第3話 競馬
きっかけは、ナリタブライアンだった。
あの馬の強さは、まさに化け物だった。
他の馬を寄せつけない圧倒的な走り。テレビでその姿を見ているうちに、いつの間にか競馬というものに興味を持つようになっていた。
世の中には、強い馬が現れたことで競馬を始める人間もいれば、白くて綺麗な馬に魅了され、競馬場へ足を運ぶ人間もいるだろう。
俺も、そんな人間の一人だった。
それまで競馬には大して興味もなかった俺が、ナリタブライアンという一頭の馬をきっかけに、生まれて初めて馬券を買ってみることになった。
馬券の買い方は、仕事の同僚に教えてもらった。
最初は何をどう買えばいいのかも分からなかったが、同僚に教わりながら、少しずつ競馬の仕組みを覚えていった。
そして、競馬には馬券を買うこと以外にも楽しみがあると知った。
それが予想だった。
どの馬が強いのか。どの馬が勝つのか。
自分なりに考え、予想して、その結果を待つ。
ただ強い馬を応援するだけではない。自分の予想が当たるかどうか。
その楽しさを知ったことで、俺は少しずつ競馬の世界に引き込まれていった。
だが、所詮は素人だ。
予想するといっても、競馬新聞に並んでいる印を頼りにする程度だった。
◎から○、そして▲。
いわゆる本命馬を中心に馬券を買う。
今思えば、予想というより新聞に書かれた印を信用していただけなのかもしれない。
それでも当時の俺にとっては、それが立派な予想だった。
当然、そんな予想で簡単に当たるわけもなかった。
競馬新聞の印を頼りに馬券を買っては外す。そんなことを繰り返していた。
そもそも、俺が競馬を始めるきっかけとなったナリタブライアンも、いつの間にか以前のような圧倒的な強さを見せなくなっていた。
怪我が原因だったのか、今となってはよく覚えていない。
ただ、俺が馬券を買い始めた頃には、あの化け物のような強さは影を潜めていた記憶がある。
強い馬が勝つとは限らない。
そんな競馬の難しさを、俺は少しずつ思い知らされることになった。
しかし、あまりにも馬券が当たらない。
最初の頃こそ予想する楽しさもあったが、いくら考えたところで結果は同じだった。
当然、負けてばかりでは面白くない。
結局、競馬にはそれほどのめり込むこともなかった。
当時はまだ、今のような3連単や馬単といった馬券がない時代だった。
単勝、複勝、枠連、馬連などが中心で、今ほど大きな配当を狙える馬券の種類もなかった。
もちろん、大穴が来ればそれなりの配当にはなったのだろうが、新聞の本命ばかりを買っていた俺には、そんな馬券は縁のない話だった。
当たらないうえに、たまに当たっても大した儲けにはならない。
そんなことも、俺が競馬にそれほどのめり込まなかった理由の一つだったのかもしれない。
しかし、だからといって競馬を完全にやめたわけではない。
それほど熱中することはなかったが、付き合い程度に馬券を買うことはあった。
そして、そんな競馬でも、一度だけまとまった金を手にしたことがある。
3連複という新しい馬券が登場した頃の話だ。
1着から3着までに入る馬を、順番に関係なく当てればいい。
それなら全通り買ってしまえば当たるじゃないか。
そんな単純な考えから、俺は5万円を握りしめて馬券を買いに行った。
1点100円なら500通りも買える。
それだけ買えば全通りになるだろうと、軽く考えていた。
ところが、実際には500通りでは全然足りない。
競馬というのは、こんなにも組み合わせがあるものなのかと驚いた記憶がある。
結局、全通り買うことはできなかったが、それでも500通りの馬券を買った。
そして、驚くことが起きた。
なんと、13番人気、10番人気、3番人気の3頭が入ったのだ。
100円の馬券に対する配当は、37万円いくらかだったと記憶している。
5万円の元金を差し引いても、32万円以上の儲けだ。
あれほど当たらなかった競馬で、まさかこんな大きな配当を手にするとは思ってもいなかった。
もっとも、それで競馬にのめり込んだわけではない。
競馬でもう一つ、忘れられない記憶がある。
テイエムオペラオーとメイショウドトウだ。
この2頭がG1レースで何度も1着、2着を独占していた時代があった。
気がつけば、同じ組み合わせで決まることが続いていた。
当然、俺もその馬券を買うようになった。
しかし、考えることはみんな同じだ。
最初に買い始めた頃には600円くらいあった配当も、最後の頃には220円程度まで下がっていた記憶がある。
それでも当たる。
当たるから、次も買う。
そして、配当が安くなった分、掛け金を増やしていく。
6回続けて同じ2頭で決まった。
そして迎えた7回目。
俺は迷うことなく、同じ組み合わせに20万円を賭けた。
だが、結果は外れ。
あれほど当たり前のように続いていたものが、ついに途切れたのだ。
勝ち続けることなど、できるはずがない。
頭では分かっていたつもりだったが、実際に20万円を失って、改めて思い知らされた。
どんなに堅いと思える勝負でも、絶対というものはない。
それがギャンブルなのだ。
結局のところ、俺が下手だったのか、それとも競馬というものが難しすぎたのか。
とにかく、俺にとって競馬は当たらなさすぎた。
大きく勝ったこともあれば、痛い負けを食らったこともある。
それでも、競馬に夢中になることは最後までなかった。
今でも年に5、6回ほど、G1レースの馬券を買う程度で、俺と競馬の付き合いは続いている。
そして、そんな俺が次にハマったのは、カジノだった。




