ま
京子が花火を持って貴行の部屋へ入って来た。
靴を脱がず、玄関に立ったまま貴行に向かって言う。
「ねぇ、花火やらない?」
貴行に言った後、刀間と鈴を見て一緒にやらないかという目配せをした。
「花火ですか、いいですね」
鈴はちゃぶ台の前に敷かれた座布団に座ってお茶を啜っている。
「良いな、場所は私の社でどうじゃ」
刀間は貴行の太股の上に座りながら京子を見つめて場所の提案をする。
「そ、そうね」
京子は刀間が貴行の上へと座っている事に改めて違和感があり、少し言葉を詰まらせた。
「バケツと水とライターかな」
貴行は必要そうな物を頭に浮かべて口に出した。
「そうね、貴行用意してね」
京子は断る事を許さない雰囲気を発したが貴行は断る気が無かったので素直に受け入れた。
「わかった」
「夜が楽しみじゃの」
日はまだ高く上っていたので夜まで待ってから神社へと向かった。
神社にはセミの声が響いている。
少し下がった気温と涼しい夜風が夏の暑さを紛らわせてくれていた。
「これうんこ花火」
貴行が下品な名称で呼ぶそれは蛇玉。
「変な呼び方しないでよ、ちゃんとした名前ないの?」
京子は貴行の呼び方を改めさせようとするが京子自身もその花火の正式名称が分からなかった。
蛇玉に火を付けた貴行は次から次へと出て来る黒い棒を見ながら少し燥ぐ。
「うわっ、うんこ!!」
「だから違うってば、それやめて!」
京子はせっかく自分が用意した花火をうんこと呼ばれる事に不快感があった。
「楽しそうじゃな、どれ」
刀間は腕捲りの動作をするが着物の広い袖はすぐに元に戻る。
勇んで火を付けた花火も線香花火であり、態々腕捲りをした割には地味で動作と不釣合いだった。
火が付けられた線香花火はすぐに火の球を作り、小さな火の花を咲かせ始める。
刀間は硝煙の濃い香りに包まれる。
しかし、決して良い臭いとは言えないその香りを拒む事無く穏やかな面持ちで受け入れていた。
幼い容姿をした刀間が手に持つ線香花火は徐々に大きくなって行く。火の玉を抱き、周囲の小さな空間へと小さな火の花を次々と咲かせて行く。
小さな火の花が美しい輝きを見せて儚く散る度に刀間の小さな顔は照らされる。
1500年の時を見守る刀間の瞳を照らす火の花の輝きは、潔く儚く、そして美しい輝きを見せて散っていった人々の姿を刀間の心へと映していた。
刀間はその花火を優しく持ち、鼻を突く硝煙の香りさえも穏やかな表情を浮かべながら受け入れている。
刀間と線香花火。その一対は周囲から見ると神々しく、この上なく清らかだった。
時の全てを受け止めるかのような刀間の美しい姿を見た京子は声を漏らす。
「刀間様ってやっぱり神様よね、普段はあんななのに」
「あんなって何?」
「アンタみたいなゴミの上に座って嬉しそうにしてるって事よ」
京子の言葉が棘を持って貴行の胸へと突き刺さる。
「俺が悪いの?」
その問いに京子は答えず、美しく佇む刀間の姿を見つめていた。
「ご主人様、これやりましょうよ」
手にススキ花火を二つ持った鈴が貴行へと声を掛ける。
「よし」
貴行は鈴から一つその花火を受け取った。
「じゃあ火付けるから、それそのままにしてて」
貴行は安全の為、鈴に花火を持つ手の動きを止めておくように言う。
「はい」
鈴は笑顔で頷いた。
貴行はライターに火を付けてその火を鈴の持つ花火へと移した。
花火に火を付けて最初は火薬に引火せず、先に垂れている紙が燃えているだけだったが、やがて火は火薬へと移って、火の花を勢い良く噴射し始めた。
「うわっ、す、すごいですね」
鈴はその火の勢いに少し腰が引けてしまった。
「大丈夫だよ」
貴行は自分の花火にも火を付ける。
鈴から少し遅れて貴行の花火も火を噴き始めた。
鈴と貴行は並んで同じ方向へと花火を向ける。
鈴は今貴行と並んでいるという事を意識してしまい、少し頬を染めて俯いた。
それにすぐ気付いた貴行は声を掛ける。
「どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないです」
しばらくの沈黙が続き、もうすぐ火が終わろうかと言う所で京子の声がした。
「ちょっと火ちょうだい」
手には貴行と鈴と同じススキ花火が持たれている。
貴行は花火について毎年思っていた事を口にした。
「これって火を移してる時かなり無駄だよね」
京子は貴行が火を移そうとしないで言葉だけ発した事に固まる。
「ライターでつけてよ」
そう言いながら貴行は京子へとライターを渡す。
京子は固まったまま受け取った。
「あ、終わっちゃいました」
鈴の花火が終り、続いて貴行の花火も少し後れて終わる。
刀間はもう4つ目の線香花火に火を付けていた。
「アンタがもたもたしてるから火消えちゃったじゃない!」
京子は我に返ったように貴行の頬を平手打ちした。
「いてっ、だからライターでつけてよ」
貴行は叩かれた頬を手で抑える。
京子は貴行の花火から火を移して貰うと言う事がしたかった。
しかし貴行の無い神経によりその想いは踏み躙られてしまった。
「死ね! 馬鹿!」
京子はポケットから取り出した爆竹の束に火を付けて貴行の服の中へと入れた。
これはただ事ではない。
貴行はすぐにそう思った。
「あちっ、あちっ!」
導火線に付いた火が貴行の背中へと小さな火傷を作る。
貴行は早くしないと爆竹へと火が届いてしまうという事に焦っていた。
爆竹は上手い具合に手の届かない背中の中心へと引っ掛かり取れない。
貴行が服ごと脱いでしまえば良いと気付いた時にはもう遅かった。
背中で爆竹は炸裂する。
大きな破裂音が何度も響く度に貴行の体が跳ねる。
「あぎっあだっ! た、助けて! 誰か! これとって!!」
その貴行の間抜けな様子を京子も鈴も刀間も笑いながら見ていた。
貴行はこの世には誰も自分を助けてくれる者等いないのだと理解した。
地に倒れ込み、痛みに耐えて、やっと爆竹の炸裂が終わる。
背中には小さな裂傷と大きな火傷がいくつも作られていた。
「こ、これ、笑い事じゃない、でしょ」
切れ切れに言う貴行の言葉に京子が言った。
「貴行なら大丈夫でしょ?」
貴行は震える声で抗議する。
「お、俺をなんだと思ってるの?」
「馬鹿でしょ?」
京子は即答した。




