第140話 違うよ。私は、ドラグマン・レッドだ
【普段は倉庫番の仕事をしてる6匹チームのメス犬獣人】
苦しい……
どうして、こんな事になったの?
きっと、昨日の極秘任務で何かあったんだ。
私達は仲が良かった。いつだって、どんな時もチームで乗り切ってきた。他の奴隷獣人とは違って特別な信頼関係で結ばれている。
私とウルシュ、イアルフ、カムロ、ロナウ、チャイラ。それだけじゃなくて、主達のコウ、ニナ、ガートも。
だから、お互いの契約をすり替える。という秘術が使えた。トライアッド奴隷商会に伝わる特別な秘術だけど、使えるの人は、ほとんどいない。
この秘術を使って、任務に合わせた最適な組み合わせで、どんな任務もこなしてきた。
なのに、昨日は変だった。
コウは「オスだけを連れて行く」って言ってガートにチャイラとカムロを契約させた。自分はロナウとウルシュを契約してたけど、ウルシュは置いて行った。
たまに、夜の店に行く要人の護衛とかで、こういう事はあったけど。早朝に、しかも任務内容も極秘では初めて。
「コヒュー…… コヒュー……」
息が上手くできない。
ニナが焦ってるんだ。きっと、チャイラを抑え込もうとして、それで、私にも影響が出てる。
必要があれば、容赦なく躾がされる。でも、むやみやたらに、気に食わないから、憂さ晴らしに、なんて事は無い。主達は厳しいけど思いやりがある。信頼関係がある。
昨日の夜に帰ってきたコウとガートと3人は、とても疲れてる感じだった。今朝になって3人は調子も悪そうにしてた。
でも、オスの3人は昨日の依頼については喋らなかった。コウもガートも何も言わなかった。
たぶん、ニナも何も知らないんだと思う。
強い信頼関係があるのに……
それでも、今日は外せない仕事が入ってたから、オスとメスの組み合わせで私達がサポートして何事も無く終わるつもりだった。
仕事内容もそんなに難しくない。ウルシュとロナウは中央広場の見回り。イアルフとカムロは倉庫通りとクラン通りの見回り。私とチャイラが英雄広場とその周辺の見回り。
祭りで人が多いから、問題が起きないように威嚇しつつ、トラブルがあったら対処するだけの仕事。本来ならユウツオ騎士団がやってる仕事だけど、年末で貴族が多くユウツオに来てるから貴族区画に駆り出されてて、人手不足で回ってくる毎年ある簡単な仕事。
何事無く終わる簡単な仕事。明日は皆で年越しをする。そのハズだった……
どうして、怪人化したの?
どうして? チャイラ……
「大丈夫か? 生きてるか?」
眩しい。瓦礫がどかされて、昼時の強い太陽の光がさしてくる。
私は奴隷獣人。こういう時は、救助は後回しされるハズなのに。何故?
もう終わったの? チャイラは死んでしまったの?
ううん。それは無い。
だって、チャイラが死ぬのであれば、私も死ぬハズだから。
「か…… い…… じん…… は?」
「安心しろ。瓦礫の下に埋まってもらった。しばらくは出てこれないだろう」
変な男に抱き上げられた。
裸に見間違うほどの狭そうなズボンと、股間に防具だけで、顔は龍面で覆っている。
さすがに少し不快だけど、抵抗する体力は残ってないから、なされるがまま。でも、この変態さんは、私を助けてくれた。
「奴隷紋が光ってるだと?! これは、躾か! こんな状況で、苦しめられてるのかっ!」
「ち…… がう……」
「クソっ! 主はどこだっ! 遠くはないハズ。ギルドの中だな!」
説明しなきゃ。
仕方ない事なの。ニナも想定外の事で混乱してるだけだと思うの。
苦しいけど、でも、こうでもしないとチャイラを止められないの。それでも止められないみたいなんだけど……
もう声が出ない。
それにしても、どうして、この変態さんは、こんなに怒ってるんだろう?
