り込んでしまっていた宿屋の受付の方が言い淀みます。
「当然、料金は俺持ちだ。ついでに、勇者が俺の居場所を聞いてきたら言ってくれて構わないよ。それなら、庇ったとか言われて絡まれる事もないだろ?」
「あ、よ、よろしいので?」
「ああ。何なら、勇者が戻ってきたら自分から報告に行ってくれ。あんたにも被害を被らせたくはないしな。ただまぁ、そうなって勇者がここで喧嘩を再開してきたら、宿自体がどうにかなるのは覚悟しててくれよ? あいつ、相当に見境が無いみたいだからなぁ・・・・」
ご主人様の軽い口調の言葉に、受付の方が顔を引き攣らせます。
なるほど。このように言われてしまえば、ご主人様の居場所を進んで報せようという気にはなれませんね。さすがはご主人様です。
それから、受付の方に案内されて宛がわれた部屋の前へと移動しました。エルフの方々は肩を寄せ合うようにしてご主人様を見つめています。
「あの・・・」
「ん? どうかした?」
「その・・・ほ、本当によろしいのでしょうか? 私達にまでお部屋を宛がっていただくなんて・・・」
「気にしなくていいよ。悪いけど、俺がしてやれるのは今晩だけの事だし、この先まで保証してあげられるわけでもないんだから。あぁ、食事はできれば摂ってくれよ。宿泊代に込みだから食わないと勿体無い。食欲がないとかなら仕方ないけど。ついでに、エルフなら魔石の扱いは余裕だろ? 部屋には風呂も付いてるみたいだし、せっかくだから満喫しといてくれ」
「え? え?」
戸惑いと混乱で何と答えればいいのか分からないという様子の緑髪のエルフさん。
ご主人様のお優しさは私達奴隷には過ぎるものですからね。このような反応を目にすると、初めてご主人様とお会いした頃が懐かしく思われます。本当に、誰が相手でも、どういう状況でも、ご主人様のお優しさには変わりがありません。私達に対してはもっと優しくしてくださいますけれど。
「それと、明日は俺達は朝早くに出るつもりだから、挨拶はできないと思う。向かう先は王都の方面の予定だから、勇者に聞かれたら遠慮無しに答えてくれ。あんた達はあんた達自身の身を守る事を最優先にしてくれればいい。俺達は俺達で上手くやるからさ」
「ちょっと、タカシ。行き先まで言っちゃってどうすんのよ。本気で勇者が追ってきたら面倒じゃない」
「仕方ないだろ? 行き先くらい聞き出しとけとか言われかねないんだから。大丈夫。追ってきたとしても、なんとかするさ」
「ハァ・・・会ったばっかりの子達にまでとか、どこまでお人好しなんだか・・・」
「バーカ。女の子には優しく、美人には尚更ってのが正しい男の生き様だぞ?」
「あはは。主さまってばメチャクチャ言ってるぅ」
「亜人の奴隷にそういう事を言う人って、絶対に主様だけですよ?」
「ほっとけ。こういう信条で生きてきたんだよ。んじゃま、そういう事で。元気でな」
「あ、は、はいっ。あ、ありがとうございますっ」
「ありがと、うござ、います」
深々と頭を下げて口々にお礼を仰るエルフさん達。それを受けて、ご主人様は何故か申し訳なさそうに苦笑いを浮かべられます。
どうしてそのようなお顔をされるのでしょうか? もしかして、エルフさん達のこれから先に干渉できないからなのでしょうか?
