35話 龍族からのお返し
「うわ~マジか~本当に一睡も出来なかったなんて……」
メリッサに腕をとられたまま僕は朝を迎えた。
昨晩メリッサに言われた言葉を考えるのと、腕に感じるメリッサの体温や柔らかさからくる煩悩と戦っていたらいつの間にか朝になっていた。ここ数日徹夜を続けていたので体が慣れていると言えば慣れているが、それでもちゃんと休みたかった。
何時までも腕を離さないメリッサを起こし朝の準備をする。メリッサの方はあのまま寝たのが恥ずかしかったのか顔を真っ赤に染め猛烈な勢いで部屋を出て行った。
メリッサの着替えが終わるのを待ってから一緒に一階に下りるとマーリンさんとイルマさんが朝食の準備をしてくれていた。そして二人の耳にイヤリングがあることを確認するとなんとも言えない嬉しさが沸き起こってくる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
誕生祭から数日が経ち、年の瀬が迫りつつある日ユンさんから学園に来てほしいと連絡を貰った。
学園迄の道を景色を見ながら歩いていくと祭りの時とは違った騒がしさと言うか慌ただしい雰囲気が包んでいた。
なるほど、師走って言うけどこういう事なのかな?
街行く人達を眺めながら僕の足も自然と早くなっていった。
「師匠~来ました~」
学園へ到着するとそのまま学園長室へ向かう。本来なら部屋の主であるダーヴィット学園長へ挨拶をしなければならないのだが、姿が見えない。お出かけかな?
「早かったね~もう少しかかると思ったよ」
ユンさんが奥の部屋から顔だけ出してこちらを見ている。何か作業中かな?
「こんにちは師匠。あの……早すぎました?」
「いや、ちょうどいいタイミングさね。こっちに来てくれるかい?」
そう言ってユンさんは手招きをする。
僕は一応お邪魔しますと声をかけてから部屋へと向かった。
「学園長はお出かけですか?」
「今日は会議なんだってさ。護衛にフェンとシュイが着いていってるよ」
ふむ、それじゃ久しぶりにユンさんと二人きりって事か。いや、二人きりだからって別に何が起きるって訳じゃないんだけどね。
誰に言い訳をしているのかわからないがそんなことを考えながらユンさんの後を追うように部屋へ入る。すると、中では僕の期待を裏切る光景が広がっていた。
部屋の中は綺麗に片付いており、中央にテーブルとソファーが二組。入り口とは反対側の壁にはティーセットを収納する食器棚が置かれていた。そして問題は中央にあるソファー。そのソファに女の子が座っているのだ。フリフリのドレスに身を包み、紅蓮の炎を思わせる真っ赤な髪を金色のリボンを使いツインテールにまとめている。お行儀よく足を揃え小さい手でカップを持ち紅茶を飲む姿は良いとこのお嬢ちゃんの様に見える。
「師匠……その子はまさか、師匠の?」
「バカ言ってんじゃないよ! あたいはまだ生娘だよ!」
生娘って……。
そんな思いが顔に出ていたのだろう、ユンさんに物凄く睨まれた。龍族の方が睨むと本気で怖いので全力で止めていただきたい。
「それじゃこの子は?」
これだけ騒いでも自ら声をあげることなく手に持ったカップから一生懸命に紅茶を飲んでいる。あえて無視しているのか興味が無いのか……おそらく後者だろうけど。
「実はね、誕生祭のプレゼントのお返しとして……」
「いや、プレゼントのお返しで子供はちょっと……」
「話しは最後まで聞きな!!」
話の腰を折ると盛大に怒られた。しかし、プレゼントで子供はちょっと遠慮願いたい。
ユンさんの話しを聞くと、どうやら火属性が苦手な僕の為に顔馴染みの火龍に口利きをしてくれたそうなのだ。魔力が完全に龍族のモノになってしまった為、今は普通の魔法の他に龍族の技も教えて貰っている。だがこの場に火龍が居ないためか他の属性に比べて伸び悩んでいたのだ。
その問題を解決しに龍族の里迄行ってくれたのだが、どうやら里が何者かに襲撃を受けたそうなのだ。
「あたい達が着いたときには戦闘が終わってたんだよ」
そう寂しそうにユンさんは呟いた。
里自体のダメージはそうでもなかったのだが、ユンさんの顔馴染みの火龍がその戦いで命を落としたそうだ。そしてその火龍と言うのが、
