28話 入学祝
会場に集まった百人近いの冒険者がある一ヶ所に注意を注いでいる。その場所はどうやらステージらしきものが設置されているようだが、何分離れすぎていてよく見えない。ただ、なんとなくだけど何かが起きそうな雰囲気が漂っている。
『皆の衆。よく集まってくれた。
ワシがこの魔法学園の長であるダーヴィットである』
いきなり老人の声が会場に響き渡り集まった冒険者達に緊張が走る。どこから聞こえてくるか辺りを見回していると、風魔法の一種だとメリッサが教えてくれた。
「ただ、こんなに広範囲に声を届かせるなんて聞いたことないけどね」
どうやら風魔法をメインに扱うメリッサでもこれだけの規模は無理なんだという。
ちなみにダーヴィットの属性は不明らしい。化け物か……
『これより振り分けを行うぞい。受付でもらったプレートを見てくれ』
ダーヴィットの言葉に全ての冒険者が自分の手元を見る。僕の手元には銀色のプレートがあり、周りを見ると木のプレートを渡された人もいるようだ。
『金属プレートを渡された者は講堂に移動してくれ。木製のプレートの者は暫しこの場で待機じゃ』
講堂って言われてもどっちよ。
目指す場所がわからず辺りを見渡すと先ほどの受付してくれたお姉さんが手招きしていた。
どうやら講堂まで案内してくれるそうだ、メリッサが駆け足で先に行ってしまったので慌てて後を追った。こうして僕とメリッサはお姉さんの後に続き講堂を目指した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
講堂に集まったのは全部で三十人にも満たない人数だった。受付のお姉さんにここで待っててと言われたので大人しく待っていることにする。
ただボーと待っているのも暇なので周りにいる人達の観察を始める。やはり全体的に見てもエルフの人が多いようで、パッと見だがエルフ以外は僕も含めて片手程だろうか。
皆さん緊張しているご様子で落ち着きなくうろうろしたり隣に居合わせた人と情報交換している人なんかもいた。何気無しに横を見るとガッチガチに緊張したメリッサが焦点の合わない目を虚空に向けてぶつぶつと呟いている。これは怖い。
「メリッサ? 大丈夫?」
「何が? 私は平気よ!」
僕の声を聞き一瞬で正気を取り戻したメリッサであったが、膝が大爆笑している。こんなに震えていてよく立っていられるね。
その時講堂のドアが爆音と共に吹っ飛ばされた。講堂内に居た全員が驚き、ビクッとなったがしょうがないだろう。未だ土煙が漂い視界が悪い中ダーヴィットがのっそりと出てきた。
間近で見る彼は身長は僕よりも小さく、小柄なお爺さんといった感じだ。だが、その体に纏っている気配と言うか雰囲気は一言ヤバいとしか言い様がなかった。
「遅れてすまんな! 先ほど一次試験を行ってきたが、今年の合格者はここにいる者だけのよう……」
「ちょっと学園長!! 先程備品はもう壊さないでとお願いしましたよね? なのに何ですかこのドアは! 後でちゃんと直しておいて下さいよ!」
何か言いかけたダーヴィットを制止し受付のお姉さんが叱りつけている。
なんだろう……さっき見えた雰囲気が威厳と共に霧散していく。
ドアを直し終えたダーヴィットが改めて僕達の前に立った。目元に光る水滴があるのは見えてない事にしよう。
「……今年の合格者はここにいる者達じゃ。よってワシが一人づつ直に見てくれよう」
うん、多分有難い事なんだろうけど。半泣きの老人に言われてもいまいち有り難みがわからない。
ダーヴィットは一人づつ名前を呼び色々とアドバイスをくれるそうだ。結構時間がかかるようだし、この時間を利用してメリッサと話しをする事にした。
「何かイメージと違ったね」
「あっイズミ……そうね、ちょっと意外だったかな……」
メリッサは返事をしてくれたが、どこかぎこちない。まだまだ時間が必要なようだ。
「結構厳しい試験だったんだけどなぁ」
そんな僕達の愚痴が聞こえたのかお姉さんが苦笑いしながら近付いてきた。
話しを聞くとどうやらあのツボは特殊な素材で出来ているようで魔力を拡散してしまうようだ。また中に入っていた水も魔力で色が変わる仕組みだが一定以上の力がないと変化しない水だそうだ。
魔力を拡散してしまうツボに力がないと変化しない水。思った以上に厳しそうだ。
「変化を起こしたのはここにいる人達だけだったのよ」
なるほどね。それで金属プレートを貰えたのか。
ちなみに、木製のプレートを渡された人達は先ほどダーヴィットによる適性検査と称して魔法の洗礼をくらい全員ダウンしたそうだ。
試験らしい事もせずただツボに手を入れただけで不合格にされたとなると納得しない人が大勢出る事は目に見えているので、『あなたには、魔法の適性はないんですよ』と身をもってわからせる方法をとっているそうだ。
「それでも毎回数名はいちゃもんをつけてくるけどね」
「それは大変ですね」
お姉さんは笑いながら言うが冒険者の相手は相当大変だと思うのだが。
「授業についてこれなくなって苦労するのは自分なのにね」
「ニンゲンは諦めが悪いのよ」
お姉さんの言葉に続けてメリッサも話しに入ってくる。まぁ魔法使いというのはそれほど魅力のある職業なんだと思うよ。
「次! イズミ・ウエハラ」
そんな事を考えていたらどうやら順番が来たようだ。僕はメリッサ達に行ってくると伝え呼ばれた部屋へと入る。
◇◆◇◆◇◆◇◆
通された部屋はいたって普通の個室だった。真ん中に椅子とテーブルが置かれ、奥の椅子にはダーヴィットがちょこんと座っていた。なんと言うか本当にここの学園長なんだろうかと思ってしまう。
