46話 戦後処理と卒業
「DQN……強い敵だった……」
これといって意味は無いが、とりあえず格好をつけてみる。
「イズミ……すまんが仲間から足を退けてくれないか?」
右足でオンブルを踏んづけて、左手は腰に右手は空を指差すポーズをとっていたらヒューゴから申し訳程度に抗議を受けた。まぁ怪我人にやることじゃなかったのだが、なんだか無性に腹が立ったのでやってみただけなんだけどね。
「それにしても、最後のあれは驚いたぞ」
オンブルに自分のマントを被せながらヒューゴが話しかけてきた。自分の影から人が出てきたらそりゃ驚くだろう。
「驚いていただけたら上々でござる」
僕は人差し指を伸ばした右手を胸の前に持ってきて『ニンニン』何て呟いてみる。もちろんヒューゴには通じなかったけどね。
「イズミ、君は……」
「フッフッフ、ある時は見目麗しきカンシュザーキ教のシスター! またある時は完全無欠なウィザード! してその実態は……」
ヒューゴのセリフを遮って自分の世界に入り込んだ僕は最後のセリフを溜めに溜め……。
「バカなご主人様ですよ」
後ろから現れた吽形に全てを持ってかれた。
「吽形!? バカって何さバカって!」
「バカだからバカって言ったんです。ボク言いましたよね? 『自分の事も大事にしてください』って」
吽形は溜め息混じりに吐き捨てるとそのまま僕の左手をくわえ込んだ。
「主よ、神名の忍術の連続使用は体への負担が大きいと身をもって体験しただろう」
背中にエリスリナを乗せた阿形や、ロレッタ迄が近付いて来る。
「ママ、だいじょうぶ?」
「うん、大丈夫だよ~心配かけてごめんね~」
阿形をガン無視してエリスリナに頬擦りをする。左手を吽形に食べられているからだいぶ変な格好になっているけど。
「ヒューゴさん! 大丈夫ですか!?」
修道服を着た女の子がヒューゴの腕の中へ飛び込んで行く。
え~と……誰だっけ?
「カミラ、俺は大丈夫だからオンブルの奴を治療してくれないか?」
あ~そうだ、カミラだカミラ。思い出した。
カミラを優しく抱き止めるとヒューゴは倒れているオンブルを指差した。彼女は一度ヒューゴを見上げると頷きオンブルの許へと駆けていく。
「あ、忘れるところだった」
未だに吽形の口の中で遊ばれている左手を引き出すとオンブルの治療をしているカミラへと近付いて行く。なんか最近物忘れが激しいな~歳かしら?
「治療するならこの人もお願い出来るかな?」
なるべく優しく声をかけたつもりなのだが、カミラは地面に膝を着いていたのに十数センチも飛び上がり、怯えた目で僕を見てきた。小動物と同じように保護欲を掻き立てる視線にぞくぞく……違った、怯えられた事を残念に思いながらも笑顔を絶やさずに話しかける。
右手側へ作った僕の胸元迄ある大きさの黒い球体から閉じ込めておいた神経質そうな男を引っ張り出す。球体から人が出てきた事に目を見開いていたカミラだったが、出てきた人物が自分のパーティメンバーだと気付くと一緒に引き出すのを手伝ってくれた。
「セオドア!? 生きていたのか!!」
そしてもう一人、驚きを隠さず駆け寄ってくる人がいた。
「僕、人は殺さないからね」
「ありがとう……ありがとう!!」
ヒューゴが両目いっぱいに涙を溜め、何度も何度も頭を下げてくる。そんな姿を見せられたのでは間違って攻撃してきた事を責めようかと思っていた気持ちも鳴りを潜めてしまう。
ま、落ち着いてからでもいいか……。
口から出かけた言葉を飲み込みつつ、ヒューゴ達から静かに離れていく。
それにしても手強かったなぁ。ああやって味方の体を使われたらどうしようも無いものな~もし人質にとられたのがひなぞーや武さんだったら……普通に攻撃しているか。
最悪の場面を想像したはずなのだが、どちらの友人が捕まっても躊躇わず攻撃している自分に思わず頬が緩む。友達がいがあるんだか無いんだか……。
さて、今回のでレベルも上がっただろうし。ポイントをどうやって振ろうか……な?
