27話 ダーヴィット魔法学院
「やめて! そのフォルダーは見ちゃらめー!」
自分の叫び声で目を覚ます。
夢かぁ……それにしてもなんて恐ろしい夢だったんだ……
「うなされていたけど、大丈夫かい?」
真横からマーリンさんの心配した声がかけられる。改めて周りを確認すると、どうやらここは宿の一室のようだ。
「大きな音がしたから外に出てみれば、イズミが倒れているじゃないのさ。死んでるんじゃないかって心配したよ」
マーリンさんは安心した様子でベッドの側に置いてあった椅子へと座り込む。
「助けて頂いてありがとうございます。あと……心配かけてごめんなさい……」
「いいのよ~あたしは倒れているあんたをベッドに運んだだけだからね。お礼はその子に言ってやりな」
マーリンさんに言われ横を向くと吽形が両目に涙を溜め僕の手を強く握っていた。
「吽形が助けてくれたの?」
「ご主人様、もっと自分の体を大事にしてくださいと里で言いましたよね!! 今回は本当に肝が冷えましたよ!!」
吽形はそう言うと僕に抱き付いてきた。固くそして、強く握られた手は二度と離すまいという彼女の意志を表しているかのようだった。
「ごめんね。心配かけたたね」
「ご主人様~~」
吽形の頭を優しく撫でるとそのまま泣き始めてしまった。これからは余り心配かけない様にしないとなぁ
「さてと、今回は本当に悪かったね。話しは全部バカ孫から聞いたよ」
マーリンさんは頭を下げながら隣で小さくなっていた先ほどの少女の頭を数回叩いた。
この発言に少女は声を荒げて反抗した。
「ちょっと待ってよお婆ちゃん! 私が悪いの!? 二階を使っていいって言ったのはお婆ちゃんでしょ!?」
「言ったけどそのまま二階の部屋全部を使う程バカとは思わなかったよ! マスターキーまで持ち出しているなんてね……」
「だって……二〇二号の方がお風呂に近いんだもん……」
「お黙り!」
マーリンさんの一言に少女は「うっ」と唸ったまま黙ってしまう。
実はこのお店、数年前から一階の食堂だけの営業に切り替えたそうだ。込み入った事情は聞かなかったが色々とあるのだろう。
「あの、結果的に僕は無事だった訳ですし……」
喧嘩の仲裁をするべく間に割って入る。まぁ無事だったからいいじゃない。
「イズミ、それは結果論でしかないんだよ。あたしの孫はもう少しで人を殺す所だったんだ。どんな理由であれそれは許されない事だよ」
マーリンさんの心がこもった一言に少女は俯いてしまう。まぁ良くて大怪我、下手をしたら死んでいたかもしれない事に少女も思い至ったのであろう。少女は謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい……」
「あたしに謝ってもしょうがないだろう。
本当に謝らなきゃいけない人は誰なんだい?」
本当に容赦が無いマーリンさんである。少女は両目一杯に涙を貯め「ごめんなさい」と消えそうな程小さな声で謝ってきた。
まぁ普通なら殺されかけたのだから、少女に対して怒鳴ったりしたりするのかもしれない。けど何故か僕はそんな気になれなかった。
怪我も吽形に治してもらったし、実際に僕が生きているんだ。それでいいじゃないか。
「今後は気を付けようね。え~と……そう言えば名前を聞いてなかったね」
「あんたは! 自己紹介もしてないのかい!」
マーリンさんは僕の言葉でまた火が点いてしまったようだけど。いきなり部屋に現れた見ず知らずの人に自己紹介はしないと思う。
「泥棒かも知れない奴に自己紹介するはず無いでしょ!」
どうやら少女も同じ考えの様で、マーリンさんに食って掛かる。まぁ少女の言い分が正しいのでしょうがない。
「そう言えばそうだね。それじゃ改めてここでしちゃいな!」
何て言うかマーリンさん……強すぎです。
「……メリッサ・ハーンよ」
少女、メリッサはしぶしぶと言った感じで名前を教えてくれた。
「和泉・宇江原です。この街には魔法学院に入学する為に来ました。よろしく」
握手をしようと右手を差し出す。メリッサは少し考えた後恐る恐る手を出してきた。
僕は珍獣何なんかか?