「イズミ・ウエハラです。宜しくお願いします」
「うん、うん。元気があって良いお嬢さんだ。さぁそこにお掛けなさい」
頭を下げ挨拶をするとダーヴィットはニコニコとしながら手前の椅子に座るように指示される。
しかし、何か違和感がある。さっき講堂に入って来た時と雰囲気が違うような気がする……
「どうかしたのかな?」
椅子に座らずじっとダーヴィットを見ていたら再度声をかけられた。
「あの……失礼な事と思いますがひとつ宜しいですか?」
どうしても違和感が拭えなかったので、意を決して質問をしてみる事にした。
ダーヴィットは「うむ」と言って快く質問を許してくれた。
「あの……貴方は本当にダーヴィット先生なのでしょうか?」
「ほう……それはどういう事かな?」
僕の質問を聞いた瞬間ダーヴィットは笑顔をやめ、すっと目を細めた。
「失礼な事だと思いますが、先ほど講堂に入られた時と雰囲気が違うなぁと思ったもので……」
「雰囲気が……それはどんな感じですかな?」
ダーヴィットさんが続きを催促してきた。特にこれといった確証はないのだが、
「何て言うか……講堂に入られた時は“火”をイメージさせるような猛々しさがあったのですが……」
「今はそれがない……と。さっきは魔法を使った後で少したぎっておったのかもしれんの」
「いえ、そういう訳じゃなくて……何て言うか今は安心感って言うかこう……“大地に身を任せてる”? 的な感じがします」
僕の言葉を最後にダーヴィットは黙ってしまう。
ヤバい。調子に乗って変なこと言っちゃったかも!
直ぐに謝ろうと口を開きかけたその時、いきなりダーヴィットが笑い声をあげる。
「ダーヴィット来なさいよ。久方ぶりにあたいの擬態を見抜いた生徒が来たよ」
「何と! それは誠か、ユン!」
目の前のダーヴィットが誰も居ない壁に向って話しかけるともう一人のダーヴィットが壁から生えて出てきた。あまりの光景に僕は言葉をなくしてしまう。
「ほらこの子さ。それに聞いとくれよ、なんとなく雰囲気が違うって理由であたい達の属性まで言い当てたんだよ」
興奮状態なのか目の前の椅子に座っているユンと呼ばれたダーヴィットは女の人の様な喋り方でいい気にまくしたてる。壁から出て来た方は興味深そうに何回も頷いていた。
そして壁から出て来たダーヴィットの方は講堂に入って来た方とどことなく気配が似ていた。
こんなことならもう少し桜華さん達に気配の探り方を聞いておけばよかったよ。
「あの……さっき壁から出てきた方がダーヴィット先生でいいんですか?」
「ああ、すっかり忘れていたよ。
壁から出てきたこの方があんたが入学する学園の学園長でもあり、あたいの主でもあるダーヴィット・ヒュリュライネンその人さ」
そう言って座っていたダーヴィットは椅子から立ち上がるとその姿を変化させた。スラッとした長身で女の色香が満載の女性に変化する。何故かチャイナドレスを着用してる部分はツッコんだ方がいいのだろうか? 完全に変化が終わると先ほどまで感じていた違和感が確かなモノに変化する。火の気配は完全になりを潜め、今は優しくそして力強い土の気配を感じる。
「そしてあたいがダーヴィットに仕える召喚獣の一匹で地龍のユンさ」
そう言ってユンさんは握手を求めてきた。僕は無意識にユンさんの手を握りしめていた。
なるほど、地龍か。なんとなくだけど安心感を覚えた訳がわかった気がした。
「ほう……ユンから握手を求めるとはの。余程その子が気に入ったのか?」
先ほどからダーヴィットは楽しいそうに僕達の行動を眺めている。そして彼の言葉にユンさんは大きく頷き、あろうことか僕を胸に抱き始めた。
「だってダーヴィット、この子は感覚だけであたいの擬態を見破ったんだよ? 今まで魔眼やその類の術を使って見破った奴は居たけど感覚だけで見破ったのはこの子が初めてさね!」
よほどうれしかったのかユンさんは抱きしめるだけじゃ物足りず何度も頬擦りまでし始めた。
ユンさんが動くたびに森林の中で深呼吸した様な爽やかな匂いが鼻孔を刺激する。なんて言うかマイナスイオン全開って感じだ。
「ほれ、その子……え~とイズミじゃったか。イズミも困っておるじゃろうからそこらにしときなさい」
「嫌だよ! あたいはこの子が気に入ったんだ!」
ユンさんの言葉にダーヴィットが困ったような顔をし、少しこのままでいいかと聞いてきた。まさか主が召喚獣に負けるなんて思っても見なかった。いや……阿形も大概か。
僕はそのままユンさんをくっ付けたままダーヴィットと話しをする事となった。まぁ誰かにくっ付かれるのは慣れているからいいけどね。
聞かれた内容はほとんど世間話の様な感じだった。何が好きかとか今まで何をやってきたのかとかそんな感じだ。そして途中何回かトランプの様なカードに魔力を込めてくれと頼まれた。
「さて、次はイズミの属性についてだが……面白い結果が出た」
そう言ってダーヴィットさんは先程僕が魔力を込めたカードを取り出しテーブルの上に並べ始めた。
そのカードは全部で四枚あり、全てのカードが上下で黒と白に分かれていた。
「受付で貰った結果を見てもしやと思っとったが、やはりお主は光陰の属性じゃったな」
その結果は里で調べた結果と同じだった。しかしダーヴィットさんの解説はまだ終らなかった。
「しかし、元は土属性の様じゃ。ユンが異常の懐くのもそのせいかもしれんの」
ダーヴィットの言葉に僕は耳を疑う。
元の属性だって? それじゃ僕はどこかで改造されたってこと?
