第143話 俺にお前を、殺せというのか!
「どうしたロナウ? 具合が悪いのか?」
「すみません主。なんか、苦しくて」
振り返って見ると、ロナウの歩き方がヨタヨタしている。
隣を歩くウルシュが心配そうにしてるが、支えるような事はしない。
やはり、昨日の任務での影響が残っているか? 昨日の夜は何ともない様子だったけど、今朝から調子が良くない。
だんだんと悪化してるのか?
「ロナウ。しっかり歩けっ! お前等に仕事を怠ける権限は無いぞ! 仕事が出来るのか、出来ないのか、ハッキリしろっ!」
「出来ます!」
「本当か?」
「ふーっ。大丈夫です。明日は久しぶりに6匹そろって休みなんです。だから、今日はしっかりと働きます」
「なら、フラフラするなっ!」
ロナウの背筋が伸びて、存在感が増す。
気合いで、待ち直したか? 休ませてウルシュだけで、仕事をしてもいいんだが、本人が大丈夫と言うなら、問題ないだろう。
「行くぞ。ついてこい」
奴隷獣人達は、奴隷だ。信頼関係は必要だと思ってるし、愛情もあるが、師従関係はしっかりしないといけない。仕事も厳しくしないといけない。そうする事が、こいつらの評価に繋がる。
悲しいが、主人に従順で仕事に誠実な奴隷獣人こそが、人間にとって素晴らしい奴隷獣人になる。
俺は、こいつ等の為に、そういうふうになるよう、しつけていく。いつでも俺の元から離れても生きていけるように。
「いいか。俺達はユウツオでは有名だ。帝都でも、噂になってると聞く。そんな俺達の存在感を示してるだけで、トラブルの抑止力になるわけだ。情けない姿を晒すなよ?」
楽な仕事だ。祭りで賑わってる中央広場でトラブルが起きないように、目を光らせて見回ってるだけでいい。
3年前から話がくるようになった仕事。ようやく、ここまできた。
そろそろ、コイツ等はトライアッド商会から自由になっても良いだろう。もっと、良くしてくれる個人の主人と契約するべきだ。
2匹ぐらいは、タツキが契約してくれると、ありがたいけどな。
「ちょっ! ロナウちゃん」
「どうした?」
振り返ると、ロナウが両膝と両手を地面につけて屈んでる。コイツが、俺の言う事を無視して、こんな事するのは、異常事態だ。
「ウルシュ、ロナウに肩をかせ。ロナウ、ここで倒れるな。こっちに来い、屋台の裏に行くぞ」
「はい…… すみません」
「ロナウちゃん、立てる? ほら、頑張って」
なんだ? 何が起きてるんだ?
やはり、昨日の任務で、奴等に捕まってた間に何かされたのか?
とりあえず、人目のつきにくい、ここで少し休ませるか。
「そこに座れ」
「は…… い。ハァ、すみません。息が」
「主、ロナウちゃんの身体が、すごく熱い。何か、これは、大変な気がします」
「ウルシュ。治療院に行って、誰か連れてきてくれないか? これは、俺では対処出来ないかもしれん」
「分かった。急いで行ってくる!」
ウルシュが戻るまで、悪化しなければ良いのだが……
奴隷紋は自分の魔力を契約してる獣人に送る事で、活性化させ、傷を癒したり、身体能力を上げたり出来る。
しかし、今は俺の魔力が送れない。どういうわけか、ロナウ側でせき止められているような、向こうが満杯でこれ以上入っていかないような感じがする。
「ロナウ、昨日の事は本当に何も覚えてないのか? 何かされたんじゃないのか?」
「ハァ、ハァ。すみません。捕まって…… いた間の…… 事は…… 覚えてない…… です」
俺達は昨日、謎の指名手配者を捕まえる予定だったが、逆にロナウ達が捕まってしまった。しばらくして、見つける事が出来たし、ロナウ達に外傷も無く拷問された様子もなかったが、捕まってた3時間ぐらいの記憶がないようだ。
本当に、見た目通りに何もされてないのか?
「ロナウ踏ん張れ。ウルシュが戻ってこれば、楽になる」
「はい…… ハァ、ハァ」
「今日は、ギルドマスター達が奴等を追っている。何か情報を得られるハズだ。戻ってくるまで踏ん張るだ」
「主……」
「なんだ?」
「身体の…… 中に、魔力が…… 溢れてきます」
「魔力が?」
「力が湧いてくる…… 自分ではコントロール出来ない! ハァ、ハァ…… 躾で縛って…… 下さい」
「わ、分かった」
魔力が溢れるだと? いったい何をされたんだ?
右腕からロナウに向けて送ってる魔力を躾へと切り替える。
ロナウは苦しんでるように見えるが、さらに苦しめても大丈夫なのか?
「?! どういう事だ?」
ロナウに変化が見られない。何故だ?
