33話 誕生祭
宝石店の熱心な誘いを丁重に断り。代金を受け取ってその足で貴金属を扱う店に向う。
結局指輪が一つ一万グラーで、ネックレスに至っては十万グラーで売れた。この値段で買い取ったとして店ではいったいいくらで売るのだろう?
少し怖くなりながらも懐には合計十五万グラーが入った。この街に来たときの実に二〇倍近い金額だ。
「僕、冒険者辞めてこっちで食べていこうかな……」
もはや元の世界に帰らなくても生活できる術を手に入れた感じだ。思わず目的を忘れこの金で豪遊してやろうかと考えてしまった。
そんな誘惑を振り切り僕は貴金属を扱う店に到着した。そして前回よりも多めに銀の塊を売ってもらった。そして帰りに冒険者ご用達の道具屋により聖水を買い込んだ。
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「おかえり、その顔を見るとうまくいったようだね」
出迎えてくれたマーリンさんが笑顔で声をかけてくれる。具体的に何をするとは伝えてないが僕の表情を見て察してくれたのだろう。
「何とか無事に終わりました。それとここ数日お手伝い出来なくてごめんなさい」
「はははっ気にする事ないさ! 元々手伝って貰う事じゃなかったしね」
「でも最初にお願いされたメリッサの近くにいることが出来ないから……」
もともとメリッサの近くにいる事を条件にここの部屋をタダで借りているのにアレ以降メリッサと擦れ違いな関係が既に二ヶ月以上も続いている。こんな状況だと宿代を払った方がいいんじゃないかと思っていしまう。
「気にする事ないよ、原因はあの子にあるんだ。まったく、言いたい事があるならさっさと言ってしまえばいいのにね!」
マーリンさんはため息を漏らしながら食堂へと入って行った。僕はマーリンさんの背中を見送るとまた自室へ戻り作業の続きをする事にした。
今回の作業は銀を聖銀に変える事から始める。正直時間がないので、スピードアップを図りながら尚且つ仕事は丁寧さを心がけるようにする。
聖銀はその字の如く退魔の力を宿した銀の事だ。銀自体にも退魔の力は宿っているのだが、さらに強化されたのが聖銀となる。
聖銀の作り方は大きく分けて三つある。一般的なのが教会に頼み祈りを捧げ時間をかけて作る方法とプリースト等の聖職者系冒険者に頼みスキルで作り上げる方法がある。どちらも聖職者関係者か作ることが出来ない……事になっている。
残りの一つは一般的には秘匿されている方法で、ブラックスミスのスキル『金属精製』で作り上げる方法だ。本来教会関係者しか作ることが出来ないとのふれこみだったが銀と聖水を材料に金属精製を行うと作ることが出来るのである。
まぁ成功確率が製作者のスキルレベルとJobレベルに依存するので確実性は無いんだけどね。
この方法は教会からブラックスミスギルドに対して箝口令がしかれている。教会も技術を独占したいのだろう。
え? 何で僕が知っているのかって? そんなの親方のノートを盗み見……親方に教わったんだよ。
一日かけてようやく聖銀を作る事に成功する。何回か実験を繰り返していたら気が付いたら朝だった。最近色々とヤバイと思う。
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出来上がった聖銀を使いプレゼントする装飾品へと変化させていく。魔法石をいくつか作ったのだが、資金調達の為に売った物とは違う変化が起きていたけど……気にせず作っていこう。
ユンさん達三人には同じ意匠のブレスレッドを。マーリンさんとメリッサ、イルマさんの三人にはコートを用意したのでそれに合うイヤリングにしておこう。最初はイルマさんもアクセサリーを送ろうと思っていたけど、マーリンさんの家で一緒にパーティをすると聞かされたのでメリッサ達と同じものにする。一緒にパーティーするのに一人だけプレゼントの内容が違うのはダメだと思う。
それと一応指輪も少し作っておくことにする。全てを作り終えた時は誕生祭の前日になっていた。
「おはようございます……」
「ああ、おはよ……ってまた徹夜かい?」
食堂に下りて準備をしていたマーリンさんに挨拶をする。マーリンさんは僕の顔を見ると一発で状況を言い当てた。
「わかります~? でも何とか間に合いました~」
「まったく……ほら、これでも飲みな。まったく酷い顔だね~」
マーリンさんから手渡されたお手製のカボチャのポタージュを一口すする。すると口の中いっぱいに幸せな味が広がった。何日もマーリンさんの手伝いをしているのだが、この味は未だに再現できない。
「それで? そこまでなるまで何を頑張っていたんだい?」
夢中で飲み続ける僕にマーリンさんが優しく声を掛けてきてくれた。その言葉だけでホロリとくるものがある。
正直に言ってもいいけど、ここはサプライズを狙ってみようかな~。
「え~と……もう少しで完成しますから、完成したら教えますね」
「そうかい。ただ無理だけはするんじゃないよ。一カ月前にも色々と無茶をやったんだから」
マーリンさんの励ましの言葉に返事をしながら貰ったポタージュを飲み干す。
食事を終えると一度部屋に戻り外行きの服装に着替える。今日は頼んでいたコートが仕上がる日なのでこれからお出かけだ。
カウンターに居たマーリンさんに出かける旨を伝え、すっかり冬一色に染まった街を歩く。
お店では綺麗に包装されたコートを受け取るとそのままアイテム倉庫に入れる。なるべくサプライズを演出したいのでここで見つかる訳にはいかない。
その後手ぶらで帰るのもあれだったので、屋台で適当におやつを購入してから帰った。マーリンさんも手に持った屋台の品々を見てまたかみたいな顔をしていたのでうまく誤魔化せれたと思う。
と言うか、僕はそんなに買い食いしているイメージなんだろうか?