獣人の躾なんて、当たり前の事、必要があるから行われる事なのに。
「待ってろ。すぐに助けてやるから!」
なんで、こんなに奴隷獣人の私に、優しくしてくれるんだろう?
こんな人は1人しか知らない。
そう、春に衝撃的な出会いをした、あの人だけ。
顔を隠してくるけど、この人は、もしかして……
【冒険者ギルド、ユウツオ支部で運営者から冒険者に転向しようとしてる元C級冒険者の受付嬢】
「外の状況、誰か見える?」
「窓は全て木材で覆ってしまった!」
「2階からは? 誰か見てきて!」
「俺が行ってくる」
3人組D級冒険者チーム“栄街の三槍”が出て行って、しばらく経つけど戻ってこないわ。やられてしまったと考えるべきね。
ギルドの運営者は全員C級以上の実力がある。そもそも一度は冒険者になって、C級以上になった者が運営者への転向試験を受ける事が出来る。
今ここにいるギルドの運営者は、私を含めて9名。
けれど、負傷者は20名ほどいるし、ギルド職員は運営者だけじゃない。調理のオバさん達、解体者の人達。他にもE級とF級の冒険者もいる。全てを守りながら怪人の相手をするのは無理だと思う。
「ムーチェン。どう思う?」
「ルーファン先輩、どうってのは?」
「怪人に対して、打って出るべきかしら? D級冒険者程度では相手にならない。ギルドの運営者が全員で戦えば、勝てると思う?」
「分かりません。でも、もしも、僕達が負けたら、ギルド内の人が守れなくなります」
「そうよね」
どうすべきか……
負傷者の話によると、元々は犬獣人が怪人化したように見えるとの事。
だとするなら、鼻が効くし、体力もあって、スピードもあると思われる。逆にパワーはそれほど無いハズ。
気になるのは、頭にあるという黒い円盤。それが堅くて、頭部を破壊するのが難しいらしいから、正面や上からでなく、上手く側面から頭部を攻撃しないといけない。でも、スピードのある相手にD級冒険者なら難しいだろう。
私なら、どうだろうか?
私が得意なのはヘイトコントロール。相手の注意を惹きつけ、攻撃をいなして、スキを作る。そこをフォルストとパメラが叩く。
それが、昔の必勝パターンだった。
今、この場には、フォルストやパメラ並みの冒険者も運営者もいない。
やっぱり、ここで籠城するのが正解かもしれない。
なんで、こんな時にギルドマスター達はユウツオの外に出てるのよ! たしか、冒険者育成学校の校長も一緒に出てるのよね。
今、ユウツオにいるB級冒険者は冒険者育成学校の先生達が数名と、領主様の私兵が数名、A級冒険者は騎士団の団長のみ。あとは元A級冒険者のハオラン氏とセンギョク氏が戦力になるかもしれない。ぐらいだろうか?
誰かがきてくれれば大丈夫だ。
中央広場に行ったC級冒険者達が戻ってこれば問題ない。
やっぱり、此処で助けを待つのが正解かもしれない。
「ルーファンさん!」
「状況は見えたの?」
「出てった“栄街の三槍”は倒れてます! でも怪人の姿が見えません!」
「英雄広場に、いない?」
「分かりませんけど、2階の窓からは確認できませんでした」
移動したのか? 中央広場に向かった可能性ある。今なら全員を連れて移動出来るかもしれない。
貴族区画に入れれば安心だけど、入れてくれるだろうか? いや、領主様なら、誰であっても受け入れてくれるハズ。
「主は誰だぁぁあ!」
「なっ、なんだ?」
突然、正面扉がバリケードごと壊された。
まさかっ、姿が見えないのは、ギルドの正面扉のすぐ前にいたからか!
「怪人が入ってきたぞ!」
「全員、戦闘体制!」
「負傷者を、もっと奥に移動させろー!」
「裏口から出れるようにしておけー!」
こ、コイツは、怪人か?
