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36話 旅立ちの条件は?

 エリスリナを預かってから早二週間が経った。

 最初エリスリナを連れて帰った時はマーリンさんもメリッサも大慌てし、『子供は拾ってきちゃダメだ』とか『誘拐は犯罪だ』とか散々な言われようだった。その後ユンさんから預かった旨を説明し、納得してもらうのに半日を要するとは思わなかった。

 阿形と吽形にも紹介をしたのだが、案外あっさりと納得し手が空いてる時の子守りまで買って出てくれた。エリスリナの方も二人は大丈夫なようで直ぐに打ち解けていた。


 ユンさんが言っていた火龍の技についてだが、これはエリスリナを預かったその日の夜に理由がわかった。その日見た夢を僕は生涯忘れないだろう。

 エリスリナと一緒のベッドで眠りにつき次に気が付いた時、僕は真っ暗なな空間を只々彷徨っていた。上も下もわからない空間は里で受けた心の試験を思いだす。

 魔法を使ったり色々としてみたが状況は一向に変わらなかった為、僕は流れに身を任せる事にした。ぼーと今日の出来事を考え直していると不意に目の前に二匹の火龍が現れた。はっきりとした確信があった訳じゃないけど、その時この二匹がエリスリナの両親なんだなぁと思った。

 僕の考えは合っていてまず雄の火龍が状況を説明してくれた。二回目に飲み込んだ火龍の龍玉は実は魔力を固めたものではなく、エリスリナの両親の記憶と思念を固めたものなのだという。

 死に瀕した両親が幼い我子に何を遺せるのか……二人は互いの全ての魔力を使い今まで自分が知りえた知識や経験、火龍が使うべき技などを一つに合わせ龍玉を完成させた。そしてそれを自分達が最も信頼できる友人に託したのだと。

 僕はその話しを聞いた時激しく動揺した。あの龍玉はエリスリナが飲むべきものだったのではないか。僕なんかが口にして良いものじゃなかったのではないかと。

 その考えが雌の火龍に伝わったのだろう。彼女は優しく微笑むと龍玉の性質を教えてくれた。

 思念や記憶などを龍玉の様にするのは本来の使い方ではない。無理矢理に形作り他人に渡すには劣化のスピードが速く、エリスリナが成人し龍玉の負荷に耐えられるように成る頃にはただの石になってしまうのだと。だからエリスリナを任せられる者に一緒に託すようにユンさんにお願いしたと言うのだ。どうやら僕が受け取ったものは思いのほか重いものだったようだ。

 それから僕は時間が許す限りこの二人と会話を続けた。それは他愛の無い世間話しから火龍の生態、二人の趣味や嗜好に至るまで聞ける事は何でも聞いた。それが僕が出来る唯一の事だと思ったから。

 楽しい会話は直ぐに終わってしまい、二人は時間だと言って話しを切り上げた。雄の火龍は娘を頼むと頭を下げ、雌の火龍は僕を優しく包み込むように抱きしめてくれた。その直後焼けつける様な激しい光に包まれ僕は目を覚ました。

 僕は寝た時と同じ仰向けの姿勢のまま朝日を瞼に感じていた。隣を見ればまだ気持ちよさそうに寝ているエリスリナの姿が目に入る。

 僕は彼女を起こさないようにしかし力強く抱きしめると心に誓った。彼女を立派に育て上げると、彼女にとって最高の親と言ってもらえる存在になってみせると。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ママ~お腹空いた~」


 ベッドの中で微睡を楽しんでいた僕の上に元気な声が降ってくる。エリスリナだ。

 二週間一緒に生活をしたおかげかこの子も大分僕に心を開いてくれたようで、最初に合った時のしおらしさが嘘のようだ。歳相応の元気が出たと思えば微笑ましいのだけど、朝はもう少し寝かしてもらいたい。また、呼び方の方を『ママ』から変更させるべく色々な方法を試したのだが、どれも失敗に終わった。なのでもう少し大きくなるまでママで我慢しようと思う。


「ママ~まだ~?」


「あ~ごめんね。起きる。起きるからそんなに揺らさないで~」


 このまま亀のようにベッドの中へ潜ってしまおうかと思ったけど、エリスリナの攻撃が激化するのは避けたい。しょうがないので渋々起き上がりエリスリナに挨拶をする。


「おはようママ! ご飯行こう!!」


「おはようエリスリナ。ご飯の前にまずは着替えなきゃね」


 ベッドから這出ると今までほぼ空っぽだったクローゼットからエリスリナと僕の服を取り出す。

 服などの購入費は必要経費としてユンさん達が出してくれた。僕も稼いでいるから出すと言ったのだが、なんとなく押し切られてしまった形だ。

 僕とエリスリナはワンピースに着替えた。本当は和服の方が楽なのだが、里に居た時期は春先だった為冬用の衣類は揃えていないのだ。エリスリナもパンツスタイルよりはスカートの方を好むようで買った服もそちらの方が多い。