部屋に辿り着くと机の上に出しっぱなしだった聖銀の残りや宝石類を片付ける事にする。
しかし、これだけでも大分いいお金になりそうだなぁ。
「いいな~私にもアクセサリーが欲しいなぁ」
ある程度片付け終わると後ろから久しぶりに声が聞こえてくる。本当にこの魔法の国には来づらいようで危うく存在を忘れる所だった。
「はぁ……久しぶりなんだから最初は挨拶じゃないんですか? 神崎さん」
「お久しぶりです和泉様。私ネックレスでいいですよ?」
挨拶と一緒にちゃっかり欲しいものを要求してきたよ、この担当者。まぁ日頃お世話になっているし、皆にプレゼントするのに除け者にするのもあれか。
「はぁ……ネックレスでいいの?」
「え? いいんですか? ヤフーーーー! 言ってみるもんですよ!」
「そのかわり、ノンナとリッカにも届けてもらうからね」
僕は小躍りしている担当者を無視して片付けた材料をもう一度取り出し始める。まぁ三つだけだし直ぐ終わるでしょう。
残りの聖銀の量からネックレス、指輪、イヤリングを作る事が出来た。ネックレスは要望があったのでそのまま神崎さんへ、リッカは作業が多いのでイヤリングにしノンナに指輪を贈ることにした。そのまま贈っても意味が解らないと思うから一緒に手紙を書く事にした。手紙を書く事自体久しぶりだし、ましてや女の子に書くのなんて初めてだ。少し緊張しながらも何とか書き終える事ができた。
「こっちがリッカで、こっちがノンナだからね。間違えないでね」
「ガッテン承知の助ですよ!」
この担当者年齢いくつなんだろう?
神崎さんは早速ネックレスを着けてくれてご満悦だ。こんな人でも自分の作品を喜んでもらえると嬉しいものだ。
勢いよく飛び出していった神崎さんを見送ると今までのツケがまわって来たのか急に睡魔に襲われる。
まぁプレゼントは全部作ったし、ひと眠りしよう。
僕はそのままベッドへ倒れ込むと無駄な抵抗をせず睡魔に全てを委ねた。
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眩しさを感じて目を開けると朝になっていた。どうやらあのまま一日寝てしまったようだ。いくら疲れているからと言って丸一日寝てしまうとは……。
それでも体調は良く、久しぶりに快眠できた感じだ。
窓を開けると街全体がお祭り会場になっているようで街中が活気にあふれている。お祭りでテンションが上がるのはエルフも人間も同じようで行き交う人の顔には皆笑顔が浮かんでいる。
一階に下りるとマーリンさんとメリッサが料理の準備をしているところだった。話しによると今日は休みで夜にイルマさんを呼んで盛大にパーティーをするそうだ。
僕は午前中に学園に居るユンさん達を訪ねる事にし、午後はそのパーティーの準備を手伝う事にしてもらった。今日は学園長の仕事で忙しいと言う話しだったけど、午前中は比較的暇な時間があるという事らしい。
学園に到着し、そのまま学園長室を目指して歩く。一応ノックをして入室するとユンさんをはじめ全員が揃っていた。
「おや、イズミじゃないか。どうしたんだい? 今日はマーリンとこの店でパーティーをやるんだろう?」
ユンさんは一体どこから情報を仕入れてくるんだろう?