躾の度合いを強くしてみる。それでもロナウが躾によって、苦しんでる様子は無い。
俺は、しっかりと魔力をコントロールしてる。ロナウ側で俺の魔力操作が遮断されているようだ。
「主っ!」
ロナウが突然、頭を地面に叩きつけた。
両手で地面を掴み、身体を強張れせて、必死に何かを耐えている。
けどそれは、俺からの躾では無い。
「どうした? 大丈夫かっ!」
「意識が…… 朦朧として……」
「躾が効かない。お前を縛れない!」
「契約を解除して下さいっ!」
「何だとっ?!」
ロナウのうなじが見える。奴隷紋の中心がそこにある。そこに俺が手を当て、お互いに奴隷契約解除の意思を持って、主人が解除の呪句を唱えれば、奴隷契約は解除される。
解除の方法は簡単だ。だが、それは重大な事だ。
「何言ってるんだ! それは、簡単には出来ない事だぞっ!」
「嫌な予感がしますっ!」
ロナウの息がどんどん荒くなっている。さらに筋肉が弾けるんじゃないか? と思うほどに地面にしがみついている。
まるで、コントロール出来ない自分の身体が勝手に動かないように、力づくで地面に縛りつけているようだ。
「解除したら…… ハァ、ハァ、ハァ、ハァ。俺を殺して下さい……」
「なんだとっ?!」
「コウっ! ハァ、ハァ。コウと出会う前に…… 昔、こうなった仲間を…… 見た事ある……」
「俺にお前を、殺せというのか!」
「コウっ!」
「どうなる? そいつは、どうなったんだ!」
「コ…… ウ……」
ロナウが力無く俺の名前を呼んだ。そして、眠りについたようにゆっくりと、地面に倒れ動かなくなった。
「ロナウっ! ロナウっ! しっかりしろ! 起きろ! 立てっ! ロナウっ!」
身体を揺すっても、反応が無い。
だが、身体が熱いままだ。それに、俺は生きてる。ロナウは、まだ、死んでいない。
「起きろっ! 仕事中だぞっ! 頼むから起きてくれ!」
なんで、こうなった?
「ロナウっ! ロナっ……」
ロナウが顔を上げた。
俺を見ている。
しかし、うつ伏せに倒れている身体の関係からすると、異常な角度で頭が俺へと向けられている。
その瞳に光はない。生気がない。まるで闇を取り込んだかのような、深く暗い瞳。
その暗闇から溢れ出したように禍々しい魔力が、ロナウの身体に伝播していく。
「ロナ…… ウ?」
身体が徐々に肥大化していく。肌が薄暗い黒に変色していく。赤い血管のような模様が浮かび上がる。
「殺してくれ」
本当にそう呟いたのか、幻聴だったのか?
その言葉を最後に、頭部から生えてきた無数の円盤によって、ロナウの瞳は覆われて見えなくなった。
円盤は生え続けて、犬獣人らしい口と耳だけを残して、2メートルぐらいの頭部は巨大な球状に変貌した。身体も頭部を支えられる大きさになり、長く多毛な尻尾、四足歩行の大きな魔獣のようだ。
周囲にあった屋台がいくつか崩壊して、店主や客が悲鳴をあげている。
中央広場の北西に位置する、この場所から伝播して、恐怖と悲鳴とパニックが広がっていく……
なんで? どうしてこうなった?
右手で左腕をさすって、ウルシュにメッセージを送る。「早く戻って来い」と。
そして、左手で右腕をさすり、ロナウにメッセージに送る。本来なら奴隷が遠くに行った時や、森の中で見失った時に使うのだが、目の前にいる変わり果てたロナウに呼びかけてみる。
「ぐぅぅるるるる! がぁぁああ!」
唸りと咆哮。これに何の意味があるのか分からない。いや、きっと意味はない。コイツはロナウだった者、今はもう危険な怪人だ。
「俺が殺さないと……」
覚悟を決めて呟いた言葉の意味を理解したのか? それとも、俺から殺気が出ていたのか?
「ぐわぁぁあ」
ロナウ怪人の右腕が俺の両脚を薙ぎ払う。切断こそされなかったが、1撃でぐちゃぐちゃになってしまった。
さらに2撃目の突進によって、中央広場の端まで吹き飛ばれた。
とっさに腰の短剣を抜いて頭に刺そうとしたが、円盤で覆われた球状の頭部は硬く、刃が折れてしまった。
建物に激突し、強く背中を打つ。
背中よりも腹部に激痛が走る。おそらく突進で内臓へのダメージが酷いのだろう、肋骨が折れたかもしれない。
だが、俺は立ち上がらなければいけない。
ロナウを止めないと、殺さないといけない。
アイツを、あぁなってしまったけど、せめて、大量殺人をさせてはいけない!
「ロナ…… ウ…… ゴホッ」
吐血と同時に一気に力が抜けていく。立ち上がるどころか、意識を保つ事すら難しい。
目の前でロナウ怪人が暴れている。次々と屋台を壊し、邪魔な人間を蹴り飛ばし、逃げる者に恐ろしい咆哮を浴びせている。
武器を持って襲いかかる者には、硬い球状の頭部で弾き、その後に容赦なく噛みついている。
強い。速い。
アレは、獣人の中でも才能あるごく一部が出来るという、獣化による真獣形態じゃないのか?
真獣形態の怪人なんて聞いた事がない。
「やめ…… ろ……」
俺の全魔力を消費してロナウ怪人に躾をしてみるが、効果は全くない。
そして、魔力も体力も尽きた俺は、そのまま意識を手放すしか無かった。




