第142話 ヒルデ=レッサー・トキザです
【ユウツオで活動するワナン国ニシトラ地方出身の擬似宝剣の使い手】
「フォルスト! いったん下がれ! 擬似宝剣を使うから、全員を怪人から離れさせろ!」
「ダメだ! トラヒコの擬似宝剣では被害が大きすぎる! 効果がなかったら、こっちも動きにくくなる! まだだ。お前の擬似宝剣は最終手段だ!」
クソっ!
この怪人は、どっから出てきたんだ! 怪人が現れるとしたら、街の外からやってくる場合が多い。
奴等についてはよく分かってないが、元々は人間か獣人で、何らかの要因で許容量を超えた魔力を保有する事で怪人化するとされている。
これは、強力なドラゴンを討伐に行ったチームが、ドラゴンの魔力に充てられて怪人化した。という過去の話があり、魔獣も元々は、ただの獣で、ドラゴンや自然にある魔力に充てられて魔獣化する。という事と同じとされている。
だから、街中で突然、怪人が現れるなんて事は、ありえない。
だが、現れてしまったのだから、対処しなきゃいけない。にしても、何でよりによって、この狭い倉庫地区に現れたんだよっ!
俺の擬似宝剣は強力だが、基本的には広範囲攻撃しかできない。ここで使えば周囲を焼け野原にしてしまう。
倉庫にはユウツオの街で消費される物資が保管されている。近くには俺達のクランハウスもある。
だか、それでも、それを犠牲にしてでも、この怪人はここで倒さないといけない。コイツを、人が多くいる所に行かせてはダメだ。
むしろ、人通りの少ない走行区画の裏通りで良かったのかもしれない。
この怪人は危険すぎる。
「トラヒコ! 突風を出せる擬似宝剣を用意してろ」
「デルドリエさん、アレはそんなに攻撃力無いですよ? 相手の態勢を崩せる程度の威力しかないです」
「それでいい。場合によっては味方に打て。吹き飛ばして、攻撃を回避するんだ!」
なるほど。そういう使い方があるのか。
「ライノフ! 獣人共の動いが悪い、臆するな! 足元で人間には出来ない低い姿勢で動きまる事に集中させろ!」
「了解です!」
「投擲チーム! もっとタイミングをシビアにとらえろ。だが、ダメージを与えようとは考えるな。むしろ、投擲物が弾かれてもいい。怪人が投擲物を弾くのに腕を使っている間に、フォルスト、ジウォンが頭部に攻撃するからな! タイミングにもっと注力しろ!」
「「「分かりました」」」
「フォルストぉぉお! ジウォォオン! ガルハぁぁああ! 投擲に、もっと合わせろぉお! 無理はするなよー! お前達は消耗するわけには、いかないぞぉぉおお! 危険を感じたら、すぐに俺の盾に入れぇぇええ!」
この人が来てくれて良かった。
「アイツ等、聞こえてるのか?」
少し前までは、犠牲を覚悟した消耗戦をするつもりで、行動していた。
フォルストが怪人との戦闘を経験してたから、アイツを中心に付近にいた40人ぐらいの冒険者、全ての命を消費しても、この怪人を倒す。その覚悟で動いていた。
10人ほど動けなくなった時に、この人が来てくれた。
ハイファルネン流とダブスレイ流の2つの魔闘気を使い、宝物級の巨大な盾7つを自由自在に操り、圧倒的な防御力で仲間を守ってくれる現役のA級冒険者。そして、ユウツオ騎士団の団長でもある。
ついた二つ名は、不死盾のデルドリエ。
この人が来て指揮をとってから、動きが変わった。4つに分け役割で、怪人を消耗させている。しかも、こちらの被害は少ない。
体力と速度に優れた奴隷獣人で怪人の注意を引きつけるライノフ達。シシゾウが作ってるワナンの投擲武器クナイを、頭部付近を狙うD級冒険者達。怪人のスキを伺って、強烈な攻撃を撃ち込むフォルストとジウォンとガルハのB級冒険者。フォルストはC級だけど。そして、不測の事態に対処する俺とデルドリエさん。
「フォルストめ。いい動きをしてるな」
「そんなんですか?」
「実力者は既にB級であろう、怠け癖がなく高みを目指せばA級になれる素質もあるだろうが、C級で止まり続けるのか。勿体無い」
やはり、フォルストはB級の実力はあるのか。ちょっと悔しいな。
「だが、他の奴等も冒険者ランク以上の良い動きをしてるな」
上手くいっている。怪人討伐の理想的な動きが出来ている。
だが、このまま、この状態を継続できたとしても、コイツは倒せるのだろうか? ダメージを与えているが、遭遇してから動きが変わっていない。それに、デルドリエさんの表情は常に厳しい。
肌感覚で分かる。コイツはヤバイ。禍々しい魔力だけでも危険を感じれるが、見た目だけでも理解できる。
コイツは戦闘が好きで戦闘を求めている怪人だ。なんたって、頭部から腕が8本も生えている。
少しだけ残ってる口と耳から元々は犬獣人だったかと思われるが、それにしてはデカい。3メートルほどの大きさに、全身が筋肉の鎧のようで、怪人特有の黒い皮膚と赤い模様がある。
傷の再生速度は遅く、動きも鈍いが、拳の速度だけは恐ろしく速い。そして威力も脅威だ。1発もらえば骨が砕ける。あたり所が悪ければ内臓が破裂する。3発も、もらえば命は無い。
もしかすると、大平原や大砂漠にいる怪人と同等の危険な奴なんじゃないのか?