膝下から腰からにかけて黒いが、タイトなズボンを履いてるだけだ。頭部は人間っぽくないが、赤い龍面をつけてるだけ。
股間に防具があり、後ろにも毛皮を付けている。
怪人ではないが…… 変人だ……
「なんだ? なんだ貴様!」
「新しい怪人かっ!」
「いや、変人か?」
「変態じゃないのか?」
「この状況で、その格好…… 間違いなく変態だ!」
皆、混乱しすぎだ!
「奴隷使いがいるだろっ! 何処だっ!」
奴隷獣人を抱えているけど、状況が読めない。
「ん? お前っ! そこのお前! 今すぐ、それをやめろ! お前に言ってるんだ!」
「待て! 状況が読めない! 奴隷使いがどうしたって言うの! あっ、待って!」
変態野郎は私の言葉を無視して、ギルド内を迷わず直進して行きやがった。
「止まれ!」
「それ以上入ってくるな!」
「動くなぁあ!」
ギルドの運営者、冒険者が静止を促しても変態は止まらない。でも、誰も力づくで止めようとはしない。私も見ている事しか出来ない。おそらく、D級以下でも感じ取れる。
コイツの魔力は異常だ。
信じられない程に魔力量を持っている。B級冒険者か、もしくはA級冒険者並みかもしれない。
魔力だけなら、さっきの怪人の何倍もあると思われる。
変態が1人の女性の前で止まった。跪いて祈るように両腕に魔力を込めて、何かを呟いてる女性。
アレは、たしか、トライアッド奴隷商会に所属する奴隷使いのニナだ。奴隷獣人を2匹使って、この辺りを見回りする仕事をしてたハズ。怪人に遭遇して左足を負傷して逃げてきたんだっけ。
「今すぐ、躾をやめろ」
「なんで? なんで、なんで、なんで? どうして? なんで?」
「やめろっ!」
「どうなってんのよっ! チャイラ! うっ」
いきなり、変態がニナを蹴り飛ばした。
ニナは綺麗に顎を捉えられて、少し浮いてから、仰向けで倒れた。意識を失ったみたい。
明らかな暴力。それでも誰も動けない。その瞬間に、一瞬だけ数倍に魔力が跳ね上がったから。
なんて、怖しい男。
いったい何者なのか。
「ここで、休んでろ」
「あ…… の……」
「どうした?」
コイツ等は知り合いなのだろうか? 変態はメスの犬獣人を優しく床に寝かせてる。犬獣人は力なく変態の頭を掴み、何かを囁いたみたいだ。
何か驚いた様子で、身体を震わせた変態が、ぎこちなく直立不動になった。犬獣人は、何を言ったのか? 怒らせるような事は言わないで欲しい。
「違うよ。私は、ドラグマン・レッドだ」
変態は怒るのではなく、想定外の言葉を口にした。
まさか…… ドラグマン・レッドだって?
「なっ。お前が?」
「あの噂の変態か!」
「その魔力…… サンダイルを1人で倒せるのは本当なのか……」
「うるぅぅううがぁぁあ!」
突然の咆哮に全員が身構える。間違いなく怪人の叫び声だ。
「あの犬野郎。瓦礫から脱出したのか」
「ドラグマン・レッド! どういう状況だ?」
「あの怪人は私が相手する!」
あれの相手ができるのか? 1人で?
いや、コイツならできるのか。
「おいっ! 入ってきたぞ!」
「マズイっ! 扉が開いたままだ!」
レッドが壊した正面入口から怪人が入ってきた。大きな頭に黒い円盤と鋭い牙が並ぶ口、犬獣人だど分かる体格だが黒く変色していて赤い血のような模様、周囲の畏怖を抱かせる不気味な魔力。
「がるるぅぅるぁぁああ嗚呼!」
「うるらぁああ!」
怪人が両手を広げ大きな口を開けて威嚇した瞬間に、レッドが突進して怪人を吹き飛ばした。でも、怪人は入口付近に踏みとどまり、レッドの右肩から腰まで口に収めて噛みついている。
怪人は更に両手の爪を立てて、レッドを切り裂こうとしたが、両手首を掴まれて阻止された。
レッドは怪人を押し出そうと、怪人はレッドを押し倒そうと、ギルドの正面入口で力押しが始まってしまった。




