第六十六話 リームのスラム街
それから先は野を越え山を越え、一行はリーム教国内を、隠れるように歩き続けた。まあ、隠身の札を使えば、誰にも気づかれないので、思った程困難の道ではなかったが。
この国にはテレビやラジオがないため、各地の情報が掴みにくく、あの村の襲撃がどう処理されたのか、彼らには知ることが出来なかった。
そしてもう一つ思ったこと。この国には貧民層が非常に多いという事実である。
「ここもかよ……相変わらず酷いな」
ついさっき到着した集落を見て、春明がそう嘆かわしく息を吐く。目の前には、元の世界の日本ではテレビでしかお目にかかれないようなスラム街であった。
木板をつなぎ合わせて作った、粗末な小屋が建ち並んでいる。人々には生気が薄く、身体が痩せてしまっている者も多い。服装も粗末なもので、皆何日も洗っていないような汚れた服を身につけている。
以前ゲール王国での移民街に似てはいるが、あちらは食糧問題がなかった分、まだマシだったのかも知れない。
春明はこういったところを、道中何度も見てきた。最初に訪れた村は、まだかなりマシだったのだ……
「ゲールの移民街を見たときは……何でこいつら、ここまで無理して渡って来るんだって思ったけどよ。何か納得した感じだな」
「無限魔の被害だけで、ここまでいくとは思えないわね。教国政府の政治にも問題があるのかしら? 姿隠してるせいで、話しを聞けないから分かんないけど……」
「本当にこの近くに魔法学校があんのか? 何か明らかに場違いな感じなんだけど……」
ゲームでの展開はこう。最初にリーム教国に来訪した主人公達だが、途中で彼がレグン族だとばれてしまう(ゲームではこの時点まで、主人公がレグンであることは、プレイヤー側からも隠されていた)。
リームの騎士団に追われる所を、たまたま入り込んだ魔法学校で、そこの生徒に匿われる。実はその学校は、リームのやり方に不満を抱いた反乱軍が潜伏しており、彼らはそこで反乱軍と出会い物語が進行していく。
ちなみにゲームでは、リーム教国に魔法学校は一つしかないように描かれていた。だが現実のリーム教国では、下級・上級、数多くの魔法の教育施設があり、それのどこに行くかで一時悩んだ。
姿を隠しながら、持ち出した地図(一応代金は、店に置いていった)を見て、ゲームと同じ名前の魔法学校があることを知り、そこを目指して進んでいる途中である。
「つうかこの状況で、匿ってくれるような、気のいい生徒なんているのか? 何か俺たち、追われてるって割には、えらく余裕で、人から心配されるようには見えないけど……」
「とりあえず行くだけ行ってみようぜ……もしそこに反乱軍がいるなら、まずそっちから先に会ってみるのも良いかもしれないし……」
そんなこんなで一行が、このスラム街を通り過ぎようとしたときだった。
「おりゃあああああっ! 必殺、ケツバズーカ!」
「うわっ! いてぇ! ちくしょうお返しだ!」
何やら暗い雰囲気のスラム街の一角から、場違いな明るい声がどこからか聞こえてきた。
「くそ~~~もう一回だ!」
「駄目駄目! あんたもう三回やったじゃない! よしじゃあ次は……」
スラム街のとある小屋の中。椅子もなく地面に布が敷いているだけの簡素な床の上で、十代半ばぐらいの少年少女が数人。二組に固まって組んで、あることに没頭していた。
それはゲームであった。春明の世界にある携帯ゲームとそっくりな機械を、二人の少年と少女が一個ずつ持っている。
そのゲームに映し出されている画像は、実に鮮明で、優れたグラフィックが表示されており、春明の世界の視点から見ても、かなり高性能なゲームであると考えられる。
ゲーム画面には、二人の鎧武者風のキャラクターが向き合っており、どうやら格闘ゲームをしていたようだ。
二人がゲームに乗じ、残りの面子が後ろから覗き込むように、そのゲームの戦闘を観戦している。
先日、機械気のないリーム教国の集落を、春明達はいかにもファンタジーぽいと言っていたが、ここに来ていきなり高度機械文明の利器の登場である。
ちなみにこの小屋にいた者達は、大部分がスラムの住人達と同じ、粗末な服装であるが、一人だけ見た目が浮いている者がいる。
それは紺色のネクタイに白いシャツの上に、黒いローブを身に纏った、金髪の少女である。頭の両側に小さなリボンをつけ、服装に乱れや汚れがない。明らかにこのスラム街とは、装いが異なる者である。
初めて会ったときのハンゲツの服装と似ており、もしかしたら彼女も魔道士かも知れない。どうやら彼らがしているゲームは、この少女の所有物らしく、次のゲームの対戦相手を、彼女が決めていた。
「もしも~~し、お前ら……」
小屋の戸を勝手に開けて、その光景を見ていた春明が、気の抜けた様子で声をかける。だが彼らがそれに気がつく様子がない。
隠身の札の影響か、ゲームに没頭して周りが見えていないのかは、謎であるが……
「おいっ!」
「ふはっ!?」
「「!?」」
春明がつかつかと小屋内に入り込み、ゲームをしている者達の服を引っ張ると、さすがに彼らも気づいたようだ。面食らった顔で、春明達の姿を、一斉に注視する。
「ちょっと何よあんた! どっから入ってきたわけ!?」
「さっきそこのドアから」
「何を勝手に……ていうかこれ見たわね!」
魔道士の少女が、自分の持っているゲーム機を掲げて、そう責める口調で叫ぶ。
「ああ、そういやこの国じゃ、機械は御法度だったっけ? ていうかあんな大声上げて、隠しているつもりだったのか?」