「決定打が足りんな。もう少し攻撃力に優れた冒険者がいないと、長引きそうだ」
「デルドリエさんは、攻撃にはまわれないのですか?」
「俺の攻撃力ではフォルストと同じぐらいだろうな。何より速度が出せない」
やはり、現状維持では厳しいのか。
A級冒険者6人でかためたチームが必要かもしれない。もしくは、最低でもA級冒険者2人、それとB級冒険者を10人は、必要なんじゃないか?
このユウツオには誰がいる? 速度と攻撃力があるのは、冒険者育成学校の校長、炸裂の両断剣のセンギョク…… この2人ぐらいか。
「トラヒコぉ! 突風だぁ!」
「えっ?」
よく見ると、怪人の裏拳がフォルストの足を掠めたようだ。空中で変な体勢になっている。そして、怪人の2打目が構えられている。
「ヤバイっ。間に合え!」
魔力を込めて、急いで右手の擬似宝剣を突き出す。風が渦巻いて直進していくが、怪人の拳の方が速い。
しかし、その拳はフォルストを捉えられなかった。
怪人は突然、頭を殴られたように跳ね上げて、さらに左膝を落とした。
怪人が攻撃されたのは間違いないが、何をされたのか、全く見えなかった。
何が起こったのか分からないけど、フォルストは助かった。
「見えない衝撃…… 魔法か!」
「魔法? 魔法って、魔女教団しか使えない魔闘気の流派、ウィザード流のですか?」
フォルストは突風を受けて、怪人から離れた所に着地している。そして、その隣には大きな旗を、剣のように怪人にむけて、大きな帽子とローブに身をつつんだ、魔女が立ってる。
【魔女教団ユウツオ支部、支部長で魔女教団のイメージ回復に奮闘する冒険者育成学校の生徒】
アレが怪人ですか。
マスタークラスが戦った話を聞いた事があるし、学校の授業でも習った。けど、実物は話で聞くよりも恐ろしく禍々しい。
私の魔法は、いちおうダメージがあるみたいですが、あの程度なのですね。人間相手なら2メートルは吹き飛ばして、頭に当てれば気絶されられるのに……
「いちおう、礼は言っておく。ありがとうな」
少し手前に冒険者が着地した。私は、詳しい状況は分からなかったけど、危ないと感じて咄嗟に魔法を放ったら、本当に危なかったらしい。
この人は、たしか、タツキさんと親しい冒険者だ。決闘の時に控天幕にいたのを見たし、時々、街で一緒に歩いているのを見た事がある。
「悪いけど、見たとおり、今は忙しいんでな。揉め事は後にしてくれよ?」
「揉め事は既に起きてるのでは?」
「あぁ? そうだな」
「私の魔法で怪人の動きを一時的に止めれるみたいです。その隙に頭を潰せないでしょうか?」
「えっ? 何?」
「私の魔法なら、一瞬の隙を作れそうです! 頭をお願いします!」
「あっ。いや。話の意味は分かったんだが、手を貸してくれるのか? 魔女教団が?」
なるほど、そういう事になるのですね。この非常事態ですら、魔女教団というのは、こういう扱いされるとは……
「もちろんです! 私は魔女教団ですが、ユウツオに住む1人でもあります。この街を守りたい気持ちは一緒です」
「お、おぉ。悪りぃ。感謝する」
「では、いきます! 3時間ぐらいは魔力切れしませんので、短期決戦でお願いします!」
「いや、ちょっと待ったぁ!」
「何でしょうか?」
「俺たち冒険者は、各々が出来る事をやって、連携して動いてる。確かに魔法は凄ぇけどな、それによって連携が崩れるかもしれない。まずは指揮してる人に話をしてから」
「わかりました」