確かに、ご主人様は規格外にお優しくてお強くて、懐も深く暖かい素晴らしい方です。しかし、それでも神様ではありません。全てを救うなんて事は人にはできないんですから、もし、そのような事を気に病まれているのであれば、一言言わせていただかないと。ご主人様はお優し過ぎますから、余計な重荷まで背負われかねません。
そして、私達はエルフさん達と別れて、部屋に入ります。
「あの、ご主人様? よろしいのでしょうか?」
「ん? あぁ、なんでこの宿に泊まってた方が安全かって事か?」
「あ、いえ。それもお聞きしたい事ではありますが・・・」
「? 他に何かあったっけ?」
「私の思い過ごしであればいいのですが、エルフの方々に負い目を感じられていたりはされていませんか?」
キョトンとしたお顔をされるご主人様。
あぁっ。こんなお顔のご主人様は可愛くて堪りませんっ。いつもは優しげで暖かくて、戦闘になると凛々しく勇壮ですのに、こんなお顔もお持ちなんて、絶対に反則ですっ。思わず頬が緩んで、だらしない顔になってしまいますっ。
「セレアはマジで心でも読めるのか? なんでバレるかなぁ・・元の世界じゃよく分からん奴って言われてたってのに」
「主様が負い目を、ですか?」
「なんでよ? 恩を着せる事はあっても、負い目を感じるような事なんて1つも無いじゃない」
「あっ、まさか、あの人達が酷い扱いを受けているのは分かっているのに助けてあげられないから、なんて思われてるんですか? タカシ様?」
「あ~・・・主さまだったらそんな事思いそう・・・」
リアさんの言葉に、苦笑いを浮かべられて頭を掻かれるご主人様。
ご主人様のこの反応は完全に図星のようです。さすがはご主人様と過ごした時間が私の次に長いリアさんです。
「分かっちゃいるんだぞ? 俺は神様じゃないんだから、全部を救うなんてできっこないってのは。でも、やっぱりなんか見捨てるような心境になっちまってな」
やっぱりです。ご主人様はお優し過ぎます。ご主人様には一切の責任なんてないというのに、そのお心を痛められるなんて・・・
「そんな風に考えないでください。例え、一時とはいえ、ご主人様のご厚意であの方々も救われた筈です」
「セレアさんの言う通りです。その一時の救いが、どれだけ大きな心の支えになるか・・ジェラルリードさんに救われていた私が言うんですから間違いないですっ。タカシ様は今日、充分にあの方々を救ってくださってますっ」
「ん・・ありがと。そう言ってくれると、少しだけ気持ちが軽くなるよ」
そう仰って、ご主人様は私とリアさんの頭を優しく撫でてくださいます。
「まったく・・・分かってても割り切れないものがあるのは分かるけど、そんな事まで気にしてどうすんのよ? お人好しも大概にしときなさい。直に自分で自分を壊しちゃうわよ?」
「分かってるって。俺もそこまでガキじゃない」
ジェラルリードさんの厳しいお言葉に、また苦笑いを浮かべられるご主人様。
「しっかし、セレアはこの子がそんな事考えてるってよく気付いたわねぇ。あのエルフの子達に対して変な笑い方してたからどうかしたのかとは思ってたけど」
「セレアさんは主さまの事になったら鋭過ぎぃ」
「そ、そんな事はありませんよ。リアさんもすぐに察してらっしゃいましたし」
「これくらいは当然ですよ。これだけ一緒にいるんですから。それよりも、悔しいですけど、あんな少しの事だけでタカシ様が気に病んでる事を察してしまうセレアさんの方が凄いです」
「ホントに、どれだけタカシの事ばっかり見てたらそうなれるんだか・・・」
「主様を見てる時間なら負けてないと思うんだけどなぁ・・」
「お姉ちゃんもずぅ~っと主さまの事見てるもんね~」
「やっぱり2人きりで過ごした時間というのは重要なんでしょうね・・・そこも本当に羨ましいです」
リアさんの言葉に、ご主人様は赤くなってしまわれます。私も顔が熱くなってしまいました。
ご主人様と2人きりで過ごせた時間・・・想いを告げさせていただく前から、ずっと優しくしてくださっていたご主人様。獣臭いと言われてきて、私自身もそうなんだろうと思い込んでいた事をおもいきり否定して抱き締めてくださっていたご主人様。何度も頭を撫でていただいて、たまに耳も触ってくださって、それが凄く心地よくて、それに、それを嬉しそうにしてくださるのが幸せで・・・・
「セ、セレア?」
「え? あっ」
ご主人様の呼び掛けに我に返ると、私はいつの間にかご主人様に寄り添ってしまっていました。ますます顔が熱くなっていきます。
「ど、どうした?」
「い、いえ、あの・・・ご主人様と2人きりで過ごさせていただいていた時間を思い出して、その・・・・甘え、たくなったんだと思います」
私が言い切ると同時に、ご主人様はぎゅっと抱き締めてくださいました。私もすぐにご主人様をおもいきり抱き締めます。
あぁっ。もう溶けてしまいそうですっ。大好きなご主人様の匂い、大好きなご主人様の腕に包まれる以上の幸せは絶対にありませんっ。
完全に敵対関係となった勇者との戦闘は、予想外の形を以て極短時間で終了と相成りました。竜の巣に置き去りとなった勇者は果たして生きているのでございましょうか?
また、主人公が敢えて宿を変えなかった真意とは?
それでは、<小心者の物語>第四章 第五部、今回のお楽しみはここまでにございます。