ユンさんの質問に夜からだと答え、ついでに来た理由も話してしまう。プレゼントがあると聞くと三人とも大いに喜んでくれた。
「あ~これ聖銀製のブレスレットだ~!!」
早速箱から取り出したシュイちゃんが嬉しそうに腕に着けてくれる。後の二人も箱を開け中身を見て目を丸くしている。
「私も聖銀製のブレスレットでした。しかもこれはサファイアですか?」
「あたいもブレスレットだよ。真ん中の石は……ルビーだね。イズミ、こんな高価なもの貰っていいのかい?」
ユンさんとフェンさんの視線はブレスレットと僕の顔を行ったり来たりしている。
「ええ。是非貰ってください。ただ何分僕の手作りですので不格好なのは我慢していただけると助かります」
「そんなことない!! こんな素敵なブレスレット見たことないよ!」
ユンさんはそう言うと全力で僕を抱きしめてくれた。そして後ろからシュイちゃんが、右腕にはフェンさんが抱きついてきた。何と言うか、龍のサンドイッチ状態だ。
しばらくおしゃべりをしていたのだが、学園長の仕事の時間となり解散することになった。
「こんな素敵なものを貰ったのに、何も返せるものがないよ……」
「失敗しましたね」
ユンさんとフェンさんが申し訳なさそうな顔をするので、必死でフォローしておいた。
「シュイにいい考えがあるの!」
するとシュイちゃんが勢いよく右手を上げると二人を呼び寄せそのまま内緒話を始める。
こう目の前で内緒話をされると聞いちゃいけないと思いつつも何となく聞き耳を立てちゃうのは人としての性なのかな?
しばらく内緒話を聞いていると三人は頷き合い、こちらに振り向いてきた。
「イズミ、このプレゼントのお返しだけど。しばらく待ってくれるかい?」
「必ずお礼をしますので、お時間を頂けると助かります」
「いいかな~イズミちゃん」
別にお礼なんていいのに……いつも修行を付けてもらっているお礼なんだから。
そう言ったのだが、三人は一向に引かない為こちらが折れる事にした。まぁ向こうが贈り物をしたいと言うのに断るのも何か悪いしね。
「それじゃ楽しみに待っています」
「ああ、期待して待ってくれ!」
ユンさん達はそれはいい笑顔で頷いた。その笑顔を見ていると胸騒ぎがするのだけど、きっと気のせいだろう。
僕はユンさん達に見送られながらマーリンさんのお店を目指した。
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お店に着いたのは夕方位になってからだった。自分では直ぐに戻ってくるつもりだったのだが、意外と時間が経っていたようだ。
一階の食堂は綺麗に飾り付けされており、キッチンからはいいニオイが漂ってくる。
「ただいま~」
「おかえり、用事は済んだのかい?」
カウンターで書類を整理していたマーリンさんが声を掛けてきてくれる。僕は無事に終わったと伝えてそのままキッチンを手伝う事にした。
キッチンにはイルマさんが居て次々と料理を作っていた。
「こんにちはイルマさん」
「イズミちゃん、戻ったのね。もう用事はいいの?」
イルマさんは僕に声を掛けてくれるが、作業の手は止まらない。よっぽど料理に慣れているのだろう。
「イルマさんも料理できたんですね」
「何~私が料理も出来ない女だと思っていたの?」
イルマさんは笑いながら包丁の鋩をこちらに向けてくる。
いくら顔が笑っていても刃物は怖いのでやめて下さい。
僕は笑って誤魔化しながら作業の手伝いをする。そして何時もならここにもう一人いるはずだけど、姿が見えない。手を動かしながらイルマさんに聞いてみると「手伝う意思は尊重するけど、正直邪魔」と言う答えが返ってきた。メリッサ……いつも手伝っているのにまだ料理が出来ないんだね……。
準備は滞りなく進みテーブルには色とりどりの料理が並んでいく。思えばこっちの世界に来て初めてのアットホーム的なパーティーな気がする。
ラグズランドでは式典と居酒屋飯だったし、里とアイアンシティではそもそもパーティーをしていない。
学校に行って帰る家がある。家には待っていてくれる人がいて競い合う友人もいる。やっている事は魔法を習うなんてぶっ飛んだ内容だが今までで一番元の生活に近い。
そんなことを考えていたらふと頬を伝うものが……。
「イズミ?」
「どうしたんだい?」
「何かあったの?」
次々に僕を心配してくれる言葉をかけてくれる。本当にこの家は温かい。
「大丈夫。なんでもないよ」
僕は精一杯の笑顔で返す。
僕が選んだプレゼント。喜んでくれるといいな。