「変な事を聞くがイズミは昔、肉体が変わるような事が起きなかったかの? こう全く別人になるような」
「えっと……そう言う事なら二回程あります」
ダーヴィットの言葉に僕は素直に答える。僕は前の異世界に行くときにすっかり別人に変化させられた。戻る時に少しだけ日本人に近付くようにもう一度変化している。
「あきれたの。お主一体どんな人生を送っておるんじゃ? 普通に生きておればそのような事起るまいて」
ダーヴィットの呆れた声にとりあえず笑って誤魔化しておいた。言えない。異世界を渡り歩いていますなんて絶対に言えない。
「まぁいいわい。今のお主は全ての属性を万遍なく使えるじゃろう。が、よほど努力せんとどれも中途半端になるぞい。特に火属性は伸びづらいかもしれぬの。逆に土は伸びやすいぞ」
「はぁ」
「土属性の魔法ならあたいが教えてやるよ。それこそ手取り足取りね」
里でも言われた事をさらに詳しく教えてくれた。
正直土属性って使った事なかったな。里で多く使っていたのは……たしか木属性か。雷はこっちだと風属性になるんだよな。
僕はユンさんの存在を完全に無視して考えに耽る。その間もユンさんはやりたい放題だった。
「さて、最後になるのじゃが。イズミはウィザードとソーサラーどちらに進むのじゃ?」
考え事をしてるとダーヴィットから今後の進路についての質問が来た。考えに没頭していた為、正直聞き逃したのだが、ユンさんが優しく教えてくれた。
「えっと一応ウィザードを志望しています」
「そうか、ウィザードか。イズミならソーサラーでもやっていけると思うがの」
ダーヴィットの言葉にユンさんが「イズミがソーサラーになるならあたいイズミと契約し直そうかなぁ」と呟いた。僕が慌ててユンさんを見るとウィンクで返された。ダーヴィットには聞こえてなかったようだけど……。
「それでは、入学祝としてこれを」
そう言ってダーヴィットは薄い水色の小瓶を取り出し僕に手渡してくれた。
中に液体が入っているようだけど……なんぞ?
「それはな、この国で取れる魔力の水と呼ばれるものでな。飲んだ者の魔力を増幅してくれる作用がある」
なるほどね、魔力の栄養ドリンクってわけだ。
一人で感心している間にもダーヴィットの説明は続く。
「今イズミに渡したのはこの学園にあるなかでも最高濃度のものじゃ。ぐいっとイッキ飲みするんじゃよ」
ダーヴィットの説明通りにイッキ飲みしようと小瓶のふたを取り腰に手を当てたところでユンさんから待ったがかかる。
「それを飲む前にあたいもお祝いをあげるよ。久しぶりに楽しませてくれたお礼さ」
そう言ってユンさんは僕に顔を近付けてくる。
え? もしかしてこれは……キスと言うものですかな! 元が龍だとしても今は美女の姿なのだ。これで喜ばない男は居ない!
僕はドキドキしながら待っているとユンさんはそっと口付けをしてくれた。僕の左目に。
より正確に言うならば左の眼球をそれこそ飴玉のようにしゃぶられている。眼球にユンさんの舌が触れるたびになんとも言えない感覚が身体中を駆け巡るが、不思議と痛くない。
十分ほど舐められただろうか左目から口を放すとユンさんは目を開けずに一気にその水を飲めと言ってきた。最早何がなんだかわからない僕は素直に従い手にした小瓶の中身を喉に流し込んだ。
直後、体の中を熱い何かが駆け巡る。里で桜華さんにチャクラを解放してもらった時以上の熱さと衝撃が身体中を支配する。そして、左目が異常なくらいの熱を帯びた。このまま目からビームが出てもおかしくないと思える程だった。
え? これ僕大丈夫なの?