自分で言って違和感を覚える。
あれだけの敵だったのだ、当然レベルアップしてもおかしくはない。しかし、未だにレベルアップを告げるファンファーレが聞こえてこない……。
案外弱かったのかな? いや、魔族で魔王の手下の手下なら僕より弱いなんて事は無いだろう。
「はてさて、何がどうなっているのやら」
そう呟いた時だった。背中から少し強めに押され、数歩よろけてしまう。よろけた拍子に目に写り混んだ光景を僕は理解出来なかった。
見るな、考えるなと頭の中で警鐘が鳴り響き、目をそらせと懸命に命令を出しているが、目に映るインパクトに体は動かない。
今僕の視界に映るものは……
自身の体を貫く黒い剣だった。
「え?」
認めたくないのか、理解出来ないのか……。僕の口から出た言葉はたった一言だった。
腹部よりも少し上から生えている黒い剣は血液を纏い不気味な光沢を放っている。
見ることしか出来ないでいると急に剣が引き抜かれる。直後、筆舌に表せれ無い痛みが僕を襲う。そして抗う暇もなく膝から崩れ落ちる。
「ただでは死なぬぞ……貴様も道連れだ!!」
後ろからかけられた声は人間のものか疑いたくなるほどガラガラと不明瞭で聞き取りづらいものだった。何とか後ろを振り向くとそこには半分溶けかけた黒い塊がこちらを睨んでいる。見る影も無くなったが、この塊がDQNだと瞬時に理解する。
「この……ゴフッ!」
文句の一つでも言ってやろうと口を開くが、出てきたのは気の抜けた空気と血のみであった。
「さすがに減らず口も叩けぬか」
DQNは剣へと変化した右手を高らかに振りかぶる。
ああ……詰んだ……。
異変に気付いたようで後ろからロレッタや阿形達が、左手側からはヒューゴ達が何か叫びながら駆け寄ろうとしてくれるが、距離が開きすぎている。彼らがここに到着する頃には僕の首と胴体はサヨナラしているだろう。
「さらばだ」
DQNは短くそして静かに言うと右手を降り下ろした。
僕は覚悟を決め、目を瞑る。
しかし、いつまで経っても首に衝撃が来ない。不思議に思い目を開けると見慣れた赤いスカートが揺れている。
「エリー?」
いつもは言わない愛称が口から漏れた。しかし、その呟きは果たして声になっていたのかどうか……。 エリスリナは降り下ろされた剣を左手で受け止めている。ただし受け止めている部分は左手を守るように展開されている炎だった。
「なんだこの子供は!!」
「ママを……」
DQNは自分と僕の間に潜り込んだ小さなイレギュラーに明らかに狼狽し、対してエリスリナはその背中から魔眼を通さなくてもわかるくらいに強力な魔力を放出している。
一瞬訳がわからなかった。なぜエリスリナが奴の剣を受け取られるのか。しかし、彼女の手を見て理解した。彼女は成功させたのだ。僕と二人で練習したあの技を。
「ママをいじめるなーーーー!!」
右手に集まった魔力はその姿を炎と変えそのまま彼女の右手を覆う。本来の自分の手を顕現させるために。
エリスリナが頑張っているんだ、ここでただ見ていたんじゃ男が廃る!
僕は穴が空いた腹に力を込め体を持ち上げると最後の魔法を使う。正直腹部からくる猛烈な痛みに意識を手放したくなるがグッと我慢して対象者であるエリスリナを見る。
「エリー、受け取って……《サクラメント》」
対象者の攻撃に聖属性を付与させる魔法。エリスリナの攻撃を確実に届かせる為にサポーターとしての魔法がエリスリナを包み込む。
その攻撃は『攻撃』と呼ぶには余りにも稚拙であった。しかし、僕とエリスリナの想いが乗った炎の爪は黒い塊を切り裂いた。
「フレイムクローー!!」
「我がこんな子供にやられるだと!? くそぉぉおおおおお……!!」
DQNの声が遠ざかり完全に消えた後、頭の中で盛大なファンファーレが鳴り響く。
「今度こそ終わった……」
張り積めていた緊張の糸が切れると腹部から襲いかかる激痛に抗う術もなく、僕は意識を手放した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
何かが頬に当たる感覚に目が覚める。当たった箇所から後頭部の方へ冷たさが流れる感じが伝わるので何かの液体だろうか。
「和泉様?」
ふと懐かしい声が聞こえた様な気がしてうっすらと目を開ける。すると眩しい日光と……。
「いじゅみしゃま~~」
涙と鼻水で崩壊している担当者の顔だった。
「うわっ!! ってて……」
「よがっだ~いぎてた~いぎでまぢだよ~」
思わず起き上がった拍子に突っ張る様な痛みが腹部を襲うが、今は抱きついて僕の洋服で鼻をかむ神崎さんが問題だった。
「神崎さん離れて、後人の服で鼻をかむな!」
「何でですか! 『神』自ら流したものですよ! むしろ聖水と言っても過言では無いですよ!」
全力で聖水に謝って欲しい。
とりあえず泣きじゃくる神崎さんをなだめ、会話が出来る様にする。
落ち着いた神崎さんから聞いた話しではあの後、出血と疲労と魔力切れで倒れた僕を介抱してくれたのはなんとアンスさんらしいのだ。
「何でアンスさんが?」
「あのハゲ、私がやるって言っているのに、
『魔族との戦いで疲弊した者を癒すのは教会の仕事ですから任せてください』
なんて言っちゃって! 私はその教会が崇めている神様ですよ! 結界で締め出されていたのに格好つけんな! って話しですよ……あの和泉様? 聞いています?」
神崎さんの戯れ言を前半部分だけ聞き、後半を聞き流した。今まで存在が薄かったけど、アンスさんも仕事していたんだね。
アンスさんの事は置いといて、続きを聞こうとしたら部屋のドアが開きロレッタとエリスリナが入ってきた。二人ともベッドに腰かける僕を見て、目玉がこぼれ落ちるのではいかと思わせるほど目を見開いている。僕が起きている事がそんなにアレなのかな?