「この子の両親だったと言うわけさ。あたいは死んでいったアイツ等の最後の願いを叶える為にこの子をここに連れて来たって訳さ」
そう言うとユンさんは少女の肩を優しく抱き寄せた。少女は不思議そうにユンさんを見上げるがまたカップへ視線を戻してしまった。
「その子の事情はわかりました。それで、師匠は僕にどうしろと?」
「別に、話しただけさ。大変だったんだよ~って」
「はぁ……」
ユンさんはそう言うけど、彼女の目は明らかに僕に期待を寄せている目をしている。
はぁまた厄介事かなぁ……。
「それでねイズミ、こっちがあたい達からのプレゼントさね」
ユンさんはテーブルの上に真っ赤な宝石を置いた。大きさは野球ボール位で見るからに熱そうな宝石だ。
「師匠これは?」
「火龍の龍玉さね」
パーティーの夜イルマさんがちょこっと話していたのを思い出す。確かかなりパワーアップしてくれる宝石だとか……。
「これを僕にですか?」
「そうさ、これでイズミの火属性を大幅に強化出来るよ」
手にとってもいいと言われたので恐る恐る手に取るとじんわりと温かさが伝わってくる。しかしその温かさとは裏腹に手を通して伝わってくる魔力は力強く、早く暴れさせろと訴えているようだ。
「これを使うなら相当な武器が要りますね」
「何言ってるさね、あたい達には武器は不要さね」
ユンさんが言っている意味がわからない。武器に使用しないでどうやって使えばいいのだろう。
首を傾げているとユンさんが笑いながら説明してくれた。
「あたい達龍族はそれを食べるんさ」
龍玉は龍族の魔力の結晶。その為、龍族の間では龍玉はパワーアップのアイテムとして使われるようだ。なら何故他の種族では武器として使用されるのか。答えは簡単で単に龍族の魔力が強力過ぎて吸収することが出来ないのだ。なので人間などは龍玉を核とした武器を作りその恩恵を授かっているというわけである。
と言うのは全てユンさんからの受け売りだ。
僕は早速貰った龍玉を口へ持って行った。明らかに僕の口よりも大きな龍玉だが、唇に押し当てるとそのまま吸い込まれるように口の中へ消えて行った。一瞬で喉を通り過ぎて行ったけど、感覚はゼリーを一気食いした時に似ているだろうか。
喉を通過した龍玉は胃に溜まることなくそのまま全身を駆け巡っていった。頭の先からつま先まで熱を感じるのだ。体中に魔力が満ちているんだろう。
しばらくすると体中の熱が引き龍玉を飲み込む前となんら変わらない状態になる。何か変わったかどうか確認するが、身体的な見た目は変わっていないようだ。
ただ魔力はしっかりと変化しているようで、先ほどまで無表情だった少女が目を見開きカップを放り投げ凄い勢いで僕に飛び掛かってくる。いきなりの行動だったが、何とか受け止めると少女はそのまま膝の上に陣取った。背中にしっかりと回された手からはもう絶対に離さいと言わんばかりに強い力が込められている。
「あらあら、すっかり懐かれてしまったようだね」
「いや、師匠これ狙ったでしょう」
少女の頭を撫でながらユンさんを睨みつける。が、彼女はどこ吹く風で飄々と受け流す。
「さて、ここでイズミに頼みたい事があるんさね」
「いや、もういいですよ。要件を言ってください。なんとなくわかりますけど」
僕の答えを聞くとユンさんはにっこりと笑いながら袖口から四つの龍玉を取り出した。
「その子の面倒を見てくれないかい? 亡き友人の頼みという事で預かってきたはいいけど、あたい達は火龍じゃない。魔力の波長で仲間だとわかってもらえるけど、それまでなんさ」
ユンさんは何処か寂しそうに呟く。なるほど、腕の中にいる少女のを見ると先ほどまでの緊張から解放されて安心しきっているようにも見える。しかしいきなり子育てとか無理でしょ。
「だから、イズミにお願いしたいんさ。龍族の魔力を持っていて信頼できて火属性も扱える奴なんてイズミ以外に知らないし。報酬はこの龍玉四個セットでどうだい?」
「面倒を見るのはいいですけど、流石に子育てと無理ですよ。それにこの子に技を教えたくても僕は火龍の技は何一つ知りませんよ」
この少女が安心して暮らせるように面倒を見るのは吝かではない。が、子育てとなると話しは別だ。自慢じゃないが、まともな子を育てられる気がしない!