「えっ?」
「私が出来る事やりましょう。指揮をしてるのは、あの盾を操ってる人ですか?」
「えっ? アレ? なんか、話が通じるんだな」
いちいち魔女教団の悪いイメージに、振り回されている場合では無い。
それに、冒険者の強さとは、この連携にあると聞いている。だから私は冒険者について学ぼうと思った。基本的に単独で動く魔女教団には無い強さを。
「急ぎましょう! 先に行きます」
「お、おう。ジウォンさん、ガルハさん。少し離れます! 後をよろしくっ!」
旗の両端の裾を掴み、ひと振りして袋状にする。その旗に内側に狙いを定めて、空へと弾き飛ばされるように。
自分の魔法の衝撃波を使って空を飛ぶ。
怪人の位置を確認して、2発目を調整。上手く放物線を描いて、怪人の頭上を越える。狭い路地の怪人の向こう側に着地できそうだ。
「危ないっ!」
まさか、このタイミングで?!
怪人が跳躍している。目の前に拳が迫ってくる。
「ぐぅっ」
威力は調整したけど、苦しい声が漏れてしまった。自分自身に向けて魔法を放ち、地面に向けて急降下する。
奇跡的に剛腕から逃れる事が出来た。地面に激突するのは仕方ない。と、思ったけど、先ほどの冒険者が、高速で地を疾走して助けてくれた。
そのまま、指揮官の元へと到達する。
「あの、ありがとうございます」
「気にすんな。お互い様だ」
この人は、私を助けてくれた。魔女教団である私を。
シェンユさんも仲良くしてくれた。ダリアさんも助けてくれた。タツキさんの友達は皆さん優しい人ばかりだ。
「タツキさんに似てますね」
「タツキと知り合いなのか?」
「クラスメイトです。親しい仲だと思います」
「そうか。アイツは凄ぇな。奴隷獣人に、ワナン国の姫様に、シャン・レン=ワン家で、魔女教団とも親しいのか」
そう言われると確かに。タツキさんって、凄い人だ。
「フォルストぉ! 何やってんだ!」
「新しい戦力を連れてきました! デルドリエさん、どうしますか? 魔法を使える人です」
「どうもさせん! 大人しく避難していろ」
「「えっ?」」
なんで?
「魔法が使えるって事は、魔女教団じゃねーか! コイツ等の力を借りたら、後で何を要求されるか、わかったもんじゃない!」
「そ、そんな! そんな事しません!」
「信じられんな」
「ぐわぁぁああ!」
「何だ?」
近くの建物が爆発したように見える。
「そんな、俺のスペキスがぁ」
「すぐに契約解除しろぉ!」
どうやら奴隷獣人の1匹が、あの剛腕の餌食になって、建物に激突したようだ。
すぐ隣いる女性は腕を負傷した。投げた投擲武器をキレイに打ち返されたようだ。
じわじわと、人間側の消耗が激しくなっているように感じる。
「デルドリエさん! 今は人間同士で歪み合ってる場合じゃないですよ!」
「私は、何の見返りも求めません! 信じて下さい!」
「手柄が欲しいだけじゃないのか? これまでの事で、急に信じろと言われても無理な話だ! お前等は、それだけの事をしてきた! フォルスト! お前が犬獣人の代わりをやれ。お前のスピードなら出来る」
「デルドリエさん!」
「トラヒコ! 立て直すぞ、一度だけ炎の擬似宝剣を放て! 街に被害が出ても仕方あるまい」
「いいんですか? 打ちますよ?」
そうだ。それだけの事を魔女教団はしてきたのですよね。
でも、だからって。諦めない! 私は決めたのです! これから変わろうと、私が変えていこうと、応援してくれるタツキさんの想いに応えると!