「さて、それじゃ下に行こうか」


「おおー!」


 エリスリナの髪をとかしツインテールに結び直すと僕たちは食事の為一階の食堂を目指して歩き出す。僕の髪? 普通にそのままだよ。めんどくさい。


 新年を迎えてもエルフの国では日本の様ないわゆる“お正月”と言った感じは無く、年越しに家族でのちょっとしたパーティーを開いたくらいだ。

 食堂ではマーリンさんが何時もと同じように朝食を作ってくれていた。


「おはよー! マーリンさん!」


「おや、エリーおはよう。今日も元気だね~」


 僕以外の人はエリスリナの事を『エリー』と呼ぶ。エリーの方が覚えやすいし呼びやすいのだと。まぁ外国人の愛称みたいなものかと思えばそんなに不思議ではない。


「マーリンさんおはようございます」


「おはようイズミ。あんたはもう少しエリーを見習って元気よく挨拶したらどうだい?」


 僕は反面教師だからいいの。

 なんて言い訳も通るはずもなく、仕方がないので苦笑い。

 だってしょうがないじゃない、朝は弱いんだから。


「おはよ~あれ~? 今日はみんな早いわね~」


 そんな会話をしているとこの家で一番の寝坊助が降りてきた。服装は寝間着のままで髪も寝癖が付いている。起きたてそのままって感じだ。


「……まぁまだイズミの方がマシだね」


「そうでしょう?」


「メリッサおはよう!!」


 これがここ最近の朝の風景だ。当然このあとメリッサはマーリンさんに怒られる。


 年末年始はお休みだったユンさん達による修行は冬休みの終了とともに再開された。最初は見ているだけだったエリスリナも今では手の空いている人に龍族の技を教えて貰っている。今日の担当はユンさんのようで少し離れた所で修行をしているようだ。僕は僕でフェンさんから風龍の技を教えて貰っている。


「そう、そこでこの技を使うと次の技につなげやすくなるんだ」


「はい!」


 フェンさんはユンさん達と違って理論から入るタイプのようでしっかりと説明をしてから技の練習に入る。一方ユンさんとシュイちゃんはとりあえずやってみようの精神で技を教えてくれる。

 午後の時間を丸々使いフェンさんとの修行を終了する。


「イズミは教えたことをすぐ吸収するから教えていて楽しいよ」


「そうですか? フェンさんに褒められると何か嬉しいです」


 僕達は軽く汗を流し着替えてからエリスリナ達が練習している場所へ向かう。この時期の汗は急激に体を冷やすので要注意だ。

 しばらくフェンさんと話しながら歩いて行くと遠くから声が聞こえてくる。


「そう、そこでバーンとやるんさ!」


「バーン!!」


 フェンさんの修行の後だとどうしても頭の悪そうな会話に聞こえてしまうが本人たちはいたって真面目にやっている。そして何故かユンさんのこの教え方はわかりやすかったりもする。謎だ。


「あ、ママだ!」


 ようやく姿を確認できるまで近づくとエリスリナが僕に向って猛烈な勢いで飛んでくる。比喩じゃなくて本当に空を飛んで僕の元まで突進してくる。そう今エリスリナは龍の姿になっているのだ。

 エリスリナはユンさん達の様に東洋で多く見られる蛇型ではなく、いわゆる西洋で言われるドラゴン型である。フェンさんの話しだと蛇型の火龍はとても数が少なく、火龍となるとどうしてもドラゴン型になるそうだ。理由はよくわかっておらず、生命の神秘なんて言葉を使っていた。

 そんな事を思っているとエリスリナの頭が腹を直撃する。まだまだ子供だと言っても足から頭までは二メートル近くあり翼を広げれば三メートルを越す。そんなドラゴンが直撃すればどうなるか。答えは簡単で、


「ブベラ!!」


 あっさりと吹っ飛ばされる。これでも突進ではなく滑空だというのだから末恐ろしい。

 痛む腹を押さえていると辺りが暗くなる。不思議に思うとエリスリナのお腹が目に入った。


「へ?」


 突進からの圧し掛かりである。これがわざとだったり、敵意があれば怒れるのだがエリスリナは只々甘えているだけなので怒るに怒れない。当然三メートルを超すドラゴンを受け止められる訳もなく、あっさりと潰される。


「プギャ!」


「ママだ! ママだ!!」


 て言うかさっきから三下の敵役が発するような言葉しか言えてないんだけど。


「こら、エリー。イズミが潰れちゃうだろう、抱きつくなら人化してからにしな!」


 ユンさんがエリスリナを叱ってくれるけど、ちょっと遅いよ……ユンさん。

 人化したエリスリナは五歳児程度の大きなになる。そのため今まで僕にかかっていた圧力がふっと消える。それにしてもドラゴンの突進と圧し掛かりを受けても生きてる僕も大概だよね……。