「やぁ心配かけダブゥ!?」
「マ~~マ~~」
娘と言う名の砲弾はピンポイントで怪我した箇所へと着弾する。治癒魔法によって閉じられた傷口は怪我の痕跡すらないのだが、今の攻撃で開いたかもしれない……。
「……エリスリナ、ごめんね。心配かけたね」
頭を撫でながらなるべく傷口付近から移動するように誘導するが、泣きじゃくるエリスリナはあろうことかその場でイヤイヤと頭を振り始めた。何がイヤなのだろう? むしろエリスリナの今の行為の方がイヤイヤなのだが……。
「エリーちゃんずっと心配してたのよ、少しは甘えさせてあげなさいな」
ベッドの隣へと移動したロレッタがそんな事を言いながら笑いかけてくる。
いや、いいんだけどね。傷口の上じゃなければ。
「ロレッタは心配してくれた?」
人が痛がっているのに笑いかけるとか、そんな薄情な友人にちょっと意地悪な質問を投げかけてみる。まぁちょっとした意趣返しだ。
「……心配したに決まっているじゃない……」
困ってあたふたするかと思っていたが、ロレッタは僕の頭を優しく抱きかかえてきた。頭の上から聞こえてくる声は少し鼻声だった。
「……ごめん」
もっと言いようがあったと思うのだが、これ以上の言葉は出てこなかった。不謹慎なのだが、ロレッタに心配して貰えてうれしかったのだ。
「本当よ。まったく、死んじゃったかと思ったわ」
これは暫く大人しくしていた方がよさそうだ。エリスリナも放してくれそうにないし。
ふと横を見るとこういう時こそ『和泉様ずるいです! 私も!』なんて言って反対側から抱きついて来そうな人は優しく微笑んでいるだけだった。空気を読むとか少し居心地が悪い。
暫く頭を抱いていたロレッタは途中でアンスさんを呼んでくると言って部屋を出て行った。アンスさんにはお礼も言いたかったのでちょうどよかった。
泣きつかれてしまったのかお腹の上で寝ているエリスリナの髪の毛で遊んでいるとアンスさんを連れてロレッタが戻ってきた。
「意識が戻ったそうですね」
「アンスさん。助けていただいたようで、ありがとうございます」
僕はアンスさんに頭を下げると彼は笑顔で頷いてくれた。いつ見てもアンスさんの好々爺っぷりがハンパない。
それからアンスさんはあの後何があったのかを丁寧に教えてくれた。どうやら僕はあれから三日間目を覚まさなかったそうだ。仲間内では『もう目を覚まさないのでは?』なんて事が囁かれ始めた矢先に目を覚ましたと言うので我ながらタイミングが良いやら悪いやら……。
「それで、イズミにお話しがあるのです」
「はい、なんでしょう?」
今まで笑っていたアンスは急に真面目な顔つきになった。正面から見ていた僕も何故だかすっと背筋が伸びてしまう。
「この度の魔族討伐は見事でした。《ウェザーコック》のリーダとそこにいるシスター・ロレッタから詳しい話しを聞かせてもらい。状況にあったサポートが出来る判断力、そして魔族を退ける力。これらを評価しプリーストの修行を完了したと判断しました」
一瞬アンスさんが何を言っているのかわからなかった。
え? 修行を完了ってことは卒業って事?
「おめでとうございます。少し早いですが卒業ですよ。さぁギルドカードを」
僕は訳が分からなかったが、とりあえず条件反射でアンスさんの掌にギルドカードを乗せてしまった。
アンスさんは一度僕のギルドカードを見ると笑顔で頷き何やら呪文を唱える。てかギルドカードの更新って特別な石が必要じゃなかったの? 疑問が多すぎて混乱してきてしまった。
「はい、ではこれが貴女の新しいギルドカードになります」
呪文が終わり発光が収まるとアンスさんはカードをこちらに手渡してくれる。僕は恐る恐るカードを受け取るとそのまま確認した。
レベルが上がった事以外は何もおかしな所は……あれ? Jobの欄がプリーストじゃない……これはBis……? ビショップ?
「あのアンスさん、これジョブが」
「はい、貴女の力からこちらのJobが妥当だと判断されました。これからも頑張ってくださいね」
いや、頑張って下さいねってビショップって『司教』って意味でしょ? アンスさんと同じ立場になっちゃいますよ? え? いいのこれ?
アンスさんに問いかけよかと思ったが、彼は笑顔を向けるだけだった。これは何を言っても無駄だろう。僕は半分諦めの気分で頑張りますとだけ答えておいた。
「はい、期待していますよ。それではまだ体調も万全ではないでしょうし、そうですね……卒業式は一週間後と言うことでよろしいですか?」
「あ、はい……」
返事を聞いたアンスさんは笑顔で部屋を出ていった。何か嵐の様な時間だったなぁ。
とりあえず一週間。ゆっくり休もう……。
混乱の極みと化した頭はこれ以上考えるのを放棄した。




