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「俺お風呂に行って来るけど今日は刀間を呼んどいたから」
「刀間様をですか?」
貴行は自分が出かけている間の話し相手として刀間を呼んでいた。
「うん、もうすぐ来ると思うから、じゃ、俺は行くね」
「あ、は、はい、行ってらっしゃい」
貴行が靴を履き、ドアを開けて出て行った。
その数分後にドアが開く。
「貴行、来たぞ」
刀間が玄関へと入って来て部屋を見回す。
「貴行はどこじゃ?」
鈴は居心地悪そうに首を竦めながらに言う。
「せ、銭湯に行きました」
刀間は一瞬固まってから肩を振るわせ始めた。
「わ、私を呼びおきながら留守にするとは、何を考えておるのじゃ」
「そ、その事なんですけど」
刀間は鈴の方を見る。
「ご主人様はどうやら私の話し相手として刀間様を呼んだようです」
「た、貴行の奴、糠喜びをさせおって……」
貴行に自分の部屋へと来るように誘われた刀間は、貴行との時間が過ごせる思って喜んでいた。
しかし実際来て見ると部屋に貴行の姿は無く、鈴が居た。
「せ、せっかく来たんですから、何かして行きますか?」
「何とはなんじゃ、何をするのじゃ」
不機嫌そうに腕を組む。
「その、ご主人様に料理を作って見るとかどうですか?」
「それを帰って来た貴行に食べさせるという事か?」
興味持った刀間は話に乗って来る。
「はい、料理しているうちにご主人様も帰って来ると思いますから」
微笑みかける鈴に刀間は頷いた。
「う、うむ、そういう事なら、試してみよう」
「では、こちらへ入らしてください」
「ふむ」
腕組をしたまま草履を脱ぎ、台所へとあがった。
「じゃあ初めは目玉焼きでも作って見ましょうか」
「目玉焼き、とな?」
部屋を出た貴行は京子と鉢合わせた。
「あれ? 貴行もお風呂?」
「あ、そう、京子も?」
「うん、じゃあ一緒に行こっか」
京子は風呂桶の中にバスタオルとハンドタオル、シャンプーとリンス、石鹸と風呂上りに塗る保湿剤を入れていた。
一方、貴行の桶にはハンドタオルと石鹸しか入っていなかった。
貴行は石鹸で髪の毛も洗い、そして濡れたままのハンドタオルで体を拭く事が習慣となっている。
そしてそれを京子も知っていた。
二人は無言で黙々と歩いて銭湯に着き、中へ入って代金を支払う。
「それじゃ、帰りも一緒に帰ろうね」
京子の言葉に貴行も同意する。
「うん、俺の方が早く上がると思うからその椅子で待ってるよ」
「わかった」
落ち合う場所を決めて男湯と女湯へと別れた。
その頃貴行の部屋には白煙が充満していた。
「こ、これはどうすれば良い? どうすれば良いのじゃ?」
取り乱す刀間に鈴は優しく声を掛ける。
「大丈夫です、焦げてるだけですから火事にはなりません」
「そ、そうか?」
「それより、今度はもう少し早く火を止めてください」
「わ、わかった、任せるが良い」
鈴は焦げ付いたフライパンを手早く洗い、コンロの上へと戻して火を付ける。
「水が蒸発して、それから白い煙が出始めたら油を敷いてください」
「わかった」
刀間は真剣な表情でフライパンを見つめていた。
貴行は予想通り京子よりも早く風呂から上がっていた。
椅子へと腰掛け、自動販売機で買ったスポーツドリンクを飲む。
「ふぃー」
水分補給が済むと息をついて体の力を抜き、椅子へと背中を持たれ掛けた。
数分間その姿勢のままで居ると京子が暖簾を潜って出て来た。
それに気付いた貴行は声を掛ける。
「京子、何か飲み物飲む?」
聞かれた京子は貴行が手に持っているペットボトルを指差して言う。
「それ、ちょっと飲ませて」
「え? これ俺の飲みかけだよ」
「いいから」
京子は風呂上りで初めから赤い顔をさらに火照らせる。
「ま、まぁ、いいけど」
貴行はペットボトルを差し出して京子へと飲ませる。
間接キスをした。
京子はその事を意識している。
貴行は横を向いて欠伸をしていた。
「はぁー……ありがと」
飲み終わった京子は中身が少しだけ残ったペットボトルを貴行へと返す。
「こんなちょっとなら飲んじゃってよ」
「もう要らない」
京子は首を振る。
仕方なく貴行は残った少しを飲み干した。
その様子を見ていた京子は恥ずかしくなり目を逸らす。
貴行と京子は銭湯を出てアパートへの帰り道を歩いている。
「そろそろ夏だなぁ」
そんな事を染み染みと言う貴行に京子は返す。
「もう今は夏よ、初夏よ初夏、梅雨は初夏」
「そうなんだけど、なんか、違うよね?」
「まぁ、分からなくもないけど」
仲良く取り留めの無い会話を繰り広げている内にアパートへと到着した。
階段を上がって部屋の前まで来る。
「じゃあ、お休み」
「お休みじゃない、私も貴行の部屋に行く」
「なんで?」
「なんでって理由がなきゃいけないの?」
「ま、いいか」
貴行がドアを開けると焦げた臭いが鼻を突く。
「なんの臭い?」
部屋の中へと入って鈴を見ると項垂れる刀間の肩を慰めていた。
「あ、ご主人様、お帰りなさい」
「くっさいわね、何よ、この臭い」
京子の強い言葉を聞いた刀間の肩が小さく跳ねる。
刀間は料理に失敗していた。
辛うじて焦げていない部分が少し残されている黄身の潰れた目玉焼きになる筈だった物が皿へと乗せられている。
突然顔を上げた刀間はその皿を手に持って涙目になりながら貴行の前へと差し出した。
「食え!!」
その場が静まり返る。
「こ、これはちょっと、食べられない、かな……」
「食え!!」
刀間は引こうとしない。
貴行はその焦げた物を指で突く。感触は乾いていた。
目玉焼き特有の艶を持つ水水しさは一切見受けられず、少しだけ残った焦げていない部分も乾燥している。
口へと運ぶ事を躊躇っている貴行に業を煮やした刀間はその焦げた物を皿ごと貴行の口へと投げつけた。
ほとんどが口の回りにぶつかって落ちたが少しだけ口の中へと入る。
「にがっ……」
貴行は流しへと口に入った物を吐き捨てる。
その様子を見た刀間は目尻に溜まった涙を零した。
「貴行ぃぃぃいい!! この痴れ者がぁぁあ!!」
刀間は貴行へと恨みの言葉を叫びながら走り去って行った。




