第六十七話 ルーリ
「でもよお……いいのか? 俺たちが無限魔を沢山狩って、村に上げたら、教国軍が攻め込んでくるんじゃ?」
一行は学校訪問を後回しにして、先に無限魔狩りをすることにした。
何しろあの村には、今後再訪することはないと思われるので、今のうちの用件を片付けてしまおうと思ったところだ。村を出て発生地域へと続く道を行く。
「ああ……それなら大丈夫よ。教国の奴ら、あちこちで反乱軍の相手してて、こんなところ構ってられないから」
「反乱軍がもう動いてるのか?」
「まあね。教国の馬鹿共、春明さんを捕まえる口実で、あちこちに騎士を寄越したじゃん? そいつらのしたことのせいで、一気に皆大爆発よ。教国の奴ら、こうなること判ってなかったしらね?」
「頼むときと今とで、えらく態度が違うわねあんた……まあ礼儀なんてそんなもんでしょうけど」
今のルーリは、先程頼み込んだときのような、畏まった雰囲気はもう消えていた。何やら軽い口調で、ちゃらい印象を受ける。
「ところでさっき聞きそびれたけど……あんたの持ってるあのゲームは何?」
「あんなの別に珍しくないわよ。どっかの誰かが、赤森王国から密輸してきたんでしょ。教国じゃ機械は敵国の武器だ~~とか言って禁止してるけど、そんなの間に受ける馬鹿はそういないわ。ジュエルさんから聞いたんだけど、金持ち共なんかは、平然と機械を買いまくって良い暮らしをしてるって話しだし。建前は魔道具ってことにしてるけど」
どうやらリームは建前の教義と違って、かなり自分に都合のいい行いをしているようだ。そもそもリームが蒸気船を使ってる時点で、色々おかしかったのだが。
「それをあの村の子供らと一緒に遊んでたのか?」
「そうよ。学校って、うざい騎士共が時々来るから、安心してゲームできないのよね。それにこの村には、昔からの友達もいるし」
「お前あの村の生まれなのか?」
春明にとっては意外な話しだった。魔法学校というと、貴族や金持ちしか通えない印象があるだけに。
「正確にはあの村じゃなくて、あの村の人達が、昔住んでたとこだけど。魔法学校で良い成績とると、お金も食べ物も支給してくれるから、結構便利なのよ。まあ……そのおかげで、皆から色々妬みを言われたけど……」
「成る程、それで村の皆を助けるために、あんなこと頼んできたのか! お前なんか口も目つきも悪いし、不良臭いけど、結構良い奴なんだな!」
「はっきり言うわね……。あんただって充分不良臭いわよ、この牛女」
そんなこんなで一行は無限魔の発生地域の前で立ち止まる。
そこには農地が広がっていた。ただし農地は全く手入れされておらず、雑草が生えまくり。遠くに見える民家地帯にも、人の姿は全くない。
そんな廃村後に、魔の卵が我が物顔で浮き回っている。今時何処にでもある光景だが、それ故に、多くの人々を困らせている問題である。
「なあ、ここってもしかして?」
「私が生まれた村よ。今じゃ見る影もないけどね」
「何か村の周りが囲まれちゃってるけど……どうやって出て行ったわけ?」
ガルディス村の場合、銃や村人の戦闘力でどうにかなるレベルだったので、どうにか村の外の行き来ができた。
だがのこの国の無限魔は、とてもじゃないが民間人が追い散らせるレベルではない。いや本職の軍人でも無理かも知れない。
「ジャイアントダックで空から数人ずつ運んだらしいわよ。私はその時村にいなかったけど……。あいつら皆村に閉じ込められて大変だったってのに、半年近くも放置しやがったし。校長が掛け合ってくれなかったら、皆飢え死にしてたわ……」
そうルーリが、当時の騎士団や憲兵隊の行いを恨みがましく語る。
無限魔が出現した当時、政府は民間の救出に積極的でなかった。人手が足りなかったとか、そういう事情はなく、ただ無駄に予算も労力もかけたくないという理由でである。