「何でもします! 私をユウツオの街の為に戦わせて下さい!」
「どう信じろというのだ!」
「では、私で無く。私を信じてくれるタツキさんを信じて下さい! あの人の期待を裏切る事は絶対にしません!」
「誰だ。そいつは!」
そんな、知らないのですか!
「デルドリエさんっ! そいつは信じられます!」
「トラヒコ?」
「間違いねぇ。タツキの名に誓ってくれるなら、信じられる。デルドリエさん、あの決闘をした男ですよ。領主様も気に入ってる。シェンユも懐いてる」
「フォルストも?」
「誓います。私に期待してくれるタツキさんと、我等、魔女教団の教祖、大魔女サヤ様に誓います。私は同じくユウツオに住む人々の為に全力を尽くすと」
タツキさん、すみません。名を使わせてもらいます。
「いいだろう」
「ウォォォオオオオオオン!」
「何だ?」
「何の声だ?」
「西から聞こえたぞ」
犬の遠吠えのような声が、西側から聞こえる。いったい何なのだろう?
「怪人の動きが止まったぞ!」
「西を向いてる! 今の遠吠えに反応してるのか?」
腕だらけの頭部で、どこを向いてるのか分かりにくい怪人だけど、上半身を西に向けて、小さな耳を細かく動かしている。
明らかに、今の遠吠えに反応している。
「まさかっ! そんなバカなっ!」
「デルドリエさん? どうしたんですか?」
「俺は元々、中央広場に怪人がいると情報があり、領主様から向かうように言われたのだ。その途中で、ここで怪人との戦闘に遭遇したのだ」
「つまり、どういう事ですか?」
「バカ! トラヒコ、中央広場にも怪人がいるって事だよっ!」
「な、なんだって? フォルスト、そんな事がありえるのか?」
「俺に聞くな! 知らん。しかし、どうりで中央広場の冒険者達が、来ない訳だ。増員を呼びに行かせたツァジウも向こうで戦ってるのかもな」
怪人が2体…… そんな話は聞いた事無い。
「あぁ! 怪人が動きます!」
「トラヒコぉ! 道を塞げ! 炎を!」
「了解!」
決闘大会で見た擬似宝剣から炎が吹き出して、中央広場へ向かう道が業火で埋め尽くされる。
さすがに、炎中を突き進むのは出来ないのか怪人が歩みを止めた。
「嘘だろっ! オイ!」
けれど、まさかの、建物を破壊して進んで行った。
怪人に破壊された建物が音を立てて崩れていく。
「追うぞぉ! ジウォン、先に行け!」
「デルドリエさんダメよ。建物が崩れてて、すぐ後を追う事は出来ない!」
「くそっ。トラヒコ、すぐに火を消すんだ!」
「わ、分かりました。でも、ちょっと待って下さい! 水を降らす擬似宝剣を取ってきます」
「急げよ」
「デルドリエさん!」
「なんだフォルスト。お前もすぐに追う準備をしろ」
「少し時間を下さい。突然に始まった戦闘だったので、装備を整えてたい。俺も他のメンバーも万全の状態じゃない」
「そうか…… いいだろう。なら5分以内に装備を整えろ。火を消し次第すぐに向かうぞ」
次々に冒険者達が不測の事態に対応していく。さすがだ。
自分が出来る事をやる。そして連携して大きな事に対処する。これが、単独で動く魔女教団には強みなんですね。
なら、今は私も、できる事をやらないと!
「私は、どうしたら良いですか? 私なら建物の屋上から追えます!」
「ここに残れ」
「えっ?」
なんで? さっき、了承したのに!
「仲間達を頼みたい。俺達にはどうしようもない。お前にしか頼めない」
「何を?」
「俺達は戦う事ができる。しかし、傷ついた者を癒す事はできない」
「……」
「お前にはできるのだろう? 魔法は治癒魔闘気と同じような使い方もできると聞いている。頼めるか?」
私は戦闘ができる。それなりに鍛えてきた。学校でも成績は上位にいる。でも、今、私にしかできない事がある。
それは、大切な仲間達の命を繋ぐ事。
「任せて下さい! 必ず、誰も死なせは、しません!」
「頼むぞ。お前は魔女教団ではあるが、名を聞いておこうか」
「ヒルデ=レッサー・トキザです」




