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刀間は夜の社で、独り、森を、自分自身を眺めていた。
夏の夜風が優しく頬を撫でて行く。
その穏やかさが余計に刀間の瞳を潤ませる。
迫る時への不安や恐れが刀間の心を押し潰しそうになっていた。
穏やかな空気や景色は見つめる瞳に世の無情さを映し、心を追い詰めて行く。
「貴行……」
涙で頬を濡らす刀間は、近くて遠い、想い人の名を口にした。
鈴が買い物に出かけている昼下がりに突如として貴行の部屋のドアが開いた。
驚いた貴行がそちらの方を見ると顔面に目潰しが見舞われた。
「あがっ!!」
突然の出来事に貴行は混乱する。
目潰しを放ったのは京子だった。
日頃の貴行からのぞんざいな扱いをふと思い出した京子は怒りが収められず、貴行の部屋へと鬱憤を晴らしに来たのだ。
誰に攻撃を受けたのか分からない貴行は情け無い声を出す。
「だ、誰ですか、や、やめて」
その姿を見て余計に腹が立った京子は腹を殴る。
「おぐっ……」
腹に殴打を受けた貴行の息は止まる。
その様子を見た京子は少しやりすぎてしまったと手を止めた。
しかしすぐに貴行が呼吸を再開した事を確認した京子は攻撃を再開する。
目を押さえている貴行の手を退かしながらヘッドロックを見舞う。
「んぎぎぎぎっいっい痛い! 痛い!」
苦痛に悲鳴を上げる貴行の頭を京子は強く締め上げる。
「きょ、京子! 京子でしょ! やめてよ!!」
貴行は突然京子の名前を呼んだ。
目は突かれて見えないはずなのになぜ分かったのか気になる京子は貴行へと質問をする。
「なんで私だってわかったの?」
「だ、だって、なんか、臭いし、それに胸が無いから」
ヘッドロックが緩まり、貴行の体は開放される。
安堵の息を付いていた貴行の鼻へとエルボーが放たれた。
直撃した衝撃で貴行は壁へと打ち付けられる。
「ぬおおおおっおっおっ!!」
鼻から血を流し苦痛に悶えた。
京子は容赦をしない。
痛みに転げ回っている貴行へと、狙う箇所を定めない踵落としを放つ。
その攻撃は背中へと命中し、貴行は血で染めた両手で鼻と目を押さえながら弓なりになった。
「臭いって酷くない?」
あえて胸の事には言葉を及ばせない。
「ぬっあっあぁっあおう……」
貴行には会話をする余裕など残っていなかった。
その時、ドアが開く音が聞こえる。
入ってきたのは刀間だった。
視力が戻り掛かっていた貴行と京子は刀間の方を見る。
「鍵が掛かっていなかった、ぞ……」
お菓子を手に持ち、食べながら入ってきた刀間は貴行と京子の様子を見て言葉の終りを萎ませた。
「あ、あぁ……京子、お主はもう少し貴行を労われというに」
刀間は草履を脱いで居間へと上がり、貴行に歩み寄って正座をして、その上に貴行の頭を乗せて撫でた。
脈を打つように流れる貴行の血液は刀間の着物へと付着すると同時に浄化されて聖水となる。
「そ、そんな事言ったって……た、貴行が悪いのよ」
少しの休息を挟んで言葉が喋れるようになった貴行は言う。
「お、俺が何をしたの?」
「は、はぁ? 何って、いっつもいっつも私にだけ態度が違うじゃない!」
京子は信じられないといった表情になる。
「京子にだけ? 他は誰?」
その言葉を聞いた京子は震えて涙目になり、肩を怒らせて背を向ける。
その後、足を強く踏み鳴らしながら歩いて部屋から出て行った。
「はぁ……貴行、お主は本当に女心がわからん、呆けじゃ」
貴行の髪を撫でながら刀間は言った。
刀間は貴行と京子の関係を羨ましく思っていた。
何でも隠す事無く言い合える仲。
しかし京子の、兄である貴行は妹である自分を女として見てくれない、というもどかしい想いを理解する事もできた。
そんな刀間は貴行の髪を撫でながら、軽く遠まわしな一言の説教をするのだった。