「うぐっ!」
どうやら痛いところを突かれたようで、少女は顔を引き攣らせて、口を紡ぐ。
「別にそれはいいのよ。この村の人は、皆黙ってくれるし」
「村以外の奴に、聞かれたときのことは考えてたのかしら?」
途中で質問してきたのはハンゲツ。少女は小屋の方から、春明の仲間がこちらを見ているのを見て、ますます焦る。
「ああ~~でもどうしよこれ……こんなにいっぱい聞かれちゃったわ。ところであんたら何? リーム人じゃないよね? 違うんだったら見逃してくんない?」
「ああ、まあいいけど……」
赤森の服を着たレグン族に、リーム教国ではほとんど見ない褐色肌の魔道士・ホタインの戦士・ロボット・ザネンの魔道士。リーム国内ではどう見ても怪しい集団だが、彼女にとっては、それは些細な事のようである。
春明のあっさりと出た回答に、少女はホッと安堵の息を吐く。
「ところでお前ロベーン学校の奴だよな? お前の所で、反乱軍を匿ったりしてねえか?」
だがルガルガのその言葉に、一瞬で少女の顔が青くなる。
ロベーン魔導学校の生徒が、何故今このスラム街にいるのか? 何故禁止されているはずの機械機器のゲーム機を持っているのか? 等の本来最初に質問すべき点を、見事にすっ飛ばして、いきなり核心をついてきた質問であった。
その言葉はあまりに不意打ちだったのか、少女の反応は実に判りやすい。他の者達も、事情を知っているのか、こちらを見てかなり動揺してるようだ。
「なななっ、……何を言ってるのかな?」
「ああ~~いい。別に無理しなくていい。言いたくないなら、俺らの方で学校行って調べるから」
「ちょっと待って!」
そのまま小屋を出ていこうとする春明を、少女が裾を引っ張って呼び止める。
「話す! 話すから、皆ここに入って、ドアも閉めて!」
他の子供らも、必死な様子で春明達一行を、引っ張るように小屋の中に招き入れる。あまり広くない小屋の中、春明達が入ったことで、ますます窮屈になった状態でドアが閉められる。
「聞かれたくない話か? でもこの小屋、防音はないよな?」
「お願いだから小さい声で話して!」
電灯がついていないため、薄暗い小屋の中で少女が春明達に話し始めた。
「私の名前はルーリよ。あんたらの言うとおり、ロベーン魔法学校に通ってるわ。……それで貴方たちが、ジュエルさんが言ってた人?」
「ジュエル? 誰だそれ?」
「今私の学校にいる、反乱軍の人よ! 今単独行動で学校に隠れてるの!」
どうやらロベーン魔法学校にいる反乱軍は、そのジュエル一人のようだ。ゲームとは大分、状況が異なる。
「う~~ん、まあ確かにそいつに用があることになるな……でも何かそいつは俺たちのこと知ってるみたいな言いぐさだな?」
「何日か前に、赤森の天者の人から連絡が来たそうよ。この世界を救ってくれる勇者が、もうじきそこに来るって……。すごい胡散臭い話しだけど、まさかあんたらがそれなわけ?」
どうやら天者達は、ナルカの時と同じ手口で、ゲームイベントを再現したようだ。
「まあ確かに、俺たちの目的はそういうことになるな。何かゲームマス……天者共から、勝手にそういう役目を与えられたんだが……」
春明はもう、ゲームマスターという単語を使うのは、やめたようだ。自分たちの身に起きたことの根源は、赤森の天者達の仕業であることは、もはや明白なだけに。
「ところで学校でそれを知ってるのは、お前以外はどのぐらいいる?」
「私以外に何人かいるみたい。もし外に出て、春明さんを見つけたら、連れてこいって校長に言われたわ」
「そう……まあいいですよ。ルーリさん。その反乱軍の人の所に案内してください。大丈夫です、教国の悪党共は、私達が皆殺しにしますから!」
「だからそんな風に、殺す殺すって連呼するのやめてくれ……」
「うん、いいわ。でもその前にお願いしたいことがあるの」
今までになく真剣な様子で、ルーリが春明に目を向ける。最初はご丁寧にシナリオが決められていることに、また呆れた様子だった春明も、ルーリの雰囲気の変化に気づく。
「この村の……いえ、この辺りの人達に食べ物を分けてくれませんか? この村にも栄養失調で倒れる人が次々と出て……もう限界なんです! ジュエルさんから聞きました。テツ大陸では無限魔を食糧にして、皆豊かに暮らしてると……。春明さんは、無限魔を倒せるんですよね?」
この国が土地不足・食糧不足に陥っていることは、今までも見て充分判る。どうやら彼女はそれをどうにかしてほしいらしい。
「豊かに……かどうかは知らねえけど。食べ物には困ってねえな。毎日肉ばっかりで、つまんなかったけど。でもそれなら自分で狩ればいいじゃん!」
「馬鹿! それが出来ないから、こうやって頼んできてるんでしょうが!」
「判りました! 私達に任せてください!」
「おうよ! すぐ大物とってくるから、期待しろ!」
「ゲームじゃこんなイベントなかったけどな……まあ、いいか」
ゲール出身の二人がそんなやり取りをし、ギン大諸島の二人が、春明の了解を取らずに、あっさりと了承する。そして最後に春明が、気の抜けた声で、ルーリの頼みを受け入れた。
「ところでお前は魔導学校の生徒らしいが、得意魔法は何だ?」
「えっ? 回復魔法だけど……」
「よしっ、お前も来い!」
「えっ?」
唐突な春明の問いに、ルーリがきょとんとしている中、その場に新たなウィンドウ画面が現れた。
《ルーリが仲間になりました》