「龍族の基本的なものは親から教わっているから大丈夫さね。食べ物も普通に食べれるし、普通の子供と同じ扱いをしてくれて問題ないよ。イズミはこの子に世界を教えてくれればいいのさ。それに火龍の技も気にしないでいいし」
ユンさんはそう言うけど、僕にはいまいち自信が持てなかった。
「いいかいイズミ。どんな親だって初めからうまく出来る奴は居ないさ。悩んで、苦労して。そして親になっていくんだよ」
ユンさんは諭す様に語りかけてくる。生娘と言っていたのになかなかの名演説だ。思わずなるほどと思ってしまう。
「……って婆ちゃんと母さんが言っていた」
せっかく感心したのに……。
とりあえず、ユンさんは置いといて先ほどからずっと抱きついている少女と目を合わせる。
少女は僕達の会話を理解しているのであろう。離れたくないと目で訴えてきている。
「はぁ……君は僕でいいの?」
「……うん」
初めて聞いた声は風の音で簡単に消えてしまいそうな声だった。しかし、その声には確かに少女の意志が込められていた。
「わかりました。出来る限りやらせてもらいます。でも師匠達もフォローして下さいよ?」
「当たり前さ! でも流石あたいの自慢の弟子だよ! 絶対引き受けてくれるって思っていたよ」
そう言うとユンさんは少女を挟むように僕を抱き締めた。傍から見ればどこぞの仲良し家族のようだ。
何処までやれるか不安だけどまぁ頑張ってみますか。
「ありがと……」
僕とユンさんに挟まれた少女が初めて笑いながら僕達にお礼を言ってきた。
「ママ」
少女はそう言って僕の胸に顔を埋めてきた。
「待って、僕は男だよ! ママはあっちでしょう!」
「何言ってるんだい! あたいは生娘って言ったろう? まだまだ子持ちには早いよ!」
僕とユンさんがどっちがママかで言い争っているなか、少女は気にせず僕にくっついていた。この子は将来大物になるよ……
ちなみにどちらもママではないと気付くのに一時間も要した。僕もユンさんも盛大に慌てていたようだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
第一回どっちがママ騒動が収まり、一息ついたあと僕は残りの龍玉を吸収した。
ユンさん達が作ってくれた龍玉は絶妙に魔力が調整されており、全てを吸収し終えると属性の強さが均等化された。まぁ少女が悲しむので全面的に火属性を押し出している形になっているけどね。
またユンさんが言っていた火龍の技についてだが、これは後のお楽しみと言って笑っていた。なんのこっちゃ。
「さて、無事魔力も安定したし。帰ろっか?」
僕は膝の上でこちらを見ている少女に声を掛ける。と、ここで重要な事を思い出した。
「そう言えば師匠。この子名前はなんて言うんです?」
「あ、そうだそうだ。名前を教えるのを忘れていたよ」
なんて薄情な大人たちなんでしょ。僕は自分の事を棚に上げ少女に向き直る。
「名前を教えてくれますか?」
「……エリスリナ……」
少女、エリスリナは僕の目を見て名前を教えてくれた。
エリスリナか、確か梯梧の学名も同じ名前だったような……ま、どうでもいいか。
「エリスリナか、いい名前だね。僕は和泉、これからよろしくね」
「イズミ……?」
エリスリナは首を傾げながら何回も僕の名前を呟いた。僕はそうだよと言いながらエリスリナの頭を数回撫でる。これは何と言うか……癖になりそうだ。
「それじゃ自己紹介も終わったし。家に帰ろうか?」
「うん、ママ」
エリスリナよ。今まで僕の名前を呼んでいたのは何だったのかい?
ここはキチンと教育した方がこの子の為にもなるだろう。僕は心を鬼にしてエリスリナの間違いを正す。
「いいかいエリスリナ。僕は男だ。男の人に“ママ”はおかしいよね?」
「うん」
「よし、いい子だ。それじゃ男の僕はなんて呼べばいいかわかる?」
「ママ」
うん。ダメだ。この子中では僕はママで固定されてしまったようだ。いや、ここで諦めるのか? 否! 断じて否である! 諦めたらそこで試合終了なのである!
「ん~ママじゃないだろう。名前でもいいからママだけはやめよう。ね?」
「ママって呼んじゃダメ?」
くはっそんな悲しそうな声で上目使いをしちゃダメだ!! 僕の精神がもたない!!
「くっ……イズミって呼んでみない?」
「ヤダ。ママがいい」
なんて事でしょう。この世界の子供にも僕は男を否定されました。冗談半分で言われるのはもう慣れたけど、子供に面と向かって言われるのは何と言うか堪える。
「そっか~ママがいいか~」
「うん」
僕はエリスリナの手を取って出口へ歩く。エリスリナはまだ子供だ。大きくなったら僕が男であるとわかる時が来るだろう……。来ると願いたい。
「イズミ……大丈夫かい? 目が死んでるよ」
「ははは……師匠何を言っているんです? 僕は至って元気じゃないですか」
ユンさんに挨拶をしてそのまま家へと向かって歩き出す。抱きついたままかと思ったけどエリスリナは自分の足で歩きだした。まぁそこまで甘えん坊じゃないのだろう。
僕は手を繋いだエリスリナの歩調に合わせてゆっくりと歩いて家路を歩く。
異世界にとばされた年の瀬で僕に家族ができた。