もう少しで触れそうになった手を抱き付いていた吽形が払いのけた。
「え……」
「触らないで下さい、ご主人様を傷付けた貴女をボクは絶対に許しません……」
吽形から発せられた声は冷たく、体の芯から震えがくるような声だ。
幼い見た目に忘れがちだが、阿形も吽形も狛犬だ。神の使い。神使とも呼ばれる彼らは人々に“恐れ”ではなく“畏れ”をいだかせる。現に吽形の言葉をモロに食らったメリッサはその場にへたりこんでいる。
「ボクは攻撃は苦手ですけど、貴女程度なら難なく殺せキャン!」
「は~い。そこまで」
僕の腕から離れ物騒な事を言いかけた吽形を再度抱き寄せその先を言わせない様にする。
「もう、ダメでしょう。僕の友達を怖がらせちゃ」
「放して下さいご主人様! あの女に思い知らせてや……る……ハニャ~」
まだ何か言いたげだったので背中や頭を撫でて落ち着かせる事にした。全くこの子達は……
「ごめんね、メリッサ。この子達ちょっと過保護な部分があって」
腰が抜けたのか未だ床に座り込んでいるメリッサに声をかける。しばらくは惚けていたのだが、僕の声でこっちに戻ってきたようだ。
「わ、私も悪かったし……いいわ、許してあげる」
「何て言い種ですか! 元はと言えば貴女が!」
「ほ~ら良い子良い子~」
再度ヒートアップ仕掛けた吽形を黙らせる。この子も意外とキレやすいのかも……
「それよりイズミ。あんたさっきこの子達って言わなかった?」
「あ~この子は狛犬って呼ばれてて、二体一対なんだよ。もう一匹は阿形って言って……」
「あ、ダメですご主人様。今名前を呼ぶと……」
説明の途中で吽形が止めようとするが一足遅く、僕は名前を言ってしまう。すると……
「喚ばれて無いけどジャジャジャジャーン! 我輩参上!! 貴様! 主を殺しかけた罪、万死に価する! 大人しく我輩に殺されるかおっぱい揉ませろ!」
阿形が頭の悪そうな登場をした。てか万死の罪はおっぱいで帳消しになるんだ……
「ボクが無理矢理こっちに来ちゃったので名前だけで召喚出来ちゃうんです……」
説明しながらも僕の腕の中から絶対に離れようとしない吽形。相変わらずの甘えん坊だ。
「さぁ小娘! 大人しくおっぱいを揉ませろ!」
最早目的がおっぱいを揉むことになっている。
「誰が小娘よ!」
「よく見ると胸部装甲が絶壁ではないか! もしや貴様、主と一緒で男か!」
阿形の失礼な発言にメリッサも真っ赤になりながら反論する。無視しちゃえばいいのに……
「「「頭痛い……」」」
不毛な争いを見せられた僕達三人は声を揃えて呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
それから僕は泊めてもらっている恩を返すためにウェイトレスとして働き始めた。
初めはマーリンさんもそんな事しないでもいいと言って手伝わせてくれなかったが、何もしないと本気で引きこもりになりそうだったので無理を言って手伝わせてもらっている。
働き始めて三日後、メリッサの様子がおかしかったので声をかけてみた。急にソワソワし始め、落ち着きなく同じ場所を行ったり来たりしているのだ。
「何か心配事?」
「あっ……イズミ……今日は魔法学院の入学試験日なのよ。午後からなんだけど今から緊張しちゃて……」
あの日以来メリッサはちょっと僕に対してよそよそしい。まだあの事を引きずっているのだろうか。それにしても魔法学院の入学試験? はて……どこかで聞いた覚えが……
「イズミも試験でしょう。こっちは良いから準備しといで」
マーリンさんに言われてようやく思い出した。
そうだ、僕はウィザードになりに来たんだ。すっかり忘れてた。
「……私、イズミには絶対に負けたく無いわ」
僕の合点がいった顔を見てメリッサが声を低くして呟いた。いや~ウェイトレスがつい楽しくてね?
ウェイトレスの制服からいつもの冒険者用の服に着替えてメリッサと一緒に魔法学院目指して歩きだす。
ダーヴィット魔法学院。
このアルヴ・ヘイムで最高峰の魔法学院で、冒険者ギルドから認められた魔法使いギルドの総本山でもある。希望すれば誰でも試験は受けれるが入学できるのはほんの数名だけらしい。
らしい。と言うのは今横でメリッサが説明してくれたことの又聞きだからである。
「と言うわけで、入学するのはスッゴク大変なのよ? しかも私達エルフを基準としているから並みの冒険者じゃ合格出来ないのに……」
メリッサは丁寧に説明してくれるのだが、何故か僕の隣を歩いてくれない。メリッサとの距離が今の彼女との心の距離だと思うと少し切なくなる。
「みんな入学するのに頑張っているのに、試験直前までウェイトレスのアルバイトをしているなんて……」
「いや~照れるな~」
「褒めてないわよ……」
強く言いたいけど言えない。そんなもどかしさが伝わってくる。
こればっかりは時間の力に頼るしかないか……
メリッサに情報をもらいながら歩いていくと人だかりが目にはいる。お祭りかな?