「胸くそ悪い話しだが……まあここまでセオリー通りの悪役国家だと、やりやすくて逆に良いかもな」
春明は早速、魔の卵に向かって進み出す。想定通りに、彼らに反応して、魔の卵が接近し、変異する。
「ひっ!? あれが無限魔!? 竜じゃないの!?」
春明達にとっては見慣れた現象だが、ルーリはそうではなかったらしい。この国では、無限魔が強すぎるために、ほとんど討伐できず、一般人の目に触れることもない。
テレビもないので、無限魔の脅威を、話しや新聞でしか知らない者も多いのだろう。
現れた無限魔は竜型であった。以前ギン大諸島で遭遇し、残念ながらも戦えなかった魚竜と比べると、ずっと小さい。だがそれでも象ほどの巨大さがある。
体型はかなり太く、頭がやや小さめだ。全身が赤茶色で顔の部分が黒い。完全な四足歩行で足はあまり太く短い。
背中にはドラゴンらしい翼が生えているが、体格と比べると小さく、あまり飛ぶのが得意そうでな印象だ。そんな竜が一つの魔の卵から一個ずつ、計二体出現した。
「おおっ、肉付きが良くて良い感じじゃないか! すげえラッキー!」
「ああっ、これで出てきたのが、岩とか骨の怪物だったら、全く無駄骨だったしな!」
「あれを食べるんだ……まあトカゲも食べれるし、いいのかな?」
食用として申し分ない無限魔の出現に、一行は恐れもせずに、果敢にこの二体の竜に挑んでいった。
「どおりゃあっ!」
ルガルガのスキルの気功撃二式が、竜の首に叩きつけられる。その太い首は切断にこそ至らなかったものの、鉞の刃が竜の首の鱗にめり込み、肉に刃が埋まって骨にまで達し、そこから大量の血が噴き出す。
聞いた話によれば、この竜は自動小銃の一斉掃射はおろか、機関銃の銃撃を何百発受けても傷一つつかず、対戦車ロケット弾で多少怯ませる程度のダメージしか与えられない化け物である。
銃器でも充分対処できた、ゲールの無限魔とは全く次元が違う。
しかも図体の割に動きが素早く、件のロケット弾を当てるだけでも、大層苦労したという。機械を禁じているリーム教国に、何故そんな実戦戦績の情報があるのかは、あまり考えないようにしよう。
そんな怪物に、ルガルガはここまで深手を与えたのである。今の一撃で即死はしなかったものの、喉に重傷を負った竜は、そのまままともに動けずに倒れ込む。
この時点で既に勝敗は決している。ルガルガは倒れた竜に、再び気功撃二式を撃ち込み止めをさした。
この竜は今までになく強く、楽勝とまではいかなかったが、四人が力を合わせれば充分倒せるレベルであった。
近くでは春明が、竜に連続して気功撃を撃ち続け、竜の全身をズタズタに切り裂いているところであった。こちらももうすぐ決着がつくだろう。
「すごい……こんなに強いなんて。これが緑人の力なの?」
春明との戦いを見て、少し離れた所で見学していたルーリは圧巻されていた。
当初は拳銃一丁で倒せる無限魔ですら苦戦した春明だが、今や元の世界の大部隊を相手にしても勝てるぐらいの強さを持っている。
その強さを見れば、並の人間が見れば、確かに凄まじいだろう。
「本物の緑人はもっとつええよ。それに、お前だってもうすぐ、俺たちと同じようになるぜ」
「どういうこと?」
同じく控えメンバーに入って見学中だった浩一の言葉に、ルーリが首を傾げたとき、丁度春明が竜に止めをさしたところだった。
《ルーリのレベルが上がりました》
戦闘が終わった直後に、そういうウィンドウ画面が現れる。それと同時に、ルーリが身体に異変を感じ取った。
「あっ、熱い!? 何よこれ!? 急に力が沸き上がって……」
「レベルアップてんだそれ! はははっ、お前も一緒に人間やめちまおうぜ!」
今までと違って当人の意思とは関係無しに、詳しい事情も聞かされないままに、春明の仲間にされたルーリ。
彼女は自身の身体の変調に、ナルカの時以上に驚き戸惑い、それを浩一が軽く笑っていた。