◆◇◆◇◆◇◆◇


 本日の修行が終わったのでユンさん達の部屋で午後のティータイムだ。各自ソファーに座れるのだが、エリスリナは僕の膝の上に座る。と言うか離れようとしない、今はこのままでいいけどもう少し大きくなったら一人で座れるようにしないといけないなぁ。


「そう言えば、他の国に行くには何か手続きとかいるんですかね?」


 この国に来て三ヶ月。他のJobではそろそろ独り立ちの時期だと思ったのでユンさん達に聞いてみることにした。


「他の国に? それは留学や何かでって事かい?」


 いち早くフェンさんが反応してくれる。流石頼れるブレーンだ。


「いや、冒険者として独り立ちしようかと思ってまして」


「あ~基本的には無理だよ」


「そうだね~卒業してからだね~」


 フェンさんに引き続きシュイちゃんも答えてくれる。シュイちゃんは学園長に付き合っていたのだが、どうやら用事が終わったようでさっきこの部屋で合流した。


「卒業ですか……やっぱり三年は在籍ですか?」


「いや、確か七年だよ」


 ユンさんの言葉に目の前が暗くなる。

 七年って! この世界が滅亡するのが確か十五年後だから半分は学生をしないといけないって事!? してもいいけど、アイツ等に殺されそうだなぁ……。


「……短縮する方法ってありますか?」


「ないこともないけど……」


 ユンさんは余り勧められないと顔で語っている。シュイちゃんの方を見てもあまりお勧めしないような雰囲気だ。


「校外活動の一環として学園都市以外での場所で生活する方法はあるにはある」


「外に出る代わりに年に数回のレポートの提出かそれなりの実績が求められるんだけどね?」


 ユンさんとシュイちゃんが少しづつ説明してくれる。話しをまとめると学園側から提示された試験をクリアするだけの実力があれば学園に通わなくてもいいという事だった。


「そうですか……なんとなくですが希望が見えてきました。ありがとうございます」


 僕は説明してくれたユンさん達に頭を下げる。エリスリナも僕を真似して頭を下げているが意味は分かっていないだろう。


「イズミはどうして学園を出たいんだ?」


「どうやら訳がありそうだけど」


「もしかしてシュイ達の事が……」


 泣きそうになるシュイちゃんを宥め僕の事情を説明する。当然魔王の事とかは伏せる。

 説明を最後まで聞いてくれた三人はうんうんと数回頷いてくれる。


「そうか、仲間が待っているのか」


「イズミが学園を出たい訳がわかってよかったよ」


「シュイ達の事が嫌いになったわけじゃないんだね」


 僕はシュイちゃんの発言を思いっきり否定した。こんな僕をここまで強くしてくれたユンさん達に感謝こそして嫌いになるなんて絶対にありえない。

 そう力説すると三人は微妙だったが頬を赤らめ目元にはきらりと光るものが見て取れた。


「そう言ってもらえるとあたい達もうれしいよ」


「イズミには大分苦労を掛けましたからね」


「人間辞めさせちゃったし……」


 そう言えばそうだった。魔力は龍族という中途半端な存在だけど、エリスリナという可愛い娘に出会えることができたのだからやっぱり悪いことじゃないだろう。


「イズミがそこまであたい達の事を思ってくれているなんてね。うれしいよ」


「そんなイズミの気持ちに応えてあげたくなったしな」


「シュイは全力で応援するよ~」


 三人の言葉に思わず目頭が熱くなる。僕は本当にいい人達と出会えた。


「この学園を出る方法だけどね、実は簡単な事なんだよ」


「出たければ学園の一番偉い人から許可を貰えばいいのさ」


 なるほど、学園の一番偉い人と言えばやはり学園長であるダーヴィットの許可が必要なのか。

 僕が心の中でどうやって頼み込もうか考えているとシュイちゃんが思いもよらない一言を口にする。


「でも確か許可を出す条件って、ダーヴィットと一対一で戦って一撃でもいいからダーヴィットに当てることだったよね?」


 学園長と戦って一撃当てる事。言葉にすれば簡単だけど、最初の説明会の時に講堂の扉を壊した魔力を改めて思い出す。

 うん、何か勝てる気がしないね。


「必ずしも勝必要はないぞ。要はダーヴィットが納得すればいいんだから」


「そうか、だから一撃でもいいんだ」


「そう言う事だ。自分のとびっきりをダーヴィットへぶつけてやるといい」


 納得した僕を見てユンさんとフェンさんが褒めてくれた。そうか、自分の全力を見せればいいのか。これはあれだね、里の技の試練と同じ感じだ。


 僕はお茶と情報をくれたユンさん達にお礼をいい。実際学園長と戦う時のイメージトレーニングをしながら挑戦を申し込むために学園長を探し始めた。

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