「メリッサ、この人達は?」
「私達と一緒で魔法学院の入学希望者よ。午前中は貴族の子や身分の高い人達の試験でね、午後からの試験は一般の冒険者向けなのよ」
パッと見で百人近くは居ると思うけど、これ全員が入学希望者かぁ凄いな。
「ほら、私達も受付しちゃうわよ」
メリッサはそう言うとあるテントを目指して歩いて行ってしまう。
慌てて追い付くとそのテントには受付と書かれたプレートがかけられていた。
外で受付とか……周りに居る人達を見ればわかるけど、えらい人数が来てるなぁ。
「は~い、次の方……ってメリッサじゃない。ようやく受験出来る年齢になったのね」
受付に居たエルフのお姉さんはメリッサを見つけると嬉しいそうに声をかけてきた。どうやらこのお姉さんはメリッサの知り合いのようだ。
「それで、隣にいるのが例のあの娘ね」
そのお姉さんがこちらを見て微笑んでくる。あ~美人のお姉さんの笑顔っていいなぁ~
「初めまして、和泉と言います。あの……例のって何ですか?」
「ふふふ、内緒よ」
お姉さんは笑いながら誤魔化してしまった。まぁちらっとメリッサの事を見ていたので彼女関連なんだろう。
「さて、それじゃギルドカードを出して」
お姉さんはクスクス笑いながらギルドカードの提示を求めてきた。
僕は普通にギルドカードを手渡すが、メリッサは何回かちら見してきた。気付かないふりをしたけど……僕なにかやったかな?
「へぇ……レベル25か、頑張ったのね」
お姉さんは僕のカードを見て感嘆の声をあげる。
レベル25って頑張ったのか? 基準を知らないからよくわからないや。
「……レベル25もあるの?」
メリッサも疑いの目を向けてくる。いや、確かにそんなに強そうには見えないと思うけどさぁ。
「ラグズランドからこっちまで移動してきたからね。それなりに戦えると思うよ」
「へぇ~」
「それは楽しみね」
エルフ二人は興味津々な様子だ。あれ? 僕ってそんな感じなの?
「次は適正試験ね。二人ともこのツボの中に手を入れて」
お姉さんが出してきたのは片手がギリギリ入る位の中に水が入ったツボだった。
これはあれかな? 里でやった検査と似ているけど……
「その中に手を入れて魔力を放出してくれればいいから」
「じゃ私からやるわ」
メリッサが右腕の袖を捲り、ツボの中に手をいれる。そのまま魔力を込めるとツボの中の水が緑色に変色していく。色はそこまで濃くはない。
「うん……まぁまぁね。じゃあ次イズミちゃん」
『ちゃん』って……まぁいいけどね。
メリッサが入れたのとは別のツボに左手を入れ、魔力を込める。
しばらくは変化がなかったのだが、一気に色が変わった。雪のように真っ白な色と墨汁の様な黒色がツボの中で半分づつに分かれている。陰陽師を題材にしたマンガなどでよく出てくる『太極図』を想像してもらえばわかると思う。
さすがにお姉さんもこの色は予想していなかったようで目と口が開きっぱなしになっている。
「あの……これでいいですか?」
「え? ……あ~大丈夫よ。
……イズミちゃんのご両親は魔族の方……かしら?」
お姉さんは突拍子もない事を言ってくる。
「いえ、普通の人間ですけど?」
お姉さんは首を傾げながらも金属のプレートを手渡してくれる。プレートには大きく数字が書かれており、どうやらこのプレートが受験票代わりになるみたいだ。
「私のとは色が違うわね」
横から僕のプレートを覗き見たメリッサがそう呟く。言われて見れば僕の方が若干銀色が強いかもしれない。
「そうかな? 見る角度じゃない」
「ふ~ん……まぁいいけど」
なんか今日のメリッサは突っ掛かってくるけど、何かあったのかな?……あの日とか?
「はいはい、プレートを受け取ったなら横にずれてね。次の人の邪魔になるわ」
お姉さんに声をかけられて、未だに受付のテント前に立っていることに気が付いた。
僕達はいそいそと場所を移動した。
ちょうどその時集まっていた人達が話す事を辞め辺りが静かになり始めた。
どうやらこれから試験が始まるようだ。